今年40周年を迎える „リングホテル“ というドイツ国内約130軒のホテルからなるグループがあり、そのうちの13軒は城や領主の館や木組みの家など、最低100年の歴史をもつ建物をホテルに改築している。
タンガーミュンデ城はその中のひとつで、„リングホテル“ の冊子には „シュロスホテル“、すなわち „城館ホテル“ と記されているが、土地の人は „ブルク“、 つまり „城塞“ と呼んでいる。タンガーとはタンガー川のことで、ミュンデ (ン) が „流入する“ という意味だから、川幅5mほどのタンガー川が大河エルベに流れ込む位置にこの城塞は建つ。
タンガー川とエルベ河の合流点 ・ 城の全体像
古文書によると、当時の国境としてのエルベ河の警備のために10から11世紀にかけて城は建造されたらしく、ぐるりと市壁に囲まれた旧市街をもつ同じ名前の地方自治体は13世紀にできたそうである。14世紀にカール皇帝IV世が城塞に入り城館風に拡充したが、今残っているオリジナルは „カンツライ“ とよばれる儀式や式典のためのホールがある建物だけである。
カンツライ
他の建造物は17世紀の中頃、スウェーデン軍に大部分破壊された。今は北欧でおとなしくしているスウェーデンも、かつては中部ヨーロッパで悪いことをしていたようである。そして同世紀の末にフリードリッヒ選帝侯III 世(神聖ローマ皇帝の選挙権を持っていた領主)が再建し、今日ホテルとして使われている建物を建造させた。1900年代になってから少しずつ改築や改装が進み、2000年に大々的に近代化されて開業したそうである。その後2009年に会議場、そして2010年にスパセンターが増設されて充実したホテルになった。城門、城塔、丸い天守閣、掘割などが当時の姿をしのばせる。
旧市街の様子 ・ 城門と城塔
城塔と城壁
水のない掘割を越えて城門をくぐる。まさに登城である。感じのいいお姉さんが二人レセプションにいて、カードをセンサーにかざすドアの開錠の仕方をフロントに置いたドアの取手部分の模型で実演してくれる。よくあるシステムなのに、わざわざ模型を準備しているのが面白い。そして私の名を付記した、滞在に必要な各種インフォメーションが載った冊子をくれる。
ホテルの建物
„リングホテル“ の加盟ホテルは全部、 „シャンパニアトロイメ(シャンペンの夢)”というプランを提供しているのでそれを利用した。このプランに含まれるのは、2泊、朝食2回、夕食2回(3品と4品)、スパ利用の権利、プレゼントとして、カール皇帝IV世に関する写真冊子、町の名物であるカステラをチョコレートでくるんだ菓子、町にある博物館の入場券。そしてプランの名前どおりに、フランスはランスのシャンペン(発砲ワインでない)だ。ちゃんと氷が入ったクーラーに立てて、グラスも用意してある。
ダブルのシングルユースなので広く、黒い木の梁とシャンデリアが城館の雰囲気をかもし出す。部屋からエルベ河が見えるのは気持ちがいいが、すべてが、時間までもが凍りついたような景色である。外はマイナス7度Cなのに室温をちょうどいいくらいに調節してある。(この国では宿泊客が寒いゲストルームに入って自分で暖房の温度調節をする場合が多い。)立派な家具は骨董風ではあるが比較的新しい。白で統一したバスルームに大きな窓があるのがいい。スパを利用する人が多いのか、スパ用のタオル数枚とバスローヴとスリッパをバッグに入れておいてある。枕の上に小さなチョコレートをのせておくサーヴィスはよくあるが、「昔々あるところに・・・・」で始まる寝る前のお話を書いたカードも置いてあるのは一風変わったアイデアであろう。全体的にお客さんをお迎えするという姿勢が感じられて、第一印象は非常によろしい。
私の部屋 1 & 2
中小の部屋が数室つらなるレストランはクリーム色でまとめている。小さなシャンデリアがいくつかかかり、クラシックが静かに流れて感じが良い。こんな凍てついた夜でも食事の客は結構居る。少しパサパサした感じの明るいお姉さんが給仕係りだ。プランの一晩目は3品の „城塞メニュー”。
「ここにあなたのメニューがあります。」
「後でそれを持っていっていいですか。」
ちょっと困った顔をして、
「あー、気付かれないようにそっと持って行ってください。」
「はぁ、気がつかれないように持っていきます。」
いつものように、内側のメニューを書いてある紙片だけを持っていく。
レストラン 1 & 2
アペリティフにノンアルコールの発砲ワインをたのむと、突き出しとしてザウアーブラーテン(酢や香辛料でマリネした牛肉のロースト)のアスピック料理がでた。味があまりしないのは冷たすぎるからだろうか。食事をしたい時間を知らせておいたのだから、室温に戻しておいて欲しかった。不思議なことにパンが出てこないが、どうでもいいので催促はしない。
1品目はムラサキキャベツのスープで、シナモン風味の煮たリンゴ片をのせている。寒い夜は熱々が旨い。いささかびっくりしたのは、別小皿にホワイトチョコレートの削ったのが付いてきたことだ。好みに応じて入れるらしい。甘酸っぱい味になるが、チョコレートはなくても良い。いや、むしろ無いほうが良いと思う。
メインディッシュは陶製のオーブン用深鍋で調理した雄牛の頬肉の煮込み料理である。繰り返しになるが、寒いので汁物は歓迎する。他に入っているのはほそ長く切ったポテト、根菜(といってもニンジンだけ)、そして乾燥トマト。もっとも、乾燥トマトの味はするが見当たらない。みじん切りにしていて溶けてしまったのかもしれない。そしてニガヨモギで洗練したらしいが、ニガヨモギの味は感知できなかった。トッピングされた二種類の生の薬味草が少し繊細さをだしているが、典型的な田舎料理である。今ダイエットをしていて毎日夕食前は空腹なので美味しく感じたが、本当は美味しい料理ではないと思う。(あくまでもこの料理に限り、一般に田舎料理が不味いといっているのではない。)
デザートは自家製のアイスクリーム3種類に多種の果物が付いている。クロワッサン風のワッフルが上にのる。このデザートが見た目もきれいだったし、一番美味しかった。
朝食も昨晩のレストランでとることになっていて、イージーリスニングが静かに流れ、感じのいい女の子が給仕をしてくれる。朝食なのに布のナプキンを使っていて贅沢感あり。テーブルにいわゆる „日刊新聞“ が置いてあり、天気、今日の言葉、スパとホテルの催し物の情報、および町の歴史と観光に関する情報が載っている。
粗捜しをしてみるが、書くに値するような欠陥は見つからない。完璧に近い朝食ではないだろうか。
2晩目は4品の „享楽家メニュー“ だ。突き出しはニンジンがほんの少し入ったロールキャベツならぬロール牛肉で、下に少しだけムラサキキャベツを敷いている。今日は美味しいパンが出たがバターは無し。
1.ノヂシャのサラダにザクロの実ドレッシング。それに鴨の胸肉の燻製と照りをつけた „真珠玉ねぎ“ が添えてある。生野菜はノヂシャだけでなくチコリとムラサキキャベツとミニトマトがあり、新鮮でパキパキしているし、ピンク色のザクロドレッシングが美味しい。鴨の胸肉の燻製は豚の生ハムに比べてもっちりしていて、特に旨いわけでもない。玉ねぎは小さめのさくらんぼの大きさで、これは美味しいと思う。
2.結婚式で供されるこの地方のスープ。コンソメ風の薄味で、スープも皿も熱々である。具は小さい肉団子、アスパラ、卵豆腐で、きざんだハーブが少々かかる。それなりに旨いが、美味しさで舌が踊るほどではない。卵豆腐は味噌汁に合いそうだ。
3.豚のフィレ肉を長いまま焼いて輪切りにしている。これをバルサミコソースで食べさせる。付け合せにはアーモンドのかけらをほんの少しふりかけたメキャベツの煮たのんに、ジャガイモとセロリの混合ピューレが供される。バルサミコソースは味がきつくて、肉には合うがピューレには合わない。
4.アイスケーキとでも言おうか、スポンジケーキをアイスクリームの生地につけておいて凍らせたようなデザートで、ヌガー・ソースを下に敷いている。ソースがチョコレートほど主張が強くなくて甘くて美味しい。
昨晩よりも手間がかかっていそうな料理で結構美味しく食べられ、エスプレッソで締めくくった。昨晩も今晩もワイン200mlを軽く飲めたのは意外だった。少し減量したので肝臓の負担が減ってアルコールに強くなったかな。
二日目の朝食には紅茶用のキャンディー砂糖と茶色砂糖を出してくれたし、ジュースは昨日の2倍の量があった。目玉焼きをひとつ両面を焼いて上にベーコンを乗せる、白内障の片目に眼帯をしたようなのを頼もうと思っていたのに、卵料理が欲しいかどうか訊いてくれない。サーヴィス係りのスタッフによって朝食の内容が変わるのは良いのか悪いのか、、、、。もっとも、自分の希望をどんどん言えばいいのだが、、、、。
この城館ホテルは 〈4星スーパー〉 の評価だが、それに値すると思う。良いシェフを引っ張ってきてレストランをグルメにすれば5つ星になるのではないか。年のせいか、ホテルに泊まったときはいつも、1週間ぐらいボーッとするのに適しているかどうかを考えるのであるが、ここはJa と答えられる。大河の畔で行きかう観光船に乗ってもそれを眺めてもいい。河沿いの散歩道を歩いてもいいし、自転車で駆け抜けてもいい。古い文化に触れたければ、1000 年の歴史を誇るハンザ同盟都市の旧市街には12から17世紀にかけて造られた古い建造物が立ち並ぶ。
今回、すべてが凍結してしまった平野の景色が広がる冬の滞在も素晴らしいことが分かった。次回は暖かい季節に来てみよう。
雪と氷に覆われた平野
〔2013年1月〕〔2022年4月 加筆・修正〕