美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

幻影夢(十八)

2017年08月10日 | 幻影夢

   「どれどれ。」
   山賊の親玉然として肘を突っ張らかし、獲物を取り戻そうとあえぐおれを押さえつつ、手際良く包みを開けてしまう。
   「ふん。これかい。なんだ。」
   無理無体に取り上げておいて、なんだとはなんだろう。
   「随分なご挨拶だね。」
   「だって。」
   茶紙の上には、岡流陶著訳にかかる『熟語中心新譯英和大辭典』という大正十二年八月三十一日印刷発行の辞書が鎮座している。大辞典を呼号しているが、大きさは旅行読物と同型の新書版、厚さ5~6センチ、2000余ページということで、厚手の掌中辞典と遇するのが適当かも知れない。
   「辞書とは意表を突かれたわ。あんたと誼ある者としては、邪教招霊の指南書とか呪禁真言集成とか、もっと禍々しい秘文献を期待したんだのに。」
   「勝手に期待してもらって結構。期待外れと落胆されて何の痛痒も感じない。古本は見出した人のみに、その人だけに意味を与えるものだからね。」
   「つまりはどんな意味を。」

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