論争せられつつある事件を、権威ある言葉の引用に依つて、決定しようと熱中し且急ぐ人々は、乏しい自己の理解と見識との代りに、他人のそれを戦場に引出し得ると、(大した応援を得たやうに)甚だしく悦ぶものである。かういふ人々の数は夥しい。何となれば、セネカのいふ通り、「各人は批判するよりも、むしろ信じようとする」からである。彼等が論争するに当つて、共に選んで用ひる武器は、権威ある言であつて、彼等はこの武器を以て互に襲ひかかる。だから論争に陥りでもしたら、理由を述べたり、論拠を挙げたりして、自ら禦ぐのは、つまらない事である。自ら考へたり、批判したりする力のなくなつた彼等は、かういふ武器に対して、不死身(ふじみ)であるからで、彼等は相手の尊敬心に愬ふる論拠として、彼等が権威とする(偉人などの)言葉を振りかざして対抗し、そして勝利を叫ぶであらう。
(「ショーペンハウエル論文集」 佐久間政一譯)
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