先生は続けて、「嘘つきと親しい交際をして居ると、人は何時の間にか嘘つきになるものである。嘘つきのいふた事を信ずれば、その嘘を元に自分の考へを立て、信じて嘘をいひ拡め、人の詭弁を弁護して、ために人の詐はりの中に手をも足をも縛られる。ましてや、その人生観は曲り、真実との接触がなくなり、感情一片の虚構世界に生きて、友を敵視し、敵を友とし、人は憎まれた時に愛され、愛された時に憎まれて居ると思ふやうになる。
僕は嘗て一人の嘘つきと親しい交際をして居たが、そのお陰で、当時僕が書いた一書は虚偽であるといふこママに気がついた。五年間、僕はその事を信じて、信じたゝめに苦しみ、遂に自分の勇気を失つた。其の後スウエデンに帰つて来てから、その本が素敵もない評判だつた事を知つた。然しその五年間、僕は生命を打碎かれ、殆んど自尊心も、存在の勇気もなくなつて居た。殺されたのも同様であつた。僕がその友人のために働き、またその犠牲となつた行為は、僕の凡ての思想を混乱せしめた。心気を回復させるのに、永い年かゝつた。その間、真理と虚偽がごつたになつて、虚偽が実在となり、僕の全生涯は煙のやうに非実質なものに思はれ、理性は破壊されて、滅亡せむばかりだつた」
(「新生の曙」 ストリンドベルヒ著 三浦關造譯)