美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

凡そ人間なるものの高邁な野心が、貴様のような奴等に理解されたためしがあるか(関口存男)

2020年08月28日 | 瓶詰の古本

 悪魔が誇示して以て或ひは前代未聞と称し或ひは珍無類の芸当と呼ぶ処のものは,そんなものはどうせ,極く俗な意味での『享楽』で,要するに金と女と名誉である。Faustが求めてゐる所のものは,そんな浅墓なものではない。彼の野心は,前にも述べた如く,無意味に鈍感に生きて半分麻痺してゐるやうな酔生夢死の人生に活を入れて其の惰眠を醒まし,人生が真に人生らしく緊張するやうにと云ふ所にあるのだ。此の見地から見るならば,金や女や名誉や好奇心の満足などと云ふ世間一般の享楽は,むしろ惰眠を助長するものであつて,それよりは,むしろ今までのやうな,書齋の中で悶々として鬱ぎ込んでゐた不満の生活の方が,まだしも多少かれの理想に添うてゐたかも知れないと云ふ奇論すら成り立つ位だ。――さうではない,博士が求めてゐるのは,むしろ『人生の深み』である,『生活の高潮』である。そのためには,むしろ女よりは失恋の方が向いてゐるのかも知れない。金よりはむしろ金のための真剣な苦労かも知れない。成功よりはむしろ失敗かも知れない。要するに人間として味へる限りの楽苦を味はひ,人間として心の奥に眠つてゐる感情の鍵盤を,最高のキイから最低のキイに至るまで,其の有りとあらゆる音色を有りとあらゆる可能なる順序に結合して嵐の如くに叩き廻はし,其処から叩き出し得る限りの旋律を全部叩き出して,『人心のピアノ』といふのはもう大体こんなものであつて,これが最大限度である,これより以上はもうピアノを叩き割つた場合の轟音より以外に出し可き音は無いと云ふところまで叩いて見たい…これがFaustの野心である。――かう云ふ野心は,中世紀の悪魔などには一寸わからないに相違ない。だから『悪魔だてらが,おれに何を呉れると云ふのだ!凡そ人間なるものの高邁な野心が,貴様のやうな奴等に理解されたためしがあるか!』と云つてせせら笑ふのである。

(「ファオスト抄」 関口存男訳註)

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微塵の恥じらいもなく公にごますりを披露し(つまりは)忠誠心を宣揚することで一層寵愛されてこそ、自己一身の実利を最大化する作為は至高善というイズムの体現者といえる

2020年08月16日 | 瓶詰の古本

ごま【胡麻】(体)薄紫の花を開く一年生の草本。種子は食用、また油を取るのに用いる。「――油」 ――を擂る(句)他人にへつらって自分の利益を得ようとする。
(「例解国語辞典」)

 

ごますり(名) →みそすり
みそすり[味擂り](名) ①みそをすりばちなどですること。②目上の人のごきげんをとること。◎あの人は社長のみそすりばかりしている。=ごますり。
(「講談社国語辞典ジュニア版」)

 

ごますり【胡麻摺り】へつらって自分の利益をはかること。また、その人。
(「プリンス国語辞典」)

 

0【〈胡麻】(名)〔植〕ごま科の一年草。畑に栽培され、夏、うすい紫色の花を開く。…… ――すり43【〈胡麻〈擂】(名)おもねる・こと(人)。
(「明解国語辞典 改訂版」)

 

0【〈胡麻】畑に作る一年草。果実は短い円柱状で四室に分かれ、中に多くの種子を持つ。……【――すり34】ごまをする・こと(人)。……【――を〈擂る】他人におべっかを使って、自分の利益をはかる。
(「新明解国語辞典」)

 

ごま胡麻】〈名〉[植]ゴマ科の一年草。畑に栽培さいばいされる。種子は食用、またごま油をしぼる。
――をする【――を擂る】〈句〉相手に気に入られるように、きげんをとる。
(「学習百科大事典[アカデミア]国語辞典」)

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何事であれ行なったことに責任を取らないのはニヒリズムの真骨頂だが、ついに自己一身の誉れを守るために破れかぶれでこのイズムに魂を捧げる為政者がいないとも限らない

2020年08月13日 | 瓶詰の古本

やぶれかぶれ【破れかぶれ】(体)思うようにならないので焼けになること。捨て鉢。「――になる」「――のしわざ」
(「例解国語辞典」)

 

やぶれかぶれ【破れかぶれ】(形動) やけになる。どうとでもなれという、すてばちな気持ちになる。=やけくそ。
(「講談社国語辞典ジュニア版」)

 

やぶれかぶれ〔破れかぶれ〕もはやどうなってもよいとなげだすこと。やけくそになること。すてばち。
(「プリンス国語辞典」)

 

やぶれ3【破れ】(名)破れること。破れた・所(程度)。 ――かぶれ4【破れかぶれ】(形動ダ)〔俗〕やけになること。すてばち。
(「明解国語辞典 改訂版」)

 

やぶれ3【破(れ)】 破れること。破れた・所(程度)。「障子の――・八方――」 【――かぶれ4】-に (口頭)やけになる様子。どうにでもなれという気持。すてばち。
(「新明解国語辞典」)

 

やぶれかぶれ【破れかぶれ】〈だ形動〉すてばちになること。 [補足説明]どうとでもなれという気もちのことば。
(「学習百科大事典[アカデミア]国語辞典」)

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非常の変事が襲い来れば誰だって無力であると為政者一人残らず馬脚をあらわしているのだから、時を得顔で打ち上げた施策を応変に改廃するのは今さら何の恥でもない

2020年08月05日 | 瓶詰の古本

ばきゃく【馬脚】(体)馬のあし。――を現わす(句)包み隠していた本体が現われる。化けの皮が剥()がれる。
(「例解国語辞典」)

 

ばきゃくをあらわす【馬脚をあらわす】 かくしていたことがあらわれる。ばけの皮がはがれる。
(「講談社国語辞典ジュニア版」)

 

ばきゃく〔馬脚〕馬のあし。
〔――をあらわす〕ばけのかわがあらわれてほんとうの事がでる。
(「プリンス国語辞典」)

 

きゃく0【馬脚】(名)〔うまのあし〕〔文〕いつわり飾っていた・本体(真相)。「――をあらわす」
(「明解国語辞典 改訂版」)

 

きゃく0【馬脚】〔芝居で、馬の足にふんする役者の意〕「――を現わす(=とりつくろっていた正体が現われる)」
(「新明解国語辞典」)

 

ばきゃくをあらわす【馬脚を露わす】〈故事成語〉いつわりかくしていたことが表面にあらわれる。「彼もついに――はめになった」 〔補足説明〕昔、中国の劇の中によくでてきたことば。
(「学習百科大事典[アカデミア]国語辞典」)

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未だ証拠不十分なるものを信ぜ(しめ)んと欲する者が少なくないのは、その裏に卑しい胸算用があろうとなかろうと救われない禍事(野上俊夫)

2020年08月04日 | 瓶詰の古本

 実に今からして其の当時の事を回想すると恍として隔世の感が有る。有らゆる新聞紙は殆ど毎日千里眼に関する記事を以て紙面の大なる部分を充たし、所謂千里眼者の一挙一動は電信電話によりて報知せられ、或は此くの如き偉大たる能力を有するものは、従来世界に類なくして現在たゞ我が邦にのみあるが故に、正に是れ精神界の国宝なりと唱ふる学者さへ出で来つた。或る雑誌の如きは、現に日本に存する千里眼者二十余人の名簿及住所を列記したものあり、而かも其の中には、予自身が予の宅で実験して、其の能力なるものが全く無根なることを発見したる者の名さへ明に記してあつた。或は小学校の校長にして、自ら此の能力を信ずる熱心の余り、兒童にその話を聞かせたる為めに、多くの兒童が盛に千里眼の練習を始めるに至つて、その校長が監督官庁より注意を受けたなどいふ話もあり、或は某学校の生徒が試験問題を透視したことが伝へられたりした。
 殊に注意すべきことは、世間一般特に新聞紙の書き方は、多くは此の種の能力の存在を信ぜんと欲するものゝ如き態度であつた事である。即ち所謂千里眼の能力の存在するといふ積極的の証明も十分挙げられないに係らず、或る学者(多くは物理学者であつた)が此の能力を否定せんとし、或はその存在の証拠不十分なりと論じた場合に、頗る激しい筆鋒を以て之れを攻撃し、恰かもかゝる能力を否定することが罪悪でゞもあるかのやうに考へたものが多かつた。是れ即ち所謂宇宙に霊妙奇怪なる者ありと考へんとする人間の幼稚なる心情の根ざしが如何に深いかを示す一つの好適例として見ることが出来る。其後明治四十四年に入りて、千里眼の元祖たる御船千鶴子自殺し、能力の最も偉大なりと称せられたる長尾幾子病死して、千里眼界大に落莫の気味があるけれども、其後尚ほ此の事に関する論議は種々の方面にあらはれ、殊に前述の如く、此事は一般人心に深く根ざして居る迷信と密接なる関係を有して居るが為めに、多くの人は動もすれば未だ証拠不十分なるものを信ぜんと欲するものも少くない。而かも随分高等なる教育を受けたる人々の間にも之れを信ずる者も少なからずあるやうである。是れは果して喜ふべき現象であるか果た憂ふべき現象であるか。

(「叙述と迷信」 野上俊夫)

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