美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

捨ててしまったことを今更後悔する

2021年08月31日 | 瓶詰の古本

 なんのためらいもなくゴミ箱へ放り込んだくせに、時折こらえ切れない未練・後悔が噴き出して来る。その後しばらく心内で続くのは、無知な遺棄者を見返す(もう手の届かない)古本の面影がする執拗にして非情ないたぶり。
 こうして古本病者は絶えずおのれの愚かしさと相対して涙するから、元々あるかなきかの自尊心は痩せ衰えて行くばかりである。

【捨ててしまったほんの数例】
「辭林」(金澤庄三郎編 三省堂)
「辭苑」(新村出編 博文館)
「ポケット言林」(新村出編 全国書房)
「新明解国語辞典 初版第一刷」(金田一京助他編 三省堂)

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事あるごとに天邪鬼な(逆張りの)こけ威しを繰り出して名聞に腐心する人々の品性と知能の正体(吉田兼好・飯田季治)

2021年08月29日 | 瓶詰の古本

 人の心すなほならねば。偽なきにしもあらず。されどおのづから正直の人などかならん。おのれすなほならねど。人の賢を見て羨むは世の常なり。いたりて愚なる人は。たまたま賢なる人を見て是をにくむ。おほきなる利を得んがために。すこしきの利をうけず。いつはりかざりて名をたてんとすと謗る。おのれが心にたがへるによりて。此のあざけりをなすにて知りぬ。此の人は。下愚の性うつるべからず。いつはりて小利をも辞すべからず。
 かりにも愚をまなぶべからず。狂人のまねとて。大路を走らば則ち狂人なり。悪人のまねとて。人を殺さば悪人なり。驥をまなぶは驥のたぐひ。舜を学ぶは舜の徒なり。偽りても賢をまなばんを賢といふべし。

 人の心と云ふものは凡て廉直な物ではないのだから。虚偽が無いでも無いが。然し又其の中には自然に正直な人も無い事は無からう。自分は廉直な人間では無くても。物に潔白なる賢人を見て其人を豪い者だと羨むのは世の常で。之は普通の人間である。けれども極めて愚劣な人は。偶々賢人を見ると其人を妬み悪んで。彼奴は潔白な男だなど〻世間で褒めるが。其の実大利を獲得しやうと心懸けて居るものだから小利を辞して受けないのだ。左様して世を偽つて賢く見せて名を挙げやうと為るのだなど〻貶しめ譏るが。左様云ふ男は始終利にばかり奔つてゐるので。自己の心は廉潔なる賢人の心とは全然違つて居るからして斯う云ふ嘲りを為るのであるが。此の嘲の語に依つて能く知れる…………何が知れるかと云ふに………畢竟此の男は極めて下愚(愚昧)な性質で。論語に所謂「上智と下愚とは移らず」と在る通り。其の愚な性質は導いた所で迚も賢い性には移らない程の度し難い小人で。大利を獲んが為めに詐つて小利を受けないどころでは無い。詐つて小利をさへ辞しは為ぬ人物であると云ふ事が。彼の嘲つた言葉に依つて明らかに推知し得られる。さて賢人の行為は擬模ても宜いが。かりにも愚人の所業を学んではならぬ。狂人の真似をするのだと云つて。喚き叫んで大道を奔り歩けば。取りも直さず狂人である。悪人の真似を為るのだと云つて他人を殺さば。とりもなほさず悪人である。即ち尋常の馬であつても一瞬千里を走るの駿馬を学ぶ馬は駿馬の類で舜(支那の聖人。麌舜)を学ぶ者は舜の徒である。だから仮令偽つて〻゛も。賢を学ぶのを賢と謂ふべきである。

【附言】本文に『驥を学ぶは驥の類。舜を学ぶは舜の徒なり』とあるのは。揚氏法言に『驥を晞ふの馬は亦驥の乗也。顔を晞ふの人は亦顔の徒なり。』云々とあり。また孟子に『鶏鳴て起き。孳孳として善を為す者は舜の徒也。鶏鳴て起き。孳々として利を為す者は跖の徒也。』とあつて。註に孳々は勤勉の意。言未だ聖人に至らずと云ふと雖も。亦是れ聖人の徒也。跖は盗跖を云ふ也とある。

(「詳譯徒然草」 飯田季治)

 現実から余りに乖離した感想を平然と繰り返し述べることのできる神経は、わざとそうしているか本当に壊れているかにかかわらず、常軌を逸した域に達しているものと思わざるを得ない。

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有能な人が無能のふりをするのはご愛嬌だが、無能な人が有能の名誉を得ようと欲したら万人へ不幸を振りまくことになる(吉田兼好・飯田季治)

2021年08月20日 | 瓶詰の古本

 とこしなへに違順につかはる〻事は。ひとへに苦楽の為めなり。楽と云ふは好み愛する事也。之を求むる事やむ時なし。楽欲する所一には名なり。名に二種あり。行跡と才芸とのほまれ也。二には色欲。三には味なり。よろづのねがひ。此の三にはしかず。これ顛倒の相よりおこりて。そこばくの煩ひあり。もとめざらんにはしかじ。

 永久に違順(違と云ふのは・自己の心に違ふ事。即ち「苦み」の意味。順は我が心に順ふ事・即ち「楽み」を意味す)に身心を使役せられるのは。一重に苦楽の為めである。‥詰り苦を避けて楽に就かんと欲するが故に。常住に苦楽に身心を使役せらる〻のである。……。さて此の楽と云ふのは。物を好み愛する事で。世間の人は此楽を獲得しやうとする願望を断つ時が無い。さて其の願ひ望む所は。第一には名誉を獲やうとする。但し此の名誉には二種が有る。即ち一は行跡に就いての名誉……彼の人は彼様行跡を為たが。実に名誉な者だなどと褒められやうとする願望……二には才智芸能に就いての名誉……即ち彼の人は何々の名人だなど〻云はれる名誉を得度いと思ふ願望……とである。さて第二は色欲を遂げんとする願望。第三には食欲を満たさんとする願望で。凡ての所願は詰る所此の三つの慾に過ぎない。即ち萬の願望は。此の三者から分れるのである。是と云ふのは物を顛倒して。取違へて居る心から起る……謂は〻゛仏心と凡夫心とは。好み願ふ所が異なつて居る。仏菩薩の目からは。苦みと見える事を。凡夫は楽みと思ふ様な誤解をして居るのである……即ち其の顛倒せる願望を満たさうと為る物であるから。其処に若干の煩悶が生ずる。故に凡夫の所謂願望と云ふ物は。願ひ獲た所で甲斐の無い物であるから。願ひ求めないに超した事はない。

(「詳譯徒然草」 飯田季治)

 俚諺に謂う馬鹿の一つ覚えのそれすらが、うろ覚えのものだったとしたら行く先には廃壊しかない

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さすがに夢かうつつか、とはならないだろうに

2021年08月16日 | 瓶詰の古本

 既に事態は起こって進行しているのに、そうした事態が起こらないようにするための予防策とか起こった場合の将来的対応策とかについて延々語られているということは、今起こっているこの事態は現実ではない(イリュージョン)ということだろうか。

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偶然のみ必然のみによって了解しきれないもの

2021年08月13日 | 瓶詰の古本

 因果関係の有り無しについては遠い将来解明されるときがあるかも知れないが、とにかく事実として併行現象であったことは否定できない。西洋由来の近代祭祀を中止しつつ感染数が急増するのと、祭祀を開催しつつ感染数が急増するのとで、後世の評価が全くかけ離れたものになるのは言うもおろかだが、この間、仮に現実と反して感染数が横ばい乃至漸減で推移していたら、いずれにしても歴史に残る高い評価を贏ち得ただろう。

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病身のうからやからを質に入れてでも勝負事にうつつを抜かす我々衆愚の不敵な熱性

2021年08月04日 | 瓶詰の古本

うつつ【現】(体)〔文語的な用語〕①この世に存在すること。現実。「夢か――か」②正気。「目覚ましのベルを夢――で聞く」「――に返る」‥‥に――を抜かす(句)物事に心を奪われて夢中になり、他を顧みない。
(「例解国語辞典」)

 

うつつ【現】(名)①生きている状態(じよう-たい)。②目がさめている状態。◎ゆめかうつつか。〈伊勢物語〉③気がたしかな状態。
(「講談社国語辞典ジュニア版」)

 

うつつ【現】①現実。②目ざめること。③正気。④誤って、心がうつらうつらとしている状態。
(「プリンス国語辞典」)

 

うつつ③0【《現】(名)〔文〕①現にあること。②正気(ショウキ)。本心。③ゆめごこち。「ゆめ――」
(「明解国語辞典 改訂版」)

 

うつつ0【《現】①現実に有ること。「夢か――か」②正気(ショウキ)。本心。「――を抜かす〔=夢中になって本心を失う〕・夢――〔=夢・幻と現実との境の状態〕」
(「新明解国語辞典」)

 

うつつ現】〈名〉①現実。実際にあること。「――の身」②正気③(「夢うつつ」と続けていうところからあやまって用いられて)夢を見ているようなぼんやりした状態。
(「学習百科大事典[アカデミア]国語辞典」)

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