太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

子育て支援

2017-11-10 08:15:58 | 社会観察

タイトルが若い人風で少しこっ恥ずかしいが若い頃の話である。最近でこそ乳幼児保育の無償化など子育て支援がわだいになっているが、30年くらい遅れているように思う。団塊世代の子供達が(第二次ベビーブームと呼ばれた)乳幼児だった時代である。我が家は共働きで上二人が乳幼児の頃、ゼロ歳から乳児保育園に預けた。預ける際に考えたことは、二人預けると家内の給料は飛んでしまう可能性があり、何の為に働くか、仕事を辞めて子供の面倒を見ていている方が安上がりではないかと言う事だった。当時でも確か一人月額4万円くらいだったのではないだろうか。私の親は早く亡くなり、家内も実家は遠い。それでも働いた方が少しプラスなので共働きは続けた。幸い家内は公務員だったので不規則な残業はあまり無く、子供の送迎はもっぱら家内がやっていた。

困るのはちょっとした熱でも園から連絡が入り、迎えに行かなければならない時である。それも家内の役目である。お腹が大きい時でさえ腹突き出して自転車に乗り家庭訪問するなど結構苦労は掛けたように思う。もっとも困ったのは近くに相談する人が居なかったので子供の病気の症状が良く分からなったことである。これはもっぱら本を頼りに素人診断をした。麻疹や水疱瘡など上手く対処できて病院に連れて行くことができた。風邪をひいた時、鼻の穴が塞がりそうなくらい鼻水が固まってしまった。本を読むと濡れタオルで拭いて、親が直接口を付けて鼻水を吸い出せとある。流石にこの時はお互いに譲り合い、結局スポイドの大きなヤツを買って来て吸い出そうとした。ところが堅いスポイドが鼻先に当たると本能的に顔を背けてしまって上手く行かない。

子供らが大きくなってうどんすきを食べていた時、離乳食の頃はうどんを口で切って食べさせていた話をすると、子供らは絶対そんなことは無い、そんなものは食べないと本気で怒る。子供の頃の話をすると嫌がるものだとこの時知った。上の子が赤ん坊の頃、休日で園も休みの日どうしても外せない用事があり、ちょっと離れた姉の家に預けた。夕方迎えに行くと姉もちょっと用事が出来たのでお隣に預かって貰っているという。偶然だが、お隣は私の勤め先の強面部長の家である。会社でどんな関係になるか分からないので極力私生活ではお世話にならないよう努めていたのにである。お隣に迎えに行くと、その部長が赤ん坊を抱えて出て来て、泣きもしなかったし可愛いなあ、家内など近所の人にお子さんですかと冗談を言われて喜んでいたよという。その後私は縁があって会社を移ったが強面部長が先に行っており、後に重役になった。周りは私も子飼いと思われ結構気を使っていたようだが、赤ん坊の件以来一切相談事などした事無く公私は明確に分けていたのだが。残念なことはその強面部長の私に対するイメージは何時まで経っても若造、子供の感覚だった。こちらが50近くなるまで変わらなかった。

子供をどのように育てたかを喋る機会など無い。自分自身も親から育てる苦労など聞いた事が無い。恩着せがましいことは言わない、それが当たり前のことであった世代である。明日どうなるかなど考えない時代でその日が無事であることだけだった。保育園料の高さも今思えば法外である。今その子供が親になり孫の世代の子育てに苦労をしている。当たり前と思わず声を上げるのも必要だろう。我慢とか耐えることだけが美徳の社会では進歩が無い。特に女性の社会進出には子育ての負担を軽減する必要がある。支援など無かった世代が支援を応援していることも忘れないで欲しい。