さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 クンジュラブ峠越え その2

2013年11月26日 | 海外旅行
クンジュラブ峠は、標高4693mの台地になっています。

峠を走るパキスタン・中国の国境部は緩衝地帯が設けられており、中国側にはゲートが設けられています。中国側の国境付近は写真撮影禁止ということで、バスの車窓から撮影したこの写真のみになりました。入国審査の際に、カメラの撮影画像がチェックされることもあるともいわれました。



クンジュラブ峠付近は草原になっており、パキスタン側ではヤクの放牧も行われているようです。



峠の脇に頭をもたげる5000m峰。山頂まで僅かな距離で達することができそうです。



パキスタン側の国境事務所。添乗員が書類を見せるだけで通過させてくれました。



国境の緩衝地帯でバスを下りて写真を撮りました。



中国側の撮影はトラブルになるというので、パキスタン側の撮影です。峠といっても穏やかな風景が広がっています。



パキスタン側の国境事務所が、広大な風景の中に小さく見えています。中国側の国境ゲートとは大違いですね。



カラコルム・ハイウェイのクンジュラブ峠(標高4693m)は、国境を横断する舗装道路としては世界一の高所を通る道路になっています。冬季閉鎖によって、この国境は例年5月1日から10月15日の間だけ開いています。



この眺めで、パキスタンともお別れになりました。

写真撮影を行っていてそれほど時間が経たないうちに、中国側の警備兵によってバスに乗って中国側に進むように指示されました。おかげで、クンシュラブ峠にあるというパキスタン・中国国境の標識を確かめることができませんでした。

ここからが、旅の最大難関の中国入国になりました。ゲートに進むと、中国旅行社が、記念写真を撮り合っており、まず不快感。バスに小銃を持った警備兵が乗り込んできましたが、驚いたことにスマフォで音楽を流して聞き始めました。人っ子政策で甘えさせられた中国人若者特有の肥満体型で、規範と訓練のほどが疑われます。



峠から少し下ったところに国境事務所があり、ここで荷物検査が行われますが、これが厳重で時間がかかります。前のトラックの検査が終わるのを待つ必要がありました。

ここでの一番の問題はトイレに自由に行けないことでした。パキスタン人運転手が中国の警備兵に頼みにいくと、余計なことを頼みにくるなといって小突かれていました。中国の友好国としてパキスタンの名前が挙げられますが、パキスタンの一般人は、中国人の横暴な態度を嫌っている者が多いようです。

ようやく事務所に入って入国手続きが始まると、これは比較的スムーズに進みました。

車に乗り込みましたが、出発の許可が出ずに、理由も判らないままの待機が続きました。海外旅行では、気長に待つ覚悟が必要ですが、ここでは二つの問題がありました。

一つは、4700m標高でお菓子の袋がパンパンに膨らむほど空気は薄く、ここで時間が経過すれば、高山病にかかる危険性が増すことです。寝ると高山病にかかるため、起きてという声が添乗員さんからかかりました。普通の登山だと歩いているうちに高度順化もできるのですが、バスの旅とあっては速やかに高度を下げる必要があります。

もう一つは、トイレの問題です。入国審査の時にトイレを一回済ませましたが、その後は、バスの中に缶詰状態になりました。タシュクルガンまでの200km・2時間半ほどは、ノンストップでの移動になります。ただちではないものの、時間がこのまま経過していけば、トイレ問題で絶体絶命の状態に追い込まれかねません。

理由も判らずに待たされている間に、後続の「パミール大横断8日間」グループが到着しました。このグループの入国手続きが終わってから一緒に出発かと思い、まだ待つのかと思ったところ、突然バスの出発許可がでました。

結局、入国手続きを終えるまでに1時間半。その後の待機に1時間20分ほどかかりました。Web上にある旅行記をみると、5時間待たされたこともあるようなので、順調にいったほうでしょうか。

このクンジュラブ峠での入国審査を受けると、中国嫌いになることは確実です。でも、私は中国が好きです。「宦官の十常侍や暴君董卓が悪政をしき、地方役人は腐敗し、黄巾族が跋扈する」三国志の世界が今にも続いていると思えるのが中国です。



バスが走り出して峠から少し下がったところで、中国のパトロールもいないということで、写真撮影の許しが出ました。



クンジュラブ峠の中国側はパミール高原となり、山に囲まれた中、穏やかな地形が広がっていました。

なお、パキスタンでは車は左側通行であったものが、中国では右側通行に変わります。



歩くと楽しそうな高原ですが、国境地帯とあって、自由な行動が許されないのは残念です。





雪山も遠ざかり、周囲には茶色の地肌をむき出しにした山が広がるようになりました。



良く整備された道路で、バスは快調に進んでいきました。バスに揺られて眠気も生じてきましたが、高山病予防のために「眠らないで」という声が何度もかかりました。





高原の幅も次第に広がってきました。







人家も見られるようになってきました。



高原の奥にも人家が点在しています。



車窓左手の西側にはタジキスタンのヒンドークシュ山脈が広がっていました。





ラクダも放牧されていました。



電柱の列も見られるようになって、ようやく里も近づいてきました。



新しい建物は、遊牧民の定住化政策のもとで建てられているようです。



国境の街タシュクルガンには、日没時に到着しました。出入国管理局に到着しましたが、建物に人影は見当たりませんでした。待つことしばらくで、管理局スタッフが到着しました。入国手続きが始まれば比較的スムーズでしたが、その後の荷物検査のためには、X線撮影の機械にスイッチをいれて、使えるようになるのをしばらく待つ必要がありました。オープンさせての荷物検査は、12個のうちの運の悪かった2個のみでした。

ようやく手に入れたタシュクルガン入国のスタンプは、貴重に思えました。なお、出国は北京になりました。

ここでようやくトイレに入ることができました。4時間ほどトイレを我慢することになりました。クンジュラブ峠越えの最大の難関は、高山病よりもトイレの我慢といっても良いでしょう。高山病予防対策に反して、前夜から水分を控えめにしていたのは正解でした。海外旅行で良くある下痢を起こしていたら、とんでもない悲惨な目にあうことになるのでしょうね。

パキスタンからのバスとも別れて、出迎えのカシュガルからのバスに乗って、近くのレストランに向かいました。

長い一日を無事に終えて、ビールを飲んでほっとしました。

夕食を終えてホテルに入ったのは、夜中の12時になっていました。パキスタンの時差は、日本時間-4時間であったものが、中国では-1時間になるので、パキスタンから中国に入っただけで3時間時計を進める必要があります。パキスタン時間では、まだ9時なのですが、中国では深夜です。「パミール第横断8日間」グループもようやくタシュクルガンの出入国管理局に到着したようでした。このグループは、なんとか夕食をとることができたようですが、これ以上遅れた場合には、カップ麺の夕食になってしまう場合もあるようです。散々クンジュラブ峠で意地悪されたあげくに夕食がカップ麺では、泣きっ面に蜂ですね。

いろいろな問題がありましたが、ともあれ無事にタシュクルガンのホテルで眠ることができました。
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