二年ほど前から妻より「雪の大谷に行ってみたい」と何度か言われてきた。
一緒に行きたくなかった訳ではないが、「雪の大谷=室堂」である自分にとって「雪の壁を見るためだけにわざわざ室堂かぁ・・・」という勝手ながらの思いがあった。
室堂へは最低でも年に一度は行っている。
もちろん剱岳に登るためなのだが、どこか「そのためだけに室堂か・・・」となるわけだ。
雪の大谷そのものを見たことも何度かあった。
GW明けの残雪の立山縦走だった。
あくまでも目的は登山であり、バスの車窓からしか見たことはなかったが確かに圧巻であった。
妻曰く「黒部ダムも見てみたい」との希望もあり「それなら行ってみよう」となった。
旅行そのものの計画として、一日目は室堂、黒部ダム。
松本に泊まって二日目は松本市内観光とした。
本音を言えば二日目の松本市内観光が楽しみである。
混雑をできるだけ避けるためにGW直前の四月末としたが、天候が心配となった。
幸いに予報では室堂当日だけが好天であり、その前後はやや荒れるようだった。
自宅で夕食を済ませ夜になって出発。
ルートはもう何度も利用しているいつものルートであり、途中休憩する場所も同じとした。
ほぼ予定していた時刻(深夜)に扇沢駐車場に到着し、そこで車中泊。
そして翌朝7:30に扇沢駅を出発する。
剱岳へ向かうときと全く同じ行程となった。
切符売り場は相当な混雑があるだろうと予測し、6時頃から売り場前に並んだ。
とは言っても並んだのは自分だけであり、妻には「7時頃になったら来ればいいよ」と伝えておいた。
四月末とはいえ標高から考えればそれなりに寒いだろうとダウンジャケットを着て売り場前に並んだ。
この時簡易的な折りたたみの小型椅子と本を一冊持参した。
切符販売開始までの約一時間をどのようにして過ごすかを考えてのことだった。
これが大正解!
他の登山者や観光客の人たちは皆立ったままで待機しており、何もすることが無い。
持ってきて良かったアイテムだった。
持ってきた書籍なのだが、自室の本棚にあったもので「まぁせっかく山岳地帯に行くのだから・・・」と最初に目に入った本を何気なく抜いてきたものだった。
書籍名「どくとるマンボウ 青春の山」(著 北杜夫)。
本当に何気なく棚から抜き取っただけであり、何も考えること無く持ってきただけのものなのだが、この一冊の本が翌日の松本観光において今回の旅行を感慨深いものとしてくれた。
そのことは後に綴りたい。
7時となり切符の販売開始となった。
かなり前の方に並んだおかげですぐに購入でき、乗り場へと向かった。
残念ながらお弁当売りの名物駅員であるNさんはいなかったが、また夏に剱に来るときに会えるだろうと期待した。
室堂往復であればもう何十回と利用している交通機関であって何ら慌てる必要は無いのだが、妻が「大丈夫なの? すごく混んでるみたいだけど。」と心配していた。
「混むのはいつも同じだよ。室堂まではうまく乗り継げれば1時間30分くらいだけど、あくまでもうまく乗り継げればの話。そのためには乗り継ぎの時にちょっと急がなきゃだめ。ロープウェイの時にいい雪景色を撮りたかったら尚更のこと。まぁだからといって慌てて転んだら元も子もないけどね。」
それ以上のことは言わなかったが、要するに「ここに来たら俺に任せておけ。俺の言うことを聞いていれば大丈夫。」と言いたかった。

みごとな青空と残雪。
これを見ただけでも妻は感動していた。
扇沢から電気バス一本でダム駅に到着。
長いトンネルを歩いて抜ければ黒部ダムが見えてくる。
真夏でもこのトンネルの中は肌寒く、ましてや今の時期ともなればダウンジャケットは欠かせない。

このトンネルの先にダム湖が見える。
歩き慣れた道とはいえ、この時期はかなりの寒さだった。
できればダムでゆっくりしたかったのだが、先ずは室堂へ行くことが先決だ。
このポイントは帰り際に観光することにしている。
だがせめて写真くらいはと、何枚か収めておいた。

黒部ダム湖。
思っていたよりも水量は無かった。

残念ながら放水の時期にはまだ早く、あの圧倒的放水量を誇る様子を見ることはできなかった。
それでも満足げな様子。(笑)
「さっ、急いでケーブルカーに乗るよ。」
のんびりとダムの上を歩きたかったようだが、乗り継ぎのためにはそうはいっていられない。
ケーブルカー駅へと急ぎ足で向かった。
ケーブルカーに乗るにもちょっとしたコツのようなものがあり、室堂に向かうためにはできるだけケーブルカーの先頭に乗った方が良い。
これは次のロープウェイの乗り継ぎのためで、ケーブルカーを降りた場所はかなり急な階段状となっており、その階段を上らなければならない。
時短と距離短、体への負担軽減を考えれば車輌の先頭付近がベストとなる。
ケーブルカーに乗り込むときに「なんですぐに乗らないの? ここを登って乗るの。」と妻から聞かれたが「降りればわかるよ」とだけ言っておいた。
おかげでロープウェイの乗車時は先頭で並ぶことができ、写真撮影に良い場所、しかも椅子に座ることができた。

ロープウェイ内の後部席に座り残雪の北アルプスを愛でた。
立山方面は復路に見ればいいだけだ。
聞き慣れなアナウンスは無視し、妻には「山の天気はとにかく変わりやすいから写真は撮れるときに撮っておいた方がいいよ。ガスったらホワイトアウトで何も見えないから。」と言った。

ダム湖駅が遠く小さくなってくる。
大観峰駅が近いことがわかる。
大観峰まで来てしまえば室堂はすぐで、最後の電気バスに乗り10分少々の乗車で着く。
天候は問題ないだろう。
雪の大谷も良いのだが、あの一面の大雪原を見せてあげたい。
やっと室堂ターミナルに到着した。
「ねっ、どこ? 雪の大谷って何処なの?」と迫るように妻が聞いてきた。
「大丈夫。慌てることはないよ。先ずはトイレ、でもって一服したいな。」
妻からすれば何を暢気なことばかり言ってと思われていることだろう。
「とにかく先ずはトイレだよ。山に来たら行けるときに行っておかないとね。」
ゆっくりと一服させてもらい階段を上がってゆく。
ターミナル内でふと思ったことがあった。
これだけ混雑しているにも関わらず、ほとんど日本語が聞こえてこないのだ。
聞こえてくるのは中国語らしき言葉ばかりだった。
しかもドデカい声ばかりが構内に響き渡っている。
「こりゃぁ想定以上だな。(苦笑)」
階段途中の踊り場にあるいつもの掲示板。
天候や事故の報告などが記されている。
今日に限っては天候だけを気にすれば良いのだが、どうしても山岳事故にも目が行く。

室堂平でも転倒による負傷事故があったようだ。
妻にも自分の持っている軽アイゼンを持たせておいたが、雪原とはいえ雪山にはまったく慣れていないだけに、歩く前にもう一度歩行テクを教えておくべきだと思った。
さて、ここを上がれば室堂平、立山連峰、そして剱岳が見えてくる。
雪の大谷は妻、自分は残雪の北アルプスを堪能したい。