ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
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雪山の事故について思う

2017年04月01日 01時27分15秒 | Weblog
3月22日~23日にかけて、職場の後輩を連れ南八ヶ岳を縦走してきた。
22日は先ずテン場まで行き、テントを設営後に赤岳登頂。
翌23日は硫黄岳に登り、そこから横岳~鉾岳~日の岳と縦走した。
まずまずの天候にも恵まれ、充実感一杯の思いで帰ってきた。

だが、その直後に起きたあの山岳事故。
しかも自分の地元の高校生と引率教員。
複数の高校の山岳部による合同合宿で起きたあまりにも痛ましい雪崩による死亡事故は、自分にとっても衝撃の大きいものだった。
自分の住んでいる市にある高校の山岳部も参加していたのだ。
ましてや、嘗ては自分の親父はその顧問教師でもあった。
自分は山岳部ではなかったが、決して他人事では済まされない程に胸が痛い。

そしてもう一つ。
事故現場以外の雪崩の状況が気になりネットで調べてみたが、ゾッとする程血の気が引く思いになった。
3月23日、「赤岩の頭(かしら)」直下で雪崩が起きたとのこと。
「ちょっと待て、23日って・・・俺たちが登った日じゃないか。ましてや赤岩の頭の直下を登ったじゃないか・・・。」

「赤岩の頭」とは、テント場から硫黄岳へと向かう途中にあるポイントで、標高は2656m。
横岳に登るにはどうしても避けられないルートでありポイントでもある。
もちろんその付近は雪庇が発達しやすく、雪崩の危険性が高いことも承知だった。
過去に雪崩により死亡者が出ていることも知っていた。
だからこそ気温の低い朝の内にそこを通過してしまおうと計画を立てたのだ。

赤岩の頭直下を登り始めたのは7:30頃のはずだった。
ということは、雪崩が起きたのはその後の時間帯ということになる。
何時頃に起きてしまったのかは不明だが、外気温などの気象状況によっては自分たちが巻き込まれていてもおかしくはない。

一緒に行った後輩にラインで連絡を入れた。
彼もすぐに調べたようで、「あんな事故があっただけに、自分たちが今生きていることに感謝したいです。運が良かったと言ってしまえばそれまでですが、生きていることが何か不思議な気がします。」
と、返事が来た。

「生きている」「生かされている」「偶然」「必然」
いろいろな言葉が頭の中を駆けめぐった。

もしあの時、もう少し時間がずれていたら・・・。