英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

電王戦……スポーツマンシップ、棋士のプライド……ルール内であれば“正々堂々”と言えるのか? 【4】

2015-04-21 11:07:08 | 将棋
「Ⅰ.“ルール内”ということ」
「Ⅱ.反則周辺のテクニック」
「Ⅲ.将棋における反則や番外戦術など」
の続きです。

今回は
阿久津主税八段×AWAKE戦について。

Ⅳ.阿久津八段の戦術の是非
 阿久津八段は将棋ソフトの弱点を突く戦術を用いた。その弱点とは、「コンピュータソフトの読み(局面判定)の射程距離(手数)以上の局面は見えない(読まない)」というもので、自陣に誘いの隙を作り、AWAKEに取られる運命にある角を打たせたのだ。AWAKEには読みの射程距離外で角が取られてしまうことが読めなかったのである。
 しかし、「こういう勝ち方はフェアではないのではないか」という非難が上がった。もちろん、ソフト貸出し等の運営の不備であって、阿久津八段は勝つ可能性の高い最善の手段を尽くしただけという意見も多い。
 そこで、今回は阿久津八段の採った戦術について考えてみたい。

1.阿久津八段の用いた戦術の正当性
 昨年より、「対戦棋士にソフトが貸与され、ソフト開発者は手直しができない」ようになっている。
 このルールの意味することについては、第1局のAperyの平岡拓也が次のように述べて、反対の意を示している。
「勝負を、興行上五分五分に近づけるためのルールだと思った。公平じゃない。片方は練習できて、片方は穴があっても防げない。どうみてもおかしい。それが、FINALのFINALで一番最悪な形で出た。これ以上、勝負として成り立たないのであれば電王戦を続ける必要はない。これ以上のコンピュータの制限は難しい。クラスタ化も制限されてるし」
 私はこの主張を支持したい。
 主催者のドワンゴの川上会長はこのルールの意図として
「人間とコンピュータの公平なルールは存在しない。
 人間のプロ棋士は面白い将棋を指すことが命題。持ち時間があるのも、人間がミスをして、長引かせずに、面白くなるためのルール。コンピュータはそんなこと考えない。
 興行として(実力が拮抗するように)貸し出し有りにしたわけではない。
 異種格闘技戦なので、人間とコンピュータが戦うのがおかしい。フェアな戦いというのは元々存在しない、比べるのがおかしい。そのことをはっきりさせたい。
 人間と同じルールでやるというのは見せかけのフェアです。
 計算速度がコンピュータの方が早いわけですし、記憶容量も、コンピュータはすべての過去の棋譜を記憶できる。そもそも公平なルールになっていない」

と説明しているが、都合の良い理屈にしか思えない。
 ≪計算速度がコンピュータの方が早いわけですし、記憶容量も、コンピュータはすべての過去の棋譜を記憶できる≫と、コンピュータの強みを強調し、≪公平なルールになっていない≫と主張しているが、そのコンピュータの巨大で高速なデータ処理に、棋士(人間)の思考の柔軟さや経験や大局観などで対抗するのがこの電王戦の見所のはず。“人間とコンピュータの異能力の戦い”なのである。ニコニコ生放送でも、PVで対決ムードを散々煽っている。
 なのに、“異能力の戦い”を“公平なルール”と言葉をすり替え、≪人間とコンピュータが戦うのがおかしい≫と自らの企画を否定している。論理の破綻も甚だしい。


 それに、コンピュータソフトを開発するのはプログラマー(人間)である。“人間と人間の戦い”でもある。
 平岡氏の≪片方は練習できて(ソフトの穴を見つけることができ)、片方は穴があっても防げない。どうみてもおかしい≫は、至極当然な主張である。
 もちろん、この条件を違うように捉えるプログラマーもいる(どちらかというと、貸出容認派が多い)。
「棋士に研究されることでプログラムの欠点が明らかになり、それを糧にさらに開発すればよい」西海枝昌彦氏(Selene)
「プログラムの穴を見つけられないよう工夫すればよい(指し手のランダム性を高めるなど)」やねうらお氏(やねうら王)
「ponanza強いんで、なんでも大丈夫です」山本一成氏(ponanza)
「棋力向上に役立てられるなら貸し出しはあってもいい」巨瀬亮一氏(AWAKE)

 まあ、「ソフト貸与」、「プログラム修正なし」の是非はともかく、その規定は、棋士がプログラムの弱点を見つけ、それを突く」戦術を採ることが可能で、有効で、容認されているということ。この危惧は、昨年から指摘されてきた。(やねうら氏の言うような)穴を突かれないよう指し手を絞らせない工夫をしたいが、昨年はその工夫をする時間がなかった(「電王トーナメントを勝ち抜いたソフト」が棋士と戦うという考えで、大きな改変をさせない為)。
 今回の「電王トーナメント」と「ソフト貸与」までの期間がどれだけあったかは、私は知らないが(すみません)、もし、改良する時間がないのなら、電王トーナメント参加の時点で、指し手のランダム性を高めなければならない。しかし、詳しくは分からないが、指し手のランダム性を高めることは、棋力の低下に繋がると考えられる。“痛し痒し”の状況だ。


 棋士の立場から言えば、ソフトの貸与はありがたい。ソフトの棋風や癖を知らずに対局するのと、無情報で対局するのとでは、相対的な強さが違ってくる。プログラムの穴を突くのはともかく、相手を知り、得意形を避け、苦手な戦型に持ち込む。相手の指し手を予想して、対策を練るという、対人間の戦い方を使えるからである。

 プログラムの穴が見つかり、それを修正した結果、ソフトの強さやクセが別物となってしまうのは、棋士の研究が無になってしまうので、修正を認めるのも問題がある。なので、≪電王トーナメント終了後、充分な改良期間を認めるべき≫というのが、私の昨年来の考えである。

 電王戦のシステムはプログラマーにとって気の毒だが、阿久津八段の戦略はそれに沿ったもので、正当なものである。責めるなら、システムの不備を放置した主催者側であろう。


2.阿久津八段の事情(事実は大きい)
 この第5局の結果を、私はNHKの午後のニュースで知った。地上波かBSかは失念したが、BSだとすると午後○時50分からの10分間のニュースの中で、速報的なものだった。7時のニュースでも、社会性の高い出来事の扱いだった。
 映像の有り無しの差はあったが、両方とも手数と対局時間と阿久津八段の勝利、団体戦で棋士が勝ち越したという事実飲みを伝え、プログラムの弱点を突いた阿久津八段の手法には触れなかった。
 ちなみに、各報道の第一報の「見出し」を調べてみると
「電王戦:棋士側が初勝ち越し…3勝2敗」(毎日新聞)
「将棋電王戦、ソフト側が突然投了 棋士側、初の団体勝利」(朝日新聞デジタル)
「電王戦、棋士側の3勝2敗…初の勝ち越しで面目」(読売オンライン)
「将棋ソフトにプロが初の勝ち越し 阿久津八段が面目保つ」(産経ニュース)
「将棋電王戦、プロが初の団体勝利 最終局制して3勝2敗」(中日新聞・CHUNICHI Web)
「谷川会長「ほっとしている」 電王戦、棋士初の勝ち越し ソフトの弱点突く」(日本経済新聞)
「将棋・電王戦、プロ棋士が初の勝ち越し」(スポニチ)
「プロ棋士が電王戦初の勝ち越し!わずか21手で将棋ソフト破る」(サンスポCOM)
「【電王戦】阿久津八段がソフト撃破!3勝2敗で初の勝ち越し」(スポーツ報知)
「将棋電王戦 将棋ソフトにプロが初の勝ち越し 阿久津八段が面目保つ」(YAHOO!ニュース)

 という具合で、「棋士がソフトに勝ち越した」という印象を強く受ける。サンスポの「わずか21手で将棋ソフト破る」は、本来はプログラムの穴を突いた事情によるものだが、内容を知らない世間の人は、≪29手(短時間で)コンピュータを破った≫と思うのではないだろうか。
 そんなわけで、やはり「“勝った”という事実は、非常に大きい」と実感した。

 阿久津八段も、勝負に生きる棋士。結果の重大さは身に染みて感じているはず。しかも、過去2回の団体戦では、棋士は惨敗している。2勝2敗で迎えた最終局は、とてつもなく大きい勝負となった。
 棋士のプライドと、勝負の重大性の板挟み。阿久津八段の葛藤は並大抵のものではなかっただろう。


3.阿久津八段の研究・対策
 今回、話を複雑にしたのは、2015年2月28日の「AWAKEに勝ったら100万円」という企画で、山口直哉氏(NEC将棋部)がAWAKEに△2八角を打たせて、勝利した出来事
 巨瀬氏は、これを見てから対局前までに「△2八角を打たされる形になったら投了する」ことを決めていたそうだ。自分のプログラムの弱点が明らかになり、それを修正することは叶わない。巨瀬氏としては、「アマチュアの指した手をプロは指さない」という棋士のプライドを信じるか、△2八角を誘導された時、AWAKEが△2八角と指さないことを願うしかなかった。
 その辛い思いが、21手での投了と「すでにアマチュアの方が指されていた形なので、ちょっとプロとしてはやりづらいんじゃないかと思っていました」(アマチュアが指した手をプロが指したのは残念だ)という言葉に現れた。
 この辺りの状況については『日本の科学と技術』「将棋電王戦FINAL第5局 阿久津主税八段 対 AWAKE は、わずか21手、たったの50分間であっけなく幕切れ」が詳しいです。

 ただ、これは巨瀬氏に誤解があった。確かに、阿久津八段が採った戦法も山口氏とほぼ同じものだが、この筋に気がついたのは、ソフトの貸与を受けた12月12日の3、4日後だったらしい(山口氏の対局の2か月半前)
 阿久津八段の事前研究・対策については、『電王戦FINAL第5局 観戦記 野月浩貴七段』が詳しい。
 この観戦記の中で野月七段は
「阿久津は得意戦法である相掛かりや角換わりをメインに対戦を重ねていったが、同時にコンピューターの弱点と言われる形も試していった。貸し出しから3、4日目くらいに、本局でも登場した△2八角と打つことに気づいたという。
 この△2八角戦法は「将棋ウォーズ」というスマートフォンをメインとした対戦型アプリで搭載されているPоnanza対策として、ユーザー達が編み出したコンピューターの弱点を突いた対策の1つだ」

と言及している。
 これは私の推測だが、『△2八角打たせ戦法』は「打倒ponanza」用戦法で有力とされていた手法。なので、「阿久津八段が、『△2八角打たせ戦法』を知っていて、AWAKEに対して試してみた可能性もある。(「知っていて、試してみたら、△2八角と打ってきた」という旨のコメントをしたらしい)
 だとしたら、阿久津八段は山口氏の手法を真似たのではないが、アマチュアの手法を手掛かりにAWAKEの弱点に気がついたということになり、≪アマチュアが指した手をプロが指したのは残念≫という主張は、あながち的外れとは言えなくなる。
 ただ、阿久津八段も最初から『△2八角打たせ戦法』に狙いを絞ったわけではなく、相掛かりや角換わりの戦型を試したらしい。しかし、勝率が高くならず、「結局、本局の2週間前、稲葉陽七段が函館・五稜郭で敗れて対戦成績が2勝1敗となった時に△2八角戦法を採用することを正式に決めたという」だそうだ。

 この戦法に絞ったと言え、思い通りに局面を誘導できるとは限らないそうだ。初っ端から相振り飛車になる確率が20~25%あり、居飛車党の阿久津八段にとってはリスクのある選択でる。その他、「AWAKEが居飛車穴熊志向でないと△2八角を打つ確率が非常に低い」「△5四歩を突かないと△5四角と打ってしまうことが多い」「▲7七銀と上がると△2八角を打たない率が上がる」など△2八角を打つ展開にならない場合の対策も練ったとのこと。
 『△2八角打たせ戦法』の理想形が実現する可能性はかなり低かったとのことだが、これが実現してしまったのは、勝負の神様の悪戯だったのかもしれない。巨瀬氏にとっては“不運”、阿久津八段にとっては幸運か不運かは微妙なところ。
 確かに思惑通り局面が進んだことは幸運と言えるが、作戦が成功したことで“棋士のプライド”を問われることになった意味では不運だったと言える。さらに突き詰めて、AWAKEが△2八角と打たず作戦が不発になり、その場合の対策も実らず敗れてしまった場合のバッシングを考えると、幸運だったのかもしれない。


 ともかく、阿久津八段の戦術は正当であり、採用するに至った状況も心情も理解でき、その結果、勝利したという事実の大きさも認める。
 しかし、支持はしない。

【続く】

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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-06-18 23:59:08
最後の

【続く】

のリンク先が間違っていますよ
返信する
ありがとうございます ()
2015-06-19 00:20:18
Unknownさん、こんばんは。

>【続く】のリンク先が間違っていますよ

 あっ、間違っていました。無限ループになっていました。
 ご指摘、感謝です。ありがとうございました。
返信する

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