崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

宗教教育

2006年05月25日 12時30分39秒 | エッセイ
 国会で議論されている宗教教育について思い付くことがある。今の日本の学生は宗教に関して無関心、無知を強く感ずる。クリスチャンさえ異様に感じるかもしれない。世界的には宗教と民族紛争などのニュースなどがあふれている。しかし、それにまったく無関心であり、世俗的な見方で見ている人が多い。信仰はしなくても宗教への理解は必要であろう。
 戦後の日本の教育はあまりにも宗教に関心をしめさなかった。合理的な人間ばかりを教育してきた。宗教は非合理的なものの理解を求める。合理的、計算高い人は非合理的な愛情、尊敬、親孝行など理解しにくいであろう。また国や民族、人類愛を考えることなどはめったにないであろう。非合理的な点こそ人間性の重要な特徴であることを宗教を通して学ぶべきだと思う。

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