崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

『ワン・アジアに向けて』出版

2017年05月31日 05時34分58秒 | 旅行
東亜大学東アジア文化研究所発行、花乱社092(781)7550発売で『ワン・アジアに向けて』を出版した。地方からアジアへ向けての発信である。
 本書は二部に構成されており、一部はワンアジア財団支援公開講座「ITによるアジア共同体教育の構築」の報告書であり、15回行われた講義の生きている映像を30分弱にまとめたDVDと講義の概要である。
 第二部は記憶として下関から出征して日中戦争参戦の現場で写した貴重な写真集とインタビュー、満州映画協会に勤めた生き証人の話、植民地と戦争の期に日韓を往来しながら生きて来た方のインタビューの収録である。インタビューに応じて話をして下さった小山正夫元上等兵は100才にあとわずかという時に亡くなられた。彼が日中戦争の話の中で「慰安室」の写真を指差しながら語った慰安婦の話は印象的だった。
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洗骨

2017年05月30日 05時27分06秒 | 旅行

 古い日記や調査ノート、アルバムなどを探し、読んでみて自分史を書きたくなった。写真には懐かしい風景や顔が多いが、日記には失敗が多く、良い気分ではない。自分の暗い部分であるからであろう。留学して半年後、日本で初めて沖縄調査に参加した。1973年7月与論島で風葬穴を覗いて見た感動はあっても写真が見つからない。座葬の葬式を観察した。1975年には3月、8月2度宮古島で葬式と洗骨の現場を撮影したものがある。目を離せない作業が続いている。

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自衛隊海軍船

2017年05月29日 05時08分38秒 | 日記

 ベランダの鉢物の下に、犬用の自動的に水が流れるボトルがある。ミミだけの飲み水である。最近二羽の鳩もこの水を飲んでいるのに気がついた。鳥インフルエンザが心配なので、鳩が飲んだ後は水を新しくしてあげる。昨日は海上自衛隊輸送船「おおすみ」が公開されていたので見学した。手荷物検査、大量リフトに乗って甲板に上がった時、旧同僚の大隈先生に出会った。久しぶりの出会い、私は嬉しく彼の手を握って疎遠な時を流した。別府とソウルから来られたニ方と昼食をとった。辛治善牧師は韓国から来られた、新鮮なニューカマーである。韓国語と日本語の説教、日本人を伝道することは難しいのでなく「宣教をしていない。宣教師になれ」という。昨日のように礼拝参加、その後のランチ、そして船の見学など仕事と言えないこのような所用で忙しかった。おそらくこのようなことを含めて「忙しい」という人が多いのだろう。日本人が忙しいというのは幸せという意味であろう。  

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私の現地調査写真

2017年05月28日 05時09分47秒 | 旅行

 昨日はパネルを探しに市内を回った。出版記念祝賀会で私の現地調査写真30余点を展示するためである。A3より若干大きい写真を並べると教室にいっぱいとなった。自分の写真を自ら品評する気持ちになった。露出、焦点、時間などの簡単な調整はしても詳しい技術的なものは知らずただカメラで撮ったものであり、生活を表すためにとったものである。スマートフォンでは露出、エフェクトなど設定ができるので美しく取れる。しかし私の現地調査写真は美的に工夫するよりは、リアルに描写することが大事である。もう一つは原始的な異風景に焦点を合わせてはいない。しかし、その民族の特徴を強調することは必要である。東南アジアの露店バイキング、女性のお尻露出などは異風景のように見えても先端流行の先行であったようにも思われる。

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出版記念講演会のお知らせ。

2017年05月27日 09時40分25秒 | 日記

出版記念講演会のお知らせ。

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「恥の文化」

2017年05月27日 05時02分24秒 | 講義

 ベトナム、中国、韓国からの留学生10余名が講義名は異なっても水曜日と金曜日に両方とも受講している学生がいる。連続講義のような感じである。2年生たちなので主に会話中心の日本語の授業のようで楽しい。昨日は彼らが観察した日本人、日本文化が話題になった。喧嘩の話、ベトナムでは女性が泣くことで許され和解になるというと、韓国の学生たちは「夫が謝る」のが常であるという。中国では日本と似ていて両方が謝るという。韓国では一般的に男性は喧嘩、謝り(酒)、和解ができるが、女性同士は和解が難しいという。「謝罪」は和解のため、自ら行うものであり、強要されるものではない。それを深めるために私はルース・ベネディクトの「恥の文化」という日本文化論に迫った。つまり西洋の自我、良心、個人主義などに対して他人を意識し過ぎる日本人の「恥」を例にした。突然難しい問題に逢着して、考えることになった。

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「毒舌先生」

2017年05月26日 05時06分03秒 | エッセイ

 このごろ夜7時のニュースを抑え、面白い番組、「毒舌先生」と呼ばれる夏井いつき先生の俳句査定プレバトが面白い。以前韓国で「詩集」がベストセラーになることに、私は「感情豊かな国民だ」と称賛したことがある。しかし、日本では文学、特に俳句、川柳など大衆文学が盛んなことには驚いている。どの新聞や雑誌にも欠けることなく掲載され、テレビやラジオでも視聴できる。夏井先生の添削は実に面白い。作者のくどい作品弁説には「芝居でやりなさい」などという「毒舌」が面白い。私には文章作法の勉強になる。「花が咲く」というと「花だけでよい。咲かない花があるか」と皮肉をいう。日本文化の勉強である。多くの日本人は私の日本語が下手だと思っている。それは「彼らが韓国語ができるか」というのも「毒舌」か。言語は思考である。昨日の読書会では「日本語を国語とする理由は何だろう」というテーマで私が「毒舌先生」になった。

 

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「南北統一か否か」(東洋経済日報2017.5.19寄稿)

2017年05月25日 04時56分21秒 | エッセイ
 本欄で呉文子氏の「蘭坡音楽賞」雑感(2017.33)を読んで同感だと思うところが多い。洪蘭坡氏は近代音楽の祖と言われており、代表作の「鳳仙花」や「故郷の春」などが「朝鮮童謡百曲集」に収められている作曲家である。そのような氏が親日派と非難されている。呉氏は「あの時代の生き難さを自分に引き寄せてみる視点も必要ではないだろうか」と述べている。私はそれを読んで1940年、東亜映画製作所の映画『志願兵』の映画監督であった安夕影氏を思い出した。安氏らは「親日派名簿」にリストアップされているという。
 安夕影氏は1947我らの願いは、独立」を作詞し、国民的に愛称されるようになった。それが1950年の韓国戦争後に「われらの願いは統一」と変わって、より多く愛唱されるようになった。今では国民的歌謡の「統一の歌」として南北両方で歌われている。韓国はもちろん北朝鮮でも愛唱されている事実を、私は2002年に北朝鮮訪問時に確認した。その作曲者は有名な童謡作曲家の安丙元先生である。安先生は私の景福中学校時代の音楽担当の教師でもある。その安先生のお父さんが安夕影氏である。私の恩師の安先生はカナダのトロントに移住して活躍し2015年に亡くなられた。享年89歳だった。
 私は戦前に生まれ戦後に育ち、李光洙などの小説を多く読んだが,ずっと後になって彼らが親日作家として非難されていたことを知ってショックだった。崔南善の「不咸文化論」(火、光の朝鮮起源の文化論)や「独立宣言書」などを愛読して民俗学へ傾倒してきた私は彼らが「親日派だ」というのは衝撃的だった。「親日=売国奴」は侮辱語であり愛国に反する。しかし親日が必ずしも愛国ではないとは言えない。少なくともその言葉は韓国の国内用語であり、国際的な用語ではない。
 今回の新政権において南北関係はどうなるのだろうか。韓国戦争で韓半島は統一できず、むしろ厳しく敵対対置するようになった。しかし統一は南北同様国民の念願である。私は韓国戦争で韓国は釜山と済州島しか残らないかも知らないと思ったことがある。もし北側による統一なら独裁共産主義国家になったであろう。
 私の「アジア言語文化」の受講生たちの中の、ベトナムからの留学生たちは民主化と選挙の話には無表情である。その理由を聞くとベトナムには選挙はないからだという。学生の発言があるまで、私はそのことを知っていながらも認識しなかった。17度線で南北が分離対置していたが、ベトナム戦争で民主主義の南と共産主義の北が戦い、北によって武力統一された。北韓、中国なども民主主義的選挙がないのと同様にベトナムにも選挙がない。
 悪名高い分裂主義者と思われるかもしれないが、私は選挙のない大国より民主主義の小国の方がましであると思う。統一か分離独立か。大国か小国か。弱小国家であっても社会福祉のよい幸福な社会を作るのが理想であろう。なぜ帝国主義や、大国主義が望ましいのだろうか。
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미움이 가득한 나라`(憎しみ満ち溢れる国)

2017年05月24日 05時08分24秒 | エッセイ
マンチェスターテロのニュース驚愕禁じられない。朴前大統領の最初の正式な裁判の現場の生中継を見て <憎しみ満ち溢れる国 > という感を受けた。私の保守的な考え方の傾向だけとは思えない。日本の多くの論評者も、ほとんど共感している。「韓流ドラマより残酷」という人もいた。 「大法廷の裁判」になぜこのように不公平さが感じられるのだろうか

만체스터의 테러 뉴스에 경악을 금할 수 없다. 어제 오전 박근혜 전 대통령의 첫 정식 재판의 현장의 생중계를 보면서 <미움이 가득한 나라>라는 느낌을 받았다. 나의 보수 경향 때문만이라고는 생각하지 않는다. 일본의 많은 논평자들도 거의 나와 비슷하다. 어떤 이는< 한류드라마>보다  잔인하다고 하였다. 

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「花の海」

2017年05月23日 06時27分51秒 | エッセイ

 印刷中の工場で立ち合い、見学した。原版を作成、色の分解、4色の印刷機にインクの注入、運転、16ページを1枚の紙にプリント、裁断、装丁の過程が一目でみれた。これはオプセット印刷、1966年に韓国政府広報冊の活字印刷の時の立ち合いの後、日本では初めであった。私が撮った数十枚の写真もきれいに出来ていて感動した。その感動からさめる前に、そこからそれほど遠くない「花の海」に立っていた。野原の雑草であろうと思ったが本当に花の海のようなポピ-の花畑であった。世相の北朝鮮の言葉「火の海」ではない。そこは花畑だけではない。ビニールハウス群、いろいろな花やそこで採れた野菜や果物、その他の食品も販売している。観光客が溢れている。感動とヒーリング、癒しの楽しい時であった。

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朴氏の北朝鮮旅行記

2017年05月22日 06時54分47秒 | 旅行
 オーストラリア在住の朴氏のFB北朝鮮旅行記に興味がある。私は今から15年ほど前に3回訪れたことがある。多くの部分が私の感想と重なっている。彼と私は民族的に韓国人、朝鮮半島の二国は同様に「祖国」である。10日間私を案内してくれた青年が、私に感想を求めた。「祖国は楽園ですか?」と問う。戸惑った私の表情を彼はどう読みとっただろうか。
 日本のガイドは、カメラ、テープレコーダーなどを持たず北朝鮮では絶対に写真を撮ってはいけないという。しかし私はカメラを所持していた。
 朴氏は
-写真を撮影する自由はあるのか。
-旅行代理店の代表者は写真は勝手に撮ってもいいという話。しかし写真撮影への制裁があることを知り失望した。
 
彼の文章によると、金正日の時代より今の金正恩時代がより不自由になったようである。私が行った時は兵士たちの写真を撮るのに制限がなかった。中国や韓国よりも撮影には、より自由であった。日本や韓国の私の周囲の人々はメディアの言うように私に注意するように言った。私は同じ時期にソウルから板門店、平壌から板門店を訪問し、韓国側の方が写真撮影を禁止することが厳しかった。北朝鮮の人々は私を暖かく迎えてくれた。外部から見るのと実際に見るのとは異なっている。南北韓国の一般の人々は政治家のように敵対しない。悪い政治家たちによって南北が分裂たと思える。

 

 
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박세진씨의 북한방문

2017年05月22日 05時43分57秒 | 旅行

 페친 박세진씨의 북한여행기에 관심이 간다. 나는 지금부터 15년전쯤 세번이나 방문한 바 있고, 감상 등을 학술지에도 발표한 바 있다.사진을 찍을 수 있을까. 일본에서 동행한 교포 안내자는 카메라 녹음기 등을 배 안에 두고 내리고 북한에서는 절대로 사진을 찍어서는 안 된다고 하였다. 그러나 나는 그 말을 듣지 않고 카메라 녹음기 등을 소지하였다. 10여일간 나를 안내한 청년이 단 둘이 차안에서 나에게 마지막으로 묻는 말이었다. <조국은 낙원인가> 어안이 벙벙한 나의 표정을 그는 어떻게 읽었을까.
 그간 무엇이 얼마나 변했을까. 박씨의 방문기는 그간의 변화를 알기 위한 좋은 글이다. 많은 부분이 나의 감상과 겹치고 있다. 그와 나는 민족적으로 같은 한국인, 남북한이 모두 조국이다.  
 

 박씨의 글을 보자.

- 사진을 찍는 자유는 얼마나 있나가 나의 첫번 째 관심이다.  
- 여행사의 대표가 사진은 마음대로 찍어도 좋다는 말을 듣고 시작했기 때문에 여행 중에 사진에 대한 제재가 있는 것을 나중에 알게 되어 상당히 실망했다.  
- 북한은 자유만 없는 것이 아니라 열등감과 우월감이 섞여 있는 나라라는 것이 여행을 하고 나서 느끼는 것이다.

 이를 읽으면 김정일 시대보다 지금의 김정은 시대에 더 자유가 없어진 느낌이다. 나는 군인들까지 사진을 찍어도 아무런 제한을 받은 적이 없었다. 중국이나 한국보다 촬영에는 더 자유로웠다. 일본이나 한국의 나의 주변 사람들이 미디어의 말 대로 나에게 주의를 주고는 하였다. 나는 같은 시기에 서울에서 판문점, 평양에서 판문점을 방문하였고, 한국측이 지나치게 사진 촬영을 금지하는 것을 알았다. 북한 사람들은 나를 따뜻하게 맞아 주었다. 외부에서 보는 것과 내부에서 보는 것이 다르다. 남북한의 일반 사람들은 정치가들처럼 적대시하지 않는다. 나는 나쁜 정치가들에 의해 남북한이 갈라서고 전쟁을 하였다고 생각한다. 6.25는 국민들이 원한 전쟁이 아니었다.   

 

 

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「ニセの故郷」

2017年05月21日 05時15分22秒 | エッセイ

 ベランダにはそれほど数を増やしていない植木鉢が成長して、今は茂っている。室内には「花は夜咲く」幸福の木の花の香りは十日ほどで終わり、散歩道には野バラやアカシアが香る。私の生まれ故郷にはアカシアの小さい森があった。材木などで活用価値はなく、ただ増えて茂る、棘のある雑木であった。しかし私は花と香りの美しさを思い出す。先日本欄でアカシアに触れた時、ある読者から「にせアカシア」と指摘された。清岡卓行氏は『アカシヤの大連』で「正確には、にせアカシャ、いぬアカシャ、あるいはハリエンジュと呼ばなければならない」と触れいている。彼は踏み込んだ感想を書いている。懐かしいとか、美しいとか陳腐の常套句ではない。植民地大連に生まれ育ち、その生まれ故郷を「にせ故郷」にするのでは、すべきか、深く考えている。この世には多くの人が「ニセの故郷」に住んでいる。私もそうである。

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私の吉日

2017年05月20日 05時13分35秒 | 日記

 今から二十数年前の1994年に韓国で発行した、日本語訳『哭きの文化人類学』があるが、昨日著作権料の支払いの連絡があった。本当にうれしい。入金より韓国出版事情が良くなったことが嬉しい。先進国になったように感ずる。そのメールとは別件で私が口述し、それを出版したいという提案の電話があった。それも嬉しい。積極的に協力するつもりである。昨日の授業に韓国の高校生たちと引率の校長先生が授業参観。教室は満室、私が韓国語で話すので学生たちは驚いた表情であった。お土産は韓国のインスタントチャージャ麺、私の好物である。私の名前を知っている先生たちとは記念写真を撮った。私は運勢は占わないが、昨日の私は吉日だった。

최길성선생님의저작권료를정산해드려야해서연락드렸습니다.선생님의저작물 '한국인의울음' 이학습물에서이용되어저작권료가발생___

[KOSA]사단법인한국문예학술저작권협회

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一番住良い町

2017年05月19日 05時16分05秒 | 日記

 今年は春困も知らず初夏、田辺氏が野イチゴ、ワラビ、ヨモギを持ってこられた。最近購入した山を市民農場にするという趣旨でサポーターズクラブに私が最初の会員になった。倉光氏も加入、応援することになった。
 校内で16ミリ、35ミリの映画フィルムが大量に見つかった。翔写真事務所の映画人の飯山翔三氏と、元KRYカメラマンの権藤博司氏に来ていただいて、保管状況や内容を把握した。ドイツ作の戦争映画をはじめ「核問題」「金大中事件」など186個、山積みになっている。映写機を購入して観ることとした。
 読書会では終戦時に満洲や北朝鮮から先崎港への引揚者の記録を読んだ。中には日本人婦女子がソ連軍や朝鮮人に「暴行凌辱」された記録、満州より北朝鮮での数が圧倒的に多い。
 韓国から来られた崔処長からお土産も届いた。最寄りの本屋で買った、唯一の英語月刊雑誌Readers Digestで、「アメリカで一番住良い町2017(Nicest Place in America)」の募集が載っている。アメリカではなく世界であれば下関はどうでろうか、応募したくなる。

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