崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

寄留者

2008年08月31日 07時52分02秒 | エッセイ
 私は今在日に希望を与える文章を書くつもりである。在日にとって日本は寄留地であり、また住む権利があると書いた。戦後韓国では住民の資格に「寄留」というものがあった。在日指導的な牧師の李仁夏氏は在日を「寄留者」だと定義、また人間はこの世において寄留者であることを認識すべきだと聖書に基づいて力説する。日本人の縄張りの土ではない。
 しかし在日にとって被植民地歴史が負担に担っているようである。その負の遺産、つまりその歴史が人の人格にまで影響するならばそれこそ悲劇であろう。在日は差別されていると言われるが、それよりこわいのは人格形成であろう。植民地歴史が在日にひねくれた人格を形成してはいけない。根本的には日本人も在日も寄留者であることを認識してもらい共生すべきであろう。
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「山所」の草取り

2008年08月30日 06時28分14秒 | エッセイ
 韓国のお盆ともいえる「秋夕」が近いたので墓「山所」の草取りが行われる。私の両親の墓は姉など近い親族で墓掃除をしたというメールが来た。「山所」とは韓国語では墓のことである。私の門中(親族)は先祖代々の共有の山を持っていた。その山と先祖の墓を守っていくのが個人であり、門中であった。門中の代表は本家の長男すなわち「長孫」である。しかしわが両親の墓がある山が開発のために破壊される危機にさらされた。そんな時それを守るべき人、「長孫」が山を密かに自分のものに登録し、いわば横領したのである。彼はその山を開発して高く売りつけようとして墓を処理しようとしたので、伝統的に法律的に登録されず共同所有であったものを彼が自分の所有に登録したことが発覚した。親族がそれを門中に戻す裁判をかけたが時効などで負けてしまった。私は墓に関しては風水信仰をもっていて墓を守ろうとする自分の信仰を確認する契機にもなった。
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京福高卒業50周年記念文集

2008年08月29日 06時37分58秒 | エッセイ
昨日、高校時代の同級生の印輔吉君から京福高卒業50周年記念文集を作るということで原稿請託の電話があった。韓国からの電話と聞いて、同窓生のある人が闘病中と聞いていたので悪い知らせかとドキドキしながら電話をとったがその話で安心した。彼は私と一緒に新聞配達もした。結局朝鮮日報に入社して二度も編集局長、社長などを経て現在「大記者」の身分で活躍している。今度の文集の編集者になっているのは当然である。
 私は朝鮮戦争中、1951年ソウルに上京して蓬莱国民学校を卒業して1953年京福中学校に入学した時の嬉さは昨日のことのように覚えている。また1959年その高校を卒業し、ソウル大学に入学した時も嬉しかった。来年は高校卒業50周年になる。1959年卒業が34回であるので1925年創立したいわば日本植民地時代の「二校」であった。学校の歴史は戦前と戦後を断絶する考え方もあるが、台湾などでは植民地歴史とは関係なく連続している。母校への愛校とプライドは私にとって強い励みになっていることを感ずる。
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アフガニスタン・伊藤和也

2008年08月28日 07時18分13秒 | エッセイ
 アフガニスタンでNGOの職員・伊藤和也さん(31)が武装グループに誘拐されて、遺体で発見された。韓国では北朝鮮からのスパイの逮捕を発表した。アフガニスタンの治安が悪い。1970年代には日中に金大中拉致事件が起きて、アメリカの捜査機関がキャッチしたにも関わらず、日本は放っておいた国であった。当時今でも問題になっている北朝鮮の拉致も起きたのである。それは日本当局の責任でもある。
 私はよその国に行っても裏の細道を一人で歩けるような安心感がある国はヨーロッパ、東南アジア、日本、韓国、北朝鮮くらいと思っている。海外旅行が多く、また海外へ出ようとする私としてはその国の治安に関心がある。治安を過剰に良くしようとすると人権侵害になりうるし、治安が守れないとアフガニスタンのようになりうる。バランスがとれた政策は難しいと思う。北朝鮮の拉致をはじめ、「拉致を国家外交の最高優先政策」(高村談)とする日本にとって伊藤さんの件は永遠に敵対視する政策につながるのだろうか。給油継続の法案はどうなるのだろうか。
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「死んではいけない」

2008年08月27日 05時51分40秒 | エッセイ
 高齢者の自殺を扱った研究発表を聞いて、行政者が自殺予防のために「死んではいけない」という言葉をかけているということが気になった。ただ行政者やヘルパーたちは空念仏のように言っているようである。つまり死を個人で処理しようとすることは個人の自由であると考えるかもしれない。そして「死んではいけない」というのは空虚な言葉のように聞こえるかもしれない。しかしそのことばには重要な生命倫理を含む価値観が入っている言葉である。自分の意思で生まれたわけではないように「命」は個人が処理すべきものではない。儒教では命は父母の分身であり、先祖代々が次ぐ血統の紐であり、切ることができないという。キリスト教では命は他者(神様)のものであり、個人のものではない。そしてキリスト教社会では自殺は他殺以上に社会的な問題性のあるものであるとしている。それよりも普遍的な面から言うと自殺行為は人間の命を軽く扱う風潮を作ることになるという意味で犯罪的行為であるということである。「死んではいけない」と言う人たちはこのような重要な生命倫理の意味を十分知って語ってほしい。
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唾液、ツバ

2008年08月26日 06時48分01秒 | エッセイ
 大学院の集中講義の受講生に宮古島出身の院生がいる。私は1974年以後数回宮古島で調査をしたことがあり、ウダキやオナリ(姉妹が男兄弟エゲリを守る)信仰を再確認できた。彼女によれば今では火葬が一般化しており「洗骨」葬はありえないという。民俗的にも日本化してしまったようである。彼女の研究テーマは「唾液とストレス」という心理学的研究である。ツバ、ツバキという唾液は生理的に重要なものであるが、それが口から出ても質は同様であるが文化的にはその瞬間「汚いもの」と思われる。すなわちその瞬間から文化的に「不浄」の意味を持つようになる。人の顔につばを吐くことによって侮辱する。またそれは邪気を祓う呪術力をもっているとも思われる。韓国では商売人が最初の売上の札につばをかける習俗がある。涙は強く訴える力をもつ。私の泣きの文化説と、イギリス人類学者メリーダグラスの不浄の理論に発展していく。
 
 北京オリンピックの閉会式の模様が印象に残っているだろう。私はその素晴らしいマスゲームのような模様を見て数年前に北朝鮮の平壌でみたアリラン祝祭を思い出した。構成が非常に似ていて、むしろ北京のものがリズム感覚の律動感が弱い。それは過去社会主義がマスゲームやカードセクションパレードなどで人間を均一化して独裁化した残滓のようなものである。オリンピックが個人のスポーツ的能力を発揮させる場ではなく、国家の示威の場になっている感がある。IOCのメンタリティに失望し、改革を期待するところである。
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黒田勝弘氏に会った

2008年08月25日 06時39分31秒 | エッセイ
 昨夜小倉で産経新聞ソウル支局長兼論説委員黒田勝弘氏と初めて対話をした。日本人記者としては韓国滞在が最も長い。韓国では日本の右翼だといわれる。しかし韓国語でも本を書いて、韓国批判を続けている。反日の強い韓国で住み続けられたのはなぜだろうか。彼はいう。おそらく韓国のメディアは民族主義一色でアンバランスなので彼を時々利用することでバランスを取ろうとしたことによって、彼は韓国で無事に住むことがゆるされたはずであると説明した。なるほどと思った。
 しかし彼は外から韓国を鋭く批判して韓国人にとってその批判が受け入れられて視野を広げてきたことは彼の大きい貢献だと思う。特に日本の植民地に関する韓国の政策や否定的態度を批判したことは今の韓国の開放にも繋がったのであろう。韓国一桜の名所であった昌慶苑の桜を植えかえる韓国の政策を批判したことに私は大いに賛成であった。韓国の知識人が発言できない時、彼は発言したのだ。日本の「右翼」というより、逆に「韓国の右翼(?)」といってもよい。昨日彼の講演では在日が多く聴取したという。

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葛蔓

2008年08月24日 08時15分45秒 | エッセイ
 散歩道で長く伸びている葛蔓を見て子供の時を思い出す。葛を見たことがない人はいないと思うが、名前を知らない人は多いと思う。それは紅紫色の花が咲いても花屋の対象にはならない、あくまでの野生のものである。むしろ伸びすぎていやな雑草である。「蔓」が絡みあって「藤」のようであるので二つが合わさって「葛藤」の語源になる。
 私は子供の時、隣のお爺さんが葛の蔓の繊維をとって細縄で三つ編みの紐を作りこざを作って売ったのをみならってたくさん作った。最初は片端を歯で止めて両手の親指と人指し指で編んでいくと細い紐が作れるのが楽しかった。日本に留学した時、東大の佐藤達夫先生の縄文土器の講義で縄を作ることがあって私が上手に作って先生から誉められたこともあった。韓国では葛は漢方やお茶、澱粉から食品も作り、多様に利用されている。散歩道にたくさんあるのを見てもったいないと思っている。
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「日本の恥」

2008年08月23日 07時11分17秒 | エッセイ
 昨日日本と韓国の野球を中継で見た。日本で活躍した李承ヨプが星野ジャパンをどん底に突き落とした。野球王国と自慢した「日本の恥」と思う人が多いようである。負けたことよりよくないのは敗因を韓国の国家の補償制度だとか、兵役の免除とか、スポーツ以外のことで非難することである。それはもう一度敗北するようなものであるといえる。日本は敗因をよく検討して臥薪嘗胆して次に勝てばよい。宮本慎也主将が「韓国の気持ちに強さを感じた」と言ったように真摯に受け止めるべきであろう。
 国家対国家のスポーツ大会のオリンピックは主に人間の身体的能力を最大限に発揮させるので素晴らしいと思う。しかしオリンピックには問題点も多い。メダル獲得のためのものと、スポーツ精神を超えて、国家基幹事業のようにして国家が強く支援するのも問題であろう。
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『時が滲む朝』(文芸春秋社)

2008年08月22日 07時17分31秒 | エッセイ
中国からのニューカーマーの楊逸氏が芥川賞を受賞したことを耳にした時は新鮮なショックであった。それはニューカーマーがそのような権威ある賞を受けたことと、天安門事件を描いたと報じられていたからであった。ニューカーマーにとっては難しいことだと思いからそれは文学外の戦略的な配慮の賞ではないかと思うほどであった。さっそく『時が滲む朝』(文芸春秋社)を買い求め読み始めた。中国民主化の運動を描きながら、実にページ毎に私がこなせない言葉が場面を効果的に表現している。「国を愛することはできても人を愛することが言えない社会か」という言葉が痛感する。私は中国の民主化にはいつも関心を持っていて、中国からの留学生はなぜそこに関心が薄いのかと疑問を持っていたが、この小説によって民主化へ大きい意欲を持つようにという作家精神が読み取れてうれしく思う。この作品は日本に多くいるニューカーマーにとって励まされる小説である。その迫力を感じたのである。

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、「悲しい島」

2008年08月21日 06時34分25秒 | エッセイ
私は今アイランドへ調査旅行を目前にして、司馬遼太郎の『愛蘭土記行』を読んでいる。イギリスは近接地域であるアイランドを植民地化して、「悲しい島」として世界的に知られており、韓国人は早くから自国をアイランドに比喩し、同一視してきた。イギリスはアイルランド人から土地を取り上げ、プロテスタントに配分するなど抑圧政策をとり、1840年代後半、大飢饉に襲われ、アメリカへ大勢が移民し、アメリカのアイリッシュのもととなる。近代になり、アイルランド人の中から民族・国家の自治、独立運動が起こり、1949年、現在のアイルランド共和国となる。この「悲しい‘哀蘭’民族」から何を学ぶべきか。エドワード・サイドは国際的にイギリスとアイルランドの関係をイスラエルとパレスチナの関係と類似しているといった。つまりアイルランドとパレスチナの反植民地主義的ナショナリズムが共通していると指摘した。
 民族主義的抵抗精神レジスタスを昇華して多くの作品を出したアイランドの代表的な民族詩人のイェーツはイギリスがアイランド人の頭脳を空っぽにしたことより、アイランド人が植民地過去に執着し、自ら破滅するのが怖いといった 。植民地は目に見えるインフラや現象を開発させるが、人の価値観や人格を失格させるという。彼は文学を通して本質的な民族性を正そうとした。それが感じられるアイランド調査旅行にしたい。
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独裁者の末路

2008年08月20日 07時15分59秒 | エッセイ
 パキスタンのムシャラフ大統領が辞任したことを聞いて韓国のことを思い出す。李承晩大統領が1960年辞任(「下野」)声明は感激的であった。朴正煕大統領暗殺事件もそうであった。私は李大統領が青瓦台から梨花荘へ一般市民に戻る様子を見るために参列した。市民は烈々に歓送した。突然の民主主義は社会混乱を起こした。軍事クーデターにより軍事独裁政権が続いて、1979年朴大統領暗殺事件で民主国家への一歩を踏み出す契機となると思ったら機会主義者の全氏が政権をとり独裁は続くようになった。
 ムシャラフ氏は一九九九年に軍事クーデターで政権を握り、二〇〇一年六月、自ら大統領に就いた。独裁者の中には金日成のように最後まで幸せに臨終したものもいたが、悲劇的な事件を伴うのが普通である。ムシャラフ氏の辞任は賢明であるといえる。ただ今後、民主化になるかはパキスタンの国民によって民主的で安定した政権の確立が必要であろう。パキスタンで全斗煥のような者が現れないように祈る。

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敗戦と光復節

2008年08月19日 06時19分11秒 | エッセイ
 九州バプテスト神学校の藤田英彦牧師と立ち話をした。彼は8月は「敗戦」行事にかかわって忙しいという。特に20年前に自衛隊の人が交通事故で死亡したのに靖国に祭られている、クリスチャンの死者を靖国から外してほしいと訴え、裁判もかけているという。犯罪人でも子孫などが祭るのは構わないが、国家のイデオロギーによってまつられることには反対だという意見である。
 日本では被爆、戦没者などの敗戦行事があちこちで行われる。私は日曜日に教会では亡くなられた人への追悼礼拝に出席、午後は「引揚者の証言」の展示会を見た。しかしその直前日、私は民団主催の「光復節」に参加して韓国の国旗に敬礼と愛国歌を歌ったのである。藤田牧師は「光復」とは光を戻したということでキリスト教的に意味がよいと言った。日本と旧植民地の表情が対照的である。私はその「明暗」の中にいる存在かなと思った。
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「国際映像」

2008年08月18日 06時59分18秒 | エッセイ
オリンピック女子マラソンの中継を見た。選手たちの健康管理や訓練と国家の支援などの見えないところの裏読みが楽しい。最初先頭を走る人が優勝することはほぼない。日本の選手土佐が口を開けて苦しい表情をして途中放棄したので心配して見ていた。しかしカメラは十分その後のことは見せてくれない。この中継のカメラは「国際映像」といわれ、日本のカメラではなかったからである。カメラは日本の選手に焦点があるわけではない。かなり全体が分かるように客観的に撮っていることがわかる。日本のカメラであったらおそらく日本の選手にかなりフォーカスが与えられたと思う。私はこれが正に国際化だと思った。今、歴史の教科書を日韓共同で作ろうとしている。それより地上TVから衛星化していくにつれてニュースの時間だけでも日韓「国際映像」のカメラで、特に竹島に関して日韓共同のカメラで報道することはいかがであろうか。これはまさに妄想であろう。
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「韓国で生まれたくない」

2008年08月17日 07時10分15秒 | エッセイ
昨夜オリンピック野球予選で韓国が日本に勝った。韓国を熱狂させたのはもちろんである。野球王国ともいえるもっともポピューラなスポーツにしている日本人に失望感を与えたのはもちろんである。スポーツの勝敗はまた変わるものではあるが、今度の結果を見て私はスポーツでも、「好きでやる」ような事の限界を感ずる。それは流行やポピューラにはなっても「頂上に登る」には至れない。そのためにはより強い精神的な何かが必要ではないかと思う。好きでやる趣味やアマチュアの限界がある。頂上に登るためには科学に基づいた技術と精神力の調和が必要だと思われる。
 韓国の新聞は「一番脅威の国」は日本であるという世論調査の結果を報じる。それは主に竹島などによる日韓関係のギクシャクしているものを反映していると思われる。一方中央日報によると日本製商品が好まれているという。また20代女性の半分が韓国で生まれたくないと思っているという。北朝鮮の青年が私に「我が国が楽園だ」と思うと言ったこととは反対に、韓国は強い民族主義、競争社会、男女差別などが海外移民へと強いられる要因にも多い。しかし国民を外に追い出したような現象がいま韓国の国際化のパワーになっている。何がよいかは長い歴史を見ないとわからない。神の業ではないか。
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