崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

美の祭典

2018年02月23日 06時40分55秒 | 日記

 韓国ではオリンピックの最中、世界が注目している。政治的に利用するとは言われても政治的な成果はあるのか、疑問である。朝鮮半島の南北だけではなく、世界では紛争や戦争が続いている。自然発生的な民族はそれほど敵対性があったとは言えないが国民国家、帝国主義、ナショナリズムによって敵対視、戦争などが多くなった。植民地と独立運動、戦争と平和への課題は多い。昨日ワンアジア財団支援講座の全講義を終えて総合討議を行った。私は予め打ち合わせなく話を始めた。なんとなくオリンピックの美の祭典、美の伝播力、国際化の力に関する話をした。言葉の壁、留学生、教育などの問題に討論は広がり、そしてよくまとめることができた。映像を編集して良い作品として教育に活用できれば嬉しい。
 私は疲れても気持ちよく夜の談話会「街角文化サロンおもしろ文化塾」の木原豊美氏の「詩人・金子みすゞの秘密を語る」に出席した。当時の下関の繁栄、武部塾長は金子が長門から下関へ、カルチャーショックであっだろうと言った。東京震災後、東京の有名人や出版社も下関へ、そんな環境の中で金子みすずが詩作を続けたことが分かった。私は下関愛を深めるようになっていく。

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肩書

2018年02月22日 05時18分55秒 | 日記

 昨日今度の土曜日に行われる小生の出版記念会の打ち合わせ会が午後長く行われた。式次第と参加者名簿を作成した。下関近郊中心にしたが結局東京から沖縄まで広がって70余人、名簿には肩書をつけるのが難しかった。ある新聞社の人に私が週刊ポストに「韓国人のジャーナリスト」という肩書で引用されているように、彼にもジャーナリストと付けてみたが反対者が多く辞めた。肩書をつけることが差別云々まで話が広がり、結果的には全てはの参加者に付けないことにした。私自身「韓国のジャーナリスト」に新鮮さを感じた。人から見られる視線とも思った。そもそも肩書や役職名などは仕事や機能を指すものである。多くの人は高齢者になって肩書を失っていく。人によっては存在感を失う。しかし自然な人間、人格になる新鮮さがある。

 「韓国人のジャーナリスト」と引用されている週刊ポストの記事に話は戻るが、朝鮮戦争当時の農民にとっては共産主義と民主主義の認識がなく、李承晩か金日成か、どちらが良いかと話すのを幼い時に聞いた話の中で、ある人は統一が良いと言う人もいたという話がそのように引用されたことをつけ加えたい。

 

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東洋経済日報へ寄稿文2018.2.16「平昌オリンピックと江原道」

2018年02月21日 06時12分44秒 | エッセイ

平昌オリンピック

崔吉城
 
平昌オリンピックの映像をみながら私は貧困時代の1960年代の韓国で、もっとも辺鄙な、貧困極まりない江原道の山村へ旅をしたことを思い出す。米は不作でジャガイモしか採れない。一般人はあまり住んでいない軍事施設があった山村の田舎というイメージを持っている。この地域は太白(黄池)と寧越の炭鉱村、旌善アリラン、李孝石の「ソバの花が咲くころ」(小説)に出てくる山村。
友人のソウル大学名誉教授の故李光奎氏と話している途中で、私の友人が軍警として派遣されているという情報だけ持って二人で夜行列車に乗った。彼はオーストリアウィン大学での留学から帰国したばかり、目的地は今は太白市となっている黄池であった。列車の座席は3人の若い美女たちの向側に座り、旅の幸運を感じていた。
話が好きな私たち二人と3人の美女は夜中一瞬も寝ず談笑が続いた。彼女らは某名門女子大の学生、夏休みに二人の友人を実家へ遊びに連れて行くという。列車は峠を越えることができず都渓駅で逆方面からの車両に移動する。乗り換える客の荷物を運んでくれる仕事もあるという。私たちは彼女の話を聞いて一駅前の桶里駅で早朝に一緒に降りた。待機しているバスは一日一回だけ、私たち二人は切符の精算などで時間が掛って、バスは出発してしまった。黄池まで歩かなければならない。彼女たちのカバンを持ったまま4キロ以上の山道を歩くことになり、困ってしまった。彼女らは私たちが満員バスに乗ったと思って出発したようである。歩るく途中でカバンを届けるために身分を確認しようとカバンを開けてみたら韓国の民俗衣装ばかりだった。とても女子学生の服装とは思えない。
昼頃に目的地に到着した。小さい山村であり、町の両側を一軒つつ訪ねて歩いて結局料亭で彼女たちにカバンを渡すことができた。カバンの持ち主は隠れてしまった。前夜嘘をついたことが恥ずかしかったようである。なぜこんな貧しい町に料亭があり、ソウルから美女の芸者が来るのだろうか。
私たちははこの地域が炭鉱地であること、そこには黄金があり料亭が存在することを初めて知った。予備知識のなかった私たちには炭鉱地と芸者の関係は異様なものであった。この体験が私がずっと後にサハリンと日本の炭鉱を研究する基礎になった。炭鉱の寒村と料亭・芸者の相反するイメージの通りに、今そんな思い出のある寒い山村、そこで華麗なパーフォーマンス、国際的なオリンピックが行われているのである。山村と豪華な祭り、夜空の光、私は60年ほどの韓国の発展を見ている。
私たちは火田をする山村の存在を聞いて数か所の山に登ってみて、ついに都渓谷邑新里を見つけた。黄池から美人瀑布、山を越えて火田民村の新里を訪ねた。苦労して調査したものは韓国では初めであり、調査記などは李光奎・崔吉城「新里火田民調査記」「『韓國文化人類學』(1968)に掲載され、日本語でも『東北学』(2003)に訳されている。
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「郵便遅配はなぜおきたか」

2018年02月20日 05時50分12秒 | 日記

 休祝日にも宅急便は即届くが郵便はかなり遅れて届く。先週金曜日東京発行の新聞が今日火曜日朝まで下関に届いていない。郵便局は以前のように官公署のように終務する。我が家には毎日4時以降一回だけの配達となっている。民営化の変化、良い点は感じられない。受け取り本人確認は最も厳しい。なぜか公務員然とした遺制がある。小泉政権のときのスローガンはなんだったのだろうか。先日も触れたように韓国に送って意外に配達が遅かったことには当然韓国側での事情があろうと思われがたがそうではないと思うようになった。「WILL」3月号の「郵便遅配はなぜおきたか」を読んで日本の事情であると確信した。信頼されてきた郵便局の運営がより迅速、親切になって欲しい。

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銃乱射事件

2018年02月19日 06時44分08秒 | 日記

 オリンピックから競争と友和の話の美談がある。小平と李の抱きあう美しい姿もあった。競争について聞かれ、個人競技であり、相手ではなく自分との闘いだと応える羽生氏のコメントは意味深い。一方危険なニュースも多い。アメリカでは銃乱射事件が頻発する。銃を持つことが危険であろうか、・・・核を持つのが危険であろうか、根本的な問題に逢着する。包丁もカミソリも危険であるから無くせよということになるのかなど極端な疑問も出る。全ての道具、文明利器も危険なものであろうか。何が危険か問われているのである。平和と友愛の心がなく、敵愾心が溢れるのが危険であろう。昨日教会で突然牧師が私の出版記念会を報じ、祈ってくれた。初めてのことであった。拙著『慰安婦の真実』の5刷が届いた。

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羽生結弦選手

2018年02月18日 06時07分32秒 | 日記

今回のオリンピックではフィギュアスケートなどを見ながら半分舞踊やダンスのような美の祭典のように感ずるところが多い。音楽と振り、ダンス、芸、テクニックなどの総合芸術であった。つまりスポーツゲームの美化、パフォーマンスを重要視することを強く感じた。スポーツは練習、力、技の試合だと強く主張する人にとって観衆による勝負が明確ではないなど、このようなスポーツに否定的な人もいるかもしれない。私は女性監督のレニーがヒトラーやオリンピックを美的に撮影したのを称賛した時、冷笑した人が多かったことを覚えている。オリンピックをテーマに討議した時もこのスポーツの芸術化の問題を提議しても載らなかったことを今でも残念と思っている。しかし、いま多くのゲームが美化、芸術化していることをシンクロナイズ、スケートなどで見ることができる。オリンピックはスポーツの美化にも貢献できると思う。羽生結弦選手の勝利はその頂点に立った。日本は早くも満州で当時アジアでは先進的なスポーツとしてスケートやアイスホッケーなどを奨励した。満洲映画にはそれが歴々と残っている。昨日の博士論文発表会でも触れられた。学位論文まで頑張った林氏の3年間のご苦労の慰労夕食会が倉光誠氏家族と一緒であった。
  

 

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約束

2018年02月17日 06時39分13秒 | エッセイ

 自ら約束をして破る人が多い。私は若い時、約束を守れず大きい失敗をしたことがある。約束を受けてスケージュルを組んだものが崩れる。日本では約束して、直前にキャンセルする人が多い。それが一般化してキャンセル料を払わされるようになっている。約束は人間関係の最も基本的な信頼関係である。できれば守るのが良い。約束は小さなものから契約、法律的なものまでさまざまである。国家間の条約も守るべきである。イギリスは香港を中国へ返納した。約束を守ったのである。慰安婦合意を守れないことにより日韓関係に約束の実行が問われる。守るべきであろう。

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挑戦的に生きる

2018年02月16日 06時32分02秒 | 講義

 私の体調が悪くて休んでいた記念会の打ち合わせ会と読書会を昨日った。報告書の出版などが話題になった。私は最近出版関係者や雑誌などのインタービューアーとの交流で重要なことを知ったことを話題にした。人口減少、本が売れない、新聞が売れないという悲鳴を聞く。その潮流に乗らず、否遡る現象を見ている。出版社などは著者の書下ろしから始まってリライトや校正、印刷などの製作過程が尖鋭化して、さらに販売まで一貫していることに感動をせざるを得ない。大学や病院もそのようにするところがある。教職員も講義から募集と就職まで一貫している。病院も治療から社会福祉まで幅広く統合的に営んでいるところがある。これは廃れていく高齢化社会を挑戦的に生きる知恵であろう。

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分断国家でよろしい

2018年02月15日 06時09分04秒 | 日記

 突然の統一ムード、朝鮮半島の統一に関してある週刊誌から電話インタビューを1時間弱受けた。寒い夜空の芸、パーフォーマンス、「美女軍団」、南北融和ムードをどう見ていたかと。難しい質問。統一と分断への私の意見を求められた。私は朝鮮戦争の苦境を経験し、陸軍将校として愛国的な経歴を持っている者である。北朝鮮を敵対視して来た年月は長い。一方朝鮮戦争でも韓国が守られて民主国家として発展してきた戦後史をよく知っている。水拷問、性拷問などを平気で行った独裁政権に民衆が怒って起こした民主化運動により発展した民主国家、貴重な国家であると思う。今分断国家の悲しさ、統一の念願の民族的なアイデンティティーはそれほど重要ではない。海外同胞は多い。その地域も広い。ディアスポラ的な民族的ネットワークでも可能である。折角作られた民主国家の韓国をそのまま持っていくのが大事であろう。私は統一より分断国家でよろしい。中国のような大国主義は要らない。統一研究院の世論調査でも韓国の若者世代では分断国家のままの意見が高くなっていく。最近文大統領の行動は「赤化統一」に近く感じてしょうがない。

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バレンタインデー

2018年02月14日 06時24分34秒 | エッセイ

今日はバレンタインデー。昨日、私の学生だったが今は韓国名門大学の教員の中村八重氏が💛マークのチョコレートをプレゼントしてくれた。嬉しい。学長をはじめ多くの人と味わって談笑した。私は以前イギリスのブリストルで植民地博物館で展示されているタバコと香辛料の歴史に関心をもって見たがそのアフリカ植民地歴史を調べたことを思い出す。イギリスやフランスなど欧州諸国がカカオの味を知りアフリカ植民地で栽培させた。チョコレート商品にはGHANAとかBELGIUMなどの文字が書かれているのはその歴史を物語るのである。ベルギーのコンゴでの残酷な支配は西洋諸国で問題になったのは周知のとおりである。今はベルギーのチョコレート商品が有名である。アフリカ植民地からチョコレート産業、バレンタインデーと結びつく略史を思い出し、話した。先生と学生を復元した状況となった。失礼になるか、喜びか、のような時であった。

 
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太陰暦

2018年02月13日 06時31分04秒 | 講義

 日本在住の韓国外交官の年中行事の日程を見たことがある。韓日両国の休日は休務するという。それに限らずカレンダーには外国の祝日、クリスマス、バレンタインなどが多く入っている。古く遡れば太陰暦で中国発の年中行事が多くある。明治以来のいわば西暦化、カレンダーは西暦になっても年中行事には陰暦が旧暦として残っている。日本の統治下に日韓の両民族はカレンダー、年中行事をめぐる葛藤があった。戦後も李承晩・朴正熙大統領時期にもそうであった。その後伝統的な年中行事はほぼ復元されて旧暦化され、旧正月、秋夕等々が守られている。
 私は若い時から年中行事のリズムに乗らず自分の生活リズムを作り出した。韓国の民俗学会で伝統、民俗への復元運動にも否定的であった。日本では旧暦化への話はほぼ聞いていない。しかし私の同僚であり友人である金田晉教授が異例にも旧暦行事に注目し、昨日の「毎日新聞」全国版に東アジアとの文化的交流を主張している記事が載っている。ワンアジアの講座でも語っておられた。私が勤めている大学にはこのような全国的に著名な研究者が多いが、この山口地域のメディアに報道されることはない。地域では「郷土愛」「地元主義」以外は意識されていない。その根本的理由は政府の地方への「左遷制度」にある。大英帝国は植民地に優秀なエリートを送った制度を想起べきであろう。

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スポーツナショナリズム

2018年02月12日 07時00分42秒 | 講義

 スポーツナショナリズムが懸念される。特にオリンピックは主催国家(本当は都市)によってナショナリズム、国益のために運営されているのが常である。今度の韓国の場合、政治オリンピックとなっていて懸念する人は多い。平和を訴え、南北合同チームがスイスに惨敗した。合同チームがアイスホッケーであったのは皮肉にも日本の植民地を思い出させるものである。日本は満州支配において開拓移民を促すために寒い凍土にアイスホッケー、スケートなどのスポーツをもって日本の近代化のイメージを定着させようとした。満洲映画はスポーツを背景にした場面を多くみることができる。私の指導を受けている林楽青氏はその満洲のイメージ形成のプロセスに迫って研究している。

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『慰安婦の真実』の出版記念講演会のご案内

2018年02月11日 06時59分10秒 | 日記

 拙著『慰安婦の真実』の出版記念講演会のご案内

時:2018年2月24日午後3-5時

場:下関シーモールパレスルビー

下関市長をはじめ、多くの市民が参加する予定である。著者のサイン入りの拙著を差し上げて、著者が講演し、読者の感想、談話の時間を持つ予定である。すでに呼びかけ人たちから招請状が送られておられる方もおられるかもしれないが、遠くの方には失礼になったかもしれないが、お知らせであり、案内ですのでお許しを願をいたい。ご参加を希望される方は17日までご一報してください。

 

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平昌冬季オリンピック開会式

2018年02月10日 06時00分38秒 | 日記

 嫌韓派たちは嫌な政治オリンピックと嫌ったかも知れないが、昨夜辺鄙な山の中、平昌で、冬季オリンピックの開会式が行われた。そこにそんなにたくさんの人を集め、2時間たっぷり予定通りに進行し、世界を感動させたのは成功的に評価される。パーフォーマンスは政治とは別に評価しても良い。世界の映像技術、韓国の政治力、実行力などが総合されたものと言える。客観的とはいえ、言葉以上に実行するのは難しい。まず自分の態度、例えば否定的な態度を克服しなければならない。
 私は貧困時代の1960年代に韓国で、辺鄙なそして貧困極まりないこの地域、太白(黄池)と寧越の炭鉱村、旌善アリラン、
李孝石の「ソバの花が咲くころ」(小説)の蓬坪町や、山村の新里火田民を調査したことでがあり、その村の祭りとしてオリンピックを見て感動したのかもしれない。私は華麗な夜空の映像をテレビので観ながら戦後の韓国の歴史の流れを感じた。私の恩師たちがアメリカに留学して帰国して、実用主義を教育し、数人の先生は文部省の長官などの役職までして韓国の教育を担ってきた。その初期に教育を受けた私は、その結果を昨夜見たのである。

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月刊誌にインタービューされた

2018年02月09日 06時43分30秒 | 日記

 大学のエレベーター故障解消の知らせがあった。嬉しい。しかしまだ安静の時。昨日は東京から有名な月刊誌の記者から拙著『慰安婦の真実』について自宅でインタビューを受けた。彼は主に文学、芸能、スポーツなどに関する記事を書くベテランであり、下関は初めてだという。ヴェランダに立って絶景だと言った。私からのサービスである。話は楽しく、スムーズに行われた。拙著で紹介した慰安婦帳場人の日記は慰安婦の真実を知る上でこの以上良い資料はないと断言した。ただこの一冊で慰安婦全体が分かるかという愚問がある。資料を読まず反対か賛成かという社会運動者こそこの本を勧めたい。この本がまだベストセラーマークが付いている。読んで欲しい。 

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