崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

謝罪と寛容

2015年04月30日 05時22分13秒 | 旅行
昨日友人を見舞いに行った。海が見え、景色が良く、リゾートホテルのような病院に入院中、首にギブスはしていたが彼は立って電話をしていた。彼は担当医師のように写真を見せながら手術の過程を語り始めた。時々腰が痛いと聞いたことがあったが、首の前後を切る大手術を受けた話である。集中治療室で、痛みとストレスで幻像を見たという話は聞くだけで怖くなった。人生には悲劇が潜在している。生きている時だけは平和な時間を持ちたい。
 謝罪と寛容は平和を作る基礎である。安倍首相が「痛切な反省」「アジア諸国民に苦しみを与えた」と米議会で演説した。アメリカとは「戦い合った敵が友になった」と述べ、アジアに対しては植民地支配への反省の言葉を述べた。歓迎したい。慰安婦問題で日本を追い詰めている韓国も寛容なる心で関係改善に方向転換することを願う。戦略的に一時的な友好関係ではなく、心が解け合う心の関係になってほしい。「敵であったが今は友になった日米関係」をモデルにしてほしい。
 
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地元と異人の決闘

2015年04月29日 05時05分00秒 | 旅行
数日前地方の縄張りについて書いた本欄についてオーストラリア在住のSejin Pak氏のコメントが気になっている。

先生の仰る事は世界のどこでも通じると思います。僕の住んでいる南オーストラリアのアデレード市でも同じことを考えながら暮しています。地方新聞は視野が狭くて読まなくなりやすく、全国紙とか国際紙新聞に目を向けます。しかし自分が暮している所のニュースは大事ですね。結局同じ地方ニュースでも国際的視野で取る必要があるのではないかと思うようになります。
4月23日 12:23

 氏とは面識のないFB友である。彼は韓国出身で世界いろいろなところに住み家を移しながら現在当地で大学教授をされている方である。その方から「世界のどこでも通じる」という言葉は迫力があり、さらにショクである。縄張りの地域性が普遍的(?)であれば私が過剰反応しているのではないかと反省もある。
 昨日研究室で有名な学者とこの地域に留学生が多いので私の授業をインターネットTVに紹介することを相談した。彼はこの地域の住民は留学生が多いことに否定的な傾向があるという見解を披歴した。本学が突飛に留学生が多く、この地域の活性化に貢献していると思っていたのに本当にショックであった。観光客を多く誘致しようとする政策にもかかわらず住民たちは暴買が嫌だというのもそのような現象ではないだろうか。もっと大きい問題がある。グローバル化に抵抗するナショナリズムの強化、国粋主義の出現、それが東アジアの関係を悪くしているのではないだろうか。地元と異人の決闘のようになるのであろうか。
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「冥界婚」

2015年04月28日 05時38分07秒 | エッセイ
 最近私は風呂の中で居眠りしていることがあるというと家内から危険だと言われた。私曰く「気にしない、大往生」と。家内は裸では困ると言う。私は死んだ者に恥はないと言った。「死んだ者に恥はない?」と大変なことばを言ってしまった。大嘘付きの吉田清治も生前に嘘があばかれず本人は慰安婦騒ぎを知ることなく、墓に静かに寝ているだろう。数日前から生き埋めの犯罪が報道されている。普通の感覚では理解できない。死をどう迎えるか考えなければならない。
 今東京のビジュアルフォークロアで出版準備のビデオ「冥界婚」監修作業の最中である。34歳の船員の海上死の死因を探す儀礼である。韓国慶尚北道清河で北村皆雄監督と同行して氏が撮ったもの、2時間を越える長い映像である。死に伴う哭きの儀礼、死後結婚に関するものである。死者への悲しい思いは何だろう。ソウルの姉が父の祭祀を行ったとメールが届いた。ただ自分自身の長生きだけで死に関心が薄い現代人にこのビデオを観てもらいたい。
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「首を斬られて拷問を受けた」

2015年04月27日 05時06分34秒 | 旅行
ほぼ毎週教会で会う顔が見えないので気なった。数人の方に追跡するように尋ねて、ようやく入院したことがわかった。しかし本人から迷惑をかけたくないので黙っていてほしいという。腰が痛いという話をしていたことは知っていたので、さっそく電話をかけたが不通。電話が来た。「首を斬られて拷問を受けた」(痛み)と第一声。手術後、大変な苦痛があったという。頚部を手術して一週間経ったという。家族だけが知っている徹底的な家族主義、親しい関係なのに連絡してくれなかったことに怒りながら慰めた。彼は熱心なクリスチャンで、よく「隣人愛」という言葉を語っていたのに、人に迷惑をかけないことが愛であろうか、「孤独なる愛」であるのか。
 日本に来て必要以上に多く聞く言葉が「迷惑をかけない」である。日本人の美徳であるという。煩わしくしなくトラブルが起きないようにはなると思う。しかしそれによって人間関係が繋がっていない。愛を持ってするなら迷惑なことはない。お互いに心温まるはずなのに如何にドライな社会であろうか。その日本が戦前広くアジアの国々を侵略し、占領し、植民地としたことは「大変な迷惑」ではなかったのだろうか。その反省であろうか、いま日本は世界へ平和的な貢献をしている。ネパールの大惨事に日本の奉仕団が出発した。消極的な「迷惑」から積極的な「人類愛」へ変わっていく。
 
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「楽園の島」ハワイ

2015年04月26日 05時21分00秒 | 旅行
日韓関係がよくなっていく時には在日朝鮮韓国人の中には差別から抜け出たのように韓国人という自尊心を持つようになり、中には通名より本名の韓国式の名前を宣言する人も多かった。そして韓国語や韓国文化をよく知らない韓国人が多くなり、私のような韓国からのニューカマーと混同されることもあった。しかし最近日韓関係が悪く、ヘイトスピーチなどの状況においては本名宣言を後悔している人もいるという。私も日韓の橋渡し役と言われてきたがその立場が混迷状況のようになった。研究結果を表現すことさえ自由ではないことを感じている。こんな状況を打開するためにはもう一回冬ソナが必要だと冗談で言っていたら本当に続編が作られるという。
 
湖畔に夕焼けが映り始めた。ユージンとチュンサンは、手をしっかり握って夕陽が沈んでいく湖を眺めた。チュンサンは静かに口を開いた。「とてもきれいだろう?」「あなた、見えるの?」「いや、感じられるんだ。本当に美しいものは、見えなくても感じられるんだよ。君の姿がどんなに美しいか、僕には見える」。チュンサンはゆっくりユージンを抱きしめてささやいた。「僕たち、幸せになろう」。さわやかな初夏のある日、ユージンとチュンサンは湖畔で結婚式を挙げた。
 
 旧友白水繁彦氏を思い出す。私がほとんど日本語が理解できなかった時代にほんとに、ほんとに大変お世話になった人である。彼が下関のわが家に尋ねて来た時、私に英語で話したことがきっかけになりアメリカ留学もできたと、意外にも感謝の言葉をいただいた。先日彼が編集した『ハワイにおけるアイデンティティ表象』(御茶ノ水書房)が届いた。在日の方々にも読んでもらいたい“自分たちの表しかた”マイノリティの自己規定と他者規定、そしてその表象の話である。研究書でありながらスラスラ読める語りかけるような文章に引き込まれる。ハワイでは多くの民族がそれぞれ民族性を忘れるか、思い起こすか、平和に共存するハワイ、やはり「楽園の島」である。日韓もきっとそうなるだろう。  
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「世界の幸福度2015」

2015年04月25日 04時59分29秒 | 旅行
昨日の講義「日本文化論」のイントロとして新しいニュースの「世界の幸福度2015」を紹介した。カナダやイギリスの大学教授らによる報告書に関するものである。トップはスイス、アイスランド、デンマーク、ノルウェー、カナダそして6~10位は順にフィンランド、オランダ、スウェーデン、ニュージーランド、オーストラリアがランクイン。欧州の中小国が占め、30位以下にアジアのシンガポール、40位に韓国、台湾そして46位に日本がでた。 中国は93位であり、最も低い国はアフリカである。さっそく英語の報告書を検索して目を通した。著名な経済学者らが経済だけではなく、社会福祉、価値観などを評価基準としていることが分かった。国民1人あたりの実質GDP(国民総生産)、健康寿命、人生観、自由度、汚職レベルの低さなどから国民の満足度、幸福度へ接近している。先進国として日本が低いこと、経済大国という中国が低いことが気になった。
 留学生たちは幸福度の高低について、経済的レベルより労働に注目していることが分かった。それはアルバイトをしているから直感があるからだろうか。中国では伝統的に労働者の苦力、現在の労働放浪者の問題があり、その事情から不満が充満している。一方日本では労働時間の濃い仕事にきつさを感じていて幸福度が低いのではないか。講義の中身の「日本人の真面目さ」に学生たちからは日本人のまじめさを認め、迷惑をかけないことなどは肯定的に評価しながら引きこもりや従順的であり自分の意見を出せない、社会性が弱い欠点、それが日本人の満足度が低くしているのではないかなどの意見があった。私は「ありがとう」ということばは日常的によく言われても感謝する肯定的な態度が弱いことをコメントをした。
   
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「売笑夫」の時代

2015年04月24日 05時26分04秒 | 旅行
日中首脳会談が行われたことを歓迎する。以前安倍晋三首相と握手を交わした時、習近平氏は難い表情で視線を逸らしたことが話題になった。今度は微笑みとまではいかないが、かなり柔らくなったなど、会談により冷え込んだ関係が「改善できた」とメディアは報道をした。習氏の表情は大きい影響力があった。彼だけのことではない。人の生き方にも影響する。一生笑ったことのないような表情をする人も少なくない。日本には明るい表情をしている人が多い。多くは作られたものであろう。特に商売人の客向けの表情や言動は自然さが少ない。それに感謝する人も少ないだろうが無表情には耐えられない。外国でも不親切さを感ずることが多い。表情は商品である。旧くは売淫婦は「売笑婦」ともいわれたが「売笑夫」の時代になったようである。男も微笑みが必要である。
 昨日の「アジア言語文化」の講義では日中首脳会談のニュースをイントロとして歴史認識が火種になっている慰安婦問題のビデオ、ハバード大学のマイケルサンダル教授の日中韓三国の大学生たちの討論会のビデオを見せて討論した。まず韓国人、中国人という国家意識をしないで討論することを願った。ある韓国の留学生は日本の総理が韓国人に土下座をすべきだと言い、また日韓以外の第三者の仲介者が必要だという韓国の留学生の意見に「あなた自身が仲介者になれないか」と私がサンダル教授のようにフィードバックをした。モンゴルのウランバトルからの留学生や他の韓国からの留学生などがどの民族でも悪い歴史があるという意見が続く中、終了のチャイムが鳴った。
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長周新聞へ寄稿文2015.4.22

2015年04月23日 05時17分28秒 | 旅行
 「批評精神と広い視野」
 私は職場も居住を八回ほど変わりながら、日本では東京、名古屋、広島、下関と移り住んで、ここ下関は日本で4番目に住んでいる所である。この下関で初めて酷い縄張りにぶつかったことを覚えている。大都会に比べて小都市や街、村に入るとより住み慣れるのが難しいことは知っているが、私のように他地、それも韓国出身である者として縄張りにぶつかることは当然といえば当然であろう。しかし。なぜこの地域はなわばりや差別が酷いのか。ある下関出身の有名人はここで差別されそれが嫌で外に出て名前を売るようになって招かれる客となったと回顧する。下関発ではデビューすることができないという。
 下関は人材を産み育み、外に出す資質はあるが、地元の人への関心は薄く中央から名前が出たり、受賞したりするとその受け皿として騒ぐ典型的な田舎パターンである。映画監督のグスヨン、赤江瀑、田中慎弥の諸氏も地元からの発信ではなく、中央回帰型である。中央回帰型で地方創生は無理だろう。沖縄のように地方中心主義があまりにも強くなるのもいかがなものかと思いながら下関の中央依存型には失望している。
 私が他地域に住みはじめてスタートとしてすることは地域の新聞を読むことである。長周新聞は地域に密着していて、批評意識をもっている。この地域の地域新聞や全国紙の地方版と合わせて、本誌の特に論評や書評、文化行事に関する記事は優れていると思う。長周新聞の読者となって10年目、毎年のように新年号などには寄稿もさせていただいている。そして情報を共有しながら人間関係を広げてきた。長周新聞は60周年を迎えるということは記念すべきであり、それに寄せて期待を込めて展望を願いたい。
 新聞は民衆を代弁するもの、戦ってくれる民衆の杖か鞭ともいわれるが多くの日本の新聞は行政の広報紙に過ぎないようにも感ずる。特に地方の新聞は行政中心に広報紙、地方選挙では無投票当選、連続当選という結果を出すのもこのような言論の所為ではないだろうか。長周新聞は他の新聞とは異なる。行政とは一線を引き、批評や論調を持っている。 
 この地域の新聞記事を総括的に見ると年中行事のように日程が決まっており。マネリズムとなっていて、地域性があまり濃いと感ずる。地方の新聞には地方の郷土愛、懐かしさ、結束に重点が置かれていることは当然であろう。この地域の新聞などの紙面に登場するのは高杉晋作、吉田松陰、金子みすず、田中絹代などであり、それも繰り返しで載っている。それらを強調するのは当然必要であるが、全国へ、アジアへ、世界へという広がりが欲しい。たとえば松陰先生の教育、近代化への影響に関して、アジアへの影響は大きいことは読んだことがない。タコ壺式内向けばかりなのでそれから脱皮しなければならないのではないかと思っている。先日西日本新聞にはシリーズ韓国の作家の企画記事が連載されていた。訪ねてきた記者は大学で朝鮮文学専攻の人である。東京など中央へばかり焦点をおく新聞とは大いに異なっている。私は長周新聞の批評精神と広い視野に期待する。
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長周新聞へ寄稿文

2015年04月23日 05時17分28秒 | 旅行
 「批評精神と広い視野」
 私は職場も居住を八回ほど変わりながら、日本では東京、名古屋、広島、下関と移り住んで、ここ下関は日本で4番目に住んでいる所である。この下関で初めて酷い縄張りにぶつかったことを覚えている。大都会に比べて小都市や街、村に入るとより住み慣れるのが難しいことは知っているが、私のように他地、それも韓国出身である者として縄張りにぶつかることは当然といえば当然であろう。しかし。なぜこの地域はなわばりや差別が酷いのか。ある下関出身の有名人はここで差別されそれが嫌で外に出て名前を売るようになって招かれる客となったと回顧する。下関発ではデビューすることができないという。
 下関は人材を産み育み、外に出す資質はあるが、地元の人への関心は薄く中央から名前が出たり、受賞したりするとその受け皿として騒ぐ典型的な田舎パターンである。映画監督のグスヨン、赤江瀑、田中慎弥の諸氏も地元からの発信ではなく、中央回帰型である。中央回帰型で地方創生は無理だろう。沖縄のように地方中心主義があまりにも強くなるのもいかがなものかと思いながら下関の中央依存型には失望している。
 私が他地域に住みはじめてスタートとしてすることは地域の新聞を読むことである。長周新聞は地域に密着していて、批評意識をもっている。この地域の地域新聞や全国紙の地方版と合わせて、本誌の特に論評や書評、文化行事に関する記事は優れていると思う。長周新聞の読者となって10年目、毎年のように新年号などには寄稿もさせていただいている。そして情報を共有しながら人間関係を広げてきた。長周新聞は60周年を迎えるということは記念すべきであり、それに寄せて期待を込めて展望を願いたい。
 新聞は民衆を代弁するもの、戦ってくれる民衆の杖か鞭ともいわれるが多くの日本の新聞は行政の広報紙に過ぎないようにも感ずる。特に地方の新聞は行政中心に広報紙、地方選挙では無投票当選、連続当選という結果を出すのもこのような言論の所為ではないだろうか。長周新聞は他の新聞とは異なる。行政とは一線を引き、批評や論調を持っている。 
 この地域の新聞記事を総括的に見ると年中行事のように日程が決まっており。マネリズムとなっていて、地域性があまり濃いと感ずる。地方の新聞には地方の郷土愛、懐かしさ、結束に重点が置かれていることは当然であろう。この地域の新聞などの紙面に登場するのは高杉晋作、吉田松陰、金子みすず、田中絹代などであり、それも繰り返しで載っている。それらを強調するのは当然必要であるが、全国へ、アジアへ、世界へという広がりが欲しい。たとえば松陰先生の教育、近代化への影響に関して、アジアへの影響は大きいことは読んだことがない。タコ壺式内向けばかりなのでそれから脱皮しなければならないのではないかと思っている。先日西日本新聞にはシリーズ韓国の作家の企画記事が連載されていた。訪ねてきた記者は大学で朝鮮文学専攻の人である。東京など中央へばかり焦点をおく新聞とは大いに異なっている。私は長周新聞の批評精神と広い視野に期待する。
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『軍隊の人類学』

2015年04月22日 05時19分19秒 | 旅行
 下関でインターネットTV「GoonTV」の設立準備委員会が昨日私の研究室で行われた。スタートはいよいよ近くなっている。権藤博志、藤中和岳、濱西博之の諸氏が訪ねてきて全体の趣旨と営業に関して議論をした。私は二点を強調した。一つは紙媒体の新聞などの行政の広報誌的なこととは差をつけること、下関で発信するが国際的な視野をもつことである。営業に関わる浜西氏からnatulally plus社のイズミオという健康水の水素水に関する内容の説明を聞いた。インターネットから情報を早くキャッチしてコメントなど意見を出すことも楽しい。。
 その直後東京のあるインターネットTVから電話を受けた。数日前私が発信し、以前調査した日中戦争参戦者の「慰安室」に関するものの説明をし、これからより広く、質高く、映像を制作することができればと期待する。1週間ほど前田中雅一編『軍隊の人類学』(風響社)が届いた。私の研究テーマの一つである慰安所問題とも関連が多い。田中氏とは『日本の人類学』(山路編、関西学院大学出版部)のPR鼎談をしたことがある。氏の論文「軍隊・性暴力・売春ー復帰前後の沖縄を中心に」は文章の流れ、論理整然、「売春の島」の描き出しなど比較研究の視野で書かれている。まず田中氏に感謝を送りたい。
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「大連便り」

2015年04月21日 05時13分20秒 | 旅行
中国大連からの留学生林楽青氏を迎えた。現職大学教員であり、私の指導により博士課程(後期)に入学したが遅れてきた。早くから入管にビザ手続きを申請したが時間がかかり大学関係者は私も含め説明に応じ、本人が16種の書類を出してやっと来られた。今の時代に日本への越境がいかに難しいか実感した。しかし険山峻谷の難しい国境を越えたような嬉しさ、満足感もあった。北九州国際文化協会の方が母娘で空港にお迎えに出て、午後4時頃大学に無事に着いた。大学の寮に入り、一安心した。私の研究室でお茶の時間をもって歓迎の時間になった。その母娘の母はフャッション事業家であっても中国には数十回往来しながらボランティアの無料奉仕ばかりであるという。そこに私から一句、「無料は遠く回って大きく戻って来る」といい、意外な反響、本当に名誉賞をとっているということであった。
林氏は日本語の教員であって福岡との縁が深い人である。長い間LoveFM(北九州)の「大連便り」の担当者でもあった。今は奥さんの孫蓮花氏が担当となり、丁度昨夜7時半から孫氏の生放送を車の中で林氏と一緒に聞いた。アナウンサーのように話をした。内容は日本植民地時代に大連に日本が作ったダム周辺に植えた桜の花見祭り、日本語弁論大会の話であった。日中関係の難しさは一点も出ず、日中友好の雰囲気であった。林氏は留学生であっても国際交流のメッセンジャーであると期待する。
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珍島

2015年04月20日 05時58分38秒 | 旅行
 夕方訪問という電話、緊迫の時間、テーブルの上や下まで避難訓練のように整頓、夕食を急ぎ、お客さん用にテーブルをセッティング、椅子の配置、照明、掃き、拭き、着替えている間にチャイムが鳴った。二人のお客さんを迎えた。我が家ではよくあることである。お2人の訪問客は2箱の竹筍、マンゴーケーキをテーブルに出した。ミミにまでお土産を用意してこられた人は看護学院の村田事務長と前田東亜訪問看護ステーションの管理をされておられる方である。雨の中、筍を掘ってあく抜きをして持って来られたことに感謝、好物のマンゴーケーキを食べながら高齢者訪問看護の話が広がった。日本人も患者が病院から在宅看護・介護へ変わっていくこと、これは人口減少の老人天国の日本での話である。私も最期は家で迎えたいと何度も言っている。専門外の私が彼らの会話に加わって曰く若者は老人を理解しない。それは自分自身を理解しないことだと警告した。
 韓国珍島から講演依頼が来た。そこは一年前セウォル号の悲惨な哭き声に染まったところ、日本では天童よしみの歌があり、友人の伊藤亜人氏著の『珍島』もある。この島が有名になったのはそれよりはるかに古く遡れる。1968年韓国民俗総合調査の時、民謡と巫俗の音楽の調査によって全国に知られたのである。私はその時シッキンクッ(洗霊祭)という巫俗儀礼を録音調査した。後に内外の文化人たちに注目され、巫人らは人間文化財などで知られるようになった。この度その島で国立国楽院主催で実演と学術会議が行われる。その会議で『哭きの文化人類学』著者の私が基調講演をすることになった。光栄でかつとても懐かしく、哭きや音楽の話で哭かないように心の準備をする。ここにお知らせさせていただきたい。

2015年6月25~27日
첫째 날6. 25.(목)16:00-16:30참가자 등록
17:00-19:00저녁식사 및 휴식19:00-23:00 굿축제 공연(1)정화점의 영암성주굿
둘째 날6. 26.09:00-09:20 인사말:국립남도국악원 원장,축사:국립국악원 국악연구실장
09:20-09:50기조 발표<1968년 이래 전남 무속 조사 최길성(일본히로시마대학 명예교수)
10:00-10:30제1주제 발표
세계에서 바라보는 한국 굿음악의 현 위치와 전망 김헌선(경기대학교 교수)김영운(한양대)
논평 (1)주재근(국립국악원)김영운
10:40-10:50논평 (2) 임미선(단국대)김영운
11:00-11:30 제2주제 발표
남도 굿음악의 발굴과 세계로의 소통 이용식(전남대학교 국악과 교수)신대철
11:30-11:40논평 (1) Hilary V. Finchum-Sung(서울대)신대철
11:40-11:50논평 (2) 반혜정(한중연)신대철
13:30-14:00 제3주제 발표
남도 굿의 다양성에 대한 재인식: 발굴 및 새 자료의 중요성 이경엽(목포대학교 국어국문학과 교수)김우진(서울대)
14:00-14:10논평 (1) 황경순(국립문화재연구소)김우진(서울대)
14:10-14:20논평 (2) 강태구(중앙대) 김우진
14:30-15:30대담 정화점의 영암씻김굿 정화점 이경엽
16:00-17:00워크숍
영암씻김굿의 장단 강현복
19:00-23:00 공연(2)
이봉덕의 강진씻김굿 이봉덕 외 박필수악사
셋째 날6. 27
09:00-09:30제4주제 발표
한국전통예술의 백미,
진도씻김굿의 세계화 전략 박미경(전 계명대학교 교수)김미경(전주대).
09:30-09:40논평 (1) 박주언(진도학회부회장)김미경
09:40-09:50논평 (2) 김용호(남도국악원) 김미경
09:50-10:20제5주제 발표
씻김과 진도 민속의 내면, 보존과 수요의 경계에서 이윤선(목포대학교 초빙교수) 박흥주(굿연구소소장)
10:20-10:30논평 (1) 명현(국립국악원)박흥주(굿연구소소장)
10:30-10:40논평 (2) 홍태한(중앙대)박흥주
10:50-11:20제6주제 발표
진도씻김굿의 (미발굴) 음원, 영상 개관과 세계와의 소통을 위한 활용 모색 김은희(고려대학교 강사)최헌(부산대)
11:20-11:30논평 (1) 이명진(국립무형유산원)최헌
11:30-11:40논평 (2) Tanner Jones(University of Kentucky)최헌
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サプライズなる客

2015年04月19日 05時03分41秒 | 旅行
本日は4.19韓国学生革命の日、私が生きた歴史の折り目である。学生たちが銃殺されたその時、今思うと韓国民主化の基礎にはなったが大変な悲劇であった。我々の貧困時代であり、勇気のある時代でもあった。その時代が評価されなくてもその時を生きた者の心の隅には強く残っているだろう。李相和(1901ー1943)氏の詩「지금은 남의 땅 빼앗긴 들에도 봄은 오는가(今は他人の土地、その奪われた土地にも春は来るのか)」という祖国の植民地を悲しく嘆いた詩がある、今私は他人の土地の国民の一人として住んでいる。そしてその日本の植民地を研究している。ユーチューブテレビに植民地を語る番組の再生回数が7万回を突破したということで、「一つの論点を短くまとめた抜粋版があると、ネットで広めやすい」ということで人気動画の中から、私が出た回のエッセンス抜粋版を配信すると連絡がきた。嬉しい。
 昨夜勝山夜話会で私の植民地研究を語った。来られるとは思ってもみなかったサプライズなるお客さん、遠い美祢から在日同胞団の指導者黄正吉氏ご夫妻、下関市役所勤務の若夫婦などが参加して下さった。会員以外の情報は私のブログであったことがわかった。司会者の倉光氏が新聞広告を頼んでも載せてもらえなかった。私も元編集長による2回のインタービューがあっても無効だったことは沈黙のバッシングであろう。先日東京での講演では大手新聞の記者たちが参加して議論してくれた。地方創生は人の創生から始まらないと、…。昔私が付き合った記者は勉強会にも参加したりして、後に一流の言論人になった人もいる。話の冒頭で当地元で日中戦争参戦者が写した写真の中の「慰安室」の写真から始まってミャンマーやシンガポールの日本軍の占領地における慰安所日記の話になった。軍と慰安婦の関係に質問があって慰安婦が金をもらって送金したこと、事務所が軍に報告したことを聞いた在日事業家は「はたして軍が運営したのだろうか?それによって軍に収益があったのか、なかったとしたら軍が運営したとは言えない」と言っきってくれた。米軍慰安婦はなぜ生まれたかの話まで及ばず、時間の関係で質問にはごく簡単に答え、後は拙著を読んでくださいと頼み爆笑。photo by Mr.Isonaga
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著者が語る「慰安婦か売春婦か」

2015年04月18日 05時29分49秒 | 旅行
拙著『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたか』が出版されて数か月間、多くの読者から好評をいただき感謝している。一方題や帯だけをみて「親日的だ」と懸念し、遠避ける意見もある。それは特に日本人に多い。それは消極的な態度なのだろうか、反日的な傾向があるからであろうか。反政府的な日本人が韓国の反日的なことを受け入れる人が多い。親反は別として日本に生まれ日本の郷土を愛し、国を愛するのが自然であれば、韓国に生まれ郷土心を持つのを理解してよいだろう。同様に韓国人も日本人の郷土愛を認めるべきであろう。しかし在日の方は日本に生まれても血統主義で韓国を愛し、日本に否定的な生活をする人が多い。私から見ると不幸に感ずる。なぜならば否定的な人生観よりは肯定的な方がよいと思うからである。私は韓国生まれ、日本で生活をしているので両国を愛するのは当然であると思う。しかしどちらかを明らかにするようにという人たちからは理解されにくいようである。
このよう複雑な状況において私の研究が誤解され、理解されにくいのは当然であろう。今日は勝山夜話会でそのことについて語りたい。正しい理解のために著者として語りたい。最近著を書いた真意から近況などを述べてから質疑を受けたい。拙著は基本的に朝鮮戦争に関して書いたものであり、参考まで日本軍と慰安婦の関係にも触れている。講演は公開していると主催者からお聞きしている。関心のある方は参加してほしい。
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日韓混流

2015年04月17日 05時28分18秒 | 旅行
同年配の友人権藤博志氏が久しぶりに訪ねてきてその間にインターネットTVを創立してグループの一員として忙しかった話、水素水のテレビショッピングのスポンサーの話とその商品も味わった。朝から講義「アジア言語文化」のために大型テレビモニターを設定して準備万端であったが、準備したdvdが録画されておらず慌ただしくユーチューブで補った。モンゴルからの留学生に名づけ方を質問し、日本の名前に触れた。ハバード大学講義のように考える授業を強調した。注入式暗記式講義をしないことを宣言した。授業ではアジアでの私の現地調査も紹介した。続いて読書会では日露戦争中の軍人日記などをテーマに歴史を研究する中国からの留学生の大学院生李金峰氏も加わって歴史とは何かなど活発に議論した。
 そのさ中に学長から、ミャンマーからの民俗文化財が東アジア文化研究所へ寄贈されたので見に来ないかと連絡があり、読書会メンバーと一緒に学長室で見せていただいた。長い太鼓である。象の脚のような形をしている楽器であり中国少数民族では「象脚鼓」と呼ばれるものだと李氏の説明があった。帰宅途中韓国釜山市のゴルフを通しての親善交流会の夕食会に招かれて家内と参加した。42名のお客様と下関市の要員の方々が集まっての歓迎懇親会であるが、韓国からのお客様のカラオケになって、隣の方との話も聞き取りにくい状況。隣席した下関市副市長の本間氏と耳をよせあい、ささやき、そしてお客様に手を振って送別した。韓国の大人数の歌、騒音に圧倒された日本人たちは口を開けてボーッとしていた。その集まりには東亜大学の二人の女子留学生が通訳をしていた。日韓の交流、混流であった。
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