崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

除夜の鐘は「和」のメッセージ

2012年12月31日 06時44分32秒 | エッセイ

 昨日キリスト教会で礼拝の後、雨の中、韓国仏教の宗派の光明寺を訪ねてみた。手前が火葬場であったが、今は小さい公園となっている。この寺は火葬場と縁があってか、1948年に創建された。この付近に在日の人も多く住んでおり、韓国から平和の大梵鐘が運ばれた鐘閣が建っている。毎年除夜の鐘をならす。李王朝時代には漢城の大門を閉める時28回、開ける時33回ならすことになっていたが今は零時の除夜の鐘になっている。今夜もそこで除夜の鐘をならす。それとともにNHKラジオ全国中継が行われる予定である。この寺では人類の平和を祈るためという伝統によって全国に響くことは嬉しい。この寺から200メートルくらいの所に私が通う大韓キリスト教会がある。以前教会は毎週鐘をならしたが騒音ということで中止になった。鐘は「和」のメッセージであろう。私にはクラシックの美しさはハーモニーであるようにキリスト教会の鐘と仏教寺の鐘の和音が聞こえてくるように思われる。

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電子出版

2012年12月30日 07時13分12秒 | エッセイ

 世界的に広く読まれる週刊誌「ニューズウィーク」Newsweekが紙媒体を打ち切って、電子版は「ニューズウィーク・グローバル」」Newsweek Globalに切り替えると発表した。私にとって「タイム」誌や「ニューズウィーク」は持ち歩くのに便利で半分洒落な読みものであったのでとても残念である。人によってはアメリカの大企業の破産だと大げさに思うかもしれないがすべてがデジタル化される未来に対応しなければならない対策であろう。書物など紙媒体のすべての企業へ予知警告にもなるかもしれない。今私は新年出版向けの原稿調整に熱を挙げているが、将来は電子出版になることを願っている。

 私は読者としてこのような処置を歓迎する。時代が、トフラーの予言通りに第三の波があまりにも強く押し寄せていることに乗らなければならないからである。日常的にテレビやラジオなどリアルタイムで情報を入れるが新聞は一足遅れてくるか古いニュースになっている。ネットではその早さと文字媒体の力を百パーセント発揮することが出る。また読者とリアルタイムで交信できるので電子版新聞、電子版雑誌が一般化するようになるし、そのように開発して行くべきであろう。新聞配達の販売所は配達の代わりにネット宣伝に変えるなど構造改革が必要であろう。それが将来の危機対策になる。新年をただ座って向えるのではなく、自ら走り「新しく年を迎え」ならなければならない。

 

 

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ものまね番組

2012年12月29日 04時18分55秒 | エッセイ

 私は子供の時から真似することを蔑視し、創造だけを高く評価するような価値観で育ってきたので物真似は正体より非常に低級な稚拙なことと思っていた。しかし最近「ものまね」番組をおもしろく視聴するようになった。物真似といっても声帯真似から動物真似まで様々である。物真似を楽しむためには本物を知らなければならない。本物が真似されるからである。本物が真の正体といえば物まねは偽りの偽物である。本物が創造的であれば物真似は真似に過ぎない。ものまねの面白さの本質は何処にあるのだろうか。顔つきや表情、服装などで真似をするパフォーマンス、それが面白いのだろうか。

 真似する人はまず正体の特徴把握、それを美しく、面白く演ずる。真似が本物を超越することはできないが、面白さでは本物を越えなければならない。したがって物真似とは正体を素材にして創作しているといえる。我々は先祖、先生などから学ぶというが真似をするかもしれない。つまり人の真似から文化人になろうとしていると言える。ファッションの本質もその真似類である。しかしただの真似ではなく、自分の個性に調和するパーソナリティを創造すべきである。国家社会においても先進国をただの真似ではなく、自国の特徴にあうように創造してほしい。真似の面白さの本質を考えながら物真似をみるのが楽しい。

 

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ある読者へ

2012年12月28日 05時24分16秒 | エッセイ
 最近、人の文を読む時ネット上の文からモザイクしたものではないかと疑いながら読むことがある。それは私もネットから引用することがあるからである。特に学生たちは紙の本を離れ、ネットを多く利用するようである。私もネット上の文を読んで引用することがある。しかし自分の思考でエッセイを書いている。その思考を読みとってくれたら嬉しいと思っている。
 私のエッセイを読まれた方からコメントをいただいた。
 
「考えさせられることがある一方、おもわず笑ってしまうことも多く、〇〇〇としての立場を越え、一個人として大変たのしませていただきました。とくに先進国のくだりで経済的発展のみではなく「経済を含む生活環境、文化生活をもって「先進国」を考えている」とのくだりが、大変心に響く一文でございました。」
 
 
 それについて私は次のように返信した。
 
 
 日本に移り住んで20年でも日本語は十分ではないことを常に感じております。今日本語の小説を楽しめるようになっても言葉の勉強のようになっています。話し言葉は語尾が曖昧となるか、言い回しのような表現が多く、丁寧な挨拶などは遠慮しています。特に集まりなどでの乾杯の音頭などは嫌です。このエッセイは知識や情報より、思考に作用するように書いたものです。そのような私のエッセイにコメントしてくださり、何よりうれしいです。
 
 
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「しものせき映画祭」実行委員会解散

2012年12月27日 05時51分18秒 | エッセイ

 昨夜「しものせき国際映画祭」実行委員会の反省会を兼ねた忘年会に参加した。私は総評に当たり実行委員会は解散しても「人間関係は解散しない」と述べた。準備会などで一緒に議論したり協力したり友愛の関係ができたことは大きい成果である。私は下関でこんなに映画に関心が強い人がいることが嬉しい。「映画祭」は一般観客、より関心の高い人は田中「絹代塾」で、という両輪でもっと力をいれていくように願った。新年早々1月20日私が塾において「韓国版金色夜叉」について語る。委員たちよ!観客動員しか考えないで自分が動員されること、つまり集いに参加することも期待したい。そこで一緒に映画について語り合えることを望む。

 映画祭の実行のために準備会が十数回あって、かなりの回数を東亜大学で行ったが、本番では私が風邪が酷く有終の美をみることができなかった。一人ずつ反省する声が出た。結局観客動員に失敗したという。2か所の会場へ移動の問題、宣伝不足などが指摘された。私は「国際映画祭」といっても国際性が薄かったこと、地域に密着したものとアジアの映画が韓国映画一編に過ぎなく、「国際」とは相応しくなかったこと、映画と関連した名人を招待したトークショーは作品とは関連性の弱い裏話になったようであって、大き過ぎの会場で空虚感があったと。またNPOの田中絹代メモリアルが母胎になってやっているが、市の施設を無料で使えなかったことはとても残念だったと思う。

 

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私にもクリスマスプレゼント

2012年12月26日 04時52分57秒 | エッセイ

 昨日のクリスマスデー、ソウルの弟子の夫婦とリレー式電話でクリスマスの挨拶、アメリカの友人から祝賀メールなどがあった。また私にもクリスマスプレゼントのようなメールが届いた。私が日本で生活をしながら感じたこと、最近まで感じ、考えたことを書いたものを『雀様が語る日本文化』として東京の一般出版社から出していただくことが決定、ほんとうにうれしい。「よきご著書となりますよう尽力させていただきますので、引き続きどうぞよろしくお願い申しあげます」と言うお言葉がそえられてあった。これから年末年始に写真作業などで忙しくなるに違いない、嬉しいプレゼントと思う。友人が我が家の窓からスケッチしたものを表紙に頼んである。クリスマスから謹賀新年のプレゼントとしたい。

高齢の友人のアドバイス、「健康考えて、仕事から解放されるように」という言葉が聞こえてくるようである。しかし私の仕事とは遊びや趣味に近い。専門職人意識が欠如しているかもしれないが、大事な人生について書くのは面白くて止められない。新年に読者へ届けることできることが何よりうれしい。もう1冊の対談集も発行できるように祈っている。(写真はさる10月カナダバンクーバーで)

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寒波のイブ

2012年12月25日 06時32分21秒 | エッセイ

メリークリスマス!。 今日はクリスマス、昨日はクリスマスイブであった。風雪の寒波の中でも隣の老人ホームの建設工事は行われた。大きい釣り上げる機械で6階建ての最高点で二人が組み立て式のビーム鉄板を合わせネジで止める作業がサーカスのようなことを窓から覗き驚いた。風に飛ばされるのではないか、零下の寒さを心配ながら私の仕事とは何だったかのか考えた。家内はイブパーティの10人分の料理を準備し、私は環境美化に努めた。家内の韓国料理に持参のものとお土産で一気に豊富な食事、楽しい歓談、居酒屋雰囲気で盛り上がった。私は反省会として雰囲気を変えようとしたが、スピーチの内容は前回と全く同様、大声放歌が続いて私はそんな飲み会に参加したことが稀であり、我慢できず、中止させなければならなかった。毎年教会でイブ礼拝に参加したのとは全く変わったクリスマスイブとして記憶に残ったイブになった。

 教員生活を長くしている者として私は同じ話を繰り返さないように気を使う。集まった人には以前に話したかを思いめぐらし、別の話を用意する。すぐ前に聞いた話を全く おなじに繰り返されるのはどういうことだろう。おそらくその人にとって最も重要な核心的なレパートリーであろう。必要不可欠、重要なものは誰も毎日のように繰り返している。繰り返すことも大事である。その当り前さをくり返しているなら当たり前のこととして注目されない。スピーチの第一原則は、あたりまえなの話を繰り返さないことである。

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鼎談

2012年12月24日 05時40分38秒 | エッセイ

 わが夫婦は昨日ジャーナリストの南氏と出版社の別府社長を招待して昼食を楽しんだ。南氏は4、5回私にインタビューを行い、ほぼ終盤の研究に関しての話が残っており、それを出版の意欲を持ってくださった別府氏との鼎談のような時間であった。しかしインタビューの続きは後回し、ただ一年間いろいろとお世話になったことへの感謝の意味で楽しい放談の時間にした。(写真向かって左端別府氏、右は南氏)

 お話は楽しかった。社長は私のエッセイ集の草稿を読んでこられた。私の人生と学問について私自身が記憶を絞って書いたものより、ベテランの記者にインタビューされて、自分では意識していなかったものが掘り出され本になるのは別味、自分が書いたものと対になるだろうと皆で期待することになった。日韓関係のギクシャクに私の発言も期待するとも言われた。政治家は学者に期待しているが、研究者たちは政治家たちの活躍に期待しているだけである現況の話題である。その根っこの話になっている「慰安婦」にも触れた。その問題は色々な研究がある。特に吉田清治氏が当時軍人として下関の大坪の朝鮮人女性を強制連行したという話は捏造だとされたものなのに、それが中国や韓国と北朝鮮で古典的な著書としてまだ利用されていることも検討する必要があるだろう。

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今日はクリスマスではない

2012年12月23日 05時58分35秒 | エッセイ

 日本の多くのキリスト教会ではクリスマス礼拝を23日の今日行う。しかし今日23日はクリスマスデーではないのにクリスマスを祝い、翌日24日にはイブの礼拝やイベントをするところも多い。つまり24日のイブは守っても25日のクリスマスはその日が平日であればその前の日曜日に繰り上げて祝うのである。イブとクリスマスはワンセットである。これはキリスト教会の中の話であり、一般社会では24のイブと25日のクリスマスを守っている。こうしてみると教会が12月25日をクリスマスとして守っていないことになるのは可笑しい。教会中心の歴史が古いロシア正教会などでは1月7日をクリスマスにしている。

 一般のクリスマス行事と宗教のクリスマス行事が異なりうることではあるが、日本の例では多くのキリスト教会の問題である。元旦のようにクリスマスも国際化していく中、25日に教会の門が閉まっているのは異常である。生誕日を正して礼拝を守ってくれるように宗教指導者たちに提言したい。今日23日はクリスマスではない。

 

 

 

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ニュースレター2号を発行

2012年12月22日 04時38分29秒 | エッセイ

 東亜大学東アジア文化研究所http://choikilsung.net/eastasia/のニュースレター2号を発行した。主に次のよな内容である。所長崔吉城のホームページ http://www.geocities.jp/dgpyc081/で検索できる。Eメールで発送している。多くの人には迷惑メールになるかもしれない。しかし反応が早く、多くの方からの返事の中には嬉しい話も含まれている。そのほかに出版社のツイターに、また韓国とアメリカ・サンフランシスコの私の出身高校の同窓会ホームページに公開された。便利な時代になっている。しかしメールを持っていない人も意外に多いのが気になる。一般的に高齢者がメールを持っていない。中には90歳以上の林三雄氏はメールはもちろんFBに書いている。まだ若い世代の人なのに携帯とインタネットもあまり使わなず紙の文化を強く守ろうとする人もいる。ネットを持って考えると「時代に乗った人、時代遅れの人、時代を拒否する人」がいる。私は一応ネット上時代に載っている者かもしれない。そして時代とともに流れていくのであろう。

ニュースレター2号

山口日韓親善協会連合会との共催で第1回「楽しい韓国文化論」講座の開講、講師:奈良美香氏と崔吉城であった。私の案内で韓国全羅道宝城、長興に11月23-26日 パンソリ探訪旅行は、元下関韓国教育院長の李永松氏夫妻の協力を得た。「受講者」は石本弘之、板井一訓、伊藤巧夫妻、井上、河野ひさえ菊田夫妻、金、里村杉村恵子、菅原幸子、申君子、田代田中山尾信也、山本達夫、柳氏ら20人、下線の人は旅行参加者

第1回 フォーラム:■文化人類学者崔吉城が見た北朝鮮■第2回フォーラム  ■境界とは何か■礒永和貴講師:(東亜大学准教授)

東亜大学東アジア文化研究所・推薦図書のコンスタンチン・ガポネンコ著井上紘一/徐満洙=訳『樺太・瑞穂村の悲劇』発行 

友の会:特別会員:姜仁秀(八千代病院理事長)、川村博忠(東亜大学客員教授)、山口県日韓親善協会連合会(石崎幸亮) 一般会員 権藤博志(ジャーナリスト)、冨下昌亮(やすもり)

<図書寄贈>県立広島大学名誉教授の原田環氏、板井 一訓氏、権藤博志氏<客員研究員>江本智美(文化人類学)Queens College, CUNY, NY、大賀克彦(考古学)

<研究所訪問者>県立広島大学上水流久彦准教授、千葉県立東金病院長の平井愛山氏、慶南大学校・元統一長官の朴在圭総長、広島総領事辛亨根、

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終末論

2012年12月21日 05時50分59秒 | エッセイ

 今日2012年12月21日が終末の日である。昨日の日本宗教史の時間で「終末論」について講義した。特に中国で今日21日に「世界が終末を迎える」「全能神が共産党を滅ぼし、全能神が支配するという新しい国家が誕生する」という風説が広がっている。キリスト教系の「全能神」という宗教組織が終末論を流布させると中国政府は数百人を拘束したという。「全能神」がデマを流した疑いで、中国政府は警戒を強めている。

終末論は社会が不安な時よく表れるものである。新約聖書の「ヨハネ黙示録」20章には王国の終わりに激しい闘い、悪魔は鎖につながれ、悪い人は火の池に投げ入れられるが、キリストが再臨して地上に王国を打ち立てると義人は天国で永遠の至福を1000年間亨すると書かれている。絶望と希望を同時に持つ信仰である。朝鮮王朝では『鄭鑑録』で李氏の王朝が滅び、新たに王朝を開く物語が密かに民間に流布し、広がって王朝において「禁書」とされ、弾圧の対象となった。日本の仏教では末法思想というのが釈迦の教えが及ばなくなった釈迦以来1,000年に「末法」が来るというのも終末論であろう。

千年王国説は絶望と希望が極端にこの世が滅びて新しい世界を希望するように表現されている。現在の用語でいうならば社会の変化を求めると言える。それは中国だけのことではなく、普遍的であろう。それが変化、チェンジ、政権交代などである。変化と安定の調和のある社会を構築すべきである。

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女性大統領

2012年12月20日 05時18分46秒 | エッセイ
 昨夜韓国テレビが8時頃、開票30%位で「当選確実視」を発表しているのを聞きながら放送自体に不安を持ちながら視聴した。その予測通りに当選が決まった。朴槿恵氏が初の女性大統領になった。母と父(朴正煕)がそれぞれ暗殺された悲劇の娘が大統領になった。私はその悲劇、悲惨な歴史を生きてきたものとして心から応援した。学生時代軍事クーデタ、大学が休校、その中でも特別許可を得て李杜鉉先生の研究室で読書会があったことは忘れられない。私の在学の大学生が走る朴大統領車に石を投げたことがある。その時下車した朴氏が歩いて守衛の案内で李鐘守学長に会いに行き、学生指導をきちんと正せよ、と注意してから、陸軍士官学校へ向ったのは1964年だったと思う。その後私が66年から69年まで陸軍士官学校の教官として近くでお見かけしたこともしばしばあった。一回だけ同じ査列台に座ったことがある。私はセマウル運動と関連して、彼が日本統治下勤務した聞慶国民学校を訪ね調査をして、農村振興運動を教えたことのある朴大統領がセマウル運動を起こしたことを日韓両国語の論文で発表した。朴槿恵氏の母の陸氏が暗殺され、父も暗殺され、その恨みは「ハン(恨)」になって大統領になった。彼女の悲劇性はパーワーになったが負の遺産でもあった。それについて彼女は「時代交代」と言った。そして当選し、「国民幸福時代を開く」と宣言した。
 東南アジアとは違って、父系制の強い韓国で女性大統領を出したのは韓国民主主義の大勝利だと思う。日本で毎年のように首相が変わり内閣には「紅一点」式だった女性政治家の顔が少しおおくなってきたがまだ政治は男性専有のようになっている。それとは次元が異なる。本欄で以前民主主義は韓国が先進国であると主張したことがある。独裁政権を変えた韓国民主主義の成長を体験的に知っている私からの言葉である。日本もやっと選挙で政権を変えるようになった。日本の民主主義にも期待している。
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韓国大統領選

2012年12月19日 04時25分00秒 | エッセイ

 今日は韓国大統領選の投票日である。世論調査では予測が付かないほど、ほぼ差が無いという。投票率が当落を決めるのではないかという中、気温が下がり、もっとも寒い日になりそうだという。ソウル零下10度をはじめ済州島を除いて全国が零下圏になるという。農村の高齢者は投票所までは比較的に遠く、投票に行けない人が多くなるもしれないなど いろいろと分析される。先日の日本の総選挙の投票率は50%台で戦後最も低かった。投票しなかった人のインタビューの映像をみると否定的、消極的な人のようであると感じた。しかし低投票率でも社会の仕組みを変えた選挙であった。旧自民党へ戻ったとか、右傾化がよかったとか、民主党へ打撃を与えたなどの意味ではなく、投票によって、民主主義によって政治を変えることができるという国民意識を植え付けることができたということの意味が大きい。

 大物政治家の落選、ほぼ無名な新人の当選者が話題になっている中、田中真紀子氏の世襲議員の落選についてテレビ討論を聞いた。しかしまだ小泉、小渕など世襲議員が多いことも語られていた。世襲が問題ではないという発言をしながら北朝鮮の世襲については触れることが無かった。いかに「評論」が「表論」であるか、視野が狭く、問題の根本的な普遍性へ掘り下げられていないか。情報があふれる社会で深く考えて評論を書いた故加藤周一氏のような人を思い出す。寒い韓国ではたとえ低投票率だとしても民意がしっかり判断できると思う。

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祖父江孝男先生のご冥福を祈る

2012年12月18日 05時15分07秒 | エッセイ

 昨夜NHKラジオで祖父江孝男先生が15日自宅で86歳で亡くなられたということを聞いて驚いた。先生とはいろいろな思い出があり、とても悲しくさびしい。彼は東京大学の人類学の正統を継ぐ文化人類学者として日本文化人類学界の中心的な学者であり、私は講義で先生の『文化人類学入門』をテキストとしており、最近まで音信を聞いていたが訃報は今日まで知らなかった。先生は私のエッセイに『韓国朝鮮文化』に書評を書いてくださったり、トヨタ財団には巨文島調査を推薦して下さったりなどたくさんの恩恵を受けた。数年前に転倒して治療し、治ったというお手紙をいただいたが、ご無沙汰しており、年賀状を送ることにしていた矢先の訃報である。実に寂しくなった。最近尊敬する先生が次々と亡くなられる。長寿とはいわれても私には短く感じる。親族の方々にとってはよりそうであろう。他人には長生きしたといわれても本人はどうであろうか。平素、天寿といわれてもこの世に未練が残るだろうと思う。死を自然なこととして迎えることはなかなか難しい。

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選挙はもっとも残虐な壊滅手段

2012年12月17日 05時24分36秒 | エッセイ

 投票率が低くても民意を表した選挙であった。選挙で政権を変えたのは3年前、そして今回の選挙である。ただ安易な旧自民党へ戻ったのではなく、民主党の政権を変える民意であろう。いわば保守的な民衆によって自民党へ変えるのではないだろう。自民単独で衆院過半数を大きく上回り、政権奪還を果たしたことは安定したというレベルを超えて危惧を感ずる。選挙はもっとも残虐な壊滅手段でもある。菅前首相、田中真紀子(写真読売)、仙谷由人、藤村修官房長官などが落選したことは大きい意味がある。特に田中氏は地方の世襲基盤と知名度のある方で落選したということは当本人には失礼であるが、国民の意識が大きく変わっている、成熟しているといえる。政治の過程をみて判断するということは今度の選挙からのメッセージであろうと思う。

 

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