崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

慰安婦問題と直面

2017年12月15日 05時57分19秒 | エッセイ

 突然明日の夜テレビ生出演することになった。みのもんた氏が司会、ケント・ギルバート、武藤正敏氏らと「反日」「嫌韓」がテーマ、慰安婦問題についても討論予定。私はできれば上京せず映像参加を希望したが直接会って話すようにと言われて行くことにした。生放送だからである。
 慰安婦問題について本を出したので主にそれについて話をすることだと思っている。しかし慰安婦について多くの論客たちは政治などに触れられているのでそのような論争にならないことを期待する。私はそのような側面から植民地の負を糧にするわけではないからである。私は朝鮮社会の性、結婚、日韓の比較、植民地への長い路程から慰安婦と直面したのである。
 植民地研究者として避けられない宿命的な問題でもある。しかし戦争では命を落とした犠牲者たちへの問題、死者儀礼などにも触れてきた。傷痍軍人、慰安婦などは死なず尊い命を持つことでその次の問題になっていることから人権問題を考えている。その話は具体的にできないと思うので別冊として書きたい。

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伊東順子氏の読後感

2017年12月09日 06時27分38秒 | エッセイ

伊東順子氏:フリージャーナリスト1961年愛知県豊橋市生まれ。愛知大学文学部中国文学科卒業。1990年に渡韓、延世大学梨花女子大学韓国語を学ぶ。ソウル日本語学校、テレビ番組の制作会社、朝日新聞社などでの勤務を経てフリーに。

著書

『病としての韓国ナショナリズム洋泉社.新書 2001

『ピビンバの国の女性たち』2004.8.講談社文庫

『もう日本を気にしなくなった韓国人洋泉社.新書y 2007

吉城先生へ

(略)本は、届いた日に一気に読んでしまいました。「従軍慰安婦問題」を扱った本で、こんなに一気に読めたのは、大沼先生の本を除いては初めてです。私自身が変わったのかなと思って、随分前に中断していた『帝国の慰安婦』(朴裕河)を、もう一度読み始めましたのですが、やはり続きません。なぜ、先生の方は読めたのか、ちょっと考えてみました。
 
崔先生の本の表紙には、「慰安婦の真実」とか「本制連行、性奴隷はあったのか」などのテーマがありました。おそらく出版社にとっては、これらが現在の日本の読者にとって、最も関心のあるテマだという判断があったのでしょう。
 
でも、私はそこには、あまり関心がありません。「真実」とか「本当に」いう言葉は信頼していないし、「強制連行」「性奴隷」は、対立する人々の認識のズレが激しすぎて、政治家や専門研究者ならともかく、私自身がそこで何だかの言葉の定義を得る必要を感じてはいません。

私が先生の本を読みふけってしまったのは、そこではなく別の部分に深く引き込まれたからです。

1、先生がハングル日本語仮名まじり漢字まじりの日記をむのに、ご自身が最もふさわしいと思われたこと。

2、韓が出ているにもかかわらず、原本所有者を何度も訪ねて、原文を複させてもらい、そこからんだこと。

3,しかも、1人でまずに、を作って、お仲間の皆さんとを1年間かけてんだということ。

4,日記に出てくる、東南アジア地を実際に訪ねいたこと。さすが文化人類者だと、これだけでも敬服しました。

5,政治的に誤されるリスクを犯しても、ちゃんと出版しようとしたこと。

 先生が本の冒頭で「日記とは?」「日記を書く人間とは?」に非常にこだわった理由は、後半になるとわかりますね。日記に現れる筆者の、日本への忠誠をどう解したらいいのか? 彼は慰安所の仕事に「誇り」をもっていたのではないか、という仮定。

「日記」からは「慰安所」も「慰安婦」も、「一億火の玉」的なものの中にあったことがわかります。その意味では「挺身隊」という言葉が長らく「慰安婦」と混同されたのも、大きくは間違っていない印象をうけます。「国家、天皇に身を挺する」という意味では、文字通りの「挺身」隊であったわけです。朴裕河さんの『帝国の慰安婦』もこのあたりの問題が出ていますが、先生の本が私にとって新鮮だったのは、別の視点が提起されていたことです。

36年間の植民地支配」「皇臣民化育」がどんな風に人間をえ、というよりも、人間のどの部分をえたのか。

先生が書かれていましたね。「でもやはり、彼の日記の中の日本語は『私と同じミスを犯している』」と。やはりネイティブにはなれない。それは、「同じく36年間、日本で暮らした」先生と同であること。これまで『慰安所日記』はその内容にばかり関心がもたれてきました。でも、先生はその「文字」(彼の肉筆)に関心を持たれた。

大日本帝国による「同化」は、植民地の人々に限られたテーマではありません。終戦のその瞬間には呆然としながらも、しばらくした瞬間に太極旗を手にした朝鮮半島の人々。敗戦に涙しながらも、その夜には電灯の明るさに喜んだ日本内地の人々。

先生の著書を読み終えた今、私はこの真面目な帳場人に好感をもっています。

それが彼自身の本当の姿なのか、実はお書きになった崔吉城という研究者の分身なのか、実はよくわかりません。

これからも少しずつ、先生の著書を読ませていただきます。

どうもありがとうございました。

 

2017128日 伊東順子

 

追伸、今日は真珠湾の日ですね。今、気づきました。

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エルサレム

2017年12月07日 06時51分20秒 | エッセイ

 クリスマスを目前にして危険なニュースが入ってきた。クリスチャンだけではない。聖書を読む人はエルサレム(ジェルサレム)は親しい。私も一度巡礼してみたいところである。平和と人類愛の発祥地として、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教がその聖地として独占しようとして争っている宗教紛争の火種、同時に政治的な紛争の核心地である。ユダヤ人とパレスチナ人が雑居したこの地域をイギリスが植民化し、イスラエルを建国させた。以後中東の紛争地となっている。そこをトランプ大統領がイスラエルの首都に認定すると言った。中東の情勢悪化を招く恐れがある。平和と和解の地が紛争と戦争の地になりそうな現象である。
 

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山路勝彦 「慰安婦の真実」を読み終えて

2017年12月02日 11時03分03秒 | エッセイ

崔吉城 先生

「慰安婦の真実」を読み終えて、あらためて呉善花「スカートの風」を読みなおしました。「帳場人」の日記という、第一級の資料を解読する作業は、読者から見ても、わくわくするものです。慰安婦と「強制連行」を結びつける論調は、確かに根拠がなく、「慰安所が民間人たちによって営業的に経営され」、「売春によって、巨額のお金が動いていた」(p.178)という指摘は、納得しました。儒教倫理から遠く隔たった人たちの姿が浮かんできます。自分としても、昭和15,16,17年頃に急激に台湾人の経営、台湾人の女給が増加したのに関心を持っているので、参考になります。芸妓やキーセン、遊郭文化は昔からあったとはいえ、おそらくこの時代、日本、韓国、台湾は同じように、西洋文化(と日本文化、あるいは大阪文化)の影響を受け、伝統的価値観が揺らぎ出し、この過程で慰安婦が軍隊を後ろ盾にして活動していったのか、と推測しています。モダンガールも慰安婦も、結局はコインの裏表の関係なのかもしれません。東アジア全体を視野に入れないと、全体像がつかめないと想いつつ、この1930年代という時代をもう少し整理する必要がありますが、自分にとっては、まだ文章化するには多くの時間と労力が必要です。老齢化が進み、まとめ切らず、つらいところです。

*この内容は「東亜大学での90分授業<東アジアのカフェー文化>を短文に圧縮しながら、本書を論評した」公開してよろしい。

山路勝彦

山路勝弘先生、コメント有難うございます。東アジア全体枠から共同研究をしたいです。お陰様で昨日重版になりました。崔吉城

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小説作家の韓勝源氏

2017年12月01日 05時59分46秒 | エッセイ

 倉光誠氏の定期購読の『月刊朝鮮』12月号を私が連読する。純粋文学者、小説作家の韓勝源氏のインタービューを読んだ。私が彼に出会ったのは全羅道の被差別芸能者のダンゴル調査中であった。その島のダンゴルを探しに行ったとき、ある人は作家韓氏の隣家だと教えてくれた。彼の小説を読み、論著にも紹介した。直接会った時は既に十年も前からの友人の感があった。そして本当の友人になった。韓国で純粋文学者が印税で生活ができるということ、韓国も文化国であることを実感した。それも新鮮なことであるが、より気になる言葉があった。世の中の平均レベルより若干優れた人間が有名人として活躍する。有名人の子供が親を超えるのるは難しい。しかし彼の娘は作家として彼を超えていることへの複雑な感情を披露している。

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「処女像」

2017年11月28日 05時32分42秒 | エッセイ

 サンフランシスコ市は慰安婦像を正式に受け入れる。枝葉的に逸れていく現状が現われていると思ったが真摯な話が出た。両都市の姉妹関係の提携解消に反対する動きがある。反対の理由は、地方自治体の行為によって、政府の外交交渉に影響を与えてはいけない、交流を更に進め、対話で解決すべきだという。政治家たちによって参反の意見の台頭は良い。民主主義、言論の自由の社会であるから。
 私の故郷の東豆川に「処女像」を立てるという。日韓関係はますます悪くなっていく。「和解のために」と叫んだ教授が有罪になるのをみて言葉を失う。晩さん会に元慰安婦参加などは外交レベルではなく、政治的に反発することでもない。しかし日本は政治的に発言をした。過剰反応であろう。処女像、少女像、慰安婦像などなど銅像だらけでも放ったらかしておくべきである。そのような世俗的のものは破壊されてきた著しい近い歴史がある。二宮金次郎、スターリン、毛沢東、フセインなど多くの銅像を壊したのをみて知っている。

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「悪の日本人」が「善なる韓国の女性の貞操」を

2017年11月26日 06時20分02秒 | エッセイ

 韓国だけではなく国際的にも慰安婦問題で日本の国民感情を悪く刺激している。その最中に私は最新著『朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実』を出し、恐縮している。それなりにメッセージを送っている。「友好」「親善」などの宣伝文句だけで「友好」になるわけではない。深く考えるために書いたものである。
 
戦争と性、それを国家的にナショナリズムに利用していることである。本の結論をここで出すのは控えたい。読者は私の本意に出会ってほしい。慰安婦問題に関しては地方の新聞に声をかけても無反応、以前数回インタビューされても記事とされないこともあった。
 最近講義で慰安婦関係の原田環氏作成の年表を見せながら慰安婦問題に直撃してみた。1982.9.2朝日新聞が吉田清治の講演を掲載、1983.7.31 吉田清治『私の戦争犯罪』出版、1990.11.16 韓国挺身隊問題対策協議会(代表・尹貞玉)設立、1991.12.6 「元慰安婦」3人が日本政府に謝罪と補償を提訴、1992宮沢喜一首相が廬泰愚大統領に8回謝罪、河野洋平官房長官が「河野談話」発表、1995 7.19「アジア女性基金」を設立、1997.1.1アジア女性基金に韓国の政府と世論、反発、1998.4.21韓国政府「元慰安婦」に支援金支給方針、2002.5.1アジア女性基金、韓国国内での活動終了、2005.3.1廬武鉉大統領、3・1節演説で、「慰安婦問題」、2007.3.16安倍晋三、「軍や官による強制連行はなかった」、3.31 アジア女性基金解散、2011.12.14 挺対協が日本大使館前に慰安婦像設置、2014.3.1朴槿恵大統領、謝罪と補償を要求、 8.5-6 朝日新聞が「挺身隊」と「慰安婦」の混同を認め、2015.12.28 日韓外相、日本軍慰安婦問題を最終かつ不可逆的日韓合意。
 この年表を見た学生たちは1992宮沢喜一首相が廬泰愚大統領にした8回の謝罪に異常反応をした。多くの韓国人は少女像(慰安婦像)を見ながら女性の貞操を奪った日本が悪いと思い、激しく非難するのと同様、「日本は謝罪していない」というのは韓国や中国からの留学生たちであった。つまり日韓関係の悪さから慰安婦を見ている。しかしそれは金龍徳氏が「婦女守節考」で書いたように朝鮮王朝時代の女性の貞操を強調する政策として建てられた烈女門を想像させるものに過ぎない。当時の政治秩序と社会安定のためのものであった(朴珠『朝鮮時代の旌表政策』
 それが反日以前の原初的な韓国社会の特質といえる。「悪の日本人」が「善なる韓国の女性」の貞操を奪ったという。拙著を納得するだろうか、不安である。

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チャリティーコンサート

2017年11月24日 06時22分59秒 | エッセイ

 歌では「愛します」とよく歌っても会話などでは愛、倫理、親孝行が言われることは稀である。それは倫理が無視されているからではない。「企業に倫理を、職場に心を、家庭に愛を」をスローガンに、全国的に経営者が自己を高めるために学ぶ倫理法人会が社会運動をしている。私もスピーチをしたことがある。昨日下関でその倫理会主催で東日本大震災復興支援事業チャリティーコンサートがあった。命をつなぐ木魂の会会長の又川俊三氏が震災の映像・画像を見せながら講演した。悲惨な映像の中で、総額35億円ほど入った金庫が無事に警察に届けられたという、日本の倫理感が語られた。今読書中の山田千秋氏の本『昭和の忘れもの』でその震災について「夫と息子を亡くしたばかりの女性が“孫だけは残していただきました”と絶望の中にも感謝の言葉を口にする」と書いてある。大震災に耐えて残った奇跡の松、その松を材料にして製作されたヴァイオリンでクラシック音楽が演奏された。ヴァイオリンのメロディ、響きは高度の熟練、創作であり人を感動させる。皇帝の晩さん会に招待された気分であった。人間誰で味覚をもっている。学習や知識がなくとも美味しいものは食べられる。しかし、より文化的に味わうためには知識や教養が必要である。

 
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ネチズン

2017年11月23日 06時02分05秒 | エッセイ

 アメリカや日本の新造語の( network+citizen)を韓国ではヌリクンという。インタネット上コメントなど投稿する市民を指す。 ヌリクンの書き込みは品のない悪口・陰口など書き放題とも言える。鬱憤のはけ口にもなっているが、放っとらかしている。先日会った韓国の社会学者は日本のヘイトスピーチを指摘した。彼はアメリカでは国籍や民族を聞くのも差別用語だというように厳しくなっていくという。陛下、閣下、ママ(韓国の宮中)など特待敬語も使うべきではないだろう。法律以前の言語浄化の問題でもある。最近私が談話する人の中には対照的に話す人たちがいる。正義感があり、不正に反抗、批判する傾向があり、彼らは社会悪などをよく指摘し、鋭い、怒るように話す。また温情的であり他者を意識して話す人もいる。否定的、肯定的の二類は社会に必要である。私は若い時、否定的であった。自分では反骨精神があると思ったことがある。しかしそれは徐々に学習、信仰生活によって肯定的に変えられてきたと思っている。

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不和の火種

2017年11月18日 07時01分00秒 | エッセイ

 拙著『慰安婦の真実』の序文は「いわゆる「従軍慰安婦」の問題が、日韓関係上で不和の火種になっている。この最悪の日韓関係の中で、反日や嫌韓などの書物が氾濫している。私は、そうした類に加わるのではなく、戦争とセックスの関係、性と政治が深くかかわっている韓国社会を理解するために、より根本的な問題に挑戦している」と書き始めた。新著を出すまで待望の時間、現物の新鮮さへの感動は大きい。この快感は次の本の執筆の原動力になる。
 執筆の始まりは読書である。何冊かの本を読み始める。読むというより解剖をする気持ちである。今スペイン植民地の残虐性、その中で性暴行、売春などの性関係、特に混血文化に関するもう一冊の本を出そうと思っている。本を読み始めた。私には最も面白くない本は伝記式、物語り式の書き方のものである。「・・・である」という説明式は辞典、スマートフォンで十分である。今開いている本もそうである。しかし読み方により面白く読める。読み順を逆順、ジグザグに読むなど、読み方の工夫をしてみても楽しい。

 

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韓国の勝利、人類の勝利

2017年11月10日 05時23分05秒 | エッセイ

 新しい台風のようにあの男が東アジアにモテナシ旋風を起こした。アメリカのトランプ大統領である。私は韓国の国会での演説に感動した。それは私の生きた歴史を体験でもしたように生々しく(?)語ったからである。体験した私より彼の言葉に実感があるのはなぜであろうか。スピーチの上手さだけではない。彼のアメリカファーストに韓国が含まれているからであろう。彼は言う。
 朝鮮戦争の時連合軍の仁川上陸作戦、ソウルを奪還した話であった。血戦、時には後退しながらも北進し、1953年に停戦した。3万6000人余りの米国人が戦死し、15万人が負傷を負った。韓国は厳しい惨禍を乗り越え、地球上で最も富強な国の隊列へと上がった。今日、朝鮮半島で、我々は歴史の実験室で起きた悲劇的実験の結果を目撃している。一つの民族、二つの国家。自由と正義の韓国、他方は腐敗した指導者、圧制とファシズム、自国民たちを監獄に閉じ込めている。北朝鮮は、楽園ではない。地獄である。韓国の勝利、人類の勝利である。

 一つの民族、二つの国家。民主と独裁の対照、対比の実態は世界の特異な例である。名言である。統一を盲信する人に警告するメッセージである。ベトナム式の統一は危険であるからである。共産主義の大国より小さい国でも一点の民主主義の砦を守ることが望ましい。

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「東方礼儀の国」

2017年11月09日 05時17分14秒 | エッセイ

 韓国人には「韓国が東方礼儀の国だ」という自負心がある。日本も礼儀作法がうるさい国である。両国には礼儀を表す「敬語」がある。その礼儀の本質は相手を尊敬、自分を謙譲するものである。それに反して相手を気持ち悪くさせたり傷つけたりすることは極力控えるべきである。礼儀は個人はもちろん国家間の外交においても同様である。トランプ大統領訪問をめぐって外交、礼儀が問われている。韓国の米大統領との夕食会に、元慰安婦の女性が招待されたり、「独島(トクト)エビ」が出されたりしたのが日本のメディアで話題にしている。日韓関係の微妙なこと、日本を配慮せず、あるいは日本を意識してそのようにしたことは礼儀上不都合なことだとの指摘である。韓国は本当に礼儀の国であるのか、問われている。私は台湾で開かれる国際学会で慰安婦をテーマにして基調講演をし、慰安婦に関する本の出版を目前にしている。礼儀のレベルを超えた話である。

 

中央研究院民族學研究所「行動人類學」研究群主辦 

「文化存亡興衰的未來挑戰:族群和解/共生的可能」

研討會議程

時間:2017.12.8-10     

地點:中研院民族所第一會議室

 

128日(五)

時間

主持人

發表人/題目

8:30-9:00

報到

9:30-9:40

開幕致詞    胡台麗/中央研究院民族學研究所所長

黃智慧/中央研究院民族學研究所、會議主辦人

9:40-11:10

 

周玉慧

 

 

基調演講

崔吉城/日本東亞大學教授・廣島大學名譽教授

韓国におけるセックス・ナショナリズム

 

11:10-11:20

   

11:20-12:00

彭仁郁

劉夏如/玉山社編輯、『帝國的慰安婦』譯者

慰安婦問題與台灣日語世代:

日本「亞洲女性國民基金」在台活動的政治過程初探

12:00-13:00

   

13:00-13:50

朱立熙

高誠晚/日本立命館大学衣笠総合研究機構

反共国家・韓国における「移行期正義」の収容と変容

済州43事件の過去清算を事例に

13:50-14:40

天江喜久/長榮大學臺灣文化研究所

        殖民‧戰爭記憶之政治:台灣與韓國經驗比較

14:40-14:50

   

14:50-15:40

陳培豐

蔡亦竹/實踐大學應用日文系

 從台南飛虎將軍信仰看日本與台灣的和解與共生

15:40-16:30

黃智慧/中央研究院民族學研究所

在台灣的「殘留孤兒」:日式宿舍保存運動中的東亞和解意義

         

 

129日(六)

時間

主持人

發表人/題目

9:10-10:00

石丸

雅邦

八尾祥平/日本神奈川大學

沖縄における裏切られた移行期正義-

1987年日の丸焼き討ち事件を中心に

10:00-10:20

   

10:20-11:10

莊雅仲

林泉忠/中央研究院近代史研究所

「邊陲東亞」認同政治的新動態:

臺灣、香港、沖繩的新民族主義浪潮

11:10-12:00

Ian Rowen /新加坡南洋理工大學

Re-assembling the spatial dialectics of global resistance: The case of the Taiwan Sunflower and Hong Kong Umbrella Movements

12:00-13:00

   

13:00-13:50

汪宏倫

陳奕麟/中央研究院民族學研究所

The “Legacy” of Heritage in the Dark Politics of the Nation-State

13:50-14:20

綜合討論:族群和解/共生的可能

14:20-15:00

民族所博物館導覽

15:00-18:00

參訪台北市舊「昭和町」「幸町」日式建築聚落群

18:00-

 

1210日(日)參訪行程

時間

行程

9:00-10:00

中研院活動中心集合/出發至桃園

10:00-12:00

參訪桃園神社/慈湖蔣公陵寢

12:00-13:30

午餐

13:30-16:00

參訪新竹北埔濟化宮

16:00-

返回中研院活動中心

 

 

    主持人:

            周玉慧/中央研究院民族學研究所研究員兼副所長

            朱立熙/政治大學韓文系講師

            莊雅仲/交通大學客家學院人文學系教授

            石丸雅邦/慈濟科技大學全人教育中心助理教授

            汪宏倫/中央研究院社會學研究所副研究員

            陳培豐/中央研究院臺灣史研究所研究員

            彭仁郁/中央研究院民族學研究所副研究員

 

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日本社会に馴染むことができない

2017年11月04日 05時40分06秒 | エッセイ

 8人の女性を殺して死体の処理か解剖か、恐ろしいニュースが流れる。何が原因か、犯罪心理学者が話題を広げる。日本人がこんなに残酷かなと思う。否、1億も超える人口には病気としか思えない人間もいる。日本社会はどんな社会か。柳美里の『国家への道順』を読んでいる。世界で海外の韓国人が差別されるのは例外的に日本だけであると海外韓民族大会でその不思議論が話題になったことは記憶に新しい。柳氏は日本で生まれ育ち、母語を日本語とする在日二世三世であっても、日本社会に馴染むとは限らないとのべている。朝鮮民族、運動場で全裸にされた強烈な恥ずかしさ。記憶喪失、差別と孤独、読書、そして今、小説家になって、日本人と韓国人を語っている。それは日本という特定な地域、社会、国家を指すものであるのかと考えた。私の田舎からソウルに転学し、孤独、ふざけてオシッコを飲まされたこと、沈黙、読書、文学そして研究者に至る経路とそれほど異なっていない。

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中秋・秋夕

2017年10月04日 04時51分13秒 | エッセイ

 今日は韓国や中国では名節の中秋・秋夕である。秋夕は長い歴史上,中国文化圏であった伝統文化として持続している。韓国では1月3日の開天節、9日ハングルの記念日が土日曜日と合わさって10日ほどの長い連休だという。しかし日本では無感覚、普通の日である。在日韓国・朝鮮人にもこの名節の文化は存在しない。日本在住の教え子から牛肉とお菓子が届いた(写真)。これで一気に秋夕という雰囲気が湧いて、子供の時を回想した。今から考えるとその時代は貧困の時代、私の負の過去かも知れない。しかし決してそうではない。当時私は貧困と感じなかった。人は 後になって「当時」を幸,不幸と思うだけである。「当時」はただひたすら生きていた時であろう。

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長生きとは

2017年09月28日 05時53分32秒 | エッセイ

 私は戦前の貧困農村の出身である。我が家には回る道具は綿の種を取るムレ、木の臼位い。鉄でできたものは包丁と鎌、若干の農具があった。常備薬はなく、トイレットペーパーもない。小学校4年生まで自動車を一台も見た覚えがない。日本の警察の自転車を見たことがあるだけであり、ほぼ石期時代の後期のような状況であった。そんな時、朝鮮戦争が起きたのである。飛行機や戦車、銃、大砲など多くの武器を見た。残酷な戦争の中に巻き込まれた。当時最新の武器、文化に接した。10歳ころの私にとっては、原始時代と現代文明との混合であった。このような農村出身であることとは不名誉に思われるかもしれない。しかし私はそうとは思わない。今私は長生きをしていると思うが、それはただ年齢を指すものではない。石器時代からインターネット時代まで、第1波、第2波、第3の波を全部生きてきたという意味がある。戦争体験談である最新著『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』について慶南大学校の張教授が研究論文を発表をするという電話を受けた。嬉しい。

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