崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

交付金を寄付金へ

2008年12月31日 06時02分07秒 | エッセイ
 ラジオからある地域では交付金を寄付金にするということを美談のように語っているのが聞こえた。つまり予定外のお金でよい事業を手伝うという発想である。それは悪くはないが、非常に世俗的な発想だと思う。献金とか寄付金とは余ったお金とか予定外の収入から出すものではない。それは自分が食べても足りないようなおいしいものを分けてあげるような心を込めたものである。お歳暮などもその心のギフトである。
 私は母が言った美味しいものがあれば人と分けて食べるという言葉が理解できたのは戦争などを体験する中で納得したものである。その時私は家の中は倫理、理想のある聖なる空間であり、家の外は敵も多く、汚れの世俗的空間と意識したように思う。そんな気持ちになったのは私だけではないと思。あまりも世間では暖かい心使いが公的になりにくいと思う。これから初詣などで賽銭箱に小銭を投げ入れる人が多いと思うが、この一言も考えてほしい。
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美しい誉め方

2008年12月30日 05時29分28秒 | エッセイ
 家内がある人たちに私がアイロンかけがうまいと言った。それは私が朝鮮戦争の時、姉が営んだクリーニング店で手伝いながら習ったからである。しかしその話を聞いたとたん、その人は私をおしゃれな人だから独身時代からアイロンを掛けてきちんとしていた習慣からうまくなったのですねと言った。あまりも美しい誉め方に辛い体験は語らなかった。聞き上手、話し上手な方にはかなわなかった。
 私の人生ってどうなんだろうか。時には悲劇の塊のように、人の前で青年時代を語る時、涙で語れなかったことがある。その時は悲劇の主人公のように、またある時は貴公子のように語ることもある。それはたんなるレトリックではない。実態は明暗の総合であろう。人それぞれの人生には悲劇的な時と喜劇的な時がある。いまどの時点にいるのだろうか。一年を振り返ってみる。感謝の気持である。
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ベランダ「現れる」

2008年12月29日 06時15分15秒 | エッセイ
 わがマンションには三坪くらいのベランダが付いている。そこはわが家の要点である。私はそこを愛用する。まずは展望台として愛用している。そこで日の出、夕日、月、干満、船舶の往来、海の流れや色の変化などを観察し、鑑賞する。また花壇でもある。20個くらいの鉢花を置いて花を咲かせる。20年以上のブーゲンベリアはほぼ年中咲く。さらにスポーツセンターである。30年間続けて愛用する運動機器が二つもある。一つはぶら下げるもの、もう一つは踏み台である。
 昨夜二組の夫婦が来てわがベランダに出て百万ドル(?)の夜景を二回も観賞した。素敵な夜景に贅沢しているという罪意識もある。だから多くの人と共有したいという思いからいろいろな方を誘うのかも知れない。
 いろいろな国を旅してみるとベランダも使い方が違っていることに気がつく。きれいなベランダに下着などの洗濯物を掛けているのはもったいないと思う。ヨーロッパではカーテンと花を調和させて飾るようである。ベランダに人が現れることはない。ベランダはヒンディ語verandaの語源である「現れる」の意味のように私はよくそこに現れる。小さい空間でも大事に使いたい。
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「他郷暮らし」

2008年12月28日 05時21分00秒 | エッセイ
 ある人がRKB製作「鳳仙花」のビデオを送ってくれたので見た。懐かしい演歌が歌われていた。中には在日韓国・朝鮮人が李美子の「他郷暮らし(タヒャンサリ)」を何度も繰り返して歌った。私は懐かしく、悲しく感動した。数日後一生歌ったことのないような音痴の私の口からメロディがでた。自分でも不思議と思った。演歌など詩にメロディをつけて読むようなものは完全な音楽ではない、それよりはクラシックを聴こうとしていたのになぜこのメロディが刻印されたのか疑ってみた。
 実はメロディだけではない。他郷暮らしの寂しさの裏奥に潜在しているなつかしき望郷があるからであろう。10歳で故郷を離れて点々と引っ越ししながらの放浪人生とも言える、複数の故郷があるともいえる暮らしをした者にとって故郷とは何の意味があるのだろうか。中には故郷以外にも10年近く住んだところもあるが、その家の構造などもほぼ記憶していない。しかし故郷の家に関しては裏庭の木や花まで記憶し、鮮明に描けるほどである。また故郷でのつらい経験さえ美しく生き返っている。朝鮮戦争さえ一部は「楽しい思い出」(?)のように思われることがある。人間の過去や歴史とは根本的に客観性が欠如したものではないだろうか。
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妻依存型

2008年12月27日 06時30分35秒 | エッセイ
 一年を振り返ることが多い年末である。私は忙しい一年とは言っても、家内の毎日のことを見ては何とも言えない感がある。家内は早朝この「夫婦が書くエッセイ」を私が書いた文をチェックし、犬の散歩、朝食の準備と二人分の弁当を作り、そして私を勤務先まで車で送って帰宅し、歩いて出勤、看護という仕事、退勤して、夕食の準備と食事、夜はまた犬と散歩と長い一日である。
 私は家内に全面的に依存している。したがって銀行利用もできない。ATMの詐欺には心配はいらない。ただこの先が不安になる。家内の健康が気になる。私は長生きをしたい。しかし私は家内よりは早く死にたいと思う。家内のためというよりエゴイズムといえる。それが祈りであり、それを前提にしている。それは愛情を直接表現できない韓国の男の愛情の迂回的表現かもしれない。
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少子化対策

2008年12月26日 06時23分22秒 | エッセイ
 少子化現象によって大学などの経営が難しくなったという。それは大学だけではない。下関市内のシャッターを下ろしている商店を見るたびに寂しく感ずる。移民政策でも取らない限り人口政策は困難であろう。移民受け入れを考えないならば少子化を肯定的に取るべきであろう。国民の質を高める政策をとるべきである。
 質を高めることこそ難しい。人々は「質が高い」というとすぐ高級化や娯楽だけを連想するかもしれない。また贅沢かおしゃれなどを意味するかもしれない。私が意味する「質」は違う。その「質の高い」の本質は人間の安心と愛情だと思っている。夜道を歩くのに安心であることはもちろん、会う人と情を交わす暖かい社会を目指すべきであると思う。美しい日本をもう一段高くしようという意味で少子化と戦う政策を進めてほしい。
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酔いと「モルミ」

2008年12月25日 05時24分44秒 | エッセイ
 下関に住むようになって関釜フェリーを利用する機会が多くなった。その度船酔い予防薬を飲まなければならない。船での二泊、韓国で一泊して昨日朝、下船して夜のクリスマスイブ礼拝に参加したがまだ船酔いが残っている。豪華船による船旅行などが多く行われているが私は船酔いのために全然考えていない。日本語では「酔い」といい、酒に酔うのと同じように思われるかもしれないが韓国語では船酔いは「モルミ」(嫌な)である。
 船の旅行を盛んにするためには船酔いを物理的になくすことが大事である。船舶会社と研究者が協力して研究をすべきである。たとえば平均棒の原理を利用して酔わない室には付加値をつけてもよい。今のように部屋のスペースや装飾で差をつけるだけではなく、根本的で実用的な差をつけることも勧める。研究が盛んとはいってもまだ未開拓の分野が多い。「モルミ」(嫌な)と戦う研究成果に期待する。
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病院の理事長と朝餐しながら

2008年12月24日 09時34分20秒 | エッセイ
 韓国の友人で、ある大きい病院の理事長と朝餐をしながらいろいろな話をした。彼は私の専門を生かしたシャーマニズムの博物館を創設したこともある。彼は病院のほかに老人病院と葬式場も経営しており、現在繁盛している。しかし彼は病院の管理においてはあまりにも疲れたと言い出だした。精一杯治療しても医療ミスなどと言われ、訴訟を起こす人もいて、人間に失望と疲れをいつも感じていると言う。人間関係とは辛い関係という非常にネガチブな考え方の話を聞いて、私はこの世、世俗社会の腐敗を強く感じた。
 人間関係を楽しくしなければならないのではないかと思った。韓国のある教授から珍しいワインをお土産としてもらった。しかし、瓶が壊れて人が大勢みている中で漏れるワインを拭くという、大変なハプニングを起こした。ただワインの香りを共吸した。高級ワインを、大勢の人に披露してしまったような感もある。鞄には未だに香りがいっぱい残っている。このくらいのハプニングは旅行を記憶するのに悪くないと思っている。
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韓国・又松大学校訪問

2008年12月23日 04時51分17秒 | エッセイ
 大学間交流のために韓国大田にある又松大学校を訪問した。この大学の母体になる財団は東亜鉛筆だという。戦後その鉛筆を砥ぎ、舌唾液で黒く太く書きながら勉強したことを思い出した。その書く道具「東亜」から総合大学が「又松」氏の信念によって設立され発展したきた。その大学のが現理事長金聖経氏から経営への抱負を伺った。特に国際化に注力している。日本の大学が少子化によって苦労している中、この大学の施設に来て、意欲を聞いて刺激されたことが多い。
 大学の総長はアメリカ人、国際館であるソルブリジーsolbridgeは英語専用領域である。ここに勤めている中村氏は英語で日本語を教えるという。日本語学科には韓国人李根元氏を含む2名と日本人10名の教員がいるという。その中には私が広島大学の博士課程で指導した高橋君がいる。彼は韓国の巫俗音楽を研究し、その大学の日本語講師になって8年経ったという。彼とは8年ぶりの再会で嬉しかった。現在彼は大田市立交響楽団員にもなっていてクラリネットを演奏している。いろいろなところに教え子などが活躍していることを聞いて心くよく感ずる。
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クリスマス礼拝

2008年12月22日 06時32分17秒 | エッセイ
 昨日はクリスマス礼拝だった。韓国では12月25日のイエスの生誕日とされている日は祭日となっており、前日の24日はイブ礼拝で、賛美と祈りでイエスの生誕を待つ。静かな喜びと期待感のあるまさに聖夜となる。私どもが行っている下関バプテスト教会でも24日はイブ礼拝を捧げる。本当に世界的な経済不況、医療の問題から自分自身の問題、悩みなどを持って教会で静かに祈ろうと思っている。崔吉城がメッセージで語ったように、自分の心を見つめなおし、イエスがこの世に平和のメッセンジャーとしてこられて語られた御言葉を通して、自分の心の中の嫉妬心、憎しみなど平和とはほど遠い気持ちを整えたいと思う。
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鶴観賞・音楽鑑賞

2008年12月21日 05時43分00秒 | エッセイ
 先日広島KRY放送でシベリア流刑8年の記録を残した周南市八代村の弘中数実氏のことを知って、教育院長の李永松氏の帰国前の親善旅行を兼ねて弘中宅を訪ねて行った。その村はシベリアからの鶴の渡来地として有名な山村である。何の約束もなしに行ったので弘中氏は留守であったがこれから連絡を取ることにした。やはり二羽の鶴が来ている。数十メートル離れたところで肉眼でみえる。一羽は立って、もう一羽は座っている。微動はするが移動はしない。観賞室には望遠鏡、モニターなどが設置されている。村中には至る所に鶴を観賞、記念する表示物が多い。なぜ鶴はこの地点に毎年くるのだろうか。それは単に生理的なものによるものなのか、あるいは懐かしく思うのだろうか。世界旅行して、また来たいと思ってもなかなか行けない自分を反省した。鶴は考える?。私も考える。
 鶴を見て、急いで宇部カソリック教会で行われるクリスマス祝賀コンサートへ向った。草の実少女合奏団(団長中村明美)の音楽鑑賞をした。この教会の神父はインド人、広い現代風の礼拝堂は音楽ホールとしてもふさわしい。超満員で、日本の童謡、韓国の民謡、ブレテン作曲のクリスマスソングなど、合唱やチェロとピアノ演奏が楽しかった。メリークリスマス、ベストデーであった。
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無理なハッピーエンディング

2008年12月20日 05時50分26秒 | エッセイ
 半年以上楽しんだ韓国のドラマが一つ終わった。その終わり方は最後の2回で急転換して意地悪な人や悪人が全員反省して善人となり、「その1年後」を入れて良い人間関係、幸せな家族になってハッピーエンディングになる。この2回で幼稚なドラマと感じ、楽しんだことが恥ずかしくなるほどである。「冬のソナタ」も数年後を設定して良い家族関係になり、恋人が再会するような無理な設定をしている。文学に少しでも知識があればこのような無理なハッピーエンディングは拙作であることを感ずるはずである。
 しかしその2回を除けば楽しいドラマだった。ラスト2回分を見ないことにする。完全な作品としてみる必要はない。人生もどの時点で終えるかによって喜劇にも悲劇にもなる。独裁者でも権力を振りながら死ぬこともある。人は結局は死ぬ。死を悲劇と設定すればみじめなエンディングであろう。死は「死でない」という宗教的な思考から設定すれば死も悲惨なことにはならない。ドラマではキャラクターの生き方に悲劇性、喜劇性がうまく描かれても良い。そのような質の高いドラマを見たい。
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ブロークン英語Broken English

2008年12月19日 05時16分48秒 | エッセイ
 ノーベル賞受賞者の益川多敏英氏が「英語ができない」ということでも有名になった。英語イコール国際化のように「英語ができないといけない」という風潮に波紋を起こした。彼は母国語と外国語の50%と50%ではよい言葉にならないという。バイリンガルbilingualでは不完全であろうという。それはある程度正しいと思われる。両方とも100%になることは難しいし、もしそのための努力をする人であれば質の高い研究成果を出す時間がないといえる。
 私が雑誌の編集会に参加した時、委員たちは英語で書かないと読む人に制限があり、国際的に広く読まれないし国際学会だから英語ですべきだと強く主張した。私は学会が英語のコンテストではないと反論した。真の国際化はそれぞれの言葉を尊重しながら通訳や翻訳などを通して行うべきである。ことばより中身を充実したものにしてほしい。私はブロークン英語Broken Englishで満足している。
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卒論研究

2008年12月18日 05時15分50秒 | エッセイ
 ほとんどの大学では今、卒業論文作成の最中だと思う。普段は空虚な図書館、研究室などに学生が満杯で熱心にコンピューターなどに夢中している。その現場を見るのが楽しくて何度ものぞいて見る。研究を楽しんでいるかどうか学生の表情を見ながら回っている。そして卒論を作成において勉強や研究が「楽しくなる」ことを期待している。
 卒論はある問題について追及して結果を出す訓練である。学生たちが問題に挑戦してほしい。あるテーマに関して調べるようなことだけではなく、「なぜ」という疑問をもって、問題点を追及して回答に接近することが主であるが、私は「なぜリンゴが落ちるか」の例をあげて励ましてまわっている。
 勉強は辛いことではあるが、楽しいことでもある。その辛さで終わる学生は勉強は嫌なものと認識するかもしれないが、少しでも楽しさを覚えたら社会に出ても、ものごとの問題解決をする思考を保つだろう。
 「なぜ」という疑問を持つことは思考の初まりである。たとえば会社の売り上げをどうすればよくなるかと、経営、商品、宣伝などにおける問題を調べて改善策を考える人は優秀な社員といえる。卒論を書く経験を持った人と持っていない人とは相当な差がある。 
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出産祝い

2008年12月17日 05時11分20秒 | エッセイ
ある女性が子供を産み、陣痛が大変だったといい、写真を見せながら嬉しそうに連れて来てもよいかと言う。見て可愛がってほしい。また「先生のようによく勉強する人になるように」祝福してほしいともいう。昔、韓国で私が使った机を貰いたいというのでその理由を聞いたら自分の息子がよく勉強するようにするためだと言った人がいたことを思い出す。
 「祝福」とか「お祈り」は魔術ではないが、質高い強い願いと意志の結晶であるので大きい効果があると信じる。私には常に祈ってくれた人が二人がいた。一人は私の母であり、もう一人はわが家の得意関係の神の母子関係だったシャーマンである。私の母は私とそのシャーマンと霊的母子関係を結んでくれた。私はそのシャーマンの調査研究から始め、博士号を取得した。彼女はそれは自分の祈りが効いていると信じていたという。私は今、その子どものために祝福の祈りを神に捧げ、その効果と成長を待ちたい。
 
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