崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

つつじ(躑躅)の花

2010年04月30日 06時15分10秒 | エッセイ
 つつじ(躑躅)の花が道端にいっぱい咲いている。韓国では日本のように栽培のものは少なく、自然に山に咲くつつじが美しい。つつじはやまつつじ(山躑躅)より遅く咲き、より赤い。この花が咲く頃の夜には杜鵑が鳴く。躑躅の花を「杜鵑花」ともいう。恨みを強く持って死んだ人が鳥になり、泣くたびに血を吐いて呑み、口の中が赤くなったという悲しい昔話もある。私は結核で死にそうになった若い時この話を想起したことが多い。韓国では花や鳥にも悲しい縁起話が多い。それをもって朝鮮民族は外敵に侵略された事の多い「哀歡の民族」とか悲劇の多い歴史とか言われるが、私はそれも愛の感情の豊かさでもあると考えている。この杜鵑に関する伝説は拙著『哭きの文化人類学』に詳細に紹介した。
 일본에서는 전국적인 사쿠라 꽃구경을 고비로 꽃에 대한 이야기는 일단 사라진다. 한국 산을 핑크로 물들이는 진달래를 보기 드문 것이 유감이다. 사월 오월에는 많은 꽃이 핀다. 한국의 철쭉꽃이 일본에는 길가나 담장을 단장하는 츠츠지가 한참이다.
‘두견화’, ‘귀촉화’라고 불리는 철쭉꽃은 억울하게 죽은 그 넋이 두견새(접동새)가 되었다고 하는 새와 비견되고 있다. 한 맺힌 두견새는 밤이면 "귀촉, 귀촉(고향-촉-으로 돌아가고 싶다)"하며 슬피 운다고 귀촉도라고도 부르기도 했다. 두견새는 그 맺힌 한으로 피를 토하며 울고 토한 피를 다시 삼켜 목을 적셨다. 이 때 떨어진 피가 꽃잎을 적셔 붉게 물들였다는 슬픈 이야기가 전해지고 있다.
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検察審査会

2010年04月29日 05時57分46秒 | エッセイ
 検察審査会とは、検察官が独占する起訴の権限(公訴権)の行使に民意を反映させ、また不当な不起訴処分を抑制するために、地方裁判所またはその支部の所在地に設置される、無作為に選出された国民(公職選挙法上における有権者)11人によって構成される機関となっている。この法律精神は国家権力の象徴である検察が特に野党などを国策調査などで弾圧するのを防ぐために作られたと思われる。
 検察が国家権力の中枢部を調査して出した結果に「無作為に選出された国民」によって(起訴相当)になった。これは二つの意味があるだろう。一つは一般人が法的機関の判断への不信、もう一つは反抗する民衆の世論の反映と読み取れる。一人を虐めるような「人民裁判」にはならないように、日本の社会正義が健全に守られるように期待している。
 검찰이 정부 여당의 중추 멤버에 대한 조사에 불만을 가지고 일반인으로 구성된 검찰심사회가 그것을 부정하고 기소에 상당하다는 판단을 내렸다. 일반적으로 검찰이 국가 권력을 등에 업고 야당 탄압 등을 하지 않도록 만든 검찰심사회인데 이것이 검찰 조사에 반대되는 즉 국가 권력으로 수사가 끝난 결과에 반대하는 판단을 내린 것이다.이것이 과연 민주주의 정신에 근거한 것인지는 알 수 없다. 미운 사람에 대한 인민재판이 되지 않기를 바란다.

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「県外」とは

2010年04月28日 05時16分25秒 | エッセイ
 沖縄から「県外」という世論が強まっている。それはそれなりに世論として受け止めなければならないとは思うが、「県外」という意見に私は納得いかない。なぜ自分たちが嫌な軍事施設を県外へというのか。沖縄に集中しているものを分かち持つか、負担を交代でするということなら理解できないことはない。しかし本当は自分で好きなもの、良いものを外へと訴えるのが人間の普遍的な論理であり社会正義であろう。それ自体が悪いもののように反対デモを起こしながら「県外」へとは納得いかないことである。
 本当に沖縄にとって軍事施設は危険で嫌なものであれば「県外」でも「国外」でも同様におくべきではない。県外の者として今は納得がいかない。その危険物や「悪物」を地球上から無くすべきであると主張したらいかがであろうか。つまりそれが社会運動であれば軍事施設=危険=戦争という図式で平和を訴える社会正義に基づかなければならない。ただ自分が持っている危険物を他人(県外)という標語は社会正義にならない。沖縄の問題から世界へ訴えていくように展開していくべきであろう。
오키나와에서 미군부대를 현의 밖으로 내보자고 데모가 한참이다. 미군 부대가 나쁘고 위험한 것이라면 현의 어디에서는 받아도 좋다는 말인가。자기가 좋지 않은 것은 다른 사람에게도 권하거나 떠맡기지 않아야 하는데 이런 표어는 말이 안 된다. 사회 운동을 하려면 사회 정의가 서는 명분을 가지지 않으면 안 된다. 사랑을 보편화한다는 것은 이해가 되지만 남에게 떠맡기려는 데모에는 찬동할 수 없다. 일본의 오키나와 문제는 전쟁을 일으키고 패전한 일본이 지는 부담이라는 것을 인식하지 않으면 안 된다. 여하튼 현외라는 표어는 졸열한 것이라 하지 않을 수 없다. 오키나와에 좋지 않은 것은 세계 어디에서도 용납될 수 없을 것이다.
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哨戒艦沈没事件

2010年04月27日 05時23分02秒 | エッセイ
 韓国の軍事独裁の時代に北朝鮮の挑発的行為を操作し政治的に利用していたことを覚えている。韓国人は北朝鮮による事件や挑発的行為に対して政府の発表を信じ難いところがある。余りも数多く発表された北朝鮮の挑発行為が今でも私には信じ難い。トンネル、金剛山ダム事件などは信じていない。特に北朝鮮がダムを作ってソウルを洪水で流してしまうという計画があるという発表は未だに信じていない。  今年2010年3月26日夜に黄海で起きた韓国海軍の哨戒艦沈没事件で、朝鮮半島の緊張が高まっている。哨戒艦「天安」は、突然の爆発で船体が真っ二つに折れて沈没し、46人が死亡した。韓国の調査団は原因について、船内爆発や金属疲労ではなく、「水中爆発の圧力で船体が切断された」と発表した。韓国国防相は北朝鮮の関与を強く示唆したという。それに北朝鮮は強く反発し、「報復聖戦を開始する」と軍事行動もためらわない構えを示した。北朝鮮は半島の緊張を高めることで米国に平和協定の交渉開始を迫る狙いだという解釈もある。
 私は韓国の民主主義に自負心のようなものを持っているがこの問題を客観的な分析によって判断できるか、否か注視する。長い間軍事政権の中で生活してきた私のような者にも納得のいく客観的な結果を早く発表して欲しい。
(군사독재 시대의 한국은 북한의 조발적 행위를 과대선전하거나 조작해 정치적으로 자주 이용하였다. 그래서 나는 한국 정부의 북한에 의한 사건이나 도발 행위에 대하여 정부의 발표를 믿지 않는 습성이 생겼다. 나는 지금까지도 터널, 금강산(金剛山) 댐 사건 등 마저도 믿지 않고 있다. 특히 북한이 댐을 만들어서 서울을 홍수로 유실시켜버리는 계획을 발표하였던 거짓말을 상기한다.  
올해 2010년 3월 26일 황해에서 일어난 한국 해군의 초계함 침몰 사건으로 지금 한반도가 긴장하고 있다. 초계함이 돌연의 폭발로 선체가 절반으로 꺽여서 침몰하고, 46명이 사망했다. 한국의 조사단은 원인에 대해서, 선내폭발이 아니고, 「수중 폭발의 압력으로 선체가 절단되었다」라고 발표했다. 한국 국방장관은 북한의 관여를 강하게 시사했다고 한다. 이에 북한은 크게 반발하고 군사행동도 주저하지 않는 자세이다.
 나는 한국의 민주주의를 크게 평가하고 있지만 이 문제를 객관적으로 다룰 수 있는지는 의문이 없지 않다. 독재 정권은 북한인데도 왜 나는 아직도 한국 정부를 불신하는 것인지 스스로도 우습다. 오랫동안 군사정권 속에서 살아 온 것이 그 요인일 것이다. 이번 한국은 나같은 사람에게도 납득이 갈 만한 객관적인 결과를 빨리 발표해주었으면 한다.)
  

  

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鬼の真似

2010年04月26日 05時19分33秒 | エッセイ
 韓国の口承童話に鬼の習性を知ってそれを利用して金持ちになり、その金持ちになった人を真似して失敗する内容の「鬼と棒」という話がある。金持ちになった人のことを真似して失敗することは非常にポピュラーな「フンブとノルブ」という小説・唱劇がある。一般的に韓国人は日本人が良く真似をすると否定的にいって創造的な思考を強調していた。 
サムスンの李秉氏が日本の企業のノーハウを真似して成功したとも言われている。彼は1930年代末設立した三星商会が今日のサムスングループの始まりである。砂糖と服地を生産する企業として、第一製糖と第一毛織が作られ、今日のように大財閥になった。1960年学生革命の時は奨学金も出さない悪徳財閥と、学生デモ隊か将忠壇の自宅前で叫んだことを覚えている。その後サムスン文化財財団を作って文化的に寄与してきた。
 私の友人のアメリカ・インディアナ大学のジャネリー教授はサムスン会社を調査研究して著書Making Capitalismを出した。私は学会誌にその書評を書いたことがある。会社の組織など運営については日本式、社員訓練には韓国の軍隊式などを援用したという。今、日本のある企業は韓国のサムスンの脅威さえ感ずるという。技術開発と市場拡張に日本は韓国に負けているとも言われている。「真似」は教育の重要な方法でもある。日本はまず韓国の民主化過程を真似して欲しい。
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私の手作り料理

2010年04月25日 05時36分45秒 | エッセイ
 私は時々食事を作ることがある。結婚当初は家内に韓国式の食べ物の作り方を教える意味もあったが実は自分の口に合うものを作るのが主であった。そのレパートリーの数は少なくはない。ご飯も柔らかさから黒豆飯など自分の好みにして教えるのが基本であり、キュウリの漬物、もやしスープ、めんたいスープ、山菜の味付け、キムチチゲ、肉と豆の醤油味付け煮、豆もやし味付け、ビビンバップ、生姜と桂粉で作るスジョンガなどなど多くある。しかし料理とは言えず、母親から教わった味の田舎料理ばかりである。
 中には昔の手の込んだヤンバンの料理の二つのメニュもある。一つは以前にも触れたような緑豆粒を水に一晩透けて皮をはがして挽いて粉汁にキムチや味付けためんたい等を入れて丸く焼いた黄色のビンデトック(ブチンゲ)である。これは材料から手の込んだもので日本では見ることもないものである。偽物のようなジジミが流行している。
 もう一つは牛の赤肉を煮て油を捨てて醬油でニンニクと一緒に煮詰めてから切って焼いたゴマなどの薬味で味付けするものである。韓国でも韓定食にはたまに出るメニュである。私の自慢の料理と言っても失敗することがある。その失敗作でも家内は美味しく食べる。私は常に教育者(?)のように家内に韓国料理を教えると思ったが実は家内から「美味しい、美味しい」と誉められて一生懸命作ったのである。教育者の教育者、先生の先生に私が負けていることが今になって分かった。
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本の寄贈

2010年04月24日 06時19分10秒 | エッセイ
 最近色々な論文や著書をいただいた。それらが送られてきた心を知っている。私も寄贈することがあるからである。寄贈者名簿を作る時の一番基準は本を読む人か否か、活用されるか否か、特にこの本を読んでくれるかを考える。人の読書力さえ判断するような失礼な時間にもなりうる。近いところの人々にエッセイ集を寄贈したが反応をみて、読んでくれたかをチェックするような心になっている。お菓子等などは食べてみて、すぐにでもに美味しかったなどの反応ができるが、本はただ見たとは言えないし、内容に触れて面白かったとか感想などを述べないと読んだとは言えないので返事がそれほど簡単ではない。
 私はいただいた論著などは必ず読んでコメントするのを鉄則に(?)して守っている。しかし最近粗末になってしまうことがある。二冊に触れておく。1冊は友人の嶋陸奥彦氏の『つれづれなる日々』であり、もう1冊は山本真弓編著の『文化と政治の翻訳学』である。前者には嶋氏が1980年代韓国を訪れた時の懐かしき人々や出来事の内容であり、1990年代で当時民族学博物館の佐々木館長などとの記念写真には自分でも判別しにくい若い「私」を見つけることができた。
 後者には私の広島大学時代の弟子である山田寛人君の「'東海’(とんへ)は‘日本海’か」が載っている。言語学的に固有名詞の翻訳の難しさに触れているが、実は地名ナショナリストへ正しい見識を提供したものとして斬新な論である。広島大学で私が主催した国際会でこの問題を出したことに私の常識で「インド洋という海名も変えるべきか」といって熱論を冷ましたことを覚えている。一読を勧める。
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携帯電話

2010年04月23日 05時25分41秒 | エッセイ
 出勤の時,携帯電話を忘れて持たずに職場に出て一日麻痺状態であった。職場で外線を利用することも面倒な研究室では外部との連絡はもちろん電話番号や約束カレンダーなどが分からず不便な一日であった。携帯電話をこなせるのは若者のように思う人が多いと思うが実は年齢を越えて重要な生活文化として定着している。
 私は以前にも触れたように若者の文化ともいえる携帯電話を教育に利用できるのではないかと考えていた。それは私自身を含めて紙文字より携帯やインタネットなどで文字を読むという緊迫性があるからである。私は目下講義のレポートや感想、予告などを受講生たちの携帯を利用している。教室外でもコミュニケーションができる便利な教育システムができそうに思っている。ipodがより一般化されると教育により便利な道具になりそうで期待している。学校教育の場において、携帯教育改革も予想される。
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『御馳走さまでした」

2010年04月22日 05時07分02秒 | エッセイ
 韓国と中国からの13人の留学生たちに「日本の文化」の時間でインターネットyou-tubeで「四季の歌」を教えた。プロジェクトで画像をファイトボードに移し、書き合わせながら講義をした。「春を愛する人は心清き人…」で聞き、話し、読み、書きの4つの機能を全部活用して歌を繰り返す時間であった。二人の先生が協力してくれた。学生たちに歌で「春・夏・秋・冬」を説明して言葉で、また歌でレピートさせる授業で音楽の時間のようであった。全体で練習が終わり、3グループに分けて歌うことにし、二人の先生には審査委員としてコメントを聞いた。即席コントのような授業であった。楽しかった。
 講義には反省点もあった。私が正確に漢字を書けないものもあった。「僕」「竜巻」は書けなかった。コンピューター時代を生きる者、学生たちと距離は遠くなかった。また、ある学生が終わりに感謝のことばとして「御馳走様でした」と言ってみんなで笑ってしまった。昔、家内が韓国で韓国の夫人から初めて言葉を学んだ日に帰宅した私にした挨拶が「잘 잤니(良く眠ったか)」と言われて驚いたことを思い出す。私も日本語を習う時のミスが数多くある。昨日、言葉を覚える時ミスを笑うのは禁物であると言えなかったのは私の失敗であった。反省してみると私の失敗が多かった授業であったと言える。
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5年間研究計画

2010年04月21日 05時36分43秒 | エッセイ
 文部省科研による法政大学の5年間研究プロジェクト(代表ヨセフクライナー)が採択され私もメンバーとしてスタートすることになった。メンバーの中にはアメリカ・スタンフォード大学の別府春海先生、早稲田大学の伊藤亜人教授、ソウル大学全京秀教授などと会って色々学問的な話ができることを楽しみにしている。私はもう高齢期に入っているがこのようなチャンスを与えて下さり感謝である。
 既に行った研究成果の出版を準備しながら新しい研究を進行していきたい。特に中国やパラオなどにおける日本の植民地に対する展示などを見回ってみたい。また『日本人類学史100年』(仮題、国立民族学博物館)の「映像・画像からの植民地」の執筆など楽しい予定がある。昨日は映像クラブの磯部氏が来校して下関での上映会を相談した。過剰な仕事に負担より楽しんで一生懸命な私の健康を心配する家内の顔色も気になる。
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続米軍基地問題

2010年04月20日 05時41分01秒 | エッセイ
 米軍普天間飛行場の移設問題で、鹿児島県徳之島への移設案が報じられて住民15、000人の反対デモが起きている。日本「でも」「デモ」が起きているが、民主主義的かは疑わしい。敗戦、日米条約などを軸として平和安全のために米軍が存在していることは全く話題にはせず、北朝鮮が一貫して主張しているように米軍撤退だけのことのように聞こえる。前にも触れたように韓国では火葬場の設置を住民たちが反対しても必要性を出張し、理解、合意して定着したのである。
 軍に対しする戦争、騒音、危険など否定的なことばかりのイメージを持っているのは短見であろう。平和と安全の社会的福祉機関的な機能も持っている。私は若い時陸軍士官学校の教官としてアメリカのウェストポイント陸軍士官学校のカリキュラムで軍は命を守る社会福祉的な存在だと言う存在説明に感動したことがある。
 政府は米軍基地が住民との協力関係などの付加価値を最大限にすることと存在の意味を説明する積極的な姿勢を見せるべきであろう。メリルランド大学、住民採用、軍施設の一部公開、利用など国際化のセンター的な活用などを含んだ案をもって住民とアメリカ側に交渉すべきである。政治は交渉と調節が要であることの認識が足りないと思う。今の転々と流行的な反対デモはタイなどの民主化デモとは思えない。単なるおねだりのようなものに過ぎない。
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拙著広告

2010年04月19日 06時40分47秒 | エッセイ
偶然に昨日の「毎日新聞」朝刊に拙著3冊の広告が出ていたのを見つけた。数年前第一書房から出した『差別を生きる在日朝鮮人』『樺太朝鮮人の悲劇』『植民地の朝鮮と台湾』が載っている。日本の植民地、日本人による朝鮮人惨劇、差別などは古くからの恨み、嘆きなどの闇の歴史、弱者への私なりの眼ざしの著作である。それらの拙著では日韓どちらも味方をしていない。呉善花氏との対談集の『これでは困る韓国』では悪評がある。また韓国MBCの「PD手張」の報道では私がうそつきになったようであり、その映像を求めている。一緒に読み合わせて欲しい。
 学問とマスコミの関係を考えてみたい。マスコミや世論に乗って書いてきたら楽であったかもしれない。振り返ってみて、反日愛国主義に乗って日本を批判する文を書いてきたら私の人生はより順調だったかもしれない。しかし私はその世俗とは逆行してきた。それは辛い細道であった。私はそれで良いと今でも思っている。
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遅すぎた花見

2010年04月19日 05時35分15秒 | エッセイ
 遅すぎた教会の婦人会主催の花見に留学生を誘った。婦人会の集会を待たされた学生たちを火の山の山頂に連れていった時は天気予報とは違って曇り風も強く寒かった。中には二人のカソリック信者の学生がいたことを教会についてから知った。来週からはカソリック教会へ行けるように電話をしてあげたがその一人が寒さに耐えず咳をし風邪をひいてしまったようである。 昼食は冷たい弁当に冷たいお茶、それも各自負担であり学生たちに負担させられないので家内が払った。それを食べて解散となった。チュウリップの花を見に行くと聞いて参加したが花は山頂からは見えず、余り計画性のない教会の集会行動がとても残念と思った。教会が最近活気を持たされ良くなったがこのような失敗はしてはいけない。私は学生たちをチューリップ花壇に案内したが(写真は筆者)カソリック信者の体調を崩したその学生は車で待たせることにした。私は配慮が足りなかったことが気になってしょうがない。大学では学生一人一人を大事にするようにと強く言っていながら、昨日の教会でのことは頭から離れない。教会の行事なのに「愛」のキリスト教精神を表現できなかったことが残念であった。
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自叙伝

2010年04月18日 05時35分11秒 | エッセイ
 先日小倉でスピーチをした時、自叙伝でも書いてみようかと半分冗談で言ったことに真面目に反応してくれたのがノベライザーの朴仙容氏と建築家大久保氏であった。我が家に二人が訪ねてきてくださり、相談中に韓国・翰林デザイン高等学校の校長林鐘潤先生など4人一行が合流して、大学側の鵜沢副学長、中原事務局長で日本語、英語、韓国語が交差する懇談・混談の時間になった。
 二人の自叙伝の話は長く続いた(左は朴氏、右は大久保氏)。特に私が体験した朴大統領時代、留学時代の話をした。韓国社会の混乱期であり、近代化への躍進する時代を理解するためにも面白しいと言われた。英雄とか有名人である人のみ伝記や自叙伝を書くのではない。韓国ではブリキプンナム(根の深い木)社が庶民の自叙伝を出版している。日本では自分史の出版も多い。英雄の大衆化ともいえる。小説などの主人公が庶民化しているように無名人の自叙伝も意味がある。私は英雄的活動をしたことはないが、苦難の時代に生き残ったことは多くの人と共有するところがポイントになるのではないかと思う。ただ身の周りの私事、雑談で終わるのではなく、生の意味を深く考えてみたい。
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ヨセフ・クライナー氏

2010年04月17日 05時22分48秒 | エッセイ
 世界的に著名なドイツ人のヨセフ・クライナー氏から共同研究を呼び掛ける手紙をいただいた。嬉しい。彼と初めて会ったのは私が日本に来る前であるので1960年代末頃と思うが私がドイツ留学を準備している時友人の今はソウル大の名誉教授の李光奎氏とシャーマンの神堂である国師堂を案内したことを覚えている。
 その後日本では数回シンポジウムに呼ばれ、ドイツで英語の本で執筆、最近はフランスのパリで会って嬉しかった。その成果は法政大学から日本語、英語の2冊の本が出版されたばかりである。この度呼びかけられたのは科研による5カ年研究の初年のものである。研究組織の中にはスタンフォード大学の別府春海教授の名前もあり、懐かしき出会いが予定されている。
 嬉しい出会い、そして共同研究などにはフレンドシップが底に流れている。パリのホテルの食堂で日本人がヨーロッパで人気がある理由はなにかなど討議し、多く雑談したことなど、長い間のフレンドシップが思い出される。 
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