崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「北朝鮮は“普通の国”である」

2018年01月17日 05時55分23秒 | 講義

 韓国からエアメールの年賀状が17日間もかかって届いた。日本か、韓国の郵政事情のよるものだろうが、異様な感がする。日本は郵政改革をしたがそれほどサーヴィスが変わったとは思えないが、韓国に送った拙著が着いていない。以前中国に送った4か所にも拙著が届いていなかった。アマゾンなど当日配達もある時代には異様な事情である。先日ある講師の講義中の話で北朝鮮は“普通の国”である」といい、違和感を感じている人がいることを知った。戦前の日本帝国、多くの王朝国、現在の多くの独裁政権の国家は「普通の国ではない」と思われるかもしれない。しかし存在する、存在したことを認めざるを得ない。北朝鮮はミサイルと粛清独裁の怖い国、禁断の国、脱北者が多い国であり異様な「普通の国ではない」と思っている人は多い。しかしその内部にいる人、外からに情報が入ることなく、そこで生活をしている人にとっては「普通の国」であろう。

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北朝鮮を訪問

2018年01月16日 05時34分26秒 | 講義

 昨日のワンアジア共同体の講義は私からまず全体のまとめから始まった。日本の植民地と戦争、東アジアから東南アジアへ、そして南米大陸へのスペイン植民地に至る広く経済、思想、戦争などを検討したことを総評した。鵜澤教授は梅棹忠夫の文明生態論をもってグロバール的に植民地文化論を説明し、さらに前回の福原氏の「北朝鮮は普通の国」ということについてより議論すべきだとイントロを含め、議論を深めてくださった。そして私が2002,3年に3回北朝鮮を訪問して直接取った映像を見せながら当時の北朝鮮の実態に迫った。感想文を読んでみると、多くの受講生はメディアの報道とは異なり新鮮だとコメント。ただ一人の学生は宣伝映像に過ぎないと酷評をした。目下米朝の緊張、そして南北の宥和とはかけ離れたような現状である。

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ワンアジア共同体講座の講義のお知らせ

2018年01月15日 05時40分35秒 | 講義

 今日は新年初めのワンアジア共同体講座の日。講義担当の諏訪春雄先生が転倒にて負傷されたとの連絡があり、急遽、総合討論の時間に変更することにする。昨年末の講義には講師から連絡がなく、代講まで考えていたが直前に教室に到着されて無事であったが、今日は本当に代講をせざるを得ない。受講生には申し訳ないと思う。前回講義で緊張緊迫の北朝鮮への講義を思い出して、北朝鮮は“普通の国”である」という内容もあり、受講者の意見を聞きたい。また「民族と国家」という全体のテーマについても考えてみたい。矢内原忠雄は形式的な植民地と、実質的な植民地に区分した。つまりイデオロギーによって戦争とか植民地が行われる。そしてそれに伴い、人間の移動・移住などが行われると言うた。これは今でも通じる。日中関係、日韓関係が政治的に悪くても人の移動は激しくなっている。ただ北朝鮮はまだ「禁断の国」であり「楽園」と言っている。

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北朝鮮は“普通の国”

2017年12月26日 06時27分08秒 | 講義

 2017年12月25日クリスマスに今年最後のワンアジア共同体の授業が行われた。講師との連絡不通、弁当を準備して打ち合わせの時間が過ぎ、講義時間が切迫しても現れず、慌ただしく不安になり、代講まで考えていたが直前に教室に来られて無事であった。これで2017年の授業は終わった。ほっとした。緊張緊迫の北朝鮮に彼は頻繫に往来しながら研究を続けてきた。私は最初に彼に北朝鮮研究を勧め博士論文を指導したことを思い出しながら彼の研究状況に耳を傾けた。
 日本では世襲的権力継承の独裁、拉致・核・ミサイル、戦争用語などで不思議、かつ異様な国と思われているが「北朝鮮は“普通の国”である」と前提して講義が始まった。目下北朝鮮の危機について国際関係について詳しい説明があり、テレビで知り尽くしたものであり、分かりやすかった。ただ北朝鮮の宿願である統一のために戦争になれば約7兆ドル(急変事態の3倍強)かかるという数字を出した。私は学者が見た実情に関心があったのでもの足りなかった。調査が難しいのか、話し難いのか、やはり禁断の国家なのであろうか。

 

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「日朝関係北朝鮮」

2017年12月22日 05時19分11秒 | 講義

 今年の最後の講義では「美」を以て話をした。「虹」(rainbow,무지개)はなぜ美しいのか。人の認識の創造、美意識は創られると。青年時に読んだロンフェーローの詩を思い出して引用しながら私の話は無限に拡がっていっていた。また化粧の話にもなった。ある女学生が「不美人が化粧をするものだ」と言った。化粧は不美人の専用か、欠損を補うものか、美容整形はファッションのためか。私の話はパーソナリティー、つまり個性の創造であるという結論に至った。2年生の留学生たちにこのような内容を日本語で講義ができるということが嬉しかった。新年も講義は続く。

 お知らせがある。2017.12.25の月曜日12時50分から今大きく話題になっている北朝鮮について島根県立大学の福原裕二教授によって「日朝関係北朝鮮」という講義がある。メディア中心の話題とどう違うのか、深められるか、考えてみたい。好き、嫌いの世間一般とアカデミズムとはどう違うのか、議論していきたい。日本はなぜ敵対対立しているのか。その実態に迫っていきたい。今年最後の講義である。関心のある方はぜひ参加して一緒に考えてほしい。

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テレビ朝日「討論、激論」?

2017年12月17日 04時12分31秒 | 講義

昨夜のテレビ討論会はどうだったのだろうか。一緒に出演した方々を私は番組を通してよく知っているが彼らは私とは初対面であったのであろう。私はシンガポールの慰安所の写真を見せながら慰安婦帳場人の日記を紹介し、それが豊臣秀吉の朝鮮出兵の時に妓生の論介が日本兵の首を絞めながら一緒に南江に身を投じたという伝説を紹介した。視聴者にはそれが伝わったか、心配である。慰安所日記に関心を見せたのはギルバート氏、CM後スタッフが作ってくれたパネルを利用して説明することができて良かった。みのもんた氏は読んでみますと言った。
 
冒頭に「討論、激論」といわれたが問題を深めることができなかった。私は研究会の延長線のような気分で参加したが評論家たちとの討論には慣れていないことが分かった。番組予告には12月16日(土)午後8時から放送の「みのもんたのよるバズ!」「お楽しみに・・・」となっていたがもの足りなかった。昨日のFB朴仙容氏からの 「嫌韓派と親韓派の対立、その醜い論争…その餌食にならないように気を付けてください」という投稿文を思い出した。拙著に関してはやはり研究所主催などで説明と感想を語る機会を作った方が良いと思った。

 
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「何が不幸な歴史か分からない」

2017年12月05日 05時17分55秒 | 講義

 何が不幸な歴史か分からない。昨日ワンアジア講座で中国・大連大学の呂秀一助教授による講義は面白かった。講義はSkypeで公開され、大連理工大学の林楽青先生と学生たちと質疑などが行われた。呂氏は満洲国における朝鮮族の国籍の曖昧さから満洲国や日本帝国への帰化問題を扱った。当時、朝鮮人は日本と満洲国の両側から時には怪しい存在と思われることがあった。日本の満洲国への態度に因んだことであろう。つまり満洲国が日本の植民地か独立国かという曖昧さにあったのではと思われた。そこで私が万宝山事件(入植中の朝鮮人と中国人農民衝突事件)を論点とし議論し、朝鮮人は時には侵入者とか厄介な存在であったことを指摘した。そこで林楽青先生と当大学材料学部材料日本語強化班2年生15人が受講、何宇、孫戩、孔奇の三人学生が発言した。日本の満洲支配について、否定的ではなかった。今は仲良く暮らすという、むしろ朝鮮人たちは中国語と朝鮮語、日本語ができる国際的な人になっていると言った。そこで私はマージナルな朝鮮人の国際性を指摘し、「何が不幸な歴史か分からない」とコメントした。ある市民はもったいない授業をもっと多くの市民が参加して聞いたらよかったのにと言った。

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古川薫『維新の商人』  呂秀一「満洲国建国」

2017年12月03日 05時35分21秒 | 講義

 今古川薫氏著『維新の商人』を読んでいる。下関で活躍した白石正一郎の日記を小説化したものである。私は拙著『朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実』を上梓したが、それは慰安所で事務を担当した人の日記の分析である。上掲二書の日記の扱いがどう異なるか。半疑しながら「商人」の日記と「帳場人」の二人の商人の日記を比較するようになる。日記を以て人物像をどう描くべきであろうか。商人当本人についての記もある。白石正一郎という者は,全体温和の質、和学を好み、清直、談話が面白く、風儀雅品といわれる。小説のパーソナリティー設定を決めつけそうである。なにより人物像は創造であろう。それに比して私はありのままでの分析である。面白くも悪くも書けない学問的な姿勢がある。

 明日12月3日のワンアジア講座では中国から来られる大連大学の呂秀一教授が旧満洲国における民族の存在を国籍から問うていく。日本最初の国籍法は1899年台湾に適用され、台湾人は日本国籍法の規制を受ける日本臣民になる。1910年8月の日韓併合条約により「一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与」となった。そして全然内地人ト同一ノ地位ヲ有ス。間島在住者ニ付テハ、日本臣民ト見做ス。国外に居住している朝鮮人も「日本臣民」になった。国境地方ニ帰化不良鮮人カ集団ヲ為スカ如キ事態ヲ惹起スルコト無シトセス。1932年満州国建国により「皆種族ノ岐視尊卑ノ分別ナシ。原有ノ漢族、満族、蒙古族及日本、朝鮮ノ各族ヲ除クノ外、即チ其他ノ国人ニシテ長久ニ居留ヲ願フ者モ亦平等ノ待遇ヲ享クルコトヲ得」「内鮮一体の根本趣旨」を在満朝鮮人にも適用」民族協和ノ指導精神ヲ尊重シテ、之ニ全幅ノ協力ヲナスコト、日本ノ国籍ヲ有スル在満鮮人ハ皇国臣民タル本質ヲ基礎トシテ善良ナル満州国人民タル教養ヲナスモノトス」

 

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スマートフォンとカンニング

2017年12月02日 06時29分42秒 | 講義

 クリスマスツリーの季節になり、クリスマス観光を授業とした。サンタクロースの赤い服についてクイズ式に話を進めた。キリスト教文化の商品化、コカコーラのCMからサンタクロースの色をイメージさせたりしようと思ったが、学生たちはスマートフォンでチェックして答えが漏れてい面白くなくなった。スマートフォンの使用をどうすべきか。将来スマートフォンのようなものを脳につなげて生きる時代が来るかもしれない。人間のロボット化時代を予測してしまい面白く、恐ろしく怖くなった。日馬富士がスマートフォンをいじる貴ノ岩に怒った暴行事件はスマートフォン文化への怒り、警告かも知れない。私はスマートフォンを辞書として授業中利用することを許容したが、それがカンニングの道具とも考えるようになり禁止すべきだと思うようになった。

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「東アジアのカフェ文化:1930年代の消費社会」 山路勝彦

2017年11月27日 05時07分00秒 | 講義

 今日のお知らせ:ワンアジア支援講座:2017年11月27日、東亜大学
明治から昭和にかけての、カフェと食堂、レストラン、キャバレーの話。元来、カフェは欧米に誕生し、日本に伝来した。日本の植民地の拡大に伴って台湾、朝鮮、満洲にも展開されていく。特に大阪のカフェ文化が東京、台湾、朝鮮に大きな影響を及ぼしていった。

 昨日は教会で感謝節であった。福岡から来られた朴米雄牧師は感謝節の聖餐式と説教を行った。アメリカに移住したイギリス人清教徒たちがプリマスで収穫に感謝したところから始まり、韓国では永楽教会の韓景職牧師によって始まったという内容の説教であった。最悪の状況でも命が助かったということの感謝、彼はインキュベーターの中にいる娘になすすべもなくただ節に祈った。その娘が、今は結婚して娘を生んで、教師になっているという話が続いた。彼の説教を聴きながら、私はボストン・ケープコッドCape Codは数年前、川島擁子氏宅を訪ねた時、案内していただいたところ、そして私が洗礼を受けた永楽教会、1960年クリスマスにその韓牧師から洗礼をうけたことを思い出した。説教の「話」は私の実体験に合わさって命の尊さを感じる内容であった。家内の感謝の祈り、午餐会、研究室でも話は続いた。

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親日文化圏、反日文化圏

2017年11月21日 05時53分46秒 | 講義

 私の古稀記念に下関まで来られた方であり科学研究などで東アジアの日本植民地史を共に研究をし続けて来た植野弘子氏がワンアジア支援講座の講義を行なった。彼女はいわば親日文化圏、私は反日文化圏という対照的な地域と、対比されるようである。昨日彼女は日本植民地時代の日本文化、つまり韓国語でいうならば「日帝残滓」がそれほど清算されず日常の中に日本文化が残っていることが語られた。台湾総督府が中華民国総統府に利用されていて観光スポットとなっているもの、自分の生活の風景となっていると。水路を開くためにダムを作った八田與一技師への台湾の評価、銅像が保存・破壊と復元された話もあった。本当に反日文化圏ではありえない話であった。ソウルでは慰安婦博物さえ開館したというニュースが入った。西洋植民地の経験のあった台湾や南洋、単一民族国家であった朝鮮半島とは異なる点がある。

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お知らせ「台湾・南洋群島の植民地」

2017年11月20日 06時22分33秒 | 講義
 公開講座「アジア共同体論」東亜大学 2017.11.20は 東洋大学植野弘子教授の「台湾と南洋、植民地――「親日」という言説をめぐって」である。
 台湾と旧南洋群島はなぜ「親日」と言われるのか?戦後、国民党(中華民国)が台湾へ、独裁の時代であった。 国民党の統治は日本統治を「奴隷化」と言った。今も生活、知識の世界に、「日本」はいたるところに残っている。 
 「親日国パラオ」?はどうであろう。日本が委任統治とした。1922年 南洋庁設置、「島民教育」戦後、アメリカの信託統治1994年パラオが独立。日本人男性と現地人女性との間の混血児 、日本教育の記憶と評価、「日本化」された記憶、日本語が残る。センキョ、デンキ、ダイジョーブ、ウドン、ツカレナオス(ビールを飲む)など。日本の伝統を守り続けている。 
 上記レジメから紹介。興味のある方はぜひご参加ください。
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ユニバーサルとローカル

2017年11月19日 06時46分51秒 | 講義

 「大学」(University)とはユニバーサルな存在でありながらローカルなものである。私は大学はまず地域に生きることと考えている。現在630余名の地域住民が東亜大学を基盤としてスポーツ、外国語、音楽など様々な学習や趣味活動を行っている。彼らの多くは私の講義や講演会などにも参加し、顔知りも多い。昨日13回CCT祭りに参加し視聴した。多くの人が参加して発表をした。小学校の生徒たちのブラスバンド演奏は素晴らしい、観衆は烈烈、多くの方々とあいさつを交わした。

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「朝鮮通信使と下関」

2017年11月18日 17時35分49秒 | 講義

 「毎日新聞」〔下関版〕掲載記事 

 
「朝鮮通信使と下関」と題して講演した下関市立歴史博物館の町田館長(スクリーン左)

 日韓の歴史や文化の違いを学ぶ「楽しい韓国文化論」が、下関市一の宮学園町の東亜大学(櫛田宏治学長)で開かれた。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録される朝鮮通信使について、市立歴史博物館の町田一仁館長が下関との関わりを解説した。
 講座は下関広域日韓親善協会(友松弘幸会長)と東亜大学東アジア研究所(崔吉城所長)が主催した。毎回テーマを決めて、崔所長や歴史研究家などが講演している。
 講演は、朝鮮通信使ユネスコ記憶遺産日本学術委員会副委員長として、登録に尽力した町田館長が「朝鮮通信使と下関」と題して話した。通信使は儒学や医学を日本に伝える一方、農業技術を持ち帰るなど双方向の文化交流があったことを強調。長府藩では通信使をもてなすため領民から特別税を徴収したり、豪商から銀を借りたりしていたが「(両国の発展に貢献しており)それだけの意義と価値があった」と述べた。
 参加した看護師、前田よしみさん(61)は「通信使に提供された食事の量に驚いたけど、想像できて身近に感じました」と話していた。【佐藤緑平】

 

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「アジア主義」

2017年11月16日 05時36分33秒 | 講義

11月11日(土)の講演について地域に着実に生きる「長周新聞」(竹下一記者)に報道された。

 韓国の東亜大学校の韓錫政・総長の「関釜連絡船、あるいは文化的拡散 の出発点丨と題す論演会が、11日、下関の東亜大学でおこなわれた。韓教授は、戦前朝鮮と曰 本を結ぶ唯一の手段であ った関釜連絡船が地政学的に果たした役割を語っ た。とくに、「日本の傀儡である満洲」と朝鮮人や、戦後の韓国の産業化との関連について明らかにするとともに、「東亜とぃぅ言葉は戰前に曰本の膨張主義者により変えられたが、本来は東ア ジア人の団結と協力をとなえた用語である」と指摘。今日、学術を媒介にアジア人同士が対立ではなく共存を追求する意義を強調した。
 韓教授は、当時日本に留学した朝鮮人、近代文学や音楽界など著名な朝鮮文化人が関釜連絡船を利用したこと、さらに、知識層だけでなく、多くの貧困層も何の計画もなく労働者として日本に向 かった結果、「終戦当時の日本国内の朝鮮人は約 200万人に達した」ことにもふれた。そこでは、朝鮮人は日本での労働を希望すれば、釜山から下関に渡れたのではな く、渡航証のある者だけが乗船を許された。また、釜山が下関とともに、不法者や犯罪者の脱出を取り締まる関所でもあったことを明らかにした。
 韓教授はさらに満州事変以後、満州との連絡手段となったことに話を進めた。日本の植民地で、「五族協和」を掲げた満州に「朝鮮、日本、中国人の知識人・労働を含む数百万人」が流入するなかで、満州は朝鮮人と日本人の政治、教育、芸術交流の場になった。満州映画は北 東アジア一帯に広がった。
 韓教授はさらに、朴正熙(元韓国大統領)が、日本の陸軍士官学校を卒業したあと満洲国軍将校 となった経験をもとに、関東軍が進めたような軍事政権による迅速な「総合」開発によって、60年代の都市計画や蔚山エ業地帯を建設したことを明らかにした。朴政府には多くの満州出身者らが参加していた。
 韓教授はまた、「アジア主義」について、岡倉天心や中国の革命家・孫文が神戸で「被圧迫アジ ア人の団結と西欧帝国主義への抵抗」をとなえたことなどをあげて展開した。「アジア主義」がそ の後、「日本がアジアのぼう盟主といぅ志向」に変えられたことで、「日本帝国主義に栄養を提供」することになり、「大東亜共栄圏」にいたった反面の教訓を踏まえたうえで、「アジア人の協力は いくら強調してもしすぎ ることはない」と語った。
 そして、いま「韓国、中国、日本は歴史、領土紛争に巻き込まれている。学問の世界は、政治の世界から独立して、客観的な視点を介して、対立ではなく共存を叫ぶベきだ」と訴えた。

大学のホームページには次のように投稿されている。

記念式典では、前田晋太郎下関市長よりご祝辞を賜りました。また、記念講演には、韓国にある東亜大学校の総長である韓錫政(ハン ソクジョン)先生をお招きし、「関釜連絡船、あるいは文化的拡散の出発点」という演題でご講演いただきました。

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