本日も早朝に目覚めたのだ
”早起きは三文の得・・”
このコンセプトは来年も変わらない
2020年は読者の皆さんにとってどんな一年だっただろうか?
激動の一年と言っても過言ではない年だったような気がする
皆が何となくイライラしているような印象を受けた
そんな中でも私は比較的平常心でいられた気がする
理由はギターと当ブログの存在なのだ
肩肘張らずに気分転換ができた
今更ながら趣味の力に脱帽なのだ
趣味がスマホ弄り
という私の知人はかなり無駄遣いしたようだ
「気が付いたら色々と買っちゃうんだよね」
「躍らされたなぁ ホントに無駄遣いしたなぁ」
まぁ、気づくだけマシなのだ
読者の皆さんは如何だっただろうか?
私は買い物に関しては慎重だったと思っているのだ
年の後半にかけて『欲しい病』が再発したのだ
無性にベースが欲しくなった時期がある
結局、在庫切れ三回で心が折れたのだ
現在では欲しい気持ちは薄れているのだ
皆無ではないのだ
自分の技術向上とベースの在庫のタイミングしだいという感じ
ギターに関しては完全に物欲がストップしているのだ
ギターは相変わらず弾き倒しているのだ
ギターに対する情熱には変わりない
自分ニーズに手持ちのギターがハマっているのだ
噛み合っているという表現が正しいのだろうか?
特にドラゴンテレとレスポールのトレードは大きかった
私にとって必要な物を得て、不用な物を排除したような気持ちなのだ
レスポールはカッコいい
しかしながら私には向いていない
それに気づくまでに少々時間がかかり過ぎた
スケールを含む構造もフェンダー系が合っていることを認識した
ギターに関してはすべて同じスケールということになる
もちろん、ネックの形状や細部の違いはあるが・・
ストラトとレスポールほどの差はない
ストラトとレスポールは右ハンドルと左ハンドルの車くらい違う
ギターを意識していない初心者などにはその違いが分かりにくいと思う
ギターは知れば知るほどに細かい部分が気になってくる
それは自身の成長の証ともいえるのだ
気付きはギター弾きの成長なのだ
ルックスから一歩踏み込んだ演奏性に気づけば脱初心者なのだ
ギターを仕事にしているプロは良く知っている
ギターを抱える時間が長ければ長いほど色々と気になってくる
ボディの重さ、ボディの形状、ネックの太さ、ピッチの善し悪し、
チューニングの安定度など・・・
これはベースにもいえる
特にスタジオ系のギタリストの使用機材からは学ぶべき点が多い
足下のペダルなどは意外にシンプルなことに驚かされる
移動などの負担を軽減しているのだと思う
その一方で色々な難題や注文に応じるべく器用なギターを選択するのだ
ストラト形状の万能ギターが好まれる理由はそこにある
理に敵っているのだ
ストラトも好まれる
単音系の太いリフからジャキジャキのカッティング系までカバーする
総じてフェンダー系のギターは器用だと思う
無骨だと思われるテレキャスでさえ、音のレンジ(帯域)はかなり広い
特にリア単体の絞った音がかなり使えるのだ
テレキャス特有の配線処理がかなりロックなのだ
少し鼻が詰まったような単音リフも可能なのだ
イメージ的にはペイジ師匠がレスポールをフェイズさせたような音なのだ
ペイジ師匠の音に憧れて真似する場合、中途半端なレスポールよりも
むしろパワーがあるテレキャスを用いた方が近道だと思える
実際に私がテレキャスで音作りをしてみて感じた感想なのだ
先に述べたようにテレキャスのリアのトーンを絞った音がフェイズさせた
レスポールの音に良く似ているのだ
巷のレスポールファンはどのくらいの知識があるのだろうか?
私が思うよりも詳しいのだろうか?
それとも意外に無知なのだろうか?
私の知り合いにもギター単体には詳しい者がいる
所謂、スペックオタクの類いなのだ
音作りや演奏などその先に繋がらないのだ
まぁ、本人はそれを特に気にしていないので問題はないのだ
重きを置くポイントは千差万別なのだ
ギターを買うことに萌える人はそれで良いと思う
対する私はプレイヤーなのだ
弾き易い環境の為に日々試行錯誤しているという感じなのだ
環境改善の為ならば、レスポールも手放してしまう
離れて暮らすことで見えてくることもあるのだ
ギターは裏切らない
熱い情熱に応えてくれる
私は常々そんな気持ちでいるのだ
ギターに費やした時間は無駄にはならない
プレイヤーの手抜きを楽器は見ているのだ
楽器を擬人化するのもアレだが・・
私はそう思っているのだ
今年は思い切って楽器の断捨離をした
それに伴ってアコギが消えたが・・
後悔はないのだ
むしろ、エレキ濃度が高まった
人間の体は一つ
限られた時間で趣味を楽しんでいるのだ
一日中、暇を持て余して楽器と戯れる時間はないのだ
意外にも忙しい人の方が上達する
集中力が高まるのだ
「俺 暇だよ 今日もボーって過ごすわ」
時間に余裕がある人は趣味を後回しにしてしまう
「ギター練習するかな? ムズいわ」
「指痛いわ なんか飽きてきたわ」
弾かないギターのメンテなどしない
お金も時間もかけない
次回はさらに弾き難い状況に陥っているのだ
行きつけの楽器店のお客さんにも多いタイプ
一念発起で弦交換などするも各部のバランスが崩れているのだ
それに気づいてメンテに持ち込む人はマシな人
弦高4㎜の激順反りでも平気な顔で弾いているという
弦高に意識が向かない人のピックアップの高さが適切とは思えない
その割りにはギターの値段やスペックには詳しいのだ
検索時代の落とし穴なのだ
調べることで経験したつもりになってしまうのだ
場合によると一歩も外出することなく世界のギターを堪能できる
YouTubeを始めとする動画の功罪でもあるのだ
便利なツールも使う側の使い方や考え方しだいなのだ
私はとても便利に活用しているのだ
良い意味で一定の距離を保っているのだ
あくまでも私のギターライフの補助という立ち位置は変わらない
初心者から上級者を問わず、ギター環境に置いては自分が主役であるという
意識を強く持つべきだと思う
知識のあるなし、楽器の値段など関係ないのだ
気持ちという意味なのだ
私の知り合いに手持ちの楽器の値段でランク付けしたがる人がいる
「安いギターだろ? ダメだよ」
「そんなのギターと認めないぜ」
どうだろう?
読者の皆さんのお知り合いにも一人くらいはいるのでは?
広義の意味で海外メーカーの良いカモになっているのだ
「日本人って買ってくれるから好きだよ」
「特別仕様とかそういうの好きだよね?」
「少し値段も盛っちゃうよ いいよね?」
海外の一般的なギター弾きが買わないような価格帯が日本では売れる
それを見越して海外のブランドを日本をターゲットに商品を開発する
良い意味での好循環や市場が生まれているのだ
以前は迷っていた私も間違って?足を踏み入れようとしていた
踏みとどまることが出来て安堵しているのだ
”お金は大切に・・”
と自分に言い聞かせているのだ
下手な私が高価な楽器を持っても似合わない
そんな自分をイメージすると気恥ずかしい
楽器屋さんや仲間から嘲笑されている自分の画が浮かぶ
「金もないのにそんなに高いの買ってさ」
「何になりたいの? 何処に向かってるの?」
まぁ、直接言葉で投げかけることは少ない
大人の礼儀なのだ
良識ある大人って何だろう?
特に賢明なる大人は思った事をグッと呑み込むものなのだ
そんなこんなで断捨離で英断したことで楽器や音楽の純度が高まった
楽器の本数を減らしたことで見えてくる世界もある
アコギがなければウクレレを弾くのだ
エレキ好きの皆さんにウクレレの演奏を猛烈にプッシュすることはあり得ないが・・
私のもう一つの嗜みであることを覚えておいていただきたい
楽器は使い方しだいで化ける
”ウクレレ=ハワイアンの伴奏楽器・・”
狭いのだ
昨日もウクレレでクラシック系の曲を一部作曲していたのだ
レコーダーに録音した時点でタイムアップになってしまった
録ってはそれを聴き返して生まれたアイディアも多々あるのだ
ウクレレを何かの楽曲の一部に利用することもあると思う
楽器に垣根はないと思う
自由な発想こそが趣味の楽器の世界を広げてくれる
秀逸なチューナーは楽器を選ばない
このチューナーは三個目なのだ
現在は二個を使い分けているのだ
自宅用と外弾き用なのだ
小さい部分ながらも技術の進歩を感じてしまう
楽器に関してハード面で技術的に退化した部分は見当たらない
一つ挙げるならば、それは弾き手である人間だといえる
とにかくやる気がないギター弾きが増えた気がする
スマホやゲームなど他に楽しめるツールが増えたことも原因だと思う
”とりあえずギター弾いてる・・”
とりあえず・・という冠が曲者なのだ
とりあえずで開花するほどギターの世界は甘くない
上手くなれば良い楽器が欲しくなる
良い楽器が売れれば、メーカーも本気で開発する
そこには好循環が生まれるのだ
数十年前のバンドブームの時には本当に業界に活気があった
プレイヤーにも元気と意欲が感じられた
「特に上手くならなくてもいいけど・・」
という人が増えれば教則本も売れない
「ギターとか何でもいいだよね 安ければ」
という人が増えれば専門雑誌も売れない
衰退の一途を辿る
子供たちの憧れの対象も変化しているようだ
「将来は漫才やりたいな」
「ダンスとか上手くなりたい」
楽器が上手くなりたいという声を耳にしたことがない
少し上手い人を見つけるとプチ攻撃が始まるのだ
「何? 少し弾けるからって自慢?」
良い芽が育つはずもないのだ
肥沃な土壌は過去の話・・
栄養分がすべて流れだした枯渇した土壌でギターを弾いているような感じなのだ
近年は良質なギターブログも減った気がする
私も一人の読者なのだ
読みたくなるようなブログが少なくなった
どうだろう・・
10年くらい前には良さげなブログが乱立していた気がする
私もそんなブログに影響されてこのブログを立ち上げたという経緯があるのだ
気が付けば良質なブログがすべて消えた
巷のギター弾きは何を求めているのだろうか?
私は個人的に売ったり買ったりの買い物ブログには興味がない
むしろ、ギターを弾く環境や状況に関心があるのだ
どのようにギターと接し、楽しんでいるのか?
それに尽きる
一人の書き手としても知りたい情報なのだ
しかしながら、いくら検索しても見当たらない・・
最近はYouTubeで語るスタイルも定着しつつあるようだ
それも流れなのだ
録画できる環境が整えば、むしろブログを書くよりも楽かもしれない
訴求力も強いような気がする
現代のニーズにマッチしているようにも思える
まぁ、文章好きな私はこのスタイルを貫き通すのだ
少し書いては保存して空き時間で続きを書く・・
私に合っているように感じる
活字の力やニュアンスというものを大事にしていきたい
活字離れの時代に読者の皆さんのような濃い層に支持されることは光栄なことだと思う
ギター道もまだまだ捨てた物ではない気がしているのだ
足繁く通ってくださる読者の皆さんに感謝!!
この年末年始は変わったワードで検索されることが多いようだ
レスポールと決別してからば、レスポール絡みの検索も減った
レスポールからの検索で訪問する人が減ったということ
ギターはレスポールだけではないのだ
ストラトもテレキャスもある
万能ギターも捨てがたい
ギターだけでは完結しない
アンプやエフェクターなどの周辺機器にも注目したい
さらに作曲など一歩踏み込んだギターを味わうならばレコーダーなどの周辺機器にも着目したい
高度な世界観を追求したいならDAWが良いと思う
お手軽狙いならば間違いなくMTRが良いと思う
”過去のマシン・・”
と斬り捨てるのは勿体無い
この性能で実売2万円前後は破格だといえる
2万円のギターは微妙だが・・
2万円前後の周辺機器は意外に色々と選べるのだ
先の小型アンプもお釣りがくるのだ
大音量の真空管アンプを購入するのは時代遅れ
スタジオやライブにその都度運搬するのも難儀なのだ
以前に知人のアンプの移動を手伝ったことがある
車を持たない知人は私頼りなのだ
派手に機材を搬入した割りにライブの出来はイマイチ・・
良くある話なのだ
機材オタクになってはダメなのだ
賢いギター弾きは安近短なのだ
趣味が経済的な部分を圧迫する(長期ローンや車の購入)のはナンセンス
演奏を始めるまでに時間がかかるのも時代遅れ(マルチなどの活用)
家族にも周囲にも迷惑をかけない趣味が出来る大人の嗜みなのだ
場合によってはギター歴30年のおじさんが廉価なギターを弾いていても良い
「子供の入学が重なっちゃってさ」
「ランドセルとか10万円超えたよ」
「物価も上がったよな 時代だな」
自分は安いギターを使い家族には贅沢をさせる・・
どうだろう?
この逆は格好悪いが・・
我慢できるおじさんは妙にカッコいい
機材の足りない部分は演奏でカバーするという
私の知り合いにそんな潔いおじさんがいるのだ
あえてギターにはあまりお金をかけないようだ
車やバイクなどは結構な高級車に乗っているのだ
何故だかギターは安いのだ
ギターエンゲル係数?のバランスが独特なのだ
演奏が上手い人はプレイで攻める
プレイで自分の居場所を見つけるのだ
安いギターながらもセッションなど引く手数多の人気者なのだ
まったくもって羨ましい・・
脱初心者レベルになったなら、買うから弾くにスイッチするのだ
道具は揃ったのだ
本当の意味でギターが弾ける人を目指したい
本当の意味でギターのメンテが自分で出来る人になりたい
余談だが・・
ドラゴンは購入後に一回だけネックを調整しただけでメンテフリーなのだ
数回弦交換したが意外にもサドルはそのままでOKなのだ
意外にオクターブも合っていることに拍子抜けしているのだ
来年はオリジナルを追求すべく、コピーにも励みたい
遣らなければならない課題が山積しているのだ
今年もかなりコピーしたのだ
ペイジ師匠はリックの宝庫なのだ
アイディアが溢れている
レスポールで作った曲とテレキャスで作った曲の違いや意味を改めて見つめ直してみたくなってきた
同じメロディをただなぞれば良いのではないと思う
私は一歩踏み込みたい
レスポールがなくてもツェッペリン好きに変わりはない
むしろ、精神的にロック純度がアップしている気がする
テレキャスで弾いたリフがツボにハマった時の興奮度は言葉にできない
コリコリなのだ
ペイジ師匠のアノ音なのだ
前期と後期に分類する人も多いが・・
実はドラマーであるジョン・ボーナムが亡くなった後もテレキャスを弾き続けているのだ
最終アルバムでもテレキャスを多用していた事実はあまり知られていない
プロデュースという意味でレスポールとマーシャルの組み合わせをライブでは貫いていたペイジ師匠だが・・
レコーディングでは半分くらいをフェンダーで弾いているのだ
アンプもスプロやフェンダーなどのコンボ系を多用しているのだ
ライブでのトレードマークであるダブルネックもレコーディングではフェンダーの12弦で弾いているのだ
以前にお話したが・・
ペイジ師匠のレスポールはネックをフェンダー並に薄く削っている
ピックアップはカリカリな音が出せるように改造が加えられている
ストラト弾きとして有名なクラプトンも名言を残している
「俺の理想のギターは演奏性はストラトで音はレスポールさ」
クラプトンがレスポール弾きだったことは有名なのだ
短い期間ではあったが名演と伝説を残した
盗難にあってからは使っていない
天才は何でも良いのではない
名前ではないのだ
音のフィーリングと相性で決めているのだ
そんなタイミングでジミヘンに出会ったのだ
それでも太い音が忘れられないクラプトンはフェンダーに注文を出した
クラプトンのストラトは電池入りのブースター付きなのだ
詳しくは各人で検索してみていただきたい
ストラトのボディとネックあってこその名演の数々なのだ
レスポールが盗難に遭った後にSGを使っているが期間は短い
ストラトで落ち着いたのだ
何故だかテレキャスはクラプトンのツボにハマらなかったようだ
盟友ジェフベックもレスポール、テレキャス、ストラトと変遷を歩む
ジェフベックはテレキャスの弾き心地がお気に入りだった
そこで生まれた伝説のギターが『テレギブ』なのだ
テレキャスにレスポールのカバーレスのピックアップが乗っている
この当時はピックで弾いていたのだ
ギター弾きは常に試行錯誤を重ね変化していくのだ
”自分に合ったギターって何だろう?”
クラプトンの愛器は『ニコイチ』なのだ
ニコイチとは合体ギターなのだ
ジェフベックのテレギブも移植ギターなのだ
先に述べたようにペイジ師匠のレスポールはかなりの改造ギターなのだ
深いのだ
ギターと音楽に対する思い入れの深さがギターとの向き合い方に表れている
長くなったが・・・
本日は少し仕事が残っているのだ
雑用は昨日で一段落した
早々に片付けてギターで遊びたい😉