散 歩 B L O G

歩くことが唯一の趣味ですから。

池之端をへて

2023-06-21 | Weblog

梅雨どきは散歩もままならないから美術館・博物館のたぐいで館内をうろうろする。そのつもりでも晴れ間が広がれば外を歩くのが心地いい。このところ晴れ続きだったので、上野の博物館へ行くにあたり上野駅ではなく千代田線の根津から池之端をへて上野まで歩く。途中、池之端の公園で都電の残骸を眺めたりして。

根津から500mぐらい歩くともう上野動物園の西園の入口にさしかかる。これはもう入園料を払って動物園の中をつっきり、博物館までショートカットしようと思った。どこかで早くもセミの鳴き声がすると思ったら、だだをこねる幼児の泣きわめく声が夏のセミのように聴こえただけで、さすがにセミはまだ鳴いてなかった。

動物園の生き物は、ぐったりしてるのが多い。野生の生き物も実際こんなものなんだろうか。それとも動物園に囚われの身だから、だらけてしまってこんなふうなんだろうか。ぐったり、だらけて、やる気のない動物たちを眺めていると、人間も……いや何でもない。

ちいさな猿が木の上で身を寄せ合ってぐったりしている。その中に1匹ぐらいは警戒心の強いのがいて、あたりをキョロキョロ見回している。損な性分らしいけど長生きするのはキョロキョロしないで寝てるような、ぐったりとだらけたやつらかもしれない。人間も……いや何でもない。

これはミーアキャットというやつだろう。ミーアキャットはどいつもこいつも、多くの時間を天を見上げて過ごしてる。天敵の猛禽に襲われないか警戒してるようで、とにかく上ばかり見ている。動物園の檻の中を猛禽が襲撃してくることはないと思うが四六時中とにかく天を仰いで動かない。必死な様子が悲しい。人間も……いや何でもない。

池之端をへて動物園を通り抜けたら、そこは薩長が焼き払った徳川の菩提寺があった場所。すっかり更地になった跡が上野公園として整備され、その奥に国立東京博物館がある。梅雨の晴れ間は湿度が高く、歩いていると体に熱がこもる。水分補給をまめにしないと熱中症になるだろう。

入場すると広場にコーヒー売りのクルマがいて、豆を挽いて1杯ずつ淹れるそれを買い求めてベンチで飲んだ。というのも水分補給を兼ねて気分を落ちつかせ、これから見物する特別展・古代メキシコに意識を向けるためだ。これまでの道のりはついでの散歩であり、上野動物園は通るはずじゃなかった。

クモザルをかたどった壺か何かに興味を引かれてじっくり見る。博物館は座る場所が多くて電波状況がいいから、デジタルツールを持って行けばメールとかスラックとかで着信をその都度チェックして打ち返せる。だからリモートワークに最適なのだ。家にいるより気が紛れるので、仕事の能率も上がる。

特別展のチケットを買うと常設店も見ることができる国立東京博物館はお得で、午後の時間をめいっぱい過ごしながら必要に応じて座り仕事できる。たびたび足を運んでいると気に入った展示ができるもので、カニがへばりついた焼物などは見飽きない。古代メキシコの動物をかたどった品々を眺めた後は、いつもと少し違って見える。

東洋館もついでに見ることができて本当に時間つぶしながら仕事するのにいい。殷の青銅器は縄文土器に引けをとらない禍々しさで、どこで見ても心を奪われる。青銅器も戦国時代になると既に面白くも何ともなくなり、夷狄の文化が滅びた後に漢人が覇を唱えてまた夷狄の支配を受ける「中華」の歴史(史記にならって明史まで書き継がれた)って、いったい何だったんだろうと首を傾げる。

首を傾げたり仕事をこなしたり、就業しながら時間をつぶす。天気がよかったから、山にでも登ろうかと思わなくもなかったが、山なんか登っちゃうと仕事にならないので博物館内をうろうろするぐらいが丁度よかったと思う。

 

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14時間首都圏半周

2023-06-18 | Weblog

6:23 東京駅

梅雨どきは天候不順で散歩もままならない。そう思ったもんだから「のんびりホリデーSuicaパス」という首都圏1日乗り放題の企画乗車券を購入して週末(6月18日、日曜日)に備えた。快適な車内で読書に勤しもうという魂胆である。早朝に起きたら快晴じゃないか。そうなるともう、暑くて散歩もままならない。予定通り鉄道で読書としゃれこむ。

従来は梅雨になると紙のきっぷで読書三昧を試みたものだが、ついSuicaで乗り降りしてしまい精算がめんどうになるので、今年はSuicaにデータ登録するタイプにしてみた。すると何ということでしょう! Suicaの表面にきっぷと同じ印刷が……これ使い終わったら消えるかな? 消えないだろうなあ、何らかのパスをつぎに印刷するときまで。(チャージで消えたらすごいけど期待できない)

それはそうと、東京駅で朝食を済ませるつもりでBOOKS&CAFEのお得な朝カレーをめがけて足を運んだら、7時オープンらしく断念。ちょっと前(コロナ以前)は早朝に朝食を取れる店が駅構内に複数あったと思う。回転寿司で定食が回ってくるところとか、いろいろ。現在そういう楽しみは皆無らしい。

7時までボーッと待つのも何なので、6時44分の土浦ゆき常磐線に乗っちゃう。朝早い電車は空いてて、部活の人ぐらいしか乗ってない。どこで練習試合するつもりかバックパックでかい。目的もなく「のんびりボリデーSuicaパス」で朝から阿呆列車してる大人はどうも自分ぐらいしかいないようだ。

7:27 我孫子駅

昭和15年ごろ、我孫子の彌生軒で山下清が5年ほど働いていたとホームに掲示してある。画伯になった昭和35年、当時の手賀沼を思い出して描いた絵を彌生軒が駅弁の包装紙に使い、昭和38年に彌生軒を訪ねた画伯の写真や直筆の証言をあますところなくパネルにして、彌生軒(弥生軒)はいま立ち食いそば店を営んでいる。

そういえば東京駅で朝ごはん食べそびれていたので、400円の天ぷらそば(かき揚げそば)をここで立ち食い。隣で駅の職員が何やら巨大な鶏の唐揚げ(フライドチキン風)が乗ったそばに七味をしこたま振って食べていた。毎日そんなことばかりしてるのかと、知らない人のことながら心配になり、横目でメタボ体型をチェックして立ち去る。

7:57 手賀沼

山下清が若いころ愛して20年後に記憶で描いた手賀沼をちょっと見てみようと駅から歩いてきた。まだこの時間ならそう暑くないから歩いても大丈夫なんだな。歩いてきたら以前ここまで歩いたことあるの思い出したんだな。たぶん15年ぐらい前じゃないかな。山下清は20年たっても手賀沼を覚えていたのに、ぼくは忘れてました。

この時間の手賀沼は涼しい風が吹いて気持ちいいので、列車の中で読んできた本の続きをベンチで読む。とても居心地がいいので、もう「のんびりホリデーSuicaパス」で阿呆列車するのやめて、ずっとここにいようかなとさえ思う。しばらくすると風が止み、蒸し暑くなってきたので、また列車に乗るため駅のほうへ。まるで猫だ。

駅前のパネルを読むと、手賀沼のほとりには明治・大正のころ文化人がいろいろ住んでいたようだ。なかんづく芸者をはべらせて威張る白樺派の写真が目を引く。左から武者小路実篤、劉琮悦、志賀直哉らしい。沼の近くに別荘を持った柔道家の嘉納治五郎をしたって、この人たちは移り住んできたという。

8時46分の成田線に乗って成田へ向かう。列車には45分ぐらい乗っている。だんだん気温が上がっていくから、なるべく外を歩きたくないんだけど、乗り物にばかり乗っているのも何となく気詰まりなので駅についたら外に出て、一応そこらへん歩きまわる。カンカン照りで、湿度が高い。

9:52 成田山新勝寺

うなぎの店に殺到する人々が行列をなしているのと対照的に、お寺はといえば閑散としている。参道でうなぎの整理券を9時30分ごろから配って、10時になると番号が若い順に呼ばれてうなぎを食うらしい。我孫子でかき揚げそばを食べたばかりだから、うなぎなんか食べて食べられないことはないけれど、カンカン照りの道端に並ぶのは絶対いやだ。

参道をゆく人によく見えるように、うなぎを次々とさばく人たち。魚のわりに血が獣のような色してる。だから精がつくのか。あの血はしかし生で飲むと毒だと聞いた。めんどくさい生き物だなあ。さばこうとすると暴れるし。それにしても成田山新勝寺の界隈は座って休める茶店が少ない。テイクアウトばかりで困ったものだ。

駅に戻って千葉方面の列車に乗ろうと思ったのに、踏切で列車が人を轢いたとか轢かないとか。安全確認のためダイヤがぐちゃぐちゃ。いつになったら列車が動くやら。動いたら動いたで混雑必至なので千葉方面の列車はあきらめ、もういちど我孫子から常磐線に乗ることにした。

だめだこりゃ……10時44分の我孫子ゆき列車の中で読み終わる。常磐線の新松戸で乗り換えて武蔵野線でぐるっと首都圏の北部を回るつもりが、快速は松戸まで停車せず、そのまんま北千住まで戻ってきてしまった……だめだこりゃ!

12:07 日光街道の千住宿

松尾芭蕉が奥の細道で泣いたところだ。船でここまで運ばれてきて、いざここからは徒歩で参ろうというところで寂しくなり、先行きが不安で泣いたと書き残している。もっとも、ウケようと思って盛るだけ盛ってる疑惑はぬぐいがたし。

そろそろお昼にしようと思ったんだけど、日曜日のせいか飲食店にとにかく空きがない。チェーン店に人がごった返し、どうも食欲が失せる。OIOIの片隅の人の流れから外れた目立たないところで営業してるサラダボウル専門店だけ、席があまってて静かに座れるので柄にもなく蒸し鶏とりんごのサラダをもしゃもしゃ喰んで、駄馬になった気分……ヒヒーン!

北千住から西日暮里をへて山手線で田端へ、そこから京浜東北線で大宮に向かう。もうすっかり旅気分なし。都内の移動という感じ。やはり新松戸から武蔵野線で大回りしたほうが乗り鉄の楽しみは大きかったにちがいない。いや、乗り鉄じゃなかった。ただの阿呆列車にすぎなかった。

14:32 大宮

鉄道で移動するのに飽きてきた。大宮のシャノアールでコーヒーゼリーでも食べようと思ったのだが、シャノアールは何年か前にベローチェに変わったことを忘れてた。黒猫(シャノアール)は絶滅危惧種になってしまった。コーヒーゼリーはどっちにもあるから別にかまわないけども。

コーヒーゼリーを食べたあと、ブックカバーをかけて大事に持ち歩いている文庫本をひろげ、フランスの短編小説を一つ二つ目でひろう。気がすんだので駅に戻り、阿呆列車のつづきを再開する前に、駅構内の本屋さんに寄ってみる。

翌日(6/19)発売と聞いていた書き下ろし小説が、もう本屋さんに並んでるのを見てはやく読みたくなってしまい、『クレイジーDの悪霊的失恋』を買って読み始める。漫画家の荒木飛呂彦に心酔してるライトノベル作家の上遠野浩平が、漫画本編の休載中に穴を埋めるかのように原作を担当したスピンオフ漫画の設定で、みずから手がけたノベライズ……こういう場合「ノベライズ」でいいのかどうか。

16:15 川越

大宮から川越をへて八王子に至る車内で6章まで読み終えた。残り7章と8章をどこかで座って読みたいと思って、八王子駅の外に出た。

17:54 八王子

駅前にビルが立ち並ぶ八王子は、街がとことん整理されているようで猥雑さが色濃く残る不思議なところ。とりあえず本を読み終えるためルノアールに入る。

はじめのうち散歩ついでの読書だったのが、夕方になるにつれ読書メインでほとんど出歩かなくなった。19時ぐらいに読み終えて中央線で東京駅に向かう。

20:23 東京駅

首都圏を半周して夜の東京駅に戻ってきた。「のんびりホリデーSuicaパス」の期限は24時。この後どこへ行ったのか、それは秘密です。

 

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森ノ宮

2023-06-10 | Weblog

気にしなければどうということはない。しかしカレーの辛さ1000倍というのは常軌を逸してるのでは? 東京では辛さ70倍までしか記憶がない。35倍でさえ辛いというより痛い感覚だったが、70倍ともなると記憶がとぶ。トビマス、トビマス(©︎コント55号)……1000倍なんて、1000倍なんて。

ここは新大阪である。新幹線を14:39に下車して駅1階のいなたい飲食店街へ進入。カウンター数席のモジャカレーがガラ空きでバイトのお姉さんが賄い食べてるのを見てもう閉店かなと思いつつ、店に首を入れて「やってますか?」と聞くと「どうぞ」というので席につき、ビーフカレーを頼んだ。「お肉があと少しなのでビーフカレーできません」といわれてカツカレーに変更したら、あと少しのお肉が端にオマケされたかも。

はるばるカレーを食べにきたわけではない。遅めの昼ごはん後に環状線の森ノ宮駅までJR西日本で移動して、森ノ宮ピロティホールという建物を探す。レモン色だとは思わなかった。アクセスを事前にネットで調べたとき、ホール建設の際に縄文遺跡が出てきたので保存のため高床式ホールにしたという記述を読んで俄然、ここに興味が湧いてきた。

こういう展示がホールの高床の下にあるのだろう。ピロティホールのピロティとは、ざっくり高床のことを指す。2階以上の建物で1階が柱で支えられ外部空間になってるようなやつは大体ピロティで、弥生時代に米をネズミに食われないよう工夫した高床式倉庫なども広義のピロティらしい。どこまで遺跡を大切にしたネーミングなんだろう、森ノ宮ピロティホール。

残念ながらピロティ下の遺跡展示は公開日が限られているようで、遠路はるばる東京から大阪くんだりまで訪ねてきたのに見学すること叶わなかった。くんだりっていうなよオレ。それにわざわざ貝塚が見たくて森ノ宮まできたわけではない。カレーも貝塚もついでにすぎない。森ノ宮ピロティホールにやってきたのは観劇のためだ。感激できるかもしれない観劇のためにすぎない。

東京で新緑の季節にあえてインドアで観劇するかするまいか躊躇しながらアウトドアを優先してるうちに上演期間が終了した『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』を、全国的にほぼ梅雨だから地方のインドアで見届けようと考えた。それで大阪の初日にきたのだった。にもかかわらず舞台の感想をひとことも書かずにブログを終えるというね。これ「散歩ブログ」だから。

 

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オカマを狙って

2023-06-03 | Weblog

ものまねライブついでにオカマを見物にいったのが最初だった。いちばん下のリンクをたどると様子がわかるけど、よく見えなかったので再びチャレンジしたときも残念ながら立ち込めたモヤでちっとも見えなかった。三度目の正直で訪ねてきたのだが、やはりモヤがすごい。

いくらなんでも5月なら視界がいいだろう、と思って5月下旬の週末に泊まりがけで蔵王のオカマにアプローチしたのに、初日はどう考えても無理そうだったから代わりにドッコ沼のほうへ。このようにモヤでちっとも見えない。オカマはなおさら視界が悪いだろう。翌日を期することにして正解だったかも。

オカマが見える確率は年間を通じて30%ほどだという。それなら3回も見にくれば1回ぐらい大丈夫なのではと思ったが、いやな予感がしてきたので酒屋に寄り道して夜の飲み物を調達。オカマが見えても見えなくても明くる日はオカマのそばに近づくことに決めて、この日は別のハイキングコースでも歩く。

こんな感じのハイキングコースどこかで見たような気がして、記憶をたどると高1の7月に催された林間学校のオリエンテーリングが志賀高原のこんな場所だった。要するにスキー場のゲレンデ。地図とコンパスを用いてポイントをめぐりながらゴールを目指すうちに、どう考えてもリフトを使うのがショートカットだったから、そのようにしたら夕食のとき先生に「リフトを使った生徒は初めてです!」とみんなの前で言われた。誉めてるのかと思って先生の顔を見たら怒っていた。

さて、オカマのほうはどうなったか。5月は蔵王のロープウェイが設備点検とやらで運休になるので、しかたなくバスで遠回りしてオカマにアプローチする。天気予報では1日目より2日目のほうが天気いいはずだった。だから今度こそオカマが姿を現わすのではないかとオコゲのような執着心でオカマに接近を試みる。

オカマを狙って、いそいそと展望台から見下ろした。ごらんの通り、丸見えだった。秘すれば花とは室町時代のオカマが残した言葉だったか、よく言ったものだ。見えてしまえばオカマなど特にどうということはない。3度目で見えてよかった。これでまた幽玄なモヤに包まれていたら、いつまでもオカマにつきまとうストーカーのようなものに成り果てたかもしれない。危ないところだったと、丸見えのオカマを見下ろして胸を撫で下ろした。

 

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