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◎連載・第2回「生命(いのち)のメッセージ」
――筑波大学名誉教授・村上和雄/マンガ家・美内すずえ
【「致知」http://www.chichi.co.jp/ 2008年7月号 】
自我を超え、真我のパワーでつくられた『ガラスの仮面』
■少女マンガ界の金字塔『ガラズの仮面』
■母との賭けに勝ちマンガ家デビュー
■宇宙には意思=法則がある
■自我の壁一枚を超える
■人は皆神様の分霊
■胸の奥に棲むマンガの神様
■伸びる人に共通するのは人間が好きなこと
■胸の奥に棲むマンガの神様(p101)
【村上】 マンガに話を戻しましょうか。30年以上も一つの物語を描き続けて、描けなくなったことはないんですか。
【美内】 お休みはいただきますが、描けなくなったことはないですね。
【村上】 それはすごい。やっぱりサムシング・グレートの導きかな。また、それだけのテーマとの出合いも大きい。演劇少女を主人公にしたきっかけはあるのですか。
【美内】 よく主人公・北島マヤのモデルはあるのですかと聞かれるのですが、実はあるんです。
実家が大阪で理容師をやっていまして、私が子どもの頃は映画が全盛の時代でしたから、店にポスターを貼(は)ると配給会社から無料鑑賞券をもらえたんですね。それで物心つく前から母に手を引かれて映画を観に行っていたのですが、それもちょうど10歳の時に『王将』という映画を観て、子ども心に衝撃だったんですね。
それまで東映の勧善懲悪(かんぜんちょうあく)ものの美剣士やお姫様が出てくる映画が大好きだったんですけれど、難波(なにわ)の冴(さ)えない坂田三吉というおじちゃんが、家のことも家族のことも忘れて将棋を指す。将棋以外のことは何もできないんだけれども、将棋のことは天才的。映画を観ながら喉(のど)がカラカラになって、この人は何だろうと。その時まではどっぷり物語の世界に浸っていたのですが、「人間って何だろう」と実世界の人間に深い興味を持ったきっかけでした。
それがずっと心にあったので、24歳で連載を始める時、坂田三吉のような主人公を出したいと思ったんです。
【村上】 坂田三吉なら、たぶん『致知』の読者も知っていますよ(笑い)。
【美内】 だから『ガラスの仮面』はまず主人公のキャラクターありきで、演劇をテーマにしたのは当時の編集長の提案です。この編集長はデビューの頃から理解してくださって、少女マンガ特有のきれいなお花とかふわふわした内容は描かなくて構わないと。
私、物語が大好きな人間なのですが、「物語が面白ければ好きなものを描いていい」と、とてもおおらかに見守ってくださっていたので、その出合いも大きかったと思います。
ただ、演劇をテーマにしたがために、こんなにも続いてしまったところはあるかな(笑)。
【村上】 それはなぜですか?
【美内】 劇中劇がありますから。『若草物語』とか主人公にやらせるのに相応(ふさわ)しい原作がないと、私が台本を拵(こしら)えて、マンガの中で主人公に演じさせていたんです。だから読者は『ガラスの仮面』のストーリーを味わいながら、劇中劇の物語も楽しめる。別の連載として考えていたストーリーも20本近く『ガラスの仮面』に入れてしまったんですよね(笑)。
【村上】 出し惜しみしないんだ(笑)。
【美内】 私、やり出したら手を抜くことができないんですよ。読者に申し訳がないというか、罪悪感がある。
子どもの頃、夢中になってマンガを読んでいて、母親から「ごはんだよ」と言われ、「はい」と言いながらも読み終わるまで動けなかったんですね。送り手になったいまは、親からごはんだよと言われても読み終わるまでは動けないような作品を描いていきたいと思っています。だからいつも子どもの頃の自分が対象なんです。
変な話なんですけど、胸のちょっと奥のほうにマンガの神様が棲(す)んでいて、描いている時に私にダメ出しをするんですよ(笑)。先ほど申し上げたように空白になって自分を忘れてしまえればいいんですけど、締め切りに追われ、忘れ切れないでいくつかのシチュエーションが浮かんでくる時がある。「これはどうかな……」と思いながら描くと、マンガの神様からダメ出しをされるというか、どうも胸が弾(はず)んでこないんです。これもダメ、あれもダメ、全部ダメとやっているうちにクリアになってきて、「あ、これだ!」というのが出て初めてOKがもらえる。「面白い!」という感覚が体いっぱいに広がるんです。
たぶんその神様というのは、子どもの頃に面白がってマンガを読んでいた私自身じゃないかと思うんです。その神様が私に手を抜くことを許さないんですよ。
【 これらの記事を発想の起点にしてメルマガを発行しています 】
◎連載・第2回「生命(いのち)のメッセージ」
――筑波大学名誉教授・村上和雄/マンガ家・美内すずえ
【「致知」http://www.chichi.co.jp/ 2008年7月号 】
自我を超え、真我のパワーでつくられた『ガラスの仮面』
■少女マンガ界の金字塔『ガラズの仮面』
■母との賭けに勝ちマンガ家デビュー
■宇宙には意思=法則がある
■自我の壁一枚を超える
■人は皆神様の分霊
■胸の奥に棲むマンガの神様
■伸びる人に共通するのは人間が好きなこと
■胸の奥に棲むマンガの神様(p101)
【村上】 マンガに話を戻しましょうか。30年以上も一つの物語を描き続けて、描けなくなったことはないんですか。
【美内】 お休みはいただきますが、描けなくなったことはないですね。
【村上】 それはすごい。やっぱりサムシング・グレートの導きかな。また、それだけのテーマとの出合いも大きい。演劇少女を主人公にしたきっかけはあるのですか。
【美内】 よく主人公・北島マヤのモデルはあるのですかと聞かれるのですが、実はあるんです。
実家が大阪で理容師をやっていまして、私が子どもの頃は映画が全盛の時代でしたから、店にポスターを貼(は)ると配給会社から無料鑑賞券をもらえたんですね。それで物心つく前から母に手を引かれて映画を観に行っていたのですが、それもちょうど10歳の時に『王将』という映画を観て、子ども心に衝撃だったんですね。
それまで東映の勧善懲悪(かんぜんちょうあく)ものの美剣士やお姫様が出てくる映画が大好きだったんですけれど、難波(なにわ)の冴(さ)えない坂田三吉というおじちゃんが、家のことも家族のことも忘れて将棋を指す。将棋以外のことは何もできないんだけれども、将棋のことは天才的。映画を観ながら喉(のど)がカラカラになって、この人は何だろうと。その時まではどっぷり物語の世界に浸っていたのですが、「人間って何だろう」と実世界の人間に深い興味を持ったきっかけでした。
それがずっと心にあったので、24歳で連載を始める時、坂田三吉のような主人公を出したいと思ったんです。
【村上】 坂田三吉なら、たぶん『致知』の読者も知っていますよ(笑い)。
【美内】 だから『ガラスの仮面』はまず主人公のキャラクターありきで、演劇をテーマにしたのは当時の編集長の提案です。この編集長はデビューの頃から理解してくださって、少女マンガ特有のきれいなお花とかふわふわした内容は描かなくて構わないと。
私、物語が大好きな人間なのですが、「物語が面白ければ好きなものを描いていい」と、とてもおおらかに見守ってくださっていたので、その出合いも大きかったと思います。
ただ、演劇をテーマにしたがために、こんなにも続いてしまったところはあるかな(笑)。
【村上】 それはなぜですか?
【美内】 劇中劇がありますから。『若草物語』とか主人公にやらせるのに相応(ふさわ)しい原作がないと、私が台本を拵(こしら)えて、マンガの中で主人公に演じさせていたんです。だから読者は『ガラスの仮面』のストーリーを味わいながら、劇中劇の物語も楽しめる。別の連載として考えていたストーリーも20本近く『ガラスの仮面』に入れてしまったんですよね(笑)。
【村上】 出し惜しみしないんだ(笑)。
【美内】 私、やり出したら手を抜くことができないんですよ。読者に申し訳がないというか、罪悪感がある。
子どもの頃、夢中になってマンガを読んでいて、母親から「ごはんだよ」と言われ、「はい」と言いながらも読み終わるまで動けなかったんですね。送り手になったいまは、親からごはんだよと言われても読み終わるまでは動けないような作品を描いていきたいと思っています。だからいつも子どもの頃の自分が対象なんです。
変な話なんですけど、胸のちょっと奥のほうにマンガの神様が棲(す)んでいて、描いている時に私にダメ出しをするんですよ(笑)。先ほど申し上げたように空白になって自分を忘れてしまえればいいんですけど、締め切りに追われ、忘れ切れないでいくつかのシチュエーションが浮かんでくる時がある。「これはどうかな……」と思いながら描くと、マンガの神様からダメ出しをされるというか、どうも胸が弾(はず)んでこないんです。これもダメ、あれもダメ、全部ダメとやっているうちにクリアになってきて、「あ、これだ!」というのが出て初めてOKがもらえる。「面白い!」という感覚が体いっぱいに広がるんです。
たぶんその神様というのは、子どもの頃に面白がってマンガを読んでいた私自身じゃないかと思うんです。その神様が私に手を抜くことを許さないんですよ。
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