一つは、この不況もなだらかに起きていれば、微調整が可能であった。洪水が大氾濫にならずにすんだ。それなのに、微調整ができないような、いわば崖(がけ)から突き落とすような劇的な不景気にしてしまった奴、つまり張本人がいるということです。それをやってのけたのが、当時、大蔵省銀行局長であった土田正顕(つちだまさあき)なんです。 . . . 本文を読む
私がこんな研究しにくい学問を研究したのは、科学の研究と違って、哲学の研究というのは主観断定の論理思索ばかりですから、文献考証もなきゃ、ただもう考えて考えて考え抜いていくだけの努力だ。それを未だに捨てないのは……七つのときでした。 . . . 本文を読む
人間の精神生命の中には、暗示の感受習性というものがある。だから、たった一言をいうのも、この暗示の感受習性というものが、必ず、自分が気がつかなくても、ものの声に応じたように感じる。感じると同時に潜在意識に対して、そのとおりの状態が働き出すのである。そして、潜在意識の状態が実在意識の状態に同化してくるのである。 . . . 本文を読む
我が国は年功序列社会だから順を追わなければ出世できないと言い慣わすのは一面的な観察である。昔も今も例外的な抜擢は常におこなわれてきた。しかし世に抜擢ほどむつかしい決断はない。統計をとるなら成功率は決して高くはないであろう。 . . . 本文を読む
たとえば、ちょっと一杯の茶を出すのでも、「ハイ」と返事をするような些細な行為でも、そのとき、何の報償をも念頭に置かず、すなわちその人の気に入られようとか、あるいは、好感をもたせようとかいうような気持ちでなく、そこに一点何も求めるものがなく、純一無雑な「心」でそれが行われるとき、その行為から、形容のできない温かいものを感じる。 . . . 本文を読む
多くの日本人がその存在を知らないことに驚きますが、日本の大手マスコミは中国と1964に「日中記者交換協定」を交わしています。これによって国交がない段階で日本の報道機関が北京(ペキン)に駐在することが認められましたが、68年に一方的な改定である「政治三原則」を押し付けられます。 . . . 本文を読む
柳条湖事件の発生は、蒋介石のスパイが察知していたようだ。対応策として、奉天にいたアメリカ人宣教師を動かした。宣教師はシャーウッド・エディーといい、事件当日の夜、アメリカ、イギリスの有力政治家に電報をうち、現場での情報は《支那人の攻撃による挑発なしに、日本軍が事前に練り上げ、注意深く用意された攻撃》を示していると伝えた。 . . . 本文を読む
この間、淡路島に行っていた。朝、宿の女中が、「まァ、もったいない、先生。お客さまがそんな、お床(とこ)なんかたたんで」。「冗談こけ。ゆうべ一晩、ゆっくり休ませてくれたこの布団に、お礼を言っているところだ」。気が変になったと思っている。私が布団をたたんで、ありがとうございましたと言うものだからね。 . . . 本文を読む
競争の目的は勝利であり、そのためには他の誰よりも実力を蓄えなければならぬ。しかし規則(ルール)のない一般社会では明確な判定を求めえない。能力を数値で顕証してもらえないから、証明されていない自惚(うぬぼれ)が頭をもたげる。自分を思いこみだけ優位におくため、仲間のひとりひとりをさまざまに罵(ののし)り、ひとりみずからを高みにおいて卑(いや)しい快をむさぼる。 . . . 本文を読む
たとえ我が身に何事が生じようと、またいかなる事態に会おうとも、完全に生きるための根本基礎となる心の状態を、断然消極的にしてはならない。いつも「清く、尊く、強く、正しく」という積極的態度で終始しなければならない。そうすれば、自分でも不思議なほど、元気というものが湧き出してくる。 . . . 本文を読む
戦後に流布した説には、満州事変の背景として、1920年代から続いていた“資本主義世界の経済恐慌”を強調するものがあった。当時の日本はたしかに苦しんでいた。その状況を打破するため、日本は満洲を狙ったというのだ。しかし、満洲にいた日本の軍首脳は、東アジアを共産化しようとするソ連の野望から、日本と支那をいかに防衛するかに心を砕いていたのだ。 . . . 本文を読む
たいていの人が、精神統一ということは、心の前にあらわれた事物事象なり、または仕事などに、他意なく一心不乱に心が注がれる状態をいうのだと考えているようだが、それは大変な間違いである。真の精神統一とは、心の前にあらわれた事物事象その他の事柄を、心のなかに集約集中することなのである。 . . . 本文を読む
戦後の日本は経済至上主義に傾いたため、戦前はそれほど地位の高くなかった大蔵省(現・財務省)が重要になり、大蔵大臣を務めることが総理になる前提のような時期もありました。そのため、本であるべき徳よりも財が重視され、国政にも反映されてきたわけです。 . . . 本文を読む
何事があろうが、病魔に襲われようと、運命難に陥ろうと、心が相手とせず、またかかわり合いをつけず、いいかえると勝とうともせずまた負けようとも思わず超然として穏やかな状態となって初めて、理想とする積極心=平安を確保しえた心的状態=絶対的の強さをもつ心となり得るのである。
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敗戦の時には、みずから進んで連合軍に名乗り出て、死刑になった人がたくさんおりました。実際には部下がやったことでも、「それを許したのは自分の責任である」と言って、何も弁明せずに従容(しょうよう)として殺された人も少なくからずおります。いわゆるB・C級戦犯(注)として裁かれた人の多くは、そういう人たちなんです。 . . . 本文を読む