カミとホトケが共存するための神学――本地垂迹説(2/2)――渡部昇一教授

この神仏同体説を説明するため、両部習合(りょうぶしゅうごう)神道では、真言の両部、つまり金剛(こんごう)界と胎蔵(たいぞう)界(ともに、密教におけるホトケや菩薩の体系のこと。前者は大日如来の智慧の面から、後者は理性(りしょう)の面から現われたもの)を用いて、日本の在来のカミはすべてホトケの権化であるとして、いちいちその本地を定めることをしたのである。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


平成29年(2017)1月 名言との出会い

H29.02.28 つねに汝の敵を許せ それ以上に敵を悩ませるものは何もない ( オスカー・ワイルド ) Always forgive your enemies - nothing annoys them so much. ( Oscar Wilde ) H29.02.27 戦闘に敗れることは時に戦争に勝利するための新たな道を見出すことがある ( ドナルド・トランプ ) Sometimes b . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


日本のメディアも衰退必至――渡邉哲也さん

アメリカのメディア崩壊は、日本のメディアの凋落ともつながる。2015年の安保法制で各メディアはあれだけ安保政権を批判したにもかかわらず、政権の支持率はまったく落ちなかった。リベラルメディアが反安倍を掲げるSEALDs(シールズ)(自由と民主主義のための学生緊急行動)などを「若者の代表」とやたらと持ち上げていたが、2016年の参議院選挙では若者のほうが自民党に投票する割合が高かったことも話題となった。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


人を叱咤激励するカーッ――松原泰道禅師

「喝」とは、よく「一喝(いっかつ)食(く)らったなどと言いますが、大声で叫ぶことです。この喝は中国唐代の臨済禅師の言葉として大変名高いもので、『臨済録』にもしばしば「師、すなわち喝す」(師はカーッと一喝した)とあります。しかし「喝」は、ただ大声で叫ぶことでなく、人を叱咤激励するというのが、本来の意味です。修行者を叱咤激励するのが「喝」なのです。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


朝鮮からやってきた知識人――西尾幹二教授

以上の所説もまた、縄文農耕が近年事実として判明した情勢の変化に応じた「推論」であり、渡来人の役割の大幅な制限も「仮説」のひとつであることに変わりはない。私は古い時代についてはどんなケースでも断定を避けなくてはならないと考える。しかるにこの方面の学者のもの言いには、つねづね納得のいかぬ傾向があるのを遺憾に思っている。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


メルマガ『心超臨界』今週のハイライト

今週配信しましたメルマガ『心超臨界』のハイライトをお届けしています。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


「人生論」を書くに最もふさわしい著者の経歴と体験――ジョン・トッド

トッドの勉強法および健康法でおもしろいのは、それが、アメリカ人の一番いい時代のいいところを示していると思われる点である。私は宗教的にはトッドと同じではないけれど、ニューイングランドを開発し、そこにハーバード大学やイエール大学やプリンストン大学を建てて、そこで人材をつくった頃の人たちの気力、生活の送り方というものには、さすがと思えるよさがあることを認めるのに吝(やぶさ)かでない。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


『古事記』の完成――竹田恒泰さん

謹(つつし)んで思うに、天皇陛下(当代・第四十三代元明(げんめい)天皇)は天子の徳を得て、その聖徳は四方に及び、天と地と人に通じ、人々を育て養っていらっしゃいます。皇居にいらっしゃっても、御徳(おんとく)は馬の蹄(ひづめ)の音が届く最果ての地までを覆い、また、船の舳先(へさき)の及ぶ海の果てまでお照らしになります。その徳によって、日と月が同時に輝いて光を重ね、また慶雲が空に現れ、そして枝がつながった二本の木や、穂がつながった二本の稲など、瑞祥(ずいしょう)を記録する筆が絶えることはありません。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


漢字が使われなくなっている――渡邉哲也さん

韓国では新聞の購読率が日本ほど高くないという事実もある。言論機関として重きを置かれてはいるものの、読んでいるのはいわゆる知識層だけなのだ。なぜかといえば、ハングルは表音文字であり記号でしかないため、「ハングルは読めても漢字が読めない」という人が国民の大多数だからである。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


常識にとらわれるな――松原泰道禅師

八角の磨盤は、八角形の石臼のこと。石臼は丸いものですから、八角形の石臼などありえません。しかもその八角形の重い重い石臼が、うなりをあげて空中を飛んでいくというのです。禅語には、しばしばこのような、理解や想像を絶する、荒唐無稽ともいえる語句があります。それはなぜかといえば、人間の狭い「常識」を根底から覆すためなのです。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


自分の利益にならない“雑音”は完全に無視せよ!――ウエイン・W・ダイアー

他人に同意を求める行為を少なくするためには、この行為を続けた場合におちいる神経症的な状態を知る必要があろう。人に反対されたときに、何か自分を高めるような考えについて思いをめぐらす以外にも(これが、私たちが用いるもっとも効果的な手段ではあるが)、他人の賛同を得ようとするがんじがらめの状態から抜け出すために、利用し得る奥の手をあげておこう。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


久野収――久野収流、北方領土問題解決法とは

神聖な世界史の基本法則にのっとって、全世界を共産主義化すべく、そのためにできるだけ領土を拡張しようと努めているソ連に、せっかく手に入れた領土を返せなどというのは、それは「浅ましい根性」だと久野収は一喝します。そもそも北方領土をソ連の領有にまかそうというのは、進歩的文化人に共通の一貫した願い事でした。自分が生まれ育って恵みを受けている祖国のその固有の領土を、外国に熨斗(のし)をつけて差しあげたいという奇妙な屈服意識は、戦後の進歩的文化人が初めて表明した倒錯の思考様式の特産物でありましょう。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


子曰。衆悪之。必察焉。衆好之。必察焉――『論語』

子曰く、衆、これを悪(にく)むは、必ずこれを察し、衆、これを好むも、必ずこれを察す。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


子曰。巧言乱徳。小不忍。則乱大謀――『論語』

子曰く、巧言は徳を乱る。小を忍ばざれば、則ち大謀を乱る。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


子曰。吾猶及史之〔闕文〕(記小善?)也。有馬者借人乗之。今亡矣夫――『論語』

子曰く、吾は猶お史(し)の〔闕文〕(小善を記したる?)に及べり。馬ある者は人に借(か)してこれに乗らしめたり、と。今は亡(な)きかな。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ