「侵略」は訳語の間違いに外ならない――西尾幹二教授

「侵略」の概念についてここで一言申し上げておきます。侵略という言葉は漢語に訳されたときに、致命的な誤解が生じました。英語ではAggression/Aggressive war。ドイツ語ではAngriff/Angriffskriegですが、どちらも攻撃ないし攻撃戦争ということです。しかし攻撃といっても「予告なき先制攻撃(Aggression without assault)という意味合いが付いていて、先制攻撃をした戦争という概念にすぎません。 . . . 本文を読む
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いまこそ必要な「喜びの原理」の復権――渡部昇一教授

戦後久しく、アメリカで最も尊敬された婦人は疑いもなく、フランクリン・ルーズベルト大統領夫人エリナ・ルーズベルトであったと思う。ルーズベルトのあとを継いだトルーマン大統領は彼女を国連代表に送ったが、ここで彼女は人権委員会の議長をしていた。そして国連の世界人権宣言が加盟諸国に拘束力を持つようにしようと努力した。その影響力は大きく、彼女の知力も抜群であったことはたしかである。そして人権宣言の内容自体はまことに立派なものであって、誰も文句のつけようがない。 . . . 本文を読む
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竹島と尖閣とアメリカの態度――西尾幹二教授

それでもアメリカは日米安保の建前上、まだ日本のために動く用意を持っているであろう。となると、結局、何がアメリカを動かすかといえば、日本の確固たる決意の表明ということに他ならない。尖閣諸島でクリントン政府は明確な意思表示をしなかった。むしろ日本の意志をうかがっている。日本の出方でアメリカが動く。少しはまだそういう可能性もある。 . . . 本文を読む
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メルマガ『心超臨界』今週のハイライト

今週配信しましたメルマガ『心超臨界』のハイライトをお届けしています。 . . . 本文を読む
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つまらぬことに浪費した時間ほど悔いを残すものはない――ジョン・トッド

時間ほど若者が無駄づかいしているものはない。例外はあるだろうが、もし若者たちが他のものもそんなふうに無駄づかいしたら、世間の人々はあきれてしまうだろう。われわれは公私ともに義務を怠り、時間がないから仕方がないじゃないかと、自分に言い聞かせてしまいがちだ。しかし、無駄にされた時間のほうは、嘘だ、と大声で叫んでいる。情けないことに、実に多くの人がこの貴重な贈り物を無駄にし、死ぬ問題になってから、とても言葉では言い尽くせないような激しい後悔と自己嫌悪で苦しんでいるのである。 . . . 本文を読む
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自助の精神を育てる――ウエイン・W・ダイアー

親から自立しようとするときの自己の内部の葛藤をしっかり制御すれば、親の住む家へ帰るというのは楽しい経験となる。もし、あなた自身が子供に対して、自分に誇りを持ち、自己を大切にすることの手本を示すなら、子供はストレスや混乱を感じずに親から自立していけるだろう。 . . . 本文を読む
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神話と歴史叙述について――西尾幹二教授

かつてレヴィ=ストロースが、アメリカの革命とか、カナダの仏英戦争といった現代の事件について歴史家の説明が二つに分かれても、われわれはそれほどショックを受けない。同じように神話や伝説に矛盾や非合理があっても、われわれはでたらめな話と思ってはいけない。われわれの現代社会では神話に代わってむしろ歴史が神話の役割を果たしていると考えなくてはならないだろう、と言ったことがある(『神話と意味』)。 . . . 本文を読む
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終生現役で通したこのタフな人たち――S・スマイルズ

偉大な業績を残した科学者たちの多くは、根気のある働き者で、陽気な性格の持ち主であった。ガリレオ、デカルト、ニュートン、ラプラス(フランスの数学者)、みなそうだった。偉大な自然科学者の一人、数学者のオイラーはその顕著な例である。彼は人生の終わりに近づいてから視力を完全に失ったが、従来どおりの明るさは失わずにさまざまな仕掛けを使い、不屈の精神をもって自分の記憶を懸命に呼び覚ましながら執筆に励んだ。 . . . 本文を読む
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向坂逸郎――ひとつおぼえの教条的マルクス主義者

マルクスとエンゲルスは学者であるにとどまって、みずから政権の奪取をはかった革命家ではなく、また現実に政権を握った政治家ではありません。だから、レーニンやスターリンや毛沢東が、マルクスとエンゲルスが書き記した学説から一歩も踏みださないように、みずから固く戒めたという保証はまったくありません。事実、マルクスもエンゲルスも、共産主義の政府をどう運営したらよいかという心得や方法については、なにひとつ書き残してくれてはいません。 . . . 本文を読む
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「無血革命」で登場した無産政党――渡部昇一教授

日本の外交の基軸であったアメリカやイギリスに、このように重ね重ね裏切られては、政府が親英米的政策を採ることをきわめてむずかしくする国民感情が生じてしまっていた。特に、それが統帥権干犯問題と絡んで、軍部独走が憲法的に可能であることになったのだから、歯止めが利かなくなる一方である。日本に不利な国際情勢は、陸軍の独走が、広い国民的支持を持ちうる雰囲気を醸しだしていた。 . . . 本文を読む
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“おのれなりけり軒の玉水”――松原泰道禅師

先にも紹介しましたが、洞山の曹洞禅の流れを受け継いだ道元の作歌に、「聞くままに また心なき身にしあらは おのれなりけり軒の玉水」というものがあります。この歌の中に、「無眼無耳」がよく示されています。家の屋根の端から雨水がぽつん、ぽつんと落ちるのを、坐禅をしていて見えたのか、あるいはその音が聞こえたのでしょう。べつに雨の滴(しずく)に限りません。そのときのどんな情景でも構わないのです。雨滴(うてき)は、ただそのとき身辺に見受ける現象のすべての代名詞です。 . . . 本文を読む
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漢文学の輸入でも揺るがない和歌の地位――渡部昇一教授

ここで論じたいもっと根本的なことは、上手下手ということよりは、その外国文化の消化度の問題である。これほど海外との交通が盛んで、研究書も山のように出ている現在、ちゃんとした韻律や詩形を持った英語の詩やドイツ語の詩やフランス語の詩を作れる日本人が、ほとんど皆無であることを考えると、古代の日本人の感受性と集中度の高さを思わずにいられないのである。 . . . 本文を読む
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邦君之妻。君称之曰夫人。夫人自称小童。邦人称之曰君夫人――『論語』

邦君(ほうくん)の妻は、君よりこれを称して夫人と曰い、夫人自ら称して小童(しょうどう)と曰い、邦人これを称して君(くん)夫人という。諸(これ)を異邦に称して寡小君(かしょうくん)と曰い、異邦人がこれを称するにも、亦た君夫人という。 . . . 本文を読む
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陳亢問於伯魚曰。子亦有異聞乎。対曰。未也。嘗独立。鯉趨而過庭――『論語』

陳亢(ちんこう)、伯魚(はくぎょ)に問うて曰く、子(し)も亦た異聞あるか。対えて曰く、未だし。嘗(かつ)て独り立つ。鯉(り)、趨(はし)りて庭を過ぐ。曰く、詩を学びたるか。対えて曰く、未だし。(曰く)詩を学ばざれば、以て言うなし、と。鯉、退いて詩を学ぶ。他日又た独り立つ。鯉、趨(はし)りて庭を過ぐ。曰く、礼を学びたるか。対えて曰く、未だし。(曰く)礼を学ばざれば、以て立つなし、と。鯉、退いて礼を学べり。斯の二者を聞く。陳亢退き、喜んで曰く、一を問うて三を得たり。詩を聞き礼を聞き、又た君子の其の子を遠ざくるを聞けり。 . . . 本文を読む
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[誠不以富。亦祇以異。] 斉景公有馬千駟。死之日。民無徳而称焉――『論語』

[誠に富を以てせず。亦た祇(た)だ異を以てするのみ、とあり。] 斉(せい)の景公(けいこう)には馬千駟(し)あり。死するの日、民、徳として称するなし。伯夷(はくい)、叔斉(しゅくせい)は首陽(しゅよう)の下に餓う。民、今に到るまでこれを称す。其れ、斯の謂いか。 . . . 本文を読む
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