メルマガ『心超臨界』今週のハイライト

今週配信しましたメルマガ『心超臨界』のハイライトをお届けしています。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


自分の頭で考えることが自分を鍛える――ジョン・トッド

自分で考えたり行動したりすることを学ぶようにしなさい。真の独創性とは、ものごとを立派に自分なりのやり方で行なうことである。中途半端に教育された人間は概して人まねをしがちである。「人まねで大物になれた者なし」。その一番の理由は、偉大な人物の欠点や好ましくない部分をまねるほうが美点をまねるよりもずっとやさしいので、前者ばかりが身についてしまうからである。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


「天皇の父」たらんと欲した義満の策謀――渡部昇一教授

関白がいかに嘆こうと、義満の妻は、後小松天皇から「朕(チン)之(ノ)准母也(ナリ)」という詔書をもらったわけである。藤原氏には、自分の娘を天皇の后(きさき)にする者が多くいたが、義満は、自分の妻を天皇の母ということにしたのである。「天皇の母の夫」とは、とりもなおさず太上(だいじょう)天皇ということであるから、義満が太上天皇になることは理屈の上からも一応筋の通ったことであるし、実現は時間の問題であるようにも思われた。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


葉公語孔子曰。吾党有直躬者。其父攘羊。而子証之――『論語』

葉公(しょうこう)、孔子に語りて曰く、吾が党に直躬(ちょくきゅう)なる者あり、其の父、羊を攘(ぬす)む。而して子、これを証せり。孔子曰く、吾党の直き者は是に異なり。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中にあり。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


子夏為莒父宰。問政。子曰。無欲速。無見小利――『論語』

子夏(しか)、莒父(きょほ)の宰となり、政を問う。子曰く、速かなるを欲するなかれ。小利を見るなかれ。速かならんと欲すれば達せず。小利を見れば、大事ならず。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


葉公問政。子曰。近者説。遠者来――『論語』

葉公(しょうこう)、政を問う。子曰く、近き者説(よろこ)べば、遠き者来る。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


定公問。一言而可以興邦。有諸。孔子対曰。言不可以若是。其幾也――『論語』

定公(ていこう)、問う。一言にして以て邦を興すべきはこれあるか。孔子対えて曰く、言は以て是の若くなるべからざるも、其れ幾(ちか)きか。人の言に曰く、君たるは難く、臣たるは易(やす)からず、と。如し君たるの難き知らば、一言にして邦を興すに幾(ちか)からずや。曰く、一言にして邦を喪(ほろぼ)すもの、これありや。孔子対えて曰く、言は以て是の若くなるべからざるも、其れ幾きか。人の言に曰く、予れ君たるより楽しきはなし。唯だ其れ言うのみにして、予れに違うなきなり、と。如し其れ善くしてこれに違うなくんば、亦た善からずや。如し善からずして、これに違うなくんば、一言にして邦を喪ぼすに幾からずや。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


ここまで来たか歴史教科書――西尾幹二教授

われわれがあまり見たくない外国の反日宣伝の言葉やポスター、目をそむけたくなるひどいイラストが今度の教科書に多数のせられていることは、最近各方面で取り上げられている。どこの国の教科書のつもりか、という怒りの声もよく聞く。すべては上に見た観念的歴史観の行き着く到達点である。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


「不安のプロ」を返上、みごとに自己改革した男の話――ウエイン・W・ダイアー

不安の多くは、自分ではどうすることもできない性質の事柄にかかわっている。戦争、経済、病気……と好きなだけ心配してもよいが、いくら心配しても、平和や繁栄や健康はもたらされない。個人としての私たちは、こういう事柄についてはどれ一つ、どうすることもできないのである。しかも、不安をかきたてる難儀も、現実に起こってみると想像していたほどひどくないということはよくあるものだ。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


あなたの「いま」が過去を決める――アドラー

【哲人】 歴史とは、時代の権力者によって改竄され続ける、巨大な物語です。歴史はつねに、時の権力者たちの「われこそは正義なり」という論理に基づき、巧妙に改竄されていきます。あらゆる年表と歴史書は、時の権力者の正統性を証明するために編纂された、偽書なのです。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


日本史にふさわしいのは二区分法――西尾幹二教授

14世紀に南北朝の内乱があって、ひきつづき戦国時代がおおむね16世紀に及び、この間戦乱の時代であり、下克上といわれるような社会的な変動が列島を揺さぶった。そしてそのあとに、織田信長と豊臣秀吉による天下統一があり、徳川家康による体制の継承が行われて以来、あえていえば今日まで、社会の基本構造は連続性を保ち、根本的に壊れてはいないのである。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


“時間”を敵にするのも味方にするのも自分しだい――S・スマイルズ

はじめに鋤で土を耕さなければ麦が育たないように、まず働かなければ知識は人の心の中にしっかりと根を下ろさない。だが実際には、この二つの例には大きなちがいがある。麦の場合は、その時の条件や環境によって種を蒔いた人が必ずしも刈り入れられるとは限らない。人間の場合は、事故が起ころうと不幸に見舞われようと、勉強して得た知識を他人に奪われることはない。自分で獲得した何者にも束縛されない豊かな知識は、みな自分のために使って構わないのだ。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


竹内好――シナ人の現実主義すら判らない竹内好の戯言(たわごと)

竹内好は、現代シナ文学の研究者として虚名を売ることには見事に成功しました。もともとシナの古典を研究せず、シナの歴史も勉強しないで無学そのものの人でしたから、シナ学における肝心カナメのことが一向にわかっていませんでした。すなわち、長い伝統につちかわれたシナの国民性、平たく言えば、シナ人の根性についての理解です。そのため、多少とも本筋にシナを研究したほどの人なら一笑に附したであろうような頓珍漢を、平気で公言したものです。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


ある歴史学者の「皇室観」――谷沢永一教授

家永三郎の著書に、『新日本史』(昭和22年4月10日・冨山房)という、いたって読みやすい本がある。これは戦前でもなく戦中でもなく、終戦から1年と8カ月たってからの刊行である。どこにも遠慮の必要もなく、自由に気がねなく書けた時期であった。もちろんGHQの検閲はあったが、この場合は関係ないだろう。そこで家永三郎は、次のように記しとどめた。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


心のカメラ・アイ――松原泰道禅師

一般に「自由・自在」というと、〈思いのままにできたり、すること〉に解されます。しかし仏教思想では、もう少し深い意味に自由と自在を解釈します。すなわち「自由」は他から束縛を受けないことです。さしずめ現代の私たちは、言論や結婚の自由など、外側からの制約を受けずにすみます。「自在」は、自由と語感を異にし、人間の内部からの突きあげから解放されることです。 . . . 本文を読む
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ