遊爺雑記帳

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習近平は、米国との関係改善を急いでいるようだが、その理由は何か。

2023-09-29 01:33:55 | 中国 全般
 今月16、17日、中国の王毅政治局員兼外相はマルタで米国のサリバン大統領補佐官と会談した。
 両者は米中間の重要課題に対処するため戦略的な対話チャンネルを維持することで一致したのだそうです。
 習近平主席自身もさっそく、対米関係の改善へと動き出した。19日に新華社通信が報じたところによると、習主席は12日、第二次大戦中に中国を支援した米義勇航空部隊「フライング・タイガース」の退役軍人たちからの書簡に返信したという。退役軍人たちがいつ習主席に書簡を送ったのかは不明だが、習主席がこのタイミングで彼らに返信を送ったのは当然、これを利用して関係改善への意欲を米国側に示しておきたいからであろうと、石平氏。
 習主席は返信の中で、「中米両国は大国として将来に向けて世界の平和、安定、発展に、より重要な責任を負っており、相互尊重、平和共存、ウィン・ウィンの協力を実現すべきであり、実現しなければならない」と書き、米側に熱烈な「ラブコール」を送っていると。

 
【石平のChina Watch】対米改善急ぐ習政権の思惑 - 産経ニュース 2023/9/28 石 平

 今月16、17日、中国の王毅政治局員兼外相はマルタで米国のサリバン大統領補佐官と会談した。会談は 2日間で約12時間に及び、両者は米中間の重要課題に対処するため戦略的な対話チャンネルを維持することで一致したという。

 英紙フィナンシャル・タイムズは、王外相が来月にもワシントンを訪問する見通しだと報じているが、もしそれが実現すれば、11月に米国で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて米中首脳会談が行われる公算が大きい。

 こうした中で、
習近平主席自身もさっそく、対米関係の改善へと動き出した19日に新華社通信が報じたところによると、習主席は12日、第二次大戦中に中国を支援した米義勇航空部隊「フライング・タイガース」の退役軍人たちからの書簡に返信したという。退役軍人たちがいつ習主席に書簡を送ったのかは不明だが、習主席がこのタイミングで彼らに返信を送ったのは当然、これを利用して関係改善への意欲を米国側に示しておきたいからであろう

 案の定、
習主席は返信の中で「中米両国は大国として将来に向けて世界の平和、安定、発展に、より重要な責任を負っており、相互尊重、平和共存、ウィン・ウィンの協力を実現すべきであり、実現しなければならない」と書き、米側に熱烈な「ラブコール」を送っているのである。

 また、
王外相が18日にモスクワでロシアのラブロフ外相と会談した際、冒頭「中露協力は第三国を念頭に入れたものではない」と強調し、中露連携の強化を図りながらも米国への配慮を忘れなかった

このように
中国は、一連の集中的な外交行動で米国との関係改善を急いでいるようだが、その理由は何か

 まず
注目すべき動向は米国のモノの輸入に占める割合で今年 1~ 6月、メキシコが中国を抜き、首位に立ったことだ。中国はこれで、15年ぶりの首位陥落となったが、それは対外依存度の高い中国経済への打撃が大きく、すでに起きている国内の大不況に拍車をかけることとなろう

 
同時に、米国が主導し、日本、オランダも参加している対中国半導体輸出規制が、中国の先端産業の存続を危うくするほどの威力を発揮し始めている

 一方、
米国、インド、中東、欧州連合(EU)の指導者らは今月 9日、インドのニューデリーで開催された20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に合わせ、欧州・中東・南アジアを結ぶ多国間鉄道・港湾構想を発表した。それは明らかに中国の「一帯一路」計画に対抗するもので、構想次第では、習主席肝煎りの「一帯一路」はさらなる敗退を余儀なくされよう

 
国際政治の面では、米国主導のクアッド(日米豪印 4カ国連携)・オーカス(米英豪 3カ国連携)、それに日米韓連携が形成され、強化されている最中である。

 前回の本欄が紹介した、中国国内の専門家の指摘のように、
「中国を封じ込めるための完全なる包囲態勢はすでに出来上がっている」ということなのである。

 このような
八方塞(ふさ)がりの絶望的な状況下で、習政権は一点突破を図って対米関係の改善に大急ぎで乗り出したわけである。それは1989年の天安門事件後、中国が国際的孤立状態におかれた中で当時の江沢民政権が日本との関係改善を突破点にして西側諸国を懐柔し、孤立から脱出したのと同じ手口である。

 
米国は、中国がロシアに本格的な軍事援助を行うことを阻止するためにも、習政権との関係維持と意思疎通は必要だが、米国と西側はやはり、中国からの「友好攻勢」を大いに警戒しなければならない。習主席と中国の本性を忘れてはならないのである。

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【プロフィル】石平(せき・へい)
 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

 王毅外相が18日にモスクワでロシアのラブロフ外相と会談した際、「中露協力は第三国を念頭に入れたものではない」と強調し、中露連携の強化を図りながらも米国への配慮を忘れなかった。

 中国は、一連の集中的な外交行動で米国との関係改善を急いでいるようだが、その理由は何かと、石平氏。
 注目すべき動向は、米国のモノの輸入に占める割合で今年 1~ 6月、メキシコが中国を抜き、首位に立ったことだ。中国はこれで、15年ぶりの首位陥落となったが、それは対外依存度の高い中国経済への打撃が大きく、すでに起きている国内の大不況に拍車をかけることとなろうと。

 同時に、米国が主導し、日本、オランダも参加している対中国半導体輸出規制が、中国の先端産業の存続を危うくするほどの威力を発揮し始めている。

 米国、インド、中東、欧州連合(EU)の指導者らは今月 9日、G20サミットに合わせ、欧州・中東・南アジアを結ぶ多国間鉄道・港湾構想を発表した。それは明らかに中国の「一帯一路」計画に対抗するもので、構想次第では、習主席肝煎りの「一帯一路」はさらなる敗退を余儀なくされようと、石平氏。

 国際政治の面では、米国主導のクアッド(日米豪印 4カ国連携)・オーカス(米英豪 3カ国連携)、それに日米韓連携が形成され、強化されている最中。
 中国国内の専門家の指摘のように、「中国を封じ込めるための完全なる包囲態勢はすでに出来上がっている」ということ。

 なので、八方塞(ふさ)がりの絶望的な状況下で、習政権は一点突破を図って対米関係の改善に大急ぎで乗り出した。
 それは1989年の天安門事件後、中国が国際的孤立状態におかれた中で当時の江沢民政権が日本との関係改善を突破点にして西側諸国を懐柔し、孤立から脱出したのと同じ手口であると、石平氏。
 米国は、中国がロシアに本格的な軍事援助を行うことを阻止するためにも、習政権との関係維持と意思疎通は必要だが、米国と西側はやはり、中国からの「友好攻勢」を大いに警戒しなければならない。習主席と中国の本性を忘れてはならないのであるとも!
 
 中国は国際的に孤立しかけた過去にも日本に接近して国際包囲網に穴を開けてきた。
 
 
またもや“天皇利用”で中国が得る大きな成果 天皇訪中を実現させて「天安門」制裁を鎮静化 | JBpress (ジェイビープレス) 2020.1.15(水)
 古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授

<前略>
 制裁打破への「突破口」にされた日本
 
中国共産党政権は1989年6月4日、民主化を求めて北京の天安門広場に集まっていた多数の市民を武力で弾圧した。死傷者数は数百とも数千とも言われる。世界の主要各国、とくにいわゆる“西側”の民主主義諸国は激しく反発し、G7の主要7カ国が中心となって中国との交流や経済上の取引、援助などをほぼ全面的に中断した

 
日本もその措置に加わっていたが、中国は日本を突破口とする対応策をとったなかでも日本の天皇を中国に招くことが、中国への制裁を緩和させる最大の外交手段として位置づけられていた。そうした日本の天皇利用の戦略は、天安門事件の翌年1990年から練られ始めていたという。

 
中国側のこのあたりの実情は、当時の銭其琛外相の回顧録に詳しい。『銭其琛回顧録 中国外交20年の証言』という書籍にその内容が記されている。同書の日本語版は2006年に東洋書院から刊行された。訳者は、読売新聞で長らく中国専門記者として活躍し、現在は国際教養大学教授を務める濱本良一氏である。

『銭其琛回顧録』の内容の一部を紹介しよう。

 まず
天安門事件からわずか2カ月後の1989年8月の時点の状況として、銭氏は以下のように記している。

中国に対して共同で制裁を科してきた国々の中で、日本は終始、積極的ではなかった。先進7カ国首脳会議の中国制裁決議に、日本は西側各国と歩調を合わせるために、なんとか同意はしていた

 1989年8月1日、私はパリのカンボジア問題国際会議に出席したとき、
日本の三塚博外相と会談した。彼は私に対して、『半月前に開催された先進7カ国首脳会議で、日本は中国のために釈明し、西側の対中制裁をエスカレートしないよう説得した』と語った。中国が安定を回復するのにともない、日本は90年には第3次対中円借款(ODA)を開始した」

日本は西側の対中制裁の連合戦線の最も弱い輪であり、中国が西側の制裁を打破する際におのずと最もよい突破口となった

 以上のように
中国は、人権弾圧で国際的な非難を浴び制裁を科されると、その窮状から抜け出るために、まず日本を「突破口」にする戦略を立てた。そして、その「突破口」の中核として照準を合わせたのが日本の天皇だった

 銭氏はさらに述べる。

当時、われわれは日本がこの方面で一歩先んじていくように仕向けていた。西側の対中制裁を打ち破るだけでなく、さらに多くの戦略的な配慮があった。すなわち双方のハイレベル往来を通じて、日本の天皇の初めての訪中を実現させるよう促し、中日関係の発展を新たな段階に推し進めることだった

「中日2000年の往来の中で、日本の天皇が中国を訪れたことはなく、
天皇訪中が実現すれば、西側各国の科した中国指導者との交流禁止令を打破できることになる

結局、中国の狙いどおりに
 このように
中国政府が、天安門事件での懲罰措置を打破するために日本の天皇を政治利用するという意図は明白であった。そして中国政府はそのための対日工作を着々と進めていった。銭氏はさらにこう述べる。

天皇訪中の実現までには、非常に細かい多くの仕事があった。まず両国外相の接触を強化することから始めねばならず、両国の元首が相互訪問の実現に向けての良好な雰囲気作りを行った」

「(1991年には中国側は日本との外相、蔵相、通産相、さらには首相などのレベルの相互交流を重ね)
91年8月13日、海部俊樹首相が北京を訪れ、西側が対中制裁を科して以降、訪中した最初の西側政府首脳となった。日本は名実ともに対中制裁を解除し、両国関係の修復作業が完了したことを表していた」

「日本は唯一の原爆被爆国であり、中国は日本人民の核拡散防止への関心の深さを理解できるので、
海部首相の訪中に合わせて、中国は原則的に『核拡散防止条約』に加盟することを宣言した」

 以上のように
中国は天皇の訪中を実現させるために、まさに至れり尽くせりで日本に外交サービスをしてみせるのだった。日本が被爆国であることにまで気を遣うという徹底ぶりだった。

 
さらにダメ押しとなるのが次の記述である。「1992年4月6日から同10日、江沢民総書記は日本を訪問し、日本各界各層と幅ひろく接触し、中日友好および天皇訪中で両国関係を発展させる重要な意義を強調し、日本側の疑念をさらに払拭した」

 当時、日本では天皇訪中に反対する意見も広範に存在した。天皇訪中が中国側の政治的な意図からであり、国際社会には今なお中国政府の人権弾圧に対する強い抗議がある、というのがその理由だった。それらの指摘は、2020年の現在とも共通している。

 だが、
天皇訪中は結局中国側の狙いどおりに実現した。天皇は1992年10月23日から28日にかけて中国を訪問した。

 
天皇訪中の中国側にとっての成果について、銭其琛元外相は以下のように書いていた

「日本の天皇による訪中は、2000年に及ぶ両国間の往来の歴史で初めてのことであり、これによって中日関係は、新たな水準へと押し上げられたのである。同時に、
日本の天皇がこの時期に訪中したことは、西側の対中制裁を打破するうえで、積極的な作用を発揮したのであり、その意義は明らかに中日の二国間関係の範囲を超えたものだった

 中日関係の修復と大きな進展につれて、
西側の対中制裁のもうひとつの部分である欧州共同体(EC)の立場にも、やや軟化の兆しが見え始めた

 天皇訪中が中国側にもたらした恩恵は、以上の記述に尽きるだろう。要するに、
天皇が中国に友好を示したことは、中国への国際的な経済制裁の緩和に役立ったそのことは日中二国間関係の発展よりも中国にとってははるかに重要だった、というわけだ。

<後略>
 中国は自国民への苛酷な人権弾圧や海洋での軍事拡張で国際的に非難され、2020年春に中国の習近平国家主席を国賓として日本へ招くという計画がもちあがりましたが、この時は日本の良識派により中止されました。

 中国共産党政権は1989年6月4日、民主化を求めて北京の天安門広場に集まっていた多数の市民を武力で弾圧した。
 世界の主要各国、とくにいわゆる“西側”の民主主義諸国は激しく反発し、G7の主要7カ国が中心となって中国との交流や経済上の取引、援助などをほぼ全面的に中断した。
 日本もその措置に加わっていたが、中国は日本を突破口とする対応策をとった。なかでも日本の天皇を中国に招くことが、中国への制裁を緩和させる最大の外交手段として位置づけられていた。そうした日本の天皇利用の戦略は、天安門事件の翌年1990年から練られ始めていたというと、産経新聞ワシントン駐在客員特派員で、麗澤大学特別教授の古森義久氏。

 石平氏の談でも指摘された様に、共産党政権は、天安門広場に集まっていた多数の市民を武力で弾圧した。死傷者数は数百とも数千とも言われる。世界の主要各国、とくにいわゆる“西側”の民主主義諸国は激しく反発し、G7の主要7カ国が中心となって中国との交流や経済上の取引、援助などをほぼ全面的に中断。
 
 日本もその措置に加わっていたが、中国は日本を突破口とする対応策をとった。なかでも日本の天皇を中国に招くことが、中国への制裁を緩和させる最大の外交手段として位置づけられていた。そうした日本の天皇利用の戦略は、天安門事件の翌年1990年から練られ始めていたと、古森氏。

 中国側のこのあたりの実情は、当時の銭其琛外相の回顧録に詳しい。『銭其琛回顧録 中国外交20年の証言』という書籍にその内容が記されているのだそうです。

 『銭其琛回顧録』では、まず天安門事件からわずか2カ月後の1989年8月の時点の状況として、中国に対して共同で制裁を科してきた国々の中で、日本は終始、積極的ではなかった。先進7カ国首脳会議の中国制裁決議に、日本は西側各国と歩調を合わせるために、なんとか同意はしていた。
 しかし、銭氏が日本の三塚博外相と会談した時、彼は銭氏に『半月前に開催された先進7カ国首脳会議で、日本は中国のために釈明し、西側の対中制裁をエスカレートしないよう説得した』と語ったのだそうです。
 「日本は西側の対中制裁の連合戦線の最も弱い輪であり、中国が西側の制裁を打破する際におのずと最もよい突破口となった」とも。

 中国は、人権弾圧で国際的な非難を浴び制裁を科されると、その窮状から抜け出るために、まず日本を「突破口」にする戦略を立てた。そして、その「突破口」の中核として照準を合わせたのが日本の天皇だった。
 
 「当時、われわれは日本がこの方面で一歩先んじていくように仕向けていた。西側の対中制裁を打ち破るだけでなく、双方のハイレベル往来を通じて、日本の天皇の初めての訪中を実現させるよう促し、中日関係の発展を新たな段階に推し進めることだった」と、銭氏。
 「天皇訪中が実現すれば、西側各国の科した中国指導者との交流禁止令を打破できることになる」とも。
 中国政府が、天安門事件での懲罰措置を打破するために日本の天皇を政治利用するという意図は明白であった。そして中国政府はそのための対日工作を着々と進めていったと、銭氏。

 91年8月13日、海部俊樹首相が北京を訪れ、西側が対中制裁を科して以降、訪中した最初の西側政府首脳となった。
 海部首相の訪中に合わせて、中国は原則的に『核拡散防止条約』に加盟することを宣言。中国は天皇の訪中を実現させるために、まさに至れり尽くせりで日本に外交サービスをしてみせるのだった。
 さらにダメ押しとなるのが、「1992年4月6日から同10日、江沢民総書記は日本を訪問し、日本各界各層と幅ひろく接触し、中日友好および天皇訪中で両国関係を発展させる重要な意義を強調し、日本側の疑念をさらに払拭した」との記述。
 当時、日本では天皇訪中に反対する意見も広範に存在した。天皇訪中が中国側の政治的な意図からだから。
 天皇の政治利用は、今でもご法度!

 日本の天皇がこの時期に訪中したことは、西側の対中制裁を打破するうえで、積極的な作用を発揮したのであり、その意義は明らかに中日の二国間関係の範囲を超えたものだったと、銭氏。
 西側の対中制裁のもうひとつの部分である欧州共同体(EC)の立場にも、やや軟化の兆しが見え始めたとも。

 天皇が中国に友好を示したことは、中国への国際的な経済制裁の緩和に役立った。そのことは日中二国間関係の発展よりも中国にとってははるかに重要だったと、古森氏。
 天皇の政治利用で、国際制裁網に縛られていた中国は、国際社会への復帰の穴を開けることが出来たのですね。

 今、国際社会が対露制裁をする中、サハリン1, 2の天然ガス開発は、極寒の地でロシアの技術では困難でしたが、英・シェル、米・エクソンモービルの技術力と日本の三井、三菱の資本参加で完成(完成の目途が立った時点で、ロシアが資本比率を強制変更し支配力を強めた)させていましたが、今回のウクライナ侵攻への国際制裁網の一環で、英・シェル、米・エクソンモービルは撤退。しかし、日本はロシア主導の新会社にしがみついています。今も国際制裁網破り!

 G7議長国の座に居ながら、制裁網破りの岸田氏。世界の眼や後の歴史評価では、どう評価されるのでしょう?



 # 冒頭の画像は、南アフリカで開催されたBRICSに参列した習近平



  この花の名前は、アシタバ


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