国見町社会福祉協議会に浪江町から避難してきている職員がいます。浪江町は、避難解除準備区域になりましたがまだまだ自由に立ち入ることができません。本人の自宅の片づけついでに視察をさせていただくように許可証をとりました。
常磐道が浪江まで開通しており、行きは相馬から高速を使いました。インターでは、線量の関係か音声の指示により高速道路の無料使用許可証と免許証を求められました。高速を降りて間もなく警備員がゲートにいて許可証と身分証明書の掲示を求められました。
通路という通路はすべてゲートがあり、大きな通りから道に入る所にはすべて警備員がゲートを張っていてそのたびに許可証を求められる物々しさでした。
自宅周辺は、街中の住宅街でした。幸いに地震の被害は大きくなかったようですが、すでにネズミが住み着いていて木の板も腐り始めている状態でした。たとえ除染の効果があっても住むことはできない状態ですが、やはり自分の住んでいた家は心配でこうやって時々見に来るそうです。(本人のプライバシーのため自宅周辺の写真は載せていません。写真のゲートなどは自宅近くではありません)
10分程度車を走らせて川に沿って請戸に行きました。津波の被害が大きかったところで、今でもがれきを処分しています。平野の真ん中にぽつんと小学校が見えましたが、実はこの平野には住宅が密集していたと聞いて驚きました。
帰りは、川俣を抜けていきました。町境から山中に入った所にダッシュ村があるということで入口まで行きました。
震災後には、新地や相馬を視察しましたが、その時にも津波の被害の生々しさを感じました。しかし、今もって一階のない建物や内陸地に放置された船。つぶれた車を見ると、復興にはまだまだ時間がかかると感じてしまいます。
常磐道が浪江まで開通しており、行きは相馬から高速を使いました。インターでは、線量の関係か音声の指示により高速道路の無料使用許可証と免許証を求められました。高速を降りて間もなく警備員がゲートにいて許可証と身分証明書の掲示を求められました。
通路という通路はすべてゲートがあり、大きな通りから道に入る所にはすべて警備員がゲートを張っていてそのたびに許可証を求められる物々しさでした。
自宅周辺は、街中の住宅街でした。幸いに地震の被害は大きくなかったようですが、すでにネズミが住み着いていて木の板も腐り始めている状態でした。たとえ除染の効果があっても住むことはできない状態ですが、やはり自分の住んでいた家は心配でこうやって時々見に来るそうです。(本人のプライバシーのため自宅周辺の写真は載せていません。写真のゲートなどは自宅近くではありません)
10分程度車を走らせて川に沿って請戸に行きました。津波の被害が大きかったところで、今でもがれきを処分しています。平野の真ん中にぽつんと小学校が見えましたが、実はこの平野には住宅が密集していたと聞いて驚きました。
帰りは、川俣を抜けていきました。町境から山中に入った所にダッシュ村があるということで入口まで行きました。
震災後には、新地や相馬を視察しましたが、その時にも津波の被害の生々しさを感じました。しかし、今もって一階のない建物や内陸地に放置された船。つぶれた車を見ると、復興にはまだまだ時間がかかると感じてしまいます。