yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

恋塚 横笛・・・3

2007-12-07 20:39:05 | 創作の小部屋
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恋塚 横笛

    その次の日から、三条高倉第の建礼門院様の御所には私宛に恋の文が沢山の人から届くようになったのでございます。
    「そんなに沢山の文、読むのに朝を迎えましょうぞ」
    同輩の人からからかわれ、頬を赤らめ隠れたのでございます。
    文は読まず机の下に隠して何食わぬ顔で侍女の働きをこなしました。
    文の主がこの私など相手になさるような人ではなく、ただの遊び相手なのだということが分かっていたのです。
    身分が違いすぎました。
    あの夜の宴に集った人たちは、天下人のお知り合いであり、支えておいでの人たちだったのでございます。
    日夜を問わず殿方の思いの文は届きました。
   私とて嬉しくない事はございません。文の封を開けばそこには広がる熱い思いの言葉が書き連ねられ、私の心を浮き立たせることは明らかでございました。だから、開くことに躊躇したのでございます。
   女にとって殿方に想われることの幸せを感じないことはございません、が、世間を見渡しまして男と女のあり方に戸惑いを持っていたのも確かでございます。女は心を持たず親の決めた人に身を任す、娘を持った親は身分の高い、財産のある家に嫁がせるそれが時の常でございました。
妻の一家の面倒を見るそれが妻を貰った男のつとめであり、甲斐性のように言われていたのでございます。
本当に私を愛してくれる人、その人と出会い嬰児を産む、そんなゆめを持っていたのでございます。
それゆえ・・・。 
   文の返事を書くこともなく月日は過ぎてゆきました。
    日をすぐるうちに文の数は少なくなり、世間では私の悪口がささやかれ始めたのでございます。
    「傲慢な女・・・」
    「男嫌い、女好き」
    様々ないやみの言葉が飛び交ったのでございます。それは、文を出した殿方の恨みの流言であったのでございます。 
    「そんなに断っていたらどなたも相手をしてくれなくなりますよ」
    心配した局様がそう言葉をくださいます。
    恥ずかしそうに笑ってごまかします。
    日に日に文は少なくなり最後には一通の文なりました。
    やがて来なくなるだろうそう思っていたのでございますが、毎日毎日滞ることなく届いたのでございます。
斉藤時頼様・・・。
    

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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん

山口小夜子さん

環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
らくちんランプ
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恋塚 横笛・・・2

2007-12-07 00:15:41 | 創作の小部屋
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恋塚 横笛

ことの起こりは・・・。
    私は平清盛様のお子、高倉帝の中宮で安徳天皇のお母上建礼門院徳子様に雑仕としてお使えしておりました横笛と申すものでございます。
    保元の乱、平治の乱を何事もなく終えられた清盛様は天下人・・・。
    平和なときの流れが続いておりました。
    そんなひと時・・・。
    清盛様のお屋敷で盛大な花見の宴が催されました。
    建礼門院様もご出席になられ、私はそこで・・・。最後の余興として「春鶯転」を舞うことになっていたのでございます。
    その場に出たのがそもそものことの発端でございました。 
    煌びやかに着飾った平家のご一門の方々、御酒が入り陽気に弾ける宴が続き次々と催しが披露され私の番になったのでございます。
    幼い頃より女子の嗜みである歌、鼓、舞は一応習っておりました。
    二百数十の瞳が私の一つ一つの動きを追っておりました。
    私は見つめられる喜びを感じ、高揚し舞ったのでございます。
    殿方の熱い眼差しがどれほどのものか・・・。
    身も心も蕩けそうになったのでございます。それが女子の喜びであると知ったのでございます。火照った体にはじっとりと汗が噴出し流れておりました。
    十五歳、世間では女になる歳でもありました。  
    春に咲く桜の花のように私も知らず知らずに咲きかけていたのでございます。花びらは蝶や蜂を誘うもの、そんな自然の営みが私の上に降りかかってまいるのでございます。
    東山に更け待ちの月がかかっておりました。月明かりの下で桜は妖艶な姿を見せていたのでございます。それは、男を誘い込む、迷わす、狂わす、腰へ流れる黒髪を一筋口に含んだような姿に見えたのでございます。

    

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恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

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恋塚 横笛・・・1

2007-12-06 01:55:02 | 創作の小部屋
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恋塚 横笛


この地に来て幾度の春を迎えたでしょうか。

    昨年の春は遅く桜の花びらもなかなかつぼみを開かず・・・。
    梅雨を迎えても長雨が続き、夏は短く、秋は強い風が吹き荒れ、冬は寒さが厳しく・・・。
    それだけこの春の桜は一段と美しく感じられまする。
    寒さに耐えて咲く冬芽の綻び・・・。綺麗な花を開かせることでしょう。
    春霞に煙る高野の山・・・。霞の中にぼんやりと滲んだように広がる   
    桜の気配・・・。
    この数日、花冷えが続いたせいでしょうか・・・。
    庭の片隅の梅の木はとっくに咲き花びらを落としていると言うのに・・・。
    
    この地に来たときは、生きづく事が出来るかと・・・。
    
    高野に入られた人を待った多くの女が・・・。この天野の里で・・・。
    西行法師様の所縁のかつら様とお娘御が庵を構えておいででした。
    待賢門院様の陵が・・・。それは、女院様のゆかりの・・・。西行様     
    の中納言の尼様のものと思われますが・・・。
    時代の終わり、戦が続き何もかも捨てて出家、高野山に入る男が増え、その人を恋い慕いこの天野の里で待った女子が多かったのでしょう。
    高野山は女子を受け入れぬところ・・・。ゆえに・・・。この地で・・・。
     
    京からの道のり重たい心を引きずりながら、きつい峠を越えほっとひと時ついて頭を上げたら、山と山に囲まれた里が開け、空には白い綿のような雲が遊んでおりました。山の至る所で桜花が弾けていて新芽の淡い緑の中で鮮やかに咲き乱れておりました。
    ここで待とう・・・。そのとき決めたのでございます。
    叔母に習って法華寺で髪を下ろし尼の身になっておりました。
    ここに庵を結んで・・・。高野山が僅かに見えるこの地で・・・。
    許しては貰えないことは承知の上で、少しでも身近に暮らして・・・。
    思いは少しでもと言うものでございました。
    僅かの土地に小屋を作り、庭に時に食することの出来る菜を植えました。我侭で片隅に一本の梅の樹を・・・。
    梅は昔使えていた主が好んでいたものでございましたゆえ。

    中納言の尼様が京は西山の小倉の庵を捨て、ここに庵を結ばれたのは西行様がご修行をされた高野に少しでも近づきたいとの思いがあったことは・・・。
    この私の想いと同じように思われるのでございますが・・・。
    そのように思ってこの里で暮らした多くの女、その彷徨える魂が同じ
    思いを持つ女を引き込むのでしょうか。
    切ない思い、直向な女心、絶ちがたい性、恨みつらみ・・・。
    そんな女の想いが、この地を美しい所として作ったのでしょうか・・・。
                          
    目の前に開けた天野の里、天空にたなびく高野への架け橋・・・。
    集まった想いがそのように感じさせるのでしょうか。
    木々の覆いの下りの坂をゆっくりと天野の里へ、胸いっぱいに空気を吸い込みました。
    ここで始まる営みに一抹の不安を感じながら、また、心躍らせながら踏みしめ、遊ぶ雲を眺めたのでございます。
    道端には山桜の花びらが風に吹かれて舞っていました.竹林が一瞬大きく揺れざわめきました。
    これからの私に起こる何かの予兆だったのでございましょうか・・・。
    

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言い訳を書き連ねて・・・。

2007-12-05 23:14:22 | Yuuの日記


「冬の彷徨」今日は続きを書けませんでした・・・。何行か書いたのですが・・・。果たして書こうとしているテーマが今の世の中に適当かどうかと考えていたら書けなくなりました・・・。少し考えてみたいと・・・テーマーと言うのが医療福祉・・・予後不良患者に対しての医者や厚生労働省の医者に対する圧力・・・行き着くところ安楽死の問題になってしまうというもので若い頃取材をして下書きはあるのですがそれを現代に持ってきてと言うことなので・・・。少し時間をおいて考えてみたいと・・・。

倉敷は風邪が流行っていて学校閉鎖が沢山出ています・・・今日インフルエンザのワクチンを注射しに行ったのですが今年はいつもの年より早いと医者が言っていましたが・・・。
地球温暖化が続けば人間の基礎体温は36.5度という基準ではなくなるとのことで・・・果たして免疫力にどのような関連があるのかこれからの研究が待たれるとのこと・・・。皆さんも風邪対策のためにワクチンの接種は是非・・・私の友人の医者全員が勧めておりましたので・・・。効くのだと思っておきましょうか・・・。それを信じて皆様へ・・・。

水俣、森永ヒ素・・・いろいろと取材をし支援をしてきましたが・・・まだ解決がついてないらしい・・・。肝炎の被害者のことも・・・桝添さんに任して・・・企業責任の追及を・・・。倉敷の水島は公害患者が多く風邪を直ぐひくのです・・・なかなか治らない・・・。

20日から冬休みをいただきますので・・・「冬の彷徨」は休みが終わってということでで・・・。これはなん百枚という長編になりそうなので・・・。
言い訳ばかりいたしておりますが・・・。
その間15回くらいで終われるものを何か捜してと・・・。

これから寒くなったり平年気温になったり・・・地球温暖化でややこしい変化が・・・皆様どうかお体にはくれぐれもお気を付けられまして・・・ご自愛を・・・。
地球温暖化に関心のおありの方はちぎれ雲さんのブログを是非お読み下さい・・・。



皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

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冬の彷徨・・・1

2007-12-05 01:21:40 | 創作の小部屋
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この作品はこれから少しずつ書いて参ります・・・毎日とは行かないと思いますのでよろしくご判断下さい・・・。



冬の彷徨
     


 晩秋の黄昏はたちまちの内に暗闇の中に引き込まれてしまう。もう冬が来ているのか。ネオンの点滅にも、街灯の明るさにもその気配はうかがえる様だ。行き交う人の流れも足繁く、また、物憂げに夜のとばりの中に向かって消えて行くのだった。
 
多村は交差点の信号が黄色に点滅する前で佇んでいた。
多村の足下から風に舞いあげられた落葉が空を飛んだように思えた。多村は驚いてその方へ目線を向けて追った。が、それは季節を忘れた一匹の大きな哀れ蛾であった。蛾は水銀灯に向かって懸命に身を擦り寄せ、風に泳がされてうまくいかずに戯れているように見えた。いつもの多村なら別に気にする事もなく通り過ぎるのだが、明かりに向かって繰り返される生への営みに魅せられていた。明かりの中で狂舞し対峙する姿は生きるものの本能の様に思えた。
 小寺公子との約束がなかったらビルの壁に背をもたらかせて全身の力を抜き何時までも眺めていただろう。自己を壊す行為も自己愛の様に思えた。それを哀れと思うことに躊躇していた。自己愛も破滅の行為も愛の発露なのだと・・・。その姿を美しいものように思えたのだった。生きる事への執着として・・・。
 街灯の明かりは多村の孤独な心を照らしていた。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
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ごぜさの子守歌・・・完

2007-12-04 13:33:56 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌

16
 少年の入れられている納屋に一匹の狼が近づいていました。少年は縄を歯で咬み切ろうとしていました。その時、少年の耳に三味の音が聞こえてきたのでした。少年は縄を咬み切るのを止めて、耳を傾けました。その音はいっかどこかで聞いたことがあると思ったのでした。その音は、外の狼が戸に身体をぶつける音で聞こえなくなりました。少年は縄を咬み切って戸の外へ出ました。長太も三味の音を聞いて外へ出てきたところでした。少年は山の方へ逃げようとしました。

「逃げたらいかん、逃げるな」

 その声に名主も村人とも出てきました。

  少年と狼が逃げようとする前に、お菊が立ちふさがりました。少年はお菊に飛びかかりました。お菊は手に持っていた撥を横に振りました。少年は胸を切られてその場にうずくまりました。

「お菊さん!」

 名主は思わず大きな声で叫びました。

 お菊には何が起こったか分かりませんでした。見守るために自然に手が動き、何かを切った手ごたえはありました。少し離れたところで、苦しそうなうめき声がきこえて来ました。村人が近寄って来ました。狼は逃げよぅてもせず、少年の胸から流れる血を舐めて止めようとしていました。名主と長太、村人は狼の姿を呆然と見つめているだけでした。

 名主はお菊に何にも言えませんでした。

 狼は少年を助けながら、少年も狼の背にもたれかかるようして、山の中へと消えていきました。

「大はどこです。未だ山ですか、助けてくれたのではないのですか」

 お菊はうわずった高い声で尋ねました。

 名主も長太も答える言葉がありませんでした。お菊はこの場の雰囲気に気づき、

「それでは、今、私にぶっかって来た・・・。そうなんですね、大だったんですね。私の子の大であったのですね」

 お菊は必死に問いました。

「そうじゃ、ぶかって行ったんがお菊さんの子じゃ。胸に赤い痣があったからな」

「それではどこえ、今どこえ」

「傷口を狼が舐めて、血を止めて、山に連れて帰った」

「それでは、この私が、私の子を、大をこの撥で傷つけたのですか、この撥で・・・。私はどうすれば・・・」

 お菊はその場にどっと泣き崩れました。

「お菊さん、子を想う母の心はようにわかるが、少年の傷口を懸命に舐めとる狼の姿が、私等を無力にしたんじゃ。その姿はまるで親と子のよぅに見えた。愛の姿に見えた」

「それでは、私はどうなるんです。ようやく逢えようところだったのに」

「お菊さん」

 名主は小さい言葉を落としますた。

「大!だい!」と、叫びながら走りだしました。

「お菊さん、少年は山での生活の方が幸せじゃ。どこかで生きとる、そう思うて、あんたも強く生きてくれ。もう私等にはなにも出来ん」

 名主はお菊の後を追ながら言いました。

 お菊は山の中には入り、

「大!だい!かあさんはこの私よ。狼の中での生活のほうが本当に幸せなの・・・」 

「お菊さん、あんたの心は痛いほどわかる。子供を抱き締めたい親心もようにわかるが・・・。もう後には戻らん。これからは強く生きてくれ」

 お菊は、大がいるであろう山の辺りを見えない目できっと見つめ、背筋をしゃんと伸ばして、三味を弾き始めました。両眼から涙がほとばしっていました。

「大よ、幸せになれ。大よ、元気に生きろ。この三味の音が聞こえたら、この音を覚えていたら、どうか答えて」

お菊はあらん限りの力を振り絞り、想いを音に込めて、大に届けと弾きました。

「激しく弾かれる三味の音は、自然が人間に対して挑戦してくる厳しさと、それに耐える心を教えなくてはならん。干き返す波のよぅな音、人間の弱さ、哀しさを感じ取らせなくてはいかん。そして、その音を弾く者は、どんなに辛ろうても哀しゅうても、それを乗り切らんといかん。負けたらいかん」

 親方の声が三味の音に重なり、お菊の耳に届きました。

「大よ、幸せに生きてね。私はどこにいても大のかあさんよ。狼の中の方が幸せならばそれでもいい。どうか、この、私の三味の音に答えて・・・」

 青く透きとうるような夜空には月が煌煌と輝き、山に光を降りそそいでいました。

 お菊の弾く三味の音が奥深い山の中に吸い込まれていきました。

 その時、狼達の遠吠えが三味の音に答えるように、聞こえて来ました。

 お菊の耳には「お母さん」と、聞こえていました。

                     おわり


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ごぜさの子守歌・・・15

2007-12-04 01:14:51 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌

15
 それから四年の歳月が流れました。

 長太の村の秋祭りもすんで、もうすぐ雪の季節になろうとしている夜のことでした。長太は隣村まで用事で出掛け、遅くなり帰りを急いでいました。

 その時、遠くで狼達の吠えるのが聞こえてきました。長太は怖くなり足を早めました。西空には二十日月が山山を照らしていました。長太は、狼が岩の上に群れをなして、月に向かって吠えているのを見たのでした。その中に少年がいたのでした。月の光は、はっきりと少年を映しだしていました。 長太は家に帰り父に言いました。

「狼の群れの中に少年がいた」

「そんな馬鹿なことがあるか」

 名主は最初は取り合いませんでした。

「あの少年は、ごぜさの子では」

「あの、お菊さんの子だと言うのか」

「そう思うた」

「そう言うこともあるな。よし、無駄でもいい村の者を集めて、その子を助け出そう」

 と、名主は言いました。

 次の日、使いの者を隣村へと走らせました。どこの村でも、お菊の子供のことは知っていましたから、村から村へと伝わり、どこにお菊がいても耳に届くと名主は考えたのでした。

 山は燃えるような紅葉でした。風は山肌を駆け上がり、木立ちを鳴らせていました。紅葉が風に舞って落ちている姿は、まるで赤い雪が降っているようでした。

 村人は二人、三人と組になって山に入って捜しましたが、なかなか見付け出すことは出来ませんでした。

「あんたの子供さんらしい少年が、狼の群れ中にいたと、山もんが伝えてきた」

 と、お菊が海辺の村に立ち寄った時に聞かされました。お菊は夢ではなかろうかと思いました。

「生きていてくれた、生きて元気に・・・」

 お菊は目に涙を一杯に浮かべて、山への道を急ぎました。大の姿が見たい、いや、抱き締めて大きくなった身体を確かめたいと思いました。

 その頃、村人は落とし穴を掘り、その上に餌を置いて罠をしかけていました。少年は餌を取ろうとして穴に落ちて捕まりました。

「名主様、納屋に入れて置いて大丈夫で」

「とは言っても頭の髪は肩まで垂れて、身体には毛が一杯におおい、わし等を見る目は鋭く光って、身ぶるいがでるほど怖いぞ」

「でも、あの少年をお菊さんはどうするんじゃろう。六年も、狼の中で生きとったんじゃから、人間じゃと言うても獣と同じじゃ。人間の生活に戻すには、お菊さんの手には負えんのじゃなかろうかのう」

「じょが、母と子じゃ。血がつながっとんじゃからどうにかなるじゃろうわい」

 と、名主は言いましたが、その顔は心配そうでした。



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ごぜさの子守歌・・・14

2007-12-03 13:12:23 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌

14
 お菊は思いました。連れていけば良かった、たとえ二人が死んでも、放すのではなかった。そうすれば、この裂けるよぅな心の痛みもなく、後悔も残らないだろうと。自分が死んでもわが子を助けるのが母の努め。お菊は色々の思いの中でそう思ったのでした。そして、いつまでもいつまでも気が狂わんばかりに雪の中を這い回っていました。

「大!だい!何処え行ってしまったの。何処かの誰かに助けて貰っているの。かあさんは何時までも捜し続けるからね」 お菊にとっては、大が生きていると思わなくては生きておられなかったのでした。

「まだ一歳にもなっておりません。胸に赤い痣のある子に逢うたら教えてください。その子は私の子の大です。私は門付け唄の前に一言付け加えて旅しました。時が過ぎると苦しみは薄れていきます。悲しみは消えていきますが、子を思う母の心は、時が過ぎることでは忘れられるものではありませんでした。私は、一歳、二歳と、大の成長する姿を思い浮かべながら旅をしました。年の頃なら二歳くらい・・・。私は旅の途中、大を置いた岩影あたりに来ると、三味を弾き、唄いました。

     ねんねんしなさい する子がかわい 

     おきて なく子がつらにくい

     ねんねんしなさい まだ夜は夜中

     明けりゃ お寺の鐘が鳴る

               [高田の子守唄]

 大が夜泣きをしたときに聞かせた唄でした。三味の音と、唄を、大が覚えていてくれるのではないかと思って弾きました」


 お菊は、名主に語りました。名主は頷いて聞いていましたが、                   

「そうですか、そのよぅなわけが。私等も力になりましょう。あの峠は、この村の裏山じゃから気をつけておきましょう」

 と、言いました。そして、目頭をそっと押さえました。


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ごぜさの子守歌・・・13

2007-12-03 00:09:01 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌

13
「ごぜさ!ごぜさ!」

「ごぜさ!ごぜさ!」

 村人の声が吹雪の音と一緒に聞こえてきました。お菊は一瞬立ち止まりました。そして、転げるように降りながら、

「私はここです」

 と、あらんかぎりの声を張り上げて叫びました。

「ごぜさ、無事だったか」

「心配をしたぞ」

「吹雪に巻かれて谷に落ちたかと思うたぞ」

 村人達は、お菊の顔を見て安心したのか優しい声をかけました。

お菊を追って村人が助けに山を登ってきてくれたのでした。助かったと、ほっとしたその時、岩影において来た大のことが、お菊の胸の中に広がりました。

「赤ん坊の大を、だいを・・・」お菊は山の方を振り返り叫びました。

「赤ん坊がどうしたんじゃ」

「岩影に、雪をどけ、風をさけて・・・」

 お菊は走りだしていました。

「おいてきたんか」

「はい」

「なんということを」

「よっしゃ。わし等は一足さきに行くから」

「そうじゃ」 二人の村人が山へ走りました。

「お菊さん、このわしの手にしっかりと捕まってついてきなせえ」

「はい」

 お菊は、村人の手にしっかりと捕まり走りました。雪で足がもつれ幾度も転びそうになりました。

「だい!だい!」

 と、叫びながらもう夢中で走りました。

 お菊が大を横たえた場所には大はいませんでした。お菊は這い回りながら捜しましたが、大はおらず、かぶせた衣類だけが手に触れました。 

「ここに置いた ここで泣いていた」

 お菊は両手で雪を掘り始めました。

「おらんぞどこかの誰かが通りすがりに助けてくれたのかも知れんぞ」

「この足あとは・・・」

「狼のものじゃ」

「オオカミ・・・。いいえ、そんなことはありません。きっと、そこらにいるはずです。お願いです、捜してください」

 お菊は泣きながら叫びました。

 村人はそこらじゅうを捜してくれましたが、見つかりませんでした。

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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん

山口小夜子さん

環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
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ごぜさの子守歌・・・12

2007-12-02 13:07:38 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌

12
「ごぜさの三味はええし、唄もなんとも言えん悲しみが漂うとってええ。うちに泊まってみんなに聞かせてやって貰えませんかの」

「お菊さんの三味が激しく弾かれる時は、日本海の波が岩にはじける時のように響き、吹雪の悲鳴のように迫ってくるの」

「静かな三味の音は、心の中に染み来んで、胸が締めつけられ、悲しみが沸きたつようじゃ」

 どこの村に行っても、村人からそのように言われるようになりました。

 お菊は、愛した人を失った悲しい心を三味の音に乗せ、唄に込めました。そして、激しく弾く時は、何もかも忘れるために撥をたたきました。大は、三味の音を、子守唄がわりにして寝こむのでした。

「そろそろ、今日あたりから、吹雪になるかも知れん。今夜は泊まっていったほうがええぞ」

 と、心配して言ってくれるのを、お菊は、

「はい、有難うございます。ご親切はとてもうれしゅうございますが、甘えてばかりはおられませんし先を急ぐものですから」

 と、断ったのでした。 

「そうかい、そんなら気を付けてな。危ないと思うたらすぐ引き返すのですぞ。子供さんに万一のことがあったら大変じゃからな」

 お菊は礼を言って、村の道を抜け山へと向かいました。杖を頼りに山道を歩きました。山に入って少しして、冷たい風がお菊のそばを通り抜けたかと思うと、すぐ、饅頭笠に粉雪が舞い降りる音が聞こえました。それでも、お菊は山を越えようとしていました。風はだんだんと激しくなり、雪をともなって吹き付けてきました。木立ちが悲鳴を上げ、山が揺れているようで、お菊は歩くことも立つていることも出来なくなりました。吹雪は、お菊と大を包み込みました。お菊は大をしっかりと抱きしめて、岩影に隠れました。

「どうしょう。どうしょう」

 お菊はうずくまり叫びました。大は大きな声で泣き始めました。

「よし、よし、かあさんが悪かった。寒かろう、寒かろう。良い子じゃから泣かんでくれ。かあさんが悪かった」

 お菊は大をあやしながら声を掛けました。座り込んでおろおろとするばかりでした。が、お菊は何を思ったか岩影の雪をかき穴を掘り始めました。その穴に大を横たえ、背荷物から衣類を出してかけました。引き返して村びとに助けて貰おう。一人ならどうにか山を降りて助けを呼べると、お菊は思ったのでした。 

「すぐ返ってくるからな、待ってておくれ」

 お菊はそう言って引き返そうとしました。が大の泣き声で何度も何度も振り返りました。

「行かせておくれ、行かせておくれ。そうでないと、ここで二人とも凍え死んでしまうのょ」

 お菊は思いを振り払うように懸命に山を降りました。風の音は、大の泣き声のよぅにこだましていました。転んでは起き転んでは起きるお菊は、

「助けて!助けて!」

 と、泣き叫びながら降りて行きました。

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ごぜさの子守歌・・・11

2007-12-02 01:20:09 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌

11
「離れごぜになった者は、ごぜの規律を破った娘ばかりではありませんわの。三味が上手で唄もうまくて人気者になり、村の人達にちやほやされて、有頂天になって、一人で歩いた方がお金が沢山貰えると、欲の皮をつつぱらせて屋敷を出ていった娘もいましたわ。その娘達の行く末は、男に捨てられ、年老いて野たれ死にをすることが多かったわの。欲が絡んでは三味の音も濁るし、声も前に出んわの。また、幾ら教えてもよう覚えん娘もいましたわの。その娘等は、修業の辛さに耐え切れんと辞めて行ったわの。その娘等は温泉宿のあんまさんになることが多かったわの。人間が生きると言うことは、三味が巧いとか、唄が上手とかではねえ。下手でも自分の定められた道を一生懸命にこつこつと足を一歩一歩前に出す事じゃと思うわな。お菊は確かに一歩一歩前に進んどった・・・。誰にだって過ちはある。みんなそのすれすれのところで生きているのかも知れん・・・。菊が村の男を好きになってしもうたんも分からんではねえ。誰だって心の中は淋しい。弱い。だから、色々の規律をこしらえて、その規律に縛られとらんと、ついついごぜの道を踏み外すことになる。一人では生きられん。・・・男の甘い言葉も欲しい。そして、その言葉に酔いもしたい、。まして、年頃の娘ならなおさらの事じゃ。お菊は三味も唄もうまかったわの。それに、雪の白さに負けん位の色白のべっぴんじゃと村人が騒いどった。それより、なにより、お菊は素直じゃった。明るかった。その素直さと明るさが、男に好かれたのかも知れん。その純粋さが男の甘い言葉をまともに受けとめて、一途に愛へと走っのかも知れん・・・。お菊の事は、今でもうちは心配しとる。風の便りで夫[つれあい]を雪崩でのうしたと聞いた。みどり子を抱えて旅回りをしとると聞いた。・・・お菊には真実の愛を貫いて、本当の幸せになって欲しいと願うとったんじゃが・・・目が見えん者でも、人並み以上に幸せになれ、生きられると言うことを、お菊を通して知りたかったわの。うちらが出来んかった女としての幸せの道を歩ゆんで欲しかったわの。それなのに、なんして・・・。運命は何時の場合でもむごい事をしよる。弱い者を痛めつける。悲しませるわの・・・。でも、あのお菊なら、あのお菊なら、きっと立ち直ってくれ、新しい幸せを見付けて生きてくれようと思わんではの・・・。そう思わんでは淋しすぎる、哀しすぎるわの・・・。お菊!、お菊!、いっでもごぜ屋敷に帰って来ればええぞ。一からやり直せばええんじゃから、一から・・・」

 お菊は、そんな親方の優しい心も知らずに旅を続けていました。


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ごぜさの子守歌・・・10

2007-12-01 14:33:48 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌

10
 お菊が離れごぜになったのは十八歳の時でした。旅先で村の青年を好きになってしまったのでした。

「男を好きになったら地獄に落ちる。愛したら腕を切り落とし、ごぜ屋敷から追放するからな」

 その時、お菊の耳の奥で、親方の言葉が何度も何度も繰り返し鳴っていました。

「お菊!なんしてごぜさの規律を破った。このふしだらな娘、そんな娘にどうしてなった」

 父の反省を促す言葉でした。

「お菊、女子の幸せは愛した人と一緒に暮らし、その人の子を産み育てる事じゃが、ごぜになったからには、それは出来ん。考えなおしてくれ」

 母の哀願するような言葉でした。

「どうして、どうして、人を愛してはいけないの。私の目が見えないからなの、、。私の心の中に宿った愛は、私の一番大切な宝物なのょ。誰にも邪魔をすることは出来ないし、奪い取り除くことは出来ない筈ょ」

 お菊は懸命に心の中にあるものの大切さを訴えました。

「お菊、人を愛すること、信じることはほんに尊いが、ごぜさには規律があってゆるされとらん。考え直してくれ」

 父は涙ながらに言いました。

「おきくょ・・・」

 母はそう叫んで頭を垂れました。

「離れごぜがどんなめにあうか、ように教えたろうが。目が見えん者でも、どんな障害を持った人でも、人を愛することの真実はほんに素晴らしいものじゃ。また、そうでのうてはならん。が、うちらごぜには許されとらん。これは何百年と続いたごぜの掟じゃ。諦めんといかん」

 親方は激しく叱りつけるように言いました。

 お菊は、父や母 、親方の言葉に迷いました。だけど、考えに考えた末に、ごぜの規律を破ったのでした。お菊はごぜ屋敷から追放されました。そして、旅芸人をやめ、愛する人と一緒に暮らしました。お菊には、毎日毎日がそれは楽しいものでした。愛する人のただそばにいるだけで、その人のたてる音までがお菊の心を幸福へと導きました。月日が経つのが早い、もっとゆっくりならいいと思ったほどでした。、、ですが、愛する人は雪崩に遭い亡くなりました。

「ごぜの規律を破った罰じゃ」

 村人はお菊に冷たく当たり、そう言うのでした。その言葉にお菊は泣きました。見えない目から涙が溢れ止める方法をお菊は知りませんでした。

「この村から出ていけ」

 村人の叫びと一緒に小石まで飛んでくるようになりました。そうなると、もう村にいることは出来ません。お菊は村を出ました。そして、元の旅芸人、離れごぜになりました。それしか、お菊は食べていく道を知らなかったのでした。お菊には生まれて数か月の男の子の大がいたのでした。お菊は大を父母に預けようかと考えましたが、親と子が離ればなれに生活する事の淋しさ、辛さを一番良く知っているお菊には、それは出来ませんでした。お菊は三味と大を抱え、ごぜの一行の行かない所へ足を向け、遠く迄旅をしました。

「離れごぜは村に入れることは出来ん」

 と、追い返す村もありました。が、お菊は三味も巧く、唄も上手でしたから、山奥の村から村を流して歩くことが出来ました。お菊の三味の音を聞いて、門付けをさせてくれる家もあり、泊めてくれるところもありました。大をそばで遊ばせながら、三味を弾きました。

「お菊、どこを幼い子を抱えてさまよつておる。わし等に気を使わんでもええ、早う帰って来い」

「お菊、心配はいらん。どうにかなるから早う帰ってこ。みんなで一緒に暮らそうな、そうしてくれ」

 風の便りで、父母が心配してそう言ってる事をお菊は聞いて知っていましたが、規律を破った者の罰としてこの苛酷な運命に従うことがお菊の歩む道なのだと思うのでした。



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ごぜさの子守歌・・・9

2007-12-01 00:14:54 | 創作の小部屋
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ごぜさの子守歌


 名主の家の大部屋には、村人や子供達が沢山に集まっていました。お菊はその前に座って三味を弾き唄っていました。座はしーんと静まりかえり、お菊の弾く三味の音が透きとうるように響き、唄は哀調をかもし出していました。

「おわりに、「三椒太夫」唄いまする」 

 お菊は三味を弾きながら唄い始めました。

     安寿の姫に

     都志王丸 

     船の別れの

     哀しさを

     あらあら

     よみあげ

     奉る

 たんたんとお菊は物語の筋を追って唄いました。鼻を啜りあげる音。頬をぬぐう人。それぞれの人がそれぞれの思いで聞いていました。時の経つのを忘れて聞いていました。唄も終わりへと近づいていきます。別れた母のもとへ成人した都志王丸が訪れ、再会し京へ・・・。

「お父!」

 長太は名主の膝へ泣き崩れました。

「お菊さんの唄には、すぐ目の前で人買いによって母と子が別々の船に乗せられて、別れ別れになる哀しい物語が再現されたように感じられ、心が痛くなるほど締め付けてくるのう」

 名主はそう言いました。目は赤く充血をしていました。

「これは、お菊さんの心境かもしれんの」

 村の男が言いました。そして、鼻を啜り上げました。

「ごぜさんも、別れた子供と早うめぐりあえればええのに」

 長太が涙声で言いました。

「早う、会えればええのに」

「ほんとじゃ」

「泣けて涙が止まらんわな」

 お花とお雪が交互に言いました。

「お菊さんは、夢を心の中に描いて唄ったんじゃないかな」 
名主がぽっんと言いました。

「哀しい唄じゃのう。今日はほんにええ三味と唄を聞かせてもろうた。名主さんの言われることは本当じゃった」

「ほんに、ほんに」

「真の芸と言うもの聞かせてもろうたようじゃ」

 村人はてんでに、お菊を褒めました。

「いいえ、めっそぅもございません。拙い芸に最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました」

「ごぜさ、ありがとう」

 長太がお菊の手を取って言いました。

「ありがとう」

「ありがとう」

 子供達はてんでに声をかけました。

「みなさんも、おとなしくよく聞いてくれましたね。有難う」

 お菊はそう言って笑顔を向けました。

「お菊さん、どうして、お子さんと別れんさった。良かったら話てみて下さらんか。私等で出来ることなら力になりますから」

 名主はお菊に優しく尋ねました。

「そうじゃ、そうじゃ」

 村人も名主の言葉に賛成しました。

「はい、有難うございます」


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