yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

冬蛾 5

2007-08-24 14:45:24 | 創作の小部屋

       5
「おばあちゃん、公子さんはね、看護師をしていたの。病院で沢山のお年寄りの方の手や足を揉んだんですって、少し手と足を動かせて見てもらいましょうね」
 キヨは里子の言う事には素直であった。
 公子の後で昭子が里子の仕草をじっと見つめていた。公子は、里子がこうするああするという行為を見せているなと思った。ヘルパーにとって、老人介護の助言は出来ないのだ。相談されれば別だが。だから、行為を通してその方法を掴んでもらうしかないのだった。
 公子はキヨの右側に座り、腕を取り柔らかく上下をしながら、右の硬直した筋肉をほくそうとしてみた。力を入れなければびくともしないのだった。キヨは苦痛の為に頬を歪めて、意味の不明な声をあげた。そして、救いを求めるように里子を見つめた。
「おばあちゃん、少し我慢をしてね。はい、ここで指先に力を入れて、そう時々で良いの何か思い出した時でいいから、指先に力を入れるという事はいい事なのよ」
 公子は額に汗が吹き出した。足の屈伸を始めると手の時より痛がった。公子は擦りながら伸ばし、折りながら撫でた。キヨは動物のような叫びをあげあばれはじめた。
「痛いでしょうけど我慢してね。今まで使ってなかったから筋肉が固まってしまっているのよ。今なら・・・。今からでも遅くないから、少しずつ動かしてみましょうね」
 キヨは公子を恐いものでも見るような怯えた目線を向けていた。
「もう、今日はこれくらいでいいでしょう。一度に沢山すると疲れるから。お婆ちゃん、公子さんはお婆ちゃんのことを思えばこそしたことなのよ。解ってあげてね」
 里子はそう言いながらキヨの頭髪に櫛を入れていた。キヨの里子を見上げている表情は安らいだものが浮かんでいた。里子とキヨの間には信頼感が生まれている様だった。
 キヨと公子の母の症状は余りにも酷似していた。公子は、今から思えば母が少々痛がってもリハビリーを施せばよかったという後悔があった。むしろ、大事をとって母が動こうとするのを、次の発作を恐れて止めたのだった。そのことが公子の頭にあり、キヨに対して懸命に物療を施したのだった。
ー余りにも激し過ぎだろうか、でも痛がっても動かしていないとこのまま寝たきりになってしまう。時間を掛ければ手も足も動くようにあり、ひとりで自分のことが出来るようになるかもしれない。そうなればキヨさんにとって幸せな事に違いがない。キヨに手も足も動くのだということを教えなくてはならない。自分の力で、そして、昭子の介護で・・・。そう思うから・・・ー
 公子は自分の行為に言い訳をしていた。
 キヨは公子に鋭い憎しみに満ちた目を張り付けていた。
 昭子はその二人の姿を心配そうに眺めていた。
 坂道を自転車を押しながら、
「里子さん、私がした事が間違っていたでしょうか」と公子は元気なく声を掛けた。
「いいえ・・・、でも、何事も急ぎすぎると、いいことも悪くなるって事があるわ。ゆっくりとやりましょう」
「でも、早い方がいいと思って・・・」
「それは、だけど・・・。公子さんの気持ちは良くわかるの。ほっとけないと言うその思いは・・・。だけど、焦っては駄目。仲良になることが一番だわよ。安心させること、そうでないと、次の日、なんにもしなくていいと言われたらどうするの。今日の事は全く無駄になるのよ・・・。少しずつ積み重ねないと倒れるし、一方的な愛だけではヘルプは勤まらないわよ。協力しあわないと前に進まないから」
「そうでしょうね、緊張して忘れていました」
「昭子さんは、お婆ちゃんの面倒もよく見られ、ご近所でも親思いの感心な嫁と評判もいいけど、これだけ一生懸命に面倒を見ているのだからという思いが、お婆ちゃんにとって大きな負担になっているのよ。一方的な愛だけでは駄目、世間体や、自己満足で年寄の看病なんかできない。ヘルプの最初にキヨさんを選び、交替しょうというのも、それを知って欲しいからなの。年寄の心の中に負を持たしては絶対にいけないのよ。心を開き、信頼しあい、仲良くなって・・・。そして、突放す、叱る勇気も必要なのよ。・・・だんだんと解っていくわ」
 里子は、少し得意になって言葉を放った。
「それでは、どうして、昭子さんに言ってあげないのですか」
 公子は里子の括れたウェストの辺りを見ながら問った。
「どうしてって、私達はヘルパー、保健婦でもケースワーカーでもないのよ。家底の事までとやかく言うことは出来ないのよ、相談されれば別だけど・・・」
「職分が違うって事ですね」
 公子は目を道縁の竹藪の中にやった。そこには、小さなタンポポが弱々しく咲いていた。こんな日陰にと思うと公子は何だか勇気が湧いてきた。
「キヨさん、きっと、手と足が動き、歩けるようになると思うんです。そうすれば、頭だって・・・」
「それは、でも駄目のようね」
「とうしてですか」
「あの部屋を見たでしょう」
「綺麗でした。まるで病室のようでした。・・・でも・・・」
「そう、潤いとか安らぎとかと言う無駄がなかったでしょう」
 里子は早口で言って先を急いだ。次が待っている。何時までもキヨの事ばかりにかかずらわっては居られないと言う風に。
 公子はキヨの事を思い出し考えようとしていた。
「公子さんは、年寄に取ってなにが一番大切だと思う」
 里子は自転車を止め、振り返って言った。
「それは優しさでしょうか」
 考えなしに公子の口から咄嗟に出た言葉であった。
「優しさとか思いやりではどうにもならなくなるのよ。優しさや思いやりを決して気取られては駄目なの。年寄はとても敏感だから心を読まれるわよ。・・・キヨさん、どうして駄目だか解る」
「いいえ解りません」
「さっき、病室のようだと言ったわね。その通り、キヨさんの思い出が綺麗に片ずけられているのよ」
「思い出・・・」
「そう、キヨさんが生きて使ってきた一つ一つの物。他人から見ればただのがらくたに見えるかもしれないけれど、それはキヨさんにとっては宝物かもしれない。その思い出に繋がるものと出会い触れ合うことで記憶を繋げておく事が出来るのよ」
「そうなんですね。人に歴史あり、物に出会い有りって言いますもの。例えば、病院では見舞い客の多いい患者さんほど回復力が早いという事が良く言われるのと同じなんですか」
「そうよ、物とのふれあいで過去の記憶を呼び起こし、その頃のことが思い出され、自分の人生の色々の事が後悔になって襲うわ。楽しかった人生を懐かしむわ。・・・どっち等でもいい、思い出してこれからの人生の糧にしてくれればそれだけでも頭はボケないわ」
「その宝物は・・・」
「焼いたらしい、此方に来る時に・・・」
「ではキヨさんは・・・」
「だから、私達が思い出を運んであげないといけないのよ。作ってあげなくてはならないのよ。・・・公子さんが今日、手や足を揉んだでしょう、痛がって睨んだでしょう。今度ヘルプに行く時にはやりにくいわよ。少しの間見向きもされないかもしれないわよ。敵だと思ってる。・・・でも、キヨさんは花が好きなの、行く時に持って言ってあげて」
「それは困ったわ」公子は足元へ言葉を落とした。
「考えない、考えない。キヨさん一人ではないのよ」
「私の最初の・・・一生懸命に・・・。きっと歩かせて見せます」
「そうよね、そのファイトが・・・でも焦っては駄目よ。肩の力を抜いて・・・。疲れ過ぎない事よ」
「はい」     
 抜けるような青空に少しずつ雨雲が垂れ込めてきていた。それは公子の前途に広がる壁なのだろうかと思った。
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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

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1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
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