yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

冬蛾 3

2007-08-22 14:11:12 | 創作の小部屋

         3
 「公子さん驚いたでしょう」ヘルパーの先輩の山本里子が、宅訪を終え着替えていると声を掛けた。里子は三十歳を少し過ぎていたが、年令よりは若かく見えた。どこか身のこなしが違っていた。色白で美しい目鼻立ちをしていた。
「はい。もう驚くことばかりで何をどのようにしていいのか解りません」
 公子と里子はどうしてか気が合った。二人以外は四十歳を過ぎた人が多かったから、年令の近さが引き合ったのかも知れなかった。
「お年寄りの目を見てどう思った」
「はい。生きることを忘れているような・・・。それには吃驚しています」
「そうよね。もっと輝いた目の色を見せてくれれば、ヘルプのしがいもあるのだけれど。洋服の上から痒いところを掻いている様で、歯痒いったらないわよね」
「そうです、でも、喜んでくれると思うと・・・。やりがいがあります」
「生きているんだって事を教えてあげなくてはね」
「はい」
「だけど、お年寄りだと思って甘く見ては駄目よ。男の部分は残っているんだから」
「ええ」公子は解らないと問い返した。
「そのうち解るわょ」
 里子は少し斜視した眼を細目ながら言った。
「狡いですよ、教えてください」
「男を知らないあなたには無理なことよ」
「ええ、そんな事ってあるんですか」
「おおありょ、気をつけなさい。男も女も灰になるまでなんとかって言うでしょう」
「御忠告ありがとう御座居ます。肝に命じておきます」
 公子は戯けて言った。
「それにしても、ご近所の方の協力が欲しいわよね。愚痴になるけど、昔あった人情のようなものがあったらって思うわ」
「そう思います。ご近所の方の小さな親切がどれほど・・・」
「言わない、言わない。愚痴を一つ落とす度に、愛が一つ付いて落ちるんだって、私なんか落とす愛がないけれど・・・」
 里子はそう言ってバックより煙草を取り出して火を点けた。
 一人暮らしの老人の家と、隣家に万一の時に備えて有線ベルが設置された時も、最初の頃は快く応じてくれ、ヘルパーが宅訪できない時には様子を連絡してくれていたのだが、ベルに対して拒否反応を示し始めた。
「私達ばかりが犠牲になることはない。福祉は国が、自治体がするものよ」というのがその人達の言い分であった。隣家にだけ負担をかけるのも問題があり、嫌々されたのでは老人にとって病状の悪化に繋がる恐れがある。と言うこともあり、老人の家の前に老人が中でボタンを押せば赤いランプが点きベルが鳴るという苦肉の策が生れた。そのランプの下には、設置の意味が書かれてあった。それならば隣家にだけ迷惑を掛けることにはならない、負担を感じさせることにはならない。乏しい予算と人員で少しでも多くの老人達を見守り、細やかではあるが安心して暮らしてもらおうという試みがなされた。
「お医者さまは科学的な治療のみに専念する。それ以外のことは私達が総てしなくてはならないのよ。もっと、老人専門医を増やしてほしい。それに、移動リハビリーテーションを作って貰いたいわ。そうすれば寝たきりになる老人の方も少なくなるだろうに」
 里子は真剣な眼差しを公子に向けて言った。公子も同じ考えであった。確かに老人に対しての治療は画一的であった。薬と注射、等閑な力づけの言葉、その医師の態度から本当に老人の回復を願っているのだろうかと思うことも多かった。
「お医者さまが、私達や、家族の方に適切な介護のアドバイスをしてくれればやり安いのにね」
「はい、そう思います」
「でもあなたはいいわ、看護師として色々と専門の勉強をしているのだから。これからは公子さんのような人が必要なのよ」
「いいえ・・・私なんか・・・」
 老人達を見つめていて、大正、昭和と日本の激動期を背負い生きてきた人達の老後がこれでいいのだろうかと思うのだった。
「病院ではドクターの指示で何事も始まりますが、ここでは、私達が考え最善と思う事をするって事に戸惑いがありますが、それだけにやりがいがあるとも言えます」
「まだまだ、殆どの人がボランティアの精神で動いているのよ。それで自己満足をしている。それで良いのかなって思う。それを利用しているのよね、国は・・・」
「私思うんです。老人の方が何を望んでおられるか、暖かい愛の手なのだろうか。そんなものじゃあなく別の物を欲しがっているのじゃあないかって・・・」
「例えば・・・」
「今は解りませんが・・・。別の何かに・・・何だか苛立っているように見受けられるんです」
「理解、信頼、情熱、そして、人間として平等・・・。生きて来た過去がみんな違うけれどそれを知っていて、老人の人生を知り話し相手になる。そうすれば距離も近くなるし、打ち解けられる・・・」              
 


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
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