湯原修一の歓喜悦慶と聊かの慷慨憂愁, etc.

いつとはなしに眠りにおち微風を禿頭に感じて目が覚める。
このような生活に変わったらブログが更新されないかもしれません。

◇ 台風15号(白鳥)の爪痕

2015年08月25日 22時29分26秒 | ちょっとした出来事?
        ※「大変な出来事」というカテゴリーを設けていないので、
          仕方なく「ちょっとした出来事」に分類しています。

今朝がたは生きた心地がしませんでした。
(少し大げさな表現ですが)

私はいつも狭い2階に寝ているのですが、
木造の家を揺するような風の強さに午前4時頃には目が覚めました。

16年ぶりの熊本上陸となる「台風15号」のせいです。

  我が家がある熊本市の西側を台風の目がかすめて、
  今朝の6時過ぎに熊本県荒尾市に上陸しました。


我が家に吹き付けた風が最も強かったのは午前5時半頃だったと思います。
2階の瓦が剥がれて転がっていくような音がきこえはじめました。
続けて1階の屋根に落ちてガジンと砕ける音も ・・・

    ※予報により台風が直撃しそうだとわかってから、
     2階の屋根が気になっていました。
      1階の屋根は今年葺き替えたばかりなので心配していませんでしたが、
      2階のは塗り替えただけで昔のままだったからです。
      (1階の屋根は1枚ごとにネジ留めしてありますが、2階のは無し)


1945hPaという強い勢力のままで熊本にやってきたので、
少々の被害は予想していましたが、
益々激しくなるゴーーッという風の音に、
2階の瓦が全部剥がれて飛んでいってしまうものと覚悟しました。


 時々猛烈な風が吹き付けては、建物が少し揺さぶられるように感じました。
 瓦どころか屋根ごと吹き飛ばされたら身の危険と、
 カヅちゃんと一緒に1階に降りました。


停電した中にあって、まんじりともせず朝を迎え、
停電が復旧し、風も少しおさまった昼前に外へ出てみました。


2階の西側の屋根です。

  ※全部無くなっているのではと覚悟していましたが、
    端のほうの数十枚程度が剥がれているようです。

剥がれ落ちた瓦です。

  ※風で飛ばされた瓦は、樋やプランターを壊し、
    犬走りに設置していたBSアンテナまでも破壊していました。

剥がれはしませんでしたが、
2階の屋根から落下した瓦で割れた1階の屋根瓦です。



道に出て、近くにある小学校の方を見ると、少し違った景色でした。
いつもであれば大木の緑に隠れて見えない校舎の壁が見えています。

あそこには "あの木" があったはずなのに ・・・

小学校に行ってみました。

"あの木" とは、この木「大王松(ダイオウショウ)」のことです。



  ※矢印は折れ千切れた枝です。




  校舎よりも背が高く、堂々としたこの大王松を、
  私はこの小学校(140年の歴史を誇る)のシンボル(守り神)の木とみていました。

  平成3年の台風19号の風にも耐えた木でした。

    ※この木から落ちた大きな松ぼっくりが3個、我が家にあります。
      何年か前に、沢山落ちている中から私が拾って持ち帰ったものです。
      今となっては、かけがえのない "形見" になりました。
     

  新学期に登校した児童たちは、倒れた木を見て驚き、寂しくなることでしょう。


校庭を歩くと、至る所に爪痕が残されていました。

根元からバッキリ折れた千原桜(チハラザクラ)



  ※収納庫もヒックリ返っています。

太い枝が折れたヒマラヤスギ

  ※案内板や渡り廊下も損傷しています。

木の枝が散乱した運動場

  ※西からの風(矢印)の影響を受けています。
    (我が家の2階の瓦もそうですが)


家に戻る途中で、通信用ケーブルに引っ掛かっているTVアンテナを見かけました。



家に戻って、
締めまわしていた雨戸を開けようとしたら「カマキリ」が潜んでいました。
【カマキリが苦手な方は画像拡大注意】


   どこから闖入したのか、カマキリも暴風雨を避けて室内に逃れていたようです。
   もう大丈夫なので、網戸を開けて外に追い出しました。


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今回の台風15号は「白鳥」という名前ですが、
鋭い爪がある、暴れん坊の白鳥でした。

  ちなみに、韓国が命名国となっています。

    ※台風の命名方法については
     「国土交通省気象庁」さんのウェブサイトにある
     「台風の番号の付け方と命名の方法」をご参照ください。

◇ 今夏最後(?)のスイカ

2015年08月23日 12時27分29秒 | 日常・その他
先日(2015.8.17)の拙ブログで次のように書いていました。

  「今年はいつもよりスイカを食べる機会が少なかったような気がしますので、
   明日あたり、今年最後のものを買に行こうかと思います」

延び延びになって、
日勤帰りの昨日、途中の店に寄って買ってきました。
スーパーカブだったので、
ゴトゴトしないように、荷台の箱にピッタリ納まるものを買いました。
(買って食べるのは、おそらく今夏最後になるのでは)


北海道産のスイカです。
(熊本産はシーズンが終わっているはずです)


 「株式会社 平間農産本舗」(*)さんのスイカです。

   貼ってあるシールを見ると
   ブランド名が「ヒグマのごちそう」と書いてあります。
   目付きが怖そうなヒグマがスイカに圧し掛かっているイラストが
   ブランドマーク(?)になっています。
     なかなか、怖カワです。

   従業員の方々の写真をよく見ると
   後列右端の方はヒグマのような風貌です(大変失礼)。
   ブランドマークのヒグマはこの方がモデルかもしれません(更に失礼)。

    * : 同社のWebサイトによると、
       富良野にある農場で、スイカ作付面積が日本一(20ha)となっていました。
       都道府県別のスイカ収穫量では日本一の熊本県ですが、
       事業所単位での収穫量では、広い北海道にはとても敵わないと思いました。

切ってみると、クラックや色むらもなくキレイです。


  シャキシャキ感が強くて美味しいのですが、
  地元応援の私としては「植木スイカ」の繊細なシャキシャキ感のほうに
  軍配を上げたくなります。
  
    ところで、
     「くまモン」はスイカをシャクシャク食べますが、
     「ヒグマ」も大好物なのでしょうか?


これは同じ店で買った、瑞々しい葡萄「ニューベリーA」です。


  4個入りの箱が780円(税別)と、お買い得でした。
    福岡県山川産のものです。
    生産者名も印刷されていましたので、変な物ではないはずです。

      冷えていないのを一粒味見しました。
      少し酸味が強いようでした。
      数日熟成させれば甘くなってくれるのではと思います。


・・・・・・・・・・・ ギャラリー 027 (葡萄が描かれた絵) ・・・・・・・・・・・
                     ライセンス(2点とも): (パブリック・ドメイン)

 ◆タイトル:ぶどう摘み(The Grape Picker)

 ・画家:ウィリアム・アドルフ・ブグロー(William-Adolphe Bouguereau)
 ・制作年:1875年
 ・収蔵:ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館<デンマーク>


 ◆タイトル:葡萄とメロンを食べる少年たち(Boys Eating Grapes and Melon)

 ・画家:バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(Bartolomé Esteban Murillo)
 ・制作年:1645年-1655年
 ・収蔵:アルテ・ピナコテーク<ドイツ>

   ※左の子の左手には、右の子が分けてあげた(?)メロンがあります。
     (一口かじっているようです)
     葡萄の滓が足元に散らばっていませんので、
     右の子は未だ葡萄を食べていないようです。
     『そっちのは美味しいか?』なんて訊いているところでしょうか ・・・
    
   ※ムリーリョさんはセビリア生まれで14人兄弟の末子ですが、
     小さい頃に両親を亡され、姉夫婦のもとで育てられたということです。
     ペスト等の疫病で自分の子供を5人も亡くされており、
     6人目の女の子も耳が聴こえなかったそうです。
     自分の子供達を慈しむかのように、
     恵まれない子供たちを描いた絵を数多く残されています。

◇ 真夏の落ち葉清掃

2015年08月22日 21時20分57秒 | 日常・その他
ここ数日は慈雨に恵まれていましたが、今日は暑い快晴でした。

日勤勤務の午前中に、
気になっていた落ち葉の清掃をすることにしました。

寮の自転車置場傍に生えているヤマモモ(山桃)の木の落ち葉です。

   ※置いてある自転車は全て寮生のものです。

        「真夏に落ち葉なの?」、
        「いつから散ったままなの?」などという疑問は、
             胸にしまっておいてください。


昨日の寝相が悪かったのか、
久しぶりに腰に痛みが出ていたし、
陽射しも暑かったのですが、
黙々とやりはじめました。

あらかた片付いて、
残っている落ち葉を高箒で集めているとき、
コガネムシ(黄金虫)の子供と思われる幼虫を見つけました。

掃き集めた範囲の中で土が見えていた部分は
ヤマモモの木の根元周りしかありませんでしたので、
その土の中で寝ていたところを私が箒で掘り出してしまったものと思われました。

炎天下に曝したままにしたら可哀そうなので、
元のところに戻してやりました。

腐葉土の上に置くとモゾモゾと隠れ始めました。

箒で掘り出された幼虫がモゾモゾもぐっていく姿です。
       【昆虫の幼虫が苦手な方は画像にご注意】


①私が箒で掘り出してしまった幼虫         ②根元の腐葉土の上に置いたところ
  (コンクリートの上です)
 
  ※オレンジ色が頭のほうです。
  ※足6本は上半身のほうについています。


③直ぐもぐり始めました。                ④初めは頭から真っ直ぐもぐり始めますが
                                  直ぐ横向きになり体を丸めます。
 
  ※頭隠して尻隠さずの状態です。


  コガネムシの幼虫は「害虫」として嫌われているようですが、
  私は今日この場所で、計3匹助けてしまいました。


集めた落ち葉は大きなビニール袋5個分になりました。
いつもでしたら、両手に1個づつ持って廃棄物置き場へ運ぶのですが、
腰痛の今日は大事をとって、
某職業訓練校備品の「リアカー」(*)を無断で使用しました。
(今日は休みで職員は誰もおらず、電話で断るまでもないだろうと ・・・)

   * : "リアカー"とは懐かしい響きです。
      リアカーを扱うのは小学生のときの「子供会廃品回収」以来ではないでしょうか。
         念のため説明いたしますと、
         リアカーは自転車やバイクで牽引する荷車なので、
         rear(後部)のcar(車)で "リアカー" と呼ばれています。
         ちなみに、道路交通法では、公道を走れる「軽車両」に区分されています。

これが現代版のリアカーです。

   ※進化しているところは特に無いようです。

なんとなく憂いも感じられる(?)後ろ姿です。


   このリアカーは、屋根付のリアカー駐車場(1台用)に保管されています。
   あまり使用されていないのでソゼ(**)ていません。
   今日私の役に立てて喜んでいるかもしれません。

     ** : 終止形の"ソゼル" は標準語と勘違いしていた熊本弁で、
        「傷む」とか「古くなる」という意味です。
        標準語とゴッチャにした "ソゼ+ていません" で、
        「傷んでいない」とか「古くなっていない」という意味になります。
        「ソゼ+ていません」を純熊本弁で言うと「ソゼトラン」(?)になるかと ・・・


落ち葉を清掃した後は、このとおりです。

  ※左のヤマモモの木には立派な大きな実が沢山生りますが、
    採る人は誰もおらず、地面に落ちて踏みつぶされてしまいます。
      次の季節には、
      「ヤママモ酒」や「ヤマモモジャム」に挑戦してみようかと思います。 

◇ 蟻の行列

2015年08月21日 20時10分43秒 | 庭の草木や生き物たち, etc.
蟻が行列して引越しをしていました。

  6mほど離れた場所(枯れた木の幹の中)へ移転しているようです。

ゴロ石が連なっているところを、
山(ゴロ石)越え谷(地面)越えして行列をつくっていました。

  ※赤色矢印の蟻は右方向(古い巣があるほう)へ進んでいます。
    黒色矢印と緑色矢印の蟻は左方向(新しい巣のほう)へ進んでいます。

蟻の行列は
「多量の食べ物を大勢で運ぶとき」や「巣を引っ越すとき」などに見られるそうです。

今回のは巣の引越しのようですが、
しばらく見ていて、理解できない行動が三つありました。

  1. 古い巣のほうへ向かっている蟻(上の画像の赤色矢印)も沢山いるのに、
    新しい巣のほうへ向かっている蟻(上の画像の黒色矢印)の中に
    荷物らしきものを運んでいる蟻が少ない。
    荷物を運んでいるのは数十匹に1匹程度しかいなく、
    上の画像では緑色矢印の蟻だけ。
    (途中で他の蟻が替わってあげているようではありませんでした)

    ・古い巣のほうへ向かっている蟻は何をするために戻っているのか?
    ・新しい巣のほうへ向かっている蟻の中で物を運んでいない蟻は
      自分の身だけ移動中なのか?

  2. 右へ行く蟻と左へ行く蟻が、すれ違うたびに頭を寄せ合います。
    (素通りする蟻もいますが)
    ・何のためにしている行動か?
    
     ※「匂いなどで同じ仲間かどうかを確認している」という説があるようですが。

  3. 行列のラインから少し外れてウロウロしている蟻(下の画像の黄色矢印)が時々います。
    ・なぜ、行列に参加していないのか?

     ※人間社会と同じように、サボっている蟻なのか?




偶々、今日は蟻を3匹助けました。
(上の蟻の引越しと関係していたかもしれません)

  テーブルの上で朝刊を広げようとしたら蟻を1匹いたので、
  親指と人差し指で軽くはさんで外に出て、
  仲間とはぐれないように郵便受けの近くに放しました。
  (たぶんその付近で新聞に付いたと考えたので)
  再び新聞を読もうとしたら、また1匹発見しました。
    同じように郵便受けの近くに放しにいきました。
  やれやれと部屋に戻り、もしやと思って新聞をみると
  3匹目がウロウロしていました。
    二度あることは三度あるとはよく言ったものです。

      さすがに、四匹目(四度目)はありませんでした。


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昨日の拙ブログでご紹介した「川のり」を
今日の味噌汁に入れて家族に食べてもらうつもりでしたが、
寝坊(9時過ぎ起床)したため、他の家族は既に食後でした。

  私だけでも食べてみようと味噌汁鍋の蓋を取ると
  同じような色の野菜(小松菜)が具で入っていました。
  これに入れたら区別がつかなくなると思い、
  しかたないので、汁だけを少し椀に注いで、
  「川のり」を一つまみ入れて試食することにしました。

  寮生Y君がいったとおり、直ぐにふやけて鮮やかな緑が拡がりました。
  ワカメよりも薄いですが、噛むと意外とハッキリした感触でした。
  香魚鮎になったつもりで清流を嗅ぎながら頂きました。

♡ 日本一の清流で採られた「川のり」

2015年08月20日 21時55分40秒 | 瓶覗色の思い[歓喜悦慶]
勤務先の某職業訓練校の寮生たちの夏休みが終わりました。
昨日が夏休み後最初の宿直勤務だったので、
寮生達と26日ぶりの顔合わせとなりました。


  寮生Y君が舎監室にきて、
  『川でとってきたものがあります』と話しかけてきました。

  Y君の家は清流球磨川(日本三大急流の一つ)の上流のほうだったはずです。
  てっきり鮎などの川魚だと思い『生き物か何か?』とききました。
  『違います』と答えました。


何だろうと考えていると、
『分けてあげます』と言って袋を見せました。

遠慮深い私が『少しだけでいいから』と言って貰ったのがコレです。


「川のり」です。  ※「青のり」ともいうかもしれません。

  「四万十川」などでとれる「川のり」と同じものだと思います。
  さすがアユ釣りのメッカでもある球磨川と思っていたら、
  採った場所は球磨川の上流、もっと山奥に入って行った球磨川水系の支流のどれかのようです。

  その場所は「川のり」採取の穴場のようで、Y君(と家族)だけの秘密にしているそうです。
  支流の名前さえも口にしませんでした。
  (私が知ったとしても、採りに行くことはないでしょうが)
 
    私の推測では球磨川水系最大の支流である「川辺川(カワベガワ)」(*)の、
    そのまた支流の何処かだと思いますが ・・・

     * : 「川辺川」は「四万十川」と並び、日本に残された最後の清流といわれています。
       なにしろ、国土交通省さんの水質調査で9年連続日本一(継続中)となっています。


清冽な流れに浸かって「川のり」採りができるという環境を羨ましく思いました。
何か、今現代の話ではないような気もしました。

  私が清流でウグイを釣ったり泳いだりして遊んだのは、
  遙か50年以上前の小学生の頃が最後です。
  二・三度の経験しかありませんが、
   川の水の冷たさ、
    底の石がはっきりと見える透きとおった碧い水、
     手で掴んだウグイの感触は憶えています。


Y君は『味噌汁にそのまま入れて食べてもよい』と言ってました。
(最初から入れておかずに、最後に入れるのが肝心とのこと)

  私は「川のり」を食べるのが生まれて初めてです。
  明日の朝が楽しみです。


・・・・・・・・・・・ ギャラリー 026 (ジョン・シンガー・サージェントさんの絵) ・・・・・・・・・・・
                            ライセンス(2点とも): (パブリック・ドメイン)

 ◆タイトル:急流(Rushing Water)

 ・画家:ジョン・シンガー・サージェント(John Singer Sargent)
 ・制作年:1901年 - 1908年 頃(?)
 ・収蔵:メトロポリタン美術館


 ◆タイトル:小川と岩(Stream and Rocks)

 ・制作年:1901年 - 1908年 頃(?)
 ・収蔵:メトロポリタン美術館

  
   ※「サージェント」さんは「最後の肖像画家」といわれていますが、
     50歳頃からは肖像画の注文を断り、主に水彩の風景画を描かれていたとのことです。
       1884年にパリのサロンに出品した「マダムX」(ゴートロー婦人の肖像)という肖像画で
       大スキャンダルに巻き込まれています。
       (上流の夫人を官能的に描き過ぎたため)