1月半ばから、悲しい、つらい、苦しい、眠れない、というツイートやブログの投稿が多く、大丈夫ですか?と友人や知人から心配されているので、反省しています。
心配させて、どうするんだ?とーー。
今日は、軽めの内容でいこう!
興味ないかもしれないけど、洋服の話をします。
昨夜、最近マーガレット・ハウエルの服しか買わない、と書いたけど、嘘です、無印良品の服をよく買ってます。
普段着・移動着は無印良品、
仕事着はマーガレット・ハウエル、
という感じですね。
(普段着として、母の手編みのセーターも着ている)
今日は、全身(セーター・インナー・ジーンズ・ダッフルコート)無印良品です。
シューズはニューバランス(足は、バレエの5番ポジション)。
紺のキャンバストートは無印良品、
茶色の革リュックは横浜元町のキタムラの、です。
最近の普段着のテーマは、浪人生。
ダッフルコート、ジーンズ、スニーカー、大好き!
むかしね、小説家で元長野県知事の田中康夫さんに、「喜び組」とか「三十路過ぎて三つ編みしている女」とか彼の連載エッセイ内で容姿を揶揄されましたが、
わたしは髪が邪魔になる、リュックを背負う移動時や登山時や、ランニングの時は、いまでも三つ編みをしています。
万が一、60歳、70歳、80歳まで生きることになったとしても、三つ編みしますよ。
(中島みゆきの「横恋慕」の「長い髪を三つ編みにしていた頃に めぐり逢えればよかった 彼女よりもう少し早く」という歌詞が好きで、よく歩きながら歌っているんですが、三つ編み、いまもしてるからな……)
余計なお世話!
わたしは歳相応な服装が、嫌いなの。
ヨーロッパに行くと、70歳過ぎの女性がミニスカートにハイヒール履いて、カレシと腕を組んだり手を繋いだりして歩いてて、ステキだな、と思います。
歳は、一つの目盛りに過ぎません。
決して、時計やカレンダーのようには流れない時間の中で、わたしは小説や戯曲やエッセイを書いて、芝居を創って、生きています。
さて、洋服遍歴を披露してみましょうか?
10代半ば〜後半は、MILK、ビギ、メルローズ、ドゥファミリィ、ヒステリック・グラマーあたりを着ていました。
20歳〜30歳は、ヨージ・ヤマモト、コム・デ・ギャルソン、ダナ キャラン、ヨーガンレールが多かったですね。
子どもを産んだ後は、コリーヌ・サリューにハマった。
そしてーー、
2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故直後からなりふり構わなくなりました。
2011年4月から福島県の相双地区(原発の半径20キロ圏内)に通いはじめたので、それからはジーンズに登山靴という格好で通しましたね、ずっと。
2012年2月から臨時災害放送局「南相馬ひばりエフエム」で、週1回放送のレギュラー番組「ふたりとひとり」を受け持つことになり、ラジオ収録の仕事がスタートしました。
南相馬市在住の方のお宅や仮設住宅や職場を訪ねることが多かったんですが、あちこちのお宅で出していただいたり、お土産としていただく、おにぎりやおかずやお菓子を、おいしい! おいしいです!と完食しまくった結果15kgも肥り、ずっと続けていたランニングとバレエができなくなり……
昨年10月12日の台風19号と、10月25日の記録的豪雨による福島県内の被害状況が凄まじく、その最中に、ちょうど青春五月党の新作公演「ある晴れた日に」の稽古中だったものだから、不安と罪悪感で気がつくと歯を食いしばっていて、奥歯を噛み砕いてしまったんですね。公演中だったために歯科医で治療する時間がなくて、丸2週間ものを食べられなくなり、
いいや、もうこのまま、食べないで行こう、
震災前の体重に戻せば、フルマラソンとバレエに復帰できる、と11月半ばの千秋楽後も(歯科治療後も)食事制限をつづけています。
12kg減量し、目標体重まであと3kgというところまで漕ぎ着け、ランニングとバレエを再開しました。
よかった。
いま、東京や横浜でコロナとかインフルエンザをもらってきたら、諸々の仕事が総崩れになるので、マスクをしています。