柳美里の今日のできごと

福島県南相馬市小高区で、
ブックカフェ「フルハウス」を営む
小説家、柳美里の動揺する確信の日々

お願い、について

2022年04月20日 18時56分00秒 | 日記
東京キッドブラザースでは、
終演後に必ず、出演者が舞台上に並び、代表者(日替わりで) 1名が観客に挨拶とお願いをしていました。
挨拶の内容は出演者に任せられていた、と記憶していますが、最後の「お願い」は決まっていました。

「実はまだ、客席に余裕がある回があります。今日の舞台を観て良いと思ったら、ご家族やお友だちに宣伝していただければ嬉しいです。もう一度観に来ていただければ、とっても嬉しいです」

というような内容でした。

そんなの邪道。
だいたい格好悪い。
さっきまで役を演じていた俳優が、観に来て、とお願いするなんて、舞台の内容を台無しにすることになるんじゃない?
芝居が良かったら、お願いなんてしなくても勝手に宣伝するでしょう。

という声が聞こえてきそうですが、
わたしは、そうは思いません。

演劇は、舞台芸術であると同時に、興行です。
上演場所も上演期間も限られています。
観てもらわないことには始まらないし、
空席が目立ち、赤字が出て、主宰者が借金を背負うことになったら、次回公演を行うことは出来ません。

お願いは、公演を、劇団を、劇場を継続させるために、必要です。

わたしは、いくらでもお願いします。

まずは、場所づくりにご協力ください。

「La MaMa ODAKA」のクラウドファンディング、あと1週間で終わります。

お願いします。




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23回忌

2022年04月20日 12時32分00秒 | 日記
どなたかが供えたばかりのお花がちょうど紫と青だったので、わたしたちの供花と合わせて生け直しました。

蝋燭に火を灯し、線香を焚いて、手を合わせ、東由多加に語りかけようとしたら、
「この22年……」という言葉しか出てきませんでした。

東の死から22年が過ぎました。








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ここから!

2022年04月20日 01時10分00秒 | 日記
30代のとき、
毎月のようにハーフマラソンやフルマラソンや山岳耐久レースにエントリーしていました。

元実業団選手の佐藤千恵子さん(わたしより3つ歳下)といっしょに走ることが多かった。千恵子のパートナーの金井雅也氏(元実業団選手)が、ラスト2キロくらいを伴走してくれることもあった。

雅也氏は普段は口数が少ないんだけど、わたしのペースが落ちると、「ここから!」と声をかけてくれた。

声を出して返事をする余裕は全くなかったから黙っていたけど、
フルマラソンの30キロ地点を過ぎても、「もうすぐ(ゴール)!」ではなく、「ここから(スタート)!」なんだな、と体全体で納得したことを覚えている。

さて、クラウドファンディング 、
残り7日、168時間で、終了します。

現在ご協力くださった方は、
432人
現在までに集まった金額は、
753万5720円
目標金額2000万円の37%です。

フルマラソンで言うと、29キロ地点ぐらいかな。
制限時間内にゴールできる可能性は極めて低い、と判断せざるを得ない状況だということは解ってる。

でも、雅也氏だったら、きっと、「ここから!」と声を掛けてくれるはずだ。

ここから!

無理じゃない。

どうか、ご協力をお願いします。

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なんの色が好き?

2022年04月19日 23時10分00秒 | 日記
明日、4月20日は、東由多加の23回忌です。

今日は、22歳の息子と二人で、お線香、蝋燭、チャッカマン、東が好きだった日本酒、煙草(ハイライト)、和菓子(柏餅)を購入した。

お墓に供える花束を購入するために、長崎浜町アーケードの花屋に入った。

どういう色が好きだったっけ?
と迷っていたら、
息子が「東さんは、上品な感じがいいよ」と紫と白の花を選んだ。

生前、もう30年前になるが、クリスマスイブに渋谷の西武デパートに行った時、ダナキャランニューヨークに入り、「これ、きれいな色だね、似合うよ」と東にプレゼントしたセーターがちょうどこんな色だった。

明日、お墓参りをします。










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【Youtube】ポリタスTV

2022年04月19日 22時14分02秒 | 日記

津田大介さんが編集長をされている「ポリタス」の番組に出演しました。

福島県南相馬市小高に新たな文化拠点が誕生|南相馬でブックカフェを営む小説家の柳美里さんが小劇場・ミニシアターを企画。集まれる場所を作ることへの思いを聞く(4/19)

https://www.youtube.com/watch?v=exDpb2gjrtE


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最近の記事

2022年04月18日 09時57分00秒 | 日記
福島民報
https://www.minpo.jp/news/moredetail/2022040996028

福島民友


河北新報


地元紙がクラウドファンディング のことを取り上げてくださり、助かります。

地元紙のみなさんと共に、文化•芸術を発信•受信•交流できる場所を作り、育てていきたいです。



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お願いがあります。

2022年04月17日 14時44分00秒 | 日記
時々、このブログを覗いて、柳美里やフルハウスや青春五月党や、小高、南相馬、相双地区、福島県、東北のことを気にかけてくださっているみなさんに、お願いがあります。

我が家の敷地内にある水道屋の作業場だった古い倉庫を小劇場•ミニシアターにするクラウドファンディング を行っています。

あと10日、4月26日で終了します。
現在、2000万円の目標額の約35パーセント、679万円まで来ています。

諸々の支払いを5月中に終えて、6月には「La MaMa ODAKA」のオープニングイベントを行う計画を進めています。

現時点では目標額の達成は難しい、という見通しを持たざるを得ませんが、わたしは無理だとは思っていません。

あと、10日、240時間、あります。

わたしには、30年以上柳美里の作品を読みつづけてくださっている読者のみなさんがいます。

12回目の3月11日が過ぎて間もない、3月16日午後11時36分、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震によって、南相馬市は震度6強の強い揺れに再び襲われました。
我が家とブックカフェ店舗も被害が多く、「一部損壊」に認定されました。
昨年2月13日に起きた福島県沖を震源とするマグニチュード7.3の地震でも我が家は「一部損壊」となったので、またか、と気持ちが鬱いで、あれやこれやをどうしようか、困ったな、でもどうにかしなきゃ、と堂々巡りを続けているうちに不眠に居座られ、睡眠薬に頼る日々が続いています。

福島県の相双地区は、巨大地震、大津波、11年が経ってもおさまらない余震、原発事故の諸々の影響、難問続きの廃炉作業、台風による水害、コロナの感染拡大など、「復興」に向かおうとするたびに突き飛ばされて倒れる、という状態です。

よく、「未曾有の複合災害」と言われますが、「未曾有」の被害に対しては、統計やノウハウや緻密さだけでは太刀打ちできません。

旧「警戒区域」で、帰還住民3割(約3800人)の南相馬市小高区で、本屋を開くこと、カフェを経営すること、劇団を旗揚げすること、その全てを「無謀」だと反対されてきましたが、わたしは一つ、一つ実現してきました。
原発周辺地域に必要なのは、まさに確固とした「無謀さ」だと考えています。


この2年間、「三密を避ける」「ソーシャルディスタンス」「不要不急の外出をしない」などの感染予防策が、政府や地方自治体によって呼び掛けられてきました。
感染予防策としては正しいのですが、原発事故によって人と人との繋がりを寸断された旧「警戒区域」に最も不足しているものは、まさに「密」なのです。
帰還者、避難者が最も必要としているのは人と人との「親密な繋がり」なのです。

「La MaMa ODAKA」は、座席数50の小劇場•ミニシアターですが、「未知との遭遇」の瞬間を生み出したいと思っています。  
「未知との遭遇」とは、「他者との出遇い」に他なりません。   
 
戦争とパンデミックで、わたしたちの社会が大切に守ろうとしていた倫理や道徳は、いま、激しく動揺しています。
そんな今だからこそ、演劇、映画、コンサート、朗読会、実演会、トークセッション、ポートフォリオレビュー、ワークショップによって、他者が創り出した世界にぎりぎりまで接近し、時にはその世界に飛び込み、自分ごと全部持って行かれるような体験をすることが重要なのです。 
 
わたしたちは、自分の心が悲しみや苦しみなどの感情に大きく波立っても、それを悟られまいと普段と変わりなく日常生活を営んでいます。
でも、その感情は抑制されているだけで、無くなりはしません。独りであまりにも大きな悲しみや苦しみを抱え込むと、感情が暴発して心が壊れてしまうこともあります。
 
ブックカフェ「フルハウス」は、誰にも打ち明けられない悲しみを抱えた方々の「悲しみの器」として、どこにも居場所が無いと感じている方々の「魂の避難所」としての役割を担ってきました。

小劇場•ミニシアター「La MaMa ODAKA」が担うのは、人と人とを隔てる心の距離を踏み越える、人と人との「親密さ」を取り戻す場所としての役割です。
 
URLページをご一読いただき、ご賛同いただけるならば、クラウドファンディングにご協力いただけると、うれしいです。
 
クラウドファンディング が成功して、福島県南相馬市小高区東町一丁目十番地に小劇場•ミニシアターが誕生したら、みなさんと「La MaMa ODAKA」でお目にかかりたいです。
 

★ 「La MaMa ODAKA」の運営は、非営利型一般社団法人 Odaka Society for the Promotion of the Arts(OSPA=おすぱ)が行います。 柳美里はOSPAの代表理事です。
 このクラウドファンディングは、柳美里の個人事業へのご支援ではなく、OSPAへのご支援という形になります。
 一般社団法人(非営利型法人)に対する寄付金は、寄付者が法人(企業)の場合は、経費として認められます。

https://motion-gallery.net/projects/lamamaodaka-theater

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コロナに感染しました。

2022年02月09日 10時16分00秒 | 日記
今日でコロナ発症11日目、自宅療養期間が終わりますが、しばらく、ひとには会わない方がいいと思うので、静養しつつ仕事に復帰します。

コロナの病状は、Twitterで毎日ツイートしていましたが、NHKのサイトにまとめていただいたので、読んでください。


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新春対談

2022年01月04日 11時26分00秒 | 日記

『福島民友』紙上で、内堀雅雄・福島県知事と対談を行いました。

 
【新春対談(上)】内堀知事×柳美里
 福島「復興の地」へ
https://www.minyu-net.com/news/news/FM20220103-676705.php

【新春対談(下)】内堀知事×柳美里






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クラウドファンディングへのご協力のお願い

2021年12月28日 19時52分38秒 | 日記

わたしは現在、福島県南相馬市小高区でブックカフェ「フルハウス」を営んでいます。
自宅敷地内に古い倉庫があるのですが、その倉庫を劇場兼ミニシアター「La MaMa ODAKA」として全面改装するクラウドファンディングにご協力いただきたいのです。

原発事故前に1万2842人だった小高区の居住人口は、2021年11月末現在、3813人――、
避難指示が解除されて5年が過ぎましたが、3割で頭打ちになっているのです。
避難を続けられている方、また帰還をされた方の多くが、魂の「孤絶」に直面しています。
「孤絶」の絶は、絶縁の絶、絶望の絶です。
人と人との繋がりが絶たれた状態、居場所から引き抜かれ状態が「孤絶」です。

「三密を避ける」「ソーシャルディスタンス」「不要不急の外出をしない」などの標語は、新型コロナウイルスの感染対策としては正しいのですが、地震、津波、原発事故によって人との繋がりを寸断された原発周辺地域に最も不足しているのは「密」です。
帰還者、避難者のみなさんが最も必要としているのは「親密な繋がり」なのです。

人間の魂は、他者の魂との交流を絶たれると生きていけません。
悲しみを自分独りで抱えていると、悲しみの水位が上がり、悲しみの中で溺れてしまいます。
悲しみは、誰かに話し、誰かに聴いてもらうことによってしか流すことができません。

わたしは、魂と魂が交わる「悲しみの器」としての劇場・ミニシアターを、みなさんといっしょにつくりたいのです。

「La MaMa ODAKA」のオープンは、「フルハウス」の4周年記念日である20202年4月9日を予定しています。

写真は、今日(2021.12.18)のLa MaMa ODAKA予定地です。

今日が職人さんの仕事納めでした。年末年始はこのままですが、年明けから工事が再開します。

https://motion-gallery.net/projects/lamamaodaka-theater





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泣けない。

2021年11月12日 14時48分00秒 | 日記
泣きたい。

大声で。

泣いて、その涙で、怒りのあまり崩落して足もとに転がっている岩みたいな心の角を丸くして、泣いて、泣いて、全部流してしまいたい。

心を、わたしの目の届かないところに流してしまいたい。

心を、消したい。

今のわたしは、生きることを志向できていない。








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インタヴュー記事について

2021年11月09日 10時39分00秒 | 日記


先ずこれは、柳美里の原稿ではなく、時事通信の記者によるインタヴュー記事です。
わたしが記者の前で語ったことの全てが掲載されているわけではありません。

「小学校低学年のとき、同級生に『お前の家に投票用紙はないだろう』といじめられたことがあって」

という記事中の言葉に対して、

「そんな小学校低学年の子どもなんているはずがない」
「在日の被害妄想」
「やはり朝鮮人は嘘つき」
などのさらなる誹謗中傷が沸き起こっていますが、

インタヴュー中、わたしはこのような言葉を続けています。

「やはり小学生の時に『国勢調査におまえんちは入らないだろ。おまえはナントカ人だからな(『朝鮮人』と言ったら教師に怒られるので、クラスメイトたちは『朝鮮人』という言葉をNGワードとして避けた)とも言われました。わたし自身、投票や国勢調査の仕組みをよく知らなかったので、同じ歳の子どもから『投票用紙』『国勢調査』なんて言葉が出てくるはずがない、と思いました。親だな。家庭で父親と母親がしゃべっている会話を聞いた子どもがそれをそのままわたしにぶつけているんだな、と……」

それからというもの、わたしは、保護者たちが小学校に集まる授業参観や運動会や学芸会に恐怖をおぼえるようになりました。

わたしは、小学校の担任にも、「おまえは日本語をしゃべれるのか?」などの質問をぶつけられ、驚きのあまり何も言葉を返せなかったことがあります。

小学校低学年の時は、「バイ菌」というあだ名で呼ばれていました。「バイ菌がよそうとバイ菌が感染る。汚くて食べられない」とクラスメイト全員が給食を食べることをボイコットしたため(派手に嘔吐する仕草をして笑いをとる男子もいた)担任教師が困り果て、クラスで(おそらく学校中で)一人だけわたしは給食当番から外されました。

記事の枠(文字量)の関係と、選挙の話題からは逸れるので省かれましたが、教師や保護者の差別意識が校内のイジメに関与(加担)しているケースは、現在でもある、と思います。

SNS内で大人たちが安易に用いている憎悪にまみれた差別や排除や誹謗中傷の言葉を、子どもたちがよくわからないままコピーして学校という社会で使う可能性は高い。

あなたは、匿名という仮面で顔を覆っているからといって、その指で打った言葉に対する責任から免れるというわけではありません。

あなたは顔を持ち、あなたがSNSで発した言葉が向かう先にも、顔がある。そのことを自覚した上で慎重に言葉を選ぶべきです。

Twitterにあふれるヘイトまみれの言葉に、あなた方の子どもたちも曝されているのです。


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術前、術後

2021年10月09日 11時38分00秒 | 日記
手術によって両足の親指が真っ直ぐになった。

でも、「リハビリをがんばらなければ、真っ直ぐになった動かない親指になっちゃうんで」と執刀医に釘をさされたので、手術の痛みが落ち着いたら、固まる前に、痛くても親指を上下に動かさないといけない。

上に45度、下に90度、って痛いだろうなぁ……






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痛みの中でみた夢

2021年10月09日 10時56分00秒 | 日記
最初に消灯したのは、22時ぐらいだったと思う。
左足の傷口がどうにも痛くて眠れないので、痛い時にのむようにと渡されているロキソプロフェン Na錠60mgを、23時にのんだ。
(毎食後、痛み止めのカロナール錠500を、胃薬のレバミピド錠100mgと共に服用し、抗生剤も1日2回点滴してもらっています)
しかし、痛みはおさまらない。
左親指に火をつけられて燃やされてるみたいな痛みで、思わず処方箋袋を手にするが、ロキソプロフェンは間隔を6時間あけなければいけないと注意されている。
(わたしはたびたび出血性胃炎と十二指腸潰瘍で喀血して入院し、喘息の持病もある)
痛みを堪えながら、Twitterのタイムラインを見たり、本を読んだりしていて、午前2時半に目薬をさして、「蒸気でアイマスク 完熟ゆずの香り」を目にあてて、眠ることを試みる。

紺のブレザーに紺のタイトスカート姿の女性事務員が、わたしが寝ているベッドをまたいで部屋から出て行ったり、足元に土偶の目と口だけみたいな顔が寄り集まっていたり、夢とも幻覚ともつかないものに悩まされた後、わたしはどこか別の部屋に寝ていた。
階下で東が帰ってきた音がした。
体は動かせない。
指一本動かせない。
劇団員が酔っ払った東を担いで階段をのぼってくる音がして、「危ない! やめて!」と叫ぼうとしても、声が喉につかえて出てこない。

わぁぁぁぁぁ!という東の叫び声と、階段を落ちる音がした瞬間、金縛りが解ける。
扉を押し開けると、真っ直ぐにつづくコンクリートの非常階段があり、東の衣服と毛布みたいな布だけが散らばっている。
東が死んだ。
死んで、いなくなった。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
という自分の絶叫で目覚めた。

目を開けると、病室だった。
仰向けのまま読書灯に手を伸ばし、泣いている自分の顔を照らす明かりの中で、東は死んだんだ、東の死からもう21年経ってるんだ、と自分を納得させた。

時計を見ると、午前3時半。

4時間半あいたので、ロキソプロフェンをのんだ。


(写真は、昨夕看護師さんに消毒の仕方を教えてもらった時に、術後初めて見た傷口です)










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手術の翌朝

2021年10月08日 06時55分00秒 | 日記
手術中は、全身麻酔と、両足に直接打っていただいた神経ブロックの局所麻酔のおかけで、意識も痛みもありませんでした。

意識の無いまま手術室から病室に運ばれて、朦朧とする中で看護師さんから名前を呼ばれました。手術中に気管チューブを挿れられていた喉の奥が痛いので声が出しづらく、もごもごと、喉が痛い、気持ち悪い、吐きそう、と訴え、ベッドの頭部分を上げていただき、枕の横のガーグルベースに胃液と唾を吐きました。

昨日は夜まで麻酔の痺れが残っていて、足の感覚も痛みもなかったんです。

22時41分頃、千葉県北西部を震源とするマグニチュード6.1の地震があり、わたしが入院している都内の総合病院も震度5の揺れに見舞われました。

日付が変わる頃から捻挫したような鈍痛が現れたので、痛み止めのロキソニンを飲み、それでも地震やら痛みやら小説のことやらでなかなか寝付けず、午前3時頃にうつらうつらしました。

2時間後の5時過ぎに、足の痛みで目覚めました。鈍痛ではなく、肉と骨を切ったということがわかる鮮やかな痛みです。

ロキソニン、と処方箋袋を手にしたんですが、胃が弱いので朝食後にのんだほうがいいかも、と我慢しました。

我慢しています。

痛みにも個性みたいなものがあり、左足の方が主張が激しい。開けてくれぇ! 開けろぉ! 開けないとドアをぶっ壊してやる!開けないと殺すぞテメー! ドンドンドンドンッ!みたいな凶悪な感じで。
右足は、黙って拳を尖らせて、コンコンッ、コンコンッと強めに、速く、休まずノックする紳士的な感じ。

しかし、両足とも、痛いことにはかわりない。

6時22分かぁ……

朝食って、8時だったっけか……

いま、看護師さんに検温と血圧(だいたい下が40前後、上が80前後の低血圧で、脈拍も50ぐらいの遅脈なので、え……と驚かれ、測り直されそうになるので、いつもそうなんですよ、と説明します)と酸素濃度を測っていただき、痛みの具合を訊ねられたので、「かなり痛いですね」と答えたら、「我慢しないで、お薬のんでください」と言われたので、飲みます。

あぁ、お水を買っておけばよかった……














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