サトルの前に飛ばされてきたのは、間違いなく、あの不思議な子供でした。ヒゲを生やした子供は、ズルズルと風に引きずられ、転がりながらある所まで来ると、ふっと風に食べられでもしたかのように、消えてしまいました。サトルは、舞い上がった土埃で、よく見ることができませんでしたが、不思議な子供がまさか消えてしまうとは、まるで考えもしませんでした。きっとおそらく、自分を宙に舞わせたような強風に、空高く舞い上げられてしまったのだと、そう思っていました。
せっかく見つけた子供をどうすることもできず、サトルはくやしくて仕方がありませんでした。今すぐにでもこの手を放して、あの子が飛んでいった方へ、自分も飛んで行けたなら、と思いました。しかしそうしてしまうと、気を失っているガッチがどうなってしまうのか、想像もできませんでした。かといって、サトルがいた場所に帰る方法を知っているのは、不思議なヒゲの生えた子供以外には、いないはずでした。今、サトルができることといえば、柱から絶対に手を放さないことと、もう一つは早く風が止むように、祈ることだけでした。
――どのくらい経ってからでしょうか。今まで止まることを知らなかった強風が、その勢いをだんだんと弱めて、そよ風程度にまで力を落としました。先ほどまで、もうもうと空を覆っていた土埃も、青い空と白い雲がくっきりと見えるくらいに、すっかりおとなしくなっていました。サトルは、うっすらと砂を被っていた頭を上げて、目を開きました。
(どうやら、止んだらしい……)
柱をしっかりとつかんだまま、最後まで放さなかった手をはずして、サトルはうつぶせになっている体を起こしました。
サトルは、もう片方の手で抱きかかえていたガッチを、そっと下に寝かせて、様子を見ました。
「ウッ…ク……」と、ガッチは、サトルが二、三度体を揺り動かすと、かすかなくぐもった声を上げました。
「ガッチ、大丈夫……。なんともないかい。ガッチ! ガッチ!」と、サトルはガッチが気がつきそうなのを見て、ほっとしながら、さらに強く体を揺り動かして言いました。「ねぇガッチ! ガッチ!」
「――ウッ。おい、ここはどこだ。おれはどうなっちまったんだ?」と、ガッチがまぶたを重たそうに上げながら、言いました。
「よかった。ようやく気がついたんだね。どう、大丈夫。どこか痛んだりするとこはないかい?」
「ああ、別段これといって怪我はねぇみたいだけど。あてててて……頭がガンガンする以外はね。ところで、何だったんだ。あの風は……」
「ううん。ぼくにもわかんない。風に吹かれてる間、町の人達の声も聞こえてたようだったけど……。あっ! ガッチ、見てよ」と、サトルは町の方を指さしながら言いました。町の中のいたる所には、風で飛ばされてきたらしい無数の物が落ちていました。お店のショウウインドーや、家々の窓ガラスは割れ、不幸な家では、屋根までもが崩れ落ちていました。柱や塀などのそばには、サトルと同じように強風に耐えた町の人々が、ぐったりと膝を突いていました。そして何よりもサトルを驚かせたのは、町の空間や建物の壁など、所構わず現れていた、おびただしい数のドアでした。
せっかく見つけた子供をどうすることもできず、サトルはくやしくて仕方がありませんでした。今すぐにでもこの手を放して、あの子が飛んでいった方へ、自分も飛んで行けたなら、と思いました。しかしそうしてしまうと、気を失っているガッチがどうなってしまうのか、想像もできませんでした。かといって、サトルがいた場所に帰る方法を知っているのは、不思議なヒゲの生えた子供以外には、いないはずでした。今、サトルができることといえば、柱から絶対に手を放さないことと、もう一つは早く風が止むように、祈ることだけでした。
――どのくらい経ってからでしょうか。今まで止まることを知らなかった強風が、その勢いをだんだんと弱めて、そよ風程度にまで力を落としました。先ほどまで、もうもうと空を覆っていた土埃も、青い空と白い雲がくっきりと見えるくらいに、すっかりおとなしくなっていました。サトルは、うっすらと砂を被っていた頭を上げて、目を開きました。
(どうやら、止んだらしい……)
柱をしっかりとつかんだまま、最後まで放さなかった手をはずして、サトルはうつぶせになっている体を起こしました。
サトルは、もう片方の手で抱きかかえていたガッチを、そっと下に寝かせて、様子を見ました。
「ウッ…ク……」と、ガッチは、サトルが二、三度体を揺り動かすと、かすかなくぐもった声を上げました。
「ガッチ、大丈夫……。なんともないかい。ガッチ! ガッチ!」と、サトルはガッチが気がつきそうなのを見て、ほっとしながら、さらに強く体を揺り動かして言いました。「ねぇガッチ! ガッチ!」
「――ウッ。おい、ここはどこだ。おれはどうなっちまったんだ?」と、ガッチがまぶたを重たそうに上げながら、言いました。
「よかった。ようやく気がついたんだね。どう、大丈夫。どこか痛んだりするとこはないかい?」
「ああ、別段これといって怪我はねぇみたいだけど。あてててて……頭がガンガンする以外はね。ところで、何だったんだ。あの風は……」
「ううん。ぼくにもわかんない。風に吹かれてる間、町の人達の声も聞こえてたようだったけど……。あっ! ガッチ、見てよ」と、サトルは町の方を指さしながら言いました。町の中のいたる所には、風で飛ばされてきたらしい無数の物が落ちていました。お店のショウウインドーや、家々の窓ガラスは割れ、不幸な家では、屋根までもが崩れ落ちていました。柱や塀などのそばには、サトルと同じように強風に耐えた町の人々が、ぐったりと膝を突いていました。そして何よりもサトルを驚かせたのは、町の空間や建物の壁など、所構わず現れていた、おびただしい数のドアでした。