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威風堂々

晴れ晴れと、伸びやかに日々を過ごすために。
「心」と向き合うことで、日々の健康を大切にしましょう!

日本人に迫る 29

2017年11月18日 | 第九章 愛


 日本では万葉集以来勅撰和歌集が編まれています。何故にこんなに帝の命令によって詩集が編纂されたのか。色々と説はありますが、私はこう思っています。

 昨日今上陛下、皇后が鹿児島の離島を訪問されました。私は老齢のお二人が映し出されると正直涙がこみ上げてくるのです。

天皇は日本国を統治されておられる方だから
日本国憲法によって日本国の象徴となった人だから

 さて、古来より、いろいろ政治的に利用されてしまうのが『天皇制』であり帝自身ですが、今上帝は学童疎開も経験され、戦後の新憲法の下で、日本国と皇族の在り方を賢明に考え抜いて実践しておられると思います。人権の保障のない中よく頑張っておられるなぁと。そこで、和歌です。

 古来日本語は、神、サムシンググレート、人知を越えた存在、との交信のためのツールとして完成されていったという説に私は与します。映画「スターウォーズ」風に言えば「フォース」との通信手段とでももうしましょうか。そして天命を授かった統治者は、平和の内に領地を治めなくてはならい。

 天命を授かる統治者となるまでには、残酷な戦い、汚い密告、酷い裏切りといった様々な暗黒面が展開される。そのうちに、そのカオスの中で一つの秩序が生み出されてくる訳です。そしてその秩序を制御する人間こそが預言者と呼ばれたり統治者と呼ばれたりして、政治権力と人知を越えた存在(天命を授けた存在)を祭る権利を行使する。リーダーというかボスというか、誕生するわけです。そしてリーダーの仕事はその集団が未来永劫存続するためには大事なお勤めとなるのです。日本は天災が多い。地方の反乱もあった。これらを「祟り」と解釈することで、それをどうやって慰撫するか、が課題となるわけです。
こういった、鎮魂、静めの儀礼として「詩歌」が誕生した、あるいは利用された、という説に与します。率直な感情を言葉にしてしかも、凝縮した濃厚な味わいのある言葉にして日本の場合は「短歌」によって、地名を読み込むことでその地を静かに修める。
「やまとは くにのまほろば、、、」というように。

 陛下が今も各地へお出かけになるのは、日本の国土の鎮魂であり、天災が起きればそれは荒ぶる神々の祟りと解釈し、それを鎮めに祈りを捧げに参られる。(お参りという意味は自らがその場所へ身体を、魂を運び込むということ)

 そんなことを思いながら私は陛下、皇后のお姿に涙するのだった。私は変わり者だろうか???  自分では愛国者のつもりであるが。







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SNSの世界 その光と影 2

2017年11月15日 | 第九章 愛



・社会主義、共産主義を嫌う傾向

 ソ連を初めとして、ま、ソ連も今は無くなっているのですが、いつまでもこの幻影を見させようとするもので。勿論、ソ連参戦やシベリヤ抑留は悪いことです。しかし、満蒙開拓団、戦後の引き上げ、シベリヤ抑留は自分達の国家が国民に対してまちがえた政策を推し進めた結果だったことを先ずは反省してからだと思いますが、それはしていない。私の父方は朝鮮の植民地で日本人として生活していましたが、引き揚げの苦労話はちょこっとおばさんに聞きましたが、戦後補償はなかったはずです。慰安婦問題をごちゃごちゃ言っている人達がいますが、多くの元植民地在留邦人が辛酸をなめて本土へ帰還してきたことへの補償は???と想います。日本人は「愧」「恥じの文化」ですからあまり多くを語らぬまま死んでいっています。特に父方の上のおばさんは全く話してくれませんでした。父親は「そりゃ、お前、ちょうせんピー、言うてさんざんなめにあわせたんやから」とか「もうすんだことやから」と、多くは語りません。
 近衛騎兵だったおじさんは帰国後一時期「ピンク」に染まったと言う表現をしていましたが、戦後労働争議など本当に日本が共産主義になりそうだったと言っていました。ピンクとは「近衛騎兵だったおじさんでも共産主義に共鳴していた」と言う意味です。

マルクスやエンゲルスの哲学は「資本偏重による人間性の疎外」の危険性を鋭く問うています。産業革命以来の普通の民の歴史としては大変貴重な意見だと思います。結局、フリードマンのような、アダムスミスの極端版か、ケインズのようなやや社会主義系の経済政策か、実はその折衷が最高なのではないでしょうか。勿論、レーニンやスターリン、毛沢東にも負の部分があるのは間違いない。嫌われても仕方はないと思いますが、自分の知見でよく吟味してから物事を見るべきでしょう。

SNSの世界 その光と影

2017年11月11日 | 第九章 愛
最近、ネットの書き込みで色々と感じることがあります。

無視できない現実があります。10代の若者には何が嘘で何が真実か、がわからなくなっているからです。断っておきますが、私は愛国者です。

10代の若者は地上波テレビやBS放送なんかで政治経済への関心を得てはいません。ほとんどSNSの世界からです。ユーチューブやラインニュースなどの媒体です。

・韓国、中国を嫌う傾向

 思想は浅いのですが、この路線に乗っかって、他のベトナム等のアジアを軽視する傾向が強まっています。ヘイトスピーチ、外国にルーツのある人々への参政権、同和問題など日本人の精神性(深層心理)に潜む影の部分。明治近代化の反動から起きていると思われますが、永遠のテーマで、日本が対欧米と渡り合うときに必ずでてくる身内をいじめてしまう精神構造ですね。
 自分のグループで和気あいあいとやっていたところへ、強力なグループが接近してきた。自分のグループ内の仲間達にある程度見切りを付けて強力なグループに入っていこうとするとき、元いた自分のグループ全体を連れていこうとは試みるが失敗してしまうと、元いた自分の仲間達をたたきのめしてでも強い側のグループに入っていこうとする児童の心理構造って現実にあって、日本に限らず多くの民族、国民国家はやってしまいます。こういう傾向を私は感じています。

 早く自分の精神構造に気が付いて貰いたい。本当の平和とは何か。他者を攻撃する。勝ち組になる。がめつくなる。といった傾向で真の平和は訪れない。今ネットの中で、「原理研」「オウム真理教」といったバブル時代のカルト教が芽生えようとしている気がしています。





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般若心経

2017年07月01日 | 第九章 愛


般若心経の意味

般若:智慧のの根本

般若面の影響から、この言葉は実に怖い響きを持っていた。

うつ病で入院していた時にじっくりと読んだ。唱えながら太極拳、24式をやると気分が良かった。しかし、後奈良院、正親町天皇も熱心に般若心経を書写なさっている。自分に為というより民の平穏無事をお祈りしてであるが。応仁の乱で都が戦場になって大変な事になっていた日本の現状から、戦国を経て漸く織田、豊臣と世情が安定し出す頃合いに、帝が般若心経を書写していた意味は大きいだろう。

泉涌寺というお寺さんが京都にはあるが、神道では補えない教理、哲理を仏教が穴埋めしていたということがよく分かる。

皆、菩薩のような存在に修行してなりたかったわけだ。


愛のような、深い智慧のような。






ちっちゃい子どもはぴちぴちしている

2017年06月29日 | 第九章 愛


 最近、保育園のお子さんとか、小学校の低学年のお子さんを見ると本当に可愛いなぁと感じられるようになっている。体内時計が遅くなってきて1年が経つのが早く感じるのと同じで肉体の耐用年数が経年変化を起こしたからなのかも知れない。

 本当に可愛いのである。今日も歯医者に行ったのだが、まぁ、可愛い男の子がお母さんと一緒に訪れていたが可愛かった。

 勿論自分の子ども達ももう20代と10代後半だがこれもまた可愛い。父母が私のことを今でも「可愛い」と思っているんだろうなぁ、、、。

 友人が猫を飼いだした。彼は動物を飼うと言うことが全く似つかわしくないタイプで、ちょっとゴツゴツ感があり自分で動物の世話を焼くとは到底思えなかったので驚いている。彼は子育てが終わり、まぁ、それも捨て猫だったらしいが慈しんで育てている。

 花を愛でたり、決して人間だけではなくて、生き物に対して愛情を注げるのが人間なのだと今更ながら認識を改めている。








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