Carl・Rogers 命題5
「行動とは基本的に知覚されたままの場において有機体が経験されたままの要求を満足させようとする目的指向的な企てである」
・行動を決定するのは「知覚」である。
僕がこうやってブログを書くのも上記の原理に基づいていると考えると非何得納得しやすい。
・行動は今まさに存在する知覚によって引き起こされる。
人によって同じ現象を解釈する仕方は異なる。不倫や詐称、犯罪に至るまで、様々に解釈し論陣を張るわけだ。今ある現象をどう知覚するかでその人の行動は決まるわけだ。70億人いれば70億の行動があるのだ。しかし、ある程度は所属する集団の中で共通項が発生して一般常識が生まれてくる。こいつだけは「個人」の力ではどうにもならないから厄介である。友人(小学校の先生)が学級崩壊から休職した時に精神科医に言われたそうです「先生は今一人で、ほら、日本が戦争に突入していった時の雰囲気を止めようとなさっているんです。無理です。多数のエネルギーは一人では食い止められません。」僕は唸った。友人は適応障害と診断されしばらく休んだが、今は復職した。しかし、集団が何時豹変するかと思うと怖いという。子ども達のバックには保護者がいる。ひっくるめてそうなのだ。確かに怖い。
明治以降の日本国家の精神史を繙くと本当に凄い精神分析が出来る。本当の意味で人間が独立心を持って自律しているか、のびのびと「解放」されているのかを見つめてみたいと思う。
