教育
如何にして他人の立場に立つか。事態を予測しうるか。自分と他人の幸せを目指せるか。判断力をつける。自分と他人を大切に出来るか。今思いつくのはこんな感じである。こういったことを一つずつ積み上げていく地道な事が教育の方法であり、成果のような気がしている。
優しさ
これは、not selfish. つまり、自己チューじゃないということ。自己中心的傲慢に陥らなければ、もうそれは優しいのである。色んな優しさに接してきた。私は鬱病で休職したので、えげつなかった人達や頼りにならない人。離れて行く人。励まし、つき合ってくれる人。手を握りしめて、視線で力を注ぎ込んでくれる人。メールをくれる人。遊びに連れ出してくれる人。様々な人達と、対応の多様性といった事に気がついた。そこには、自己肯定だけの人もおり、他者肯定を温かくしていた人もいた。自己中心的生き方から優しさは生まれない。
神様
子供の頃腎臓病だと診断され、長きに渡って食事制限・運動制限を余儀なくされたので神を恨んだ事もあったと思う。苦しいときの神頼みに効果が無いと、神様への逆恨みを平気でやってしまう。よく嘘をつく人には言う。自分の心しか真実は見られない。そして神様だけしか知らない。そして神様は赦してくださるようだ。
結局は、愛を持って他者と接し、憎むべき対象を赦すことが出来るかが教育によって知性を身につけているかどうかの見極めになりそうだ。皆さんはどう考えますか?