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威風堂々

晴れ晴れと、伸びやかに日々を過ごすために。
「心」と向き合うことで、日々の健康を大切にしましょう!

Amazing Grace

2012年03月26日 | 第四章 愛とゆるし


Amazing Grace という賛美歌がある。
息子の卒業式にも歌われていた。
公立小学校なので、「神の恵み」とは言わず、皆が平和で暮らせますように、という感じになっていた。が、真意は伝わっていた気がする。

この歌の作詞者は、黒人奴隷売買で巨万の富を築いたキリスト教徒である。

自分の罪を悔い、神に祈ることで救いを求めたと想像する。この作詞家は仕事を辞めた後、牧師さんになったと伝えられる。

私は『赦し』が人の心を安定させる唯一の方法ではないかと最近では確信している。

私を苦しめた人々。休職へと一押しした人々。今の教育を巡る現状。その他諸々の事柄。つらつらと思うにそう感じている。

『赦し』には、その前提条件として『罪を告白し、悔い改めること』によるConversionが必須であろう。その後に、神の恩寵、人々の平和が、やってくるわけだ。

復活のお祝いの前に、「赦し」を考えてみた。


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お読み頂きましてありがとう存じます。

あなたは、悩んだことがありますか。

2011年11月16日 | 第四章 愛とゆるし

自分がどんな人間なのか。何をすれば良いのか。若者達は懸命に考えています。

大人社会が不景気で、世の中に翻弄される若者達。

ある日、そんな悩める若者に以下のようなメールを送りました。


 味わって読みました。

『今の自分を良しとする』こと。

無理は禁物。

親子間は喧嘩してももとに戻るので♪

自分を見つめる時だと感じます。
誰でも、よい人間になりたい。幸福になりたい。
と無意識に思っていて、君の成長に必要な時間だと思います。

『人は考えた通りの人間になる』

思考より、感情を大切にする時かもよ。
先ずは、今一番君を嫌な気分にさせているのは?
それが、どんな気持ちなのかを絞りこみましょう。
ノートに文章化してみるといいですよ。

今日はそこまでで、おいて、散歩に出かけよう。

別に君は変じゃないから。


まさに、私が鬱の時に、カウセリング勉強の師や仲間から言われて、実践してみたこと。

自分の存在理由を感じてみるのは、成長の証と感じています。

どうぞ、壁を乗り越えて欲しい。祈りと共に。


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母という存在

2011年08月28日 | 第四章 愛とゆるし
 
 母とか父とか、いろいろ考えさせられます。

 私は幼少の頃から、父母のケンカを間近で見てきましたから、まあ、こんな夫婦にはなりたくないと思っていました。

 貧しい時代とは言え
 年末にナルト必ずケンカしていましたねぇ。だから、落語に出てくる、年末の描写がよく分かる。

 『芝浜』とか『子分かれ』なんかが理解の世界にあるんですよ。

 現代の若者は肌では分からないだろうなぁ。

 変なバラエティ番組とか、不真面目なクイズ番組とかよくないですねぇ。私が幼い頃は、

 連想ゲームとか、ジェスチャゲームとか、クイズグランプリ、アップダウンクイズとか、、、。真面目なものもあり、バラエティでも、そこに出てくる演者に『芸』があった。


 で、私の母ですが、まあ、ユーモアのセンスはなかったですねぇ。笑ってはいましたよ。でも、自分で積極的に冗談は言わないし、掃除、洗濯、調理にと、真面目な主婦業をしておりましたなぁ。でも、近所のなかよしと、卓球や盆踊りってこともしてたんですが、あることが彼女を襲い、そのショックから立ち直れぬまま、次第次第に認知症になっていったようです。

 詳しくはまたの機会に。ただ、笑うことは人に力を与えるのは事実です。

 学生時代、鈴本、末広って寄席にはよく行きましたね。


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愛で地球は救えるのか

2011年08月27日 | 第四章 愛とゆるし

 愛は地球を救えるのか

 まあ、原発推進の経営者の報道機関が「人の命を救おう」っと、タレント使って、スポンサーつけて、、、、。?

 ちと筆が滑りましたか?

 私に戻りましょう。

 若い頃はそう思っていました。しかし、「愛」にも2通りありますから。

 キリスト教でも、仏教でも、慈悲と恋愛。直裁的に言うと、

 神の償いと人間の愛欲。これがよく混同される。だから間違いが生まれる。「愛」、何かを救うとして使われる愛は、無償の行為であります。これは純粋で、見返りは求められない。「仁」とでも申しましょうか。

 それを、欲が絡む方でやってしまうといろいろと問題が出る。セクハラなんてのもその1つかも。

 教育でも同じで、若者の関心を買うために振りまくのは、さて、どっちの「愛」なのか。

反社会的行為、引きこもり、心的ストレスを抱える人を援助する時に「愛」だけでは無理な事に,私は若い時、なかなか気が付かなかった。

 経験してくると、医学、福祉の力、政治、経済の力が大きく働くことを実感します。

 よく、生活保護が問題になりますが、その資金を得るために、学生の身分を使う人だっている。

 菩薩様といってもいい、マザーテレサが喝破していましたが、けっして、貧困国のスラムに限ったことではありません。

 日本に於いても、医師の処方箋で、薬局から薬を買い、自分は飲まずにスラムで売って生活の糧にしている人達もいる。これは果たして「逞しいのか」

 まあ、逞しいのでしょうねぇ。

 ただ、この国はいろんな技術や国債の価値が高く、ドルをたくさん持っているので、倫理道徳から、これは「犯罪」だという人が多いだけなのかも。

 昭和20年代の闇市を考えれば、よく分かる。

 愛だけで人が救えると考えるにはちょっと待ってって思います。本当に目指すのはそれですが、それにはまだまだ人類は勉強不足ですねぇ。


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良かった本

2011年07月23日 | 第四章 愛とゆるし
 『負けるのは美しく』 児玉清 著

 ご存じ、クイズ番組の司会者の著者。NHKでの旅の番組も良かったなぁ。

 この方が、読書家であることを知ったのは、NHKのラジオ講座テキストでした。

 ドラマ『大聖堂』の番宣でお姿を拝見したのが最後でした。で、今回

 この著作を手にした次第。


 久しぶりによいエッセイに遭遇致しました。


 正義感が強いから、必ず人と衝突して、その結果「負ける」んだけれども、じゃあ、「美しく」退場してやるぞ!って感じです。


 世の中、正論が通ることはあまりないと感じている人々には必読の書。



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