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威風堂々

晴れ晴れと、伸びやかに日々を過ごすために。
「心」と向き合うことで、日々の健康を大切にしましょう!

図太く我を通す

2021年03月13日 | 第七章 光と復活体


意思を通す

 自分の利益を優先すると他者とぶつかる。それを恐れていては、自分の利益は貫き通せない。きっと後悔することになる。自分が不利にならないようにするには実は「いい人ぶっていてはいけない」

 どしどし自分の有利な方に条件を持って行ける人は羨ましい。ま、そういう人は他者の気持ちはあまり斟酌しない。明け透けの人が多いような気がします。よく言えば捌けているが、逆に言うと繊細さがないのです。私はどちらかというと繊細な方です。万事周囲と上手くいきたいと思っているのです。自己主張すると大体ぶつかりますからね。でも、自分を変えるには、ぶつかるのを覚悟でガンガン人を気にせず自分な有利な条件の方へ持って行く覚悟が要りますね。結局自分を守るのは自分ですからね。

 分かってはいるんですが、あまり思った通りには主張できない自分がいますね。残念ですが。でも、今回は頑張ってみようかなと思っています。



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図太く生きるには

2021年02月25日 | 第七章 光と復活体

ミスを犯したとき、どのように心の処理をしますか。
羞恥心や罪悪感から私の場合は気分がとんでもなく落ち込むのです。なかなか心の状態が浮上しません。落ち込んだままです。

どうしたら早期に回復するのか。

私の場合は上手くいきません。だから、ミスをするな!という話ですが、なかなか点検を依頼するとか、チェックを皆でするとかが上手くできません。それと、他の誰かのせいにすることが下手です。

忙しいからミスを誘因しているのははっきりしているのです。
だから、そっちに投影して責任転嫁してしまえば自分の心は救われます。

世の中には、いけしゃあしゃあと平気に嘘をついて人をだましても何とも感じない連中もいるわけです。もっと図太く生きる術を身につけてゆきたいなぁと思う日々です。







持統帝のたくましさ

2020年04月18日 | 第七章 光と復活体
逞しさの原型

 家族の繋がりでしょうかね。

 冬至の終わりで太陽が長く顔を出すようになるのが基督の誕生にあわせて「Xmas」
復活節は磔刑にかかった基督がよみがえるということで祝う日である。

 さて、コロナウィルスによる不安感は世界をおおっている。健康を脅かし、日常生活を変えてしまう。どこに光を見るか。私の場合は、仕事が忙しいのと、ICT化が遅れていて(遅れていても良い)、在宅勤務を未だに経験していない。ずっと出勤している。職場までバイク通勤であるし、職場も、今週途中から、訳4割の社員が在宅に切り替わったので、職場も安全な空間が保てるようにはなっている。

 私は結構最初から、罹ったら罹ったときだし、、、と、この場合については私らしくなく平気の平左である。それに引き換え、家内が不安感を持っている。これも、雄雌の性差なのだろうか。ゴルフ仲間に「コロナ離婚」なる言葉があることを知った。妻が止めろというのに、夫は外出をするので仲違いをするというわけだ。

 息子が、大学も休校なので家に帰ってきている。久しぶりに娘と一緒に家族四人で今晩は鍋を食べた。こんな団欒に幸福感を持ててしまう自分がいるのだが、不謹慎かもしれないが、こういうことが私の精神にはよいのです。

 『直木孝次郎と奈良・万葉を歩く』 春夏 を読みながら、はるか飛鳥・白鳳時代に思いを馳せて、持統論文を書いている。ずっと椅子に座っていると腰やら脚やら痛くなってくるので、適度に自転車に乗ったり、歩いたり、太極拳、ストレッチと、早く在宅勤務が出来るようにならないかと思いつつ、ブログを書いている。








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連休を楽しもう

2020年03月21日 | 第七章 光と復活体


 約7年ぶりに膝サポーター無しに外出ができた。実にうれしいことである。スポーツをするときや出勤時、外出時は必ず左膝にサポーターを巻いていた。色んなサプリメントも試したし、医療でヒアルロン酸注射もした。ちょっと前に軽く2㎏ほどジョギングを試みたところ、その後の痛みもなくて、いい調子ではあったので、今日はサポーターを無しで外出してみた。うまくいった。


 この膝はもう諦めていたのだが、体重が減ったわけでもないのに、痛みがなかった。ニッスイの飲むグルコサミンというサプリは試しているが、これが効いているのかもしれない。いずれにしても、一度諦めていたことがまた出来るようになるということはうれしい。





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人生の課題

2020年01月01日 | 第七章 光と復活体


サラリと忘れてゆかん風のごとく

坂村真民氏の詩の一節である。

2019年を サラリと流してゆかん川のごとく

そして、サラリと生きてゆかん雲のごとく


結局、「瞑想」が一番いいようである。あれこれと、自分の力ではどうにもならないことを制御しようとすることで自分の人生にロスが生じたのが、2019年の10月あたりからで、それがずっと継続しており困っている状況にある。自分の体験の解釈を変化させるしか改善の余地はないので、そうしようと懸命である。

何が私を悩ませているかは、2つある。分野は、仕事上のことと私生活だ。どちらも他者という大きな妖怪のような存在が私を襲うわけだ。私生活では、年老いた両親だ。紆余曲折があるのだが、母は特別養護老人ホーム。父は老人保健施設と別々の場所に入ることに落ち着いた。

一度病院に入院したのに、一泊で出されて短期入所施設に1週間。そして、老健施設。取り敢えず3ヶ月は入所である。
父の借家はまだそのままにしているが、また帰宅するとなると一大事なのだ。

だれが、親を施設に入れて喜ぶ子どもがいるだろうか。複雑な心境なのだ。

仕事はこれはまたこれでたいへんで、解決不可能な問題ばかりが多い。




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