ポルノグラフティの規制と表現の自由

2021-03-31 17:46:40 | 基本権

[ハードコア・ポルノはspeechか]

・ウォーバートンは、単なるfactsの伝達も保護の対象とすべく、free expressionではなくfree speechという用語を用いる。□ウォーバートン7

・一般に、とりわけ露骨な性行為が表現された「ハードコア・ポルノ(hardcore pornography)」と、描写が緩やかに制限された「ソフトコア・ポルノ(softcore pornography)」は区別される。□ウォーバートン72

・経験的に、ハードコア・ポルノの多くは「思想の表現」を目論んでいない。もっとも、それを用いて何らかの思想を伝達することもありうるから、ポルノは表現の自由の恩恵を受けることができる。□ウォーバートン73-7

・これに対して、ラディカル・フェミニズムを主導するキャサリン・マッキノンは「ポルノ≠表現」との立場からポルノ禁止論を主張する。□ウォーバートン73-7

※〔現行日本法〕ポルノを規制する中心的な法規:刑法175条(わいせつ物頒布等罪)、電波法108条(わいせつ通信規制)、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」7条(児童ポルノ所持罪・提供罪・製造罪など)、関税法69条の11第1項7号(有害書籍等の輸入禁止)、各県の青少年保護条例(有害図書販売等規制)、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」17条(青少年有害情報のフィルタリング義務)など。□阪口381-8

※〔現行日本法〕最高裁による「わいせつ文書」該当性の判断方法:(1)三要素説の採用。「いたずらに性欲を興奮刺激させる」+「普通人の正常な性的羞恥心を害する」+「善良な性的道義観念に反する」(最大判昭和32年3月13日刑集11巻3号997頁[チャタレイ事件])。(2)個々の部分のわいせつ性は文書全体との関連において、その時代の健全な社会通念に照らして判断される。すなわち、芸術性の高さ、作品全体に占める比重の低さ、社会の寛容性の高まり等は、わいせつ性を否定する方向に働く(最大判昭和44年10月15日刑集23巻10号1239頁[悪徳の栄え事件]最二判昭和55年11月28日刑集34巻6号433頁[四畳半襖の下張事件]最三判平成20年2月19日民集62巻2号445頁[メイプルソープ事件])。(3)前掲最大判昭和32年3月13日[チャタレイ事件]が、アメリカ流に「わいせつ=保護領域外」と考えているのか、「わいせつ=保護領域内」と考えているのかは不明である。□阪口382-4、捜査実例299、園田臺182-234、奈須201-3

 

[ポルノ禁止の根拠(1-1):成人出演者への危害]

・リベラリズムからは、危害原理(harm principle)が規制の本質となる。例えば、ポルノ映画『Deep Throat』に主演したリンダ・ラブレースは、後に「夫に出演を強制され、殴られたり銃をつきつけられながら演技した」と告白した。このような強制的出演が禁止されるのは当然である。□ウォーバートン78-80

・マッキノンは、「支配者である男/被支配者である女」という図式に立ち、ポルノは圧倒的に「貧しく(poor)、自暴自棄で(desperate)、住居がなく(homeless)、ヒモのいる(pimped)」女性によって製作されており、その女性たちは幼少期に性的虐待を受けている、と主張する。もっとも、この主張をもってしても、「真に自由な意思でポルノに出演しようとする人」の出演を一律に禁止できることにはならないか(たぶん)。□ウォーバートン78-80、中山ほか244[浅野]、大越196-8

 

[ポルノ禁止の根拠(1-2):児童出演者への危害]

・成人ポルノと異なり、児童ポルノには異なる配慮が必要である。危害原理は、各自が十分な判断能力を有することを前提とする。「実在する児童による性的行為の描写(真正児童ポルノ)」は、当該児童に十分な自己決定能力が備わっていないことを理由に、その禁止が正当化される。□大屋108-9

・真正児童ポルノに対し、「実在する児童による擬似的な性行為の描写(疑似児童ポルノ)」を観念することができる(例;少女が練乳をかけたバナナを咥える画)。ここにおいても、当該児童が性的欲望の対象としての地位を引き受けさせられているということができるから、真正児童ポルノと同様の理由で禁止することが考えられる。ただし、「疑似児童ポルノ/ノーマルな描写」の区別は相当に微妙となろう(私見)。□大屋109-11

※〔現行日本法〕児童ポルノ禁止法では「児童ポルノ」が「衣服の一部を着けない、児童の性的な部位が露出又は強調、性欲を興奮刺激」と定義されているため、疑似児童ポルノは除外される。□大屋109-11

 

[ポルノ禁止の根拠(2):性犯罪の助長]

・やはりマッキノンは、「暴力的ポルノ(児童ポルノ)視聴→性的興奮→暴力的性行為(児童へのわいせつ行為)の実行」との仮説的メカニズムを主張する。仮にこの主張が正しいのであれば、実在する出演者によるポルノにとどまらず、創作物(特に「創作子どもポルノ」)の規制も許容されよう。この論の当否は、「ポルノ視聴ー現実の行為」の間の関連性の有無に依る。□ウォーバートン80-2、大屋113

・なお、ラディカル・フェミニズムの「ポルノは男性-女性の権力構造を強化する」との主張は、現実的な性犯罪の助長とは無関係に成立するか。□瀧川ほか319-20[大屋]

※〔現行日本法〕児童ポルノ禁止法の「児童ポルノ」の定義からは、創作物は除外される。□奥村16

 

[ポルノ禁止の根拠(3):視聴者の不快]

・ジョエル・ファインバーグは、危害原理に代えて「不快原理(offense principle)」を提唱する。ポルノを目にすることで強度の不快を受ける人たちを保護するための方法として、ポルノの展示や販売方法のゾーニングが支持されることになろう。□大屋107-8,111-2、アルマ73-4[服部]

 

[ポルノ禁止の根拠(4):視聴者へのパターナリズム]

・リベラリズムの立場に立っても、「ポルノ→視聴者への悪影響」という事実が存在するのであれば、視聴者の未熟さを理由としてポルノを規制する余地がある。□瀧川ほか69[大屋]

※〔現行日本法〕有害図書規制をする各県の青少年保護条例は「『有害図書』を青少年に見せることで性に関する価値観に悪影響を及ぼす」との発想に立っており、最高裁も肯認する。最三判平成元年9月19日刑集43巻8号785頁[岐阜県青少年保護育成条例事件]:「本条例の定めるような有害図書が一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長につながるものであつて、青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になつているといってよい」。□阪口385-7

 

[ポルノ禁止の根拠(5):リーガル・モラリズム]

・国家の役割には「文化・道徳的空気・生活様式の温存を保証すること」も含まれると主張し、「伝統的ファミリーバリューをポルノから擁護すること>>表現の自由」とする論者(リーガルモラリスト)もいる。□ウォーバートン85-6

・リベラリズムは、リーガル・モラリズムに警戒的である。とはいえ、ある法制度が何らかの道徳的秩序を当然の前提としていることは珍しくない(例:一夫一妻制)。□アルマ71[服部]

※〔現行日本法〕(かつての)最高裁は、一種のリーガルモラリズムを採用したか。前掲最大判昭和32年3月13日[チャタレー事件]:「人間に関する限り、性行為の非公然性は、人間性に由来するところの羞恥感情の当然の発露である。かような羞恥感情は尊重されなければならず、従つてこれを偽善として排斥することは人間性に反する。なお羞恥感情の存在が理性と相俟つて制御の困難な人間の性生活を放恣に陥らないように制限し、どのような未開社会においても存在するところの、性に関する道徳と秩序の維持に貢献しているのである」。前掲最大判昭和44年10月15日[悪徳の栄え事件]:「芸術的・思想的価値のある文書についても、それが猥褻性をもつものである場合には、性生活に関する秩序および健全な風俗を維持するため、これを処罰の対象とすることが国民生活全体の利益に合致するものと認められる」。□阪口384-5

 

大越愛子『フェミニズム入門』[1996]

平野仁彦・亀本洋・服部高宏『法哲学』(有斐閣アルマ)[2002]

Nigel Warburton FREE SPEECH A Very Short Introduction[2009] ,ナイジェル・ウォーバートン(森村進・森村たまき訳)『「表現の自由」入門』[訳書2015]

奥村徹「判例から見た児童ポルノ禁止法」園田寿・曽我部真裕編著『改正児童ポルノ禁止法を考える』[2014]

大屋雄裕「児童ポルノ規制への根拠ー危害・不快・自己決定」園田寿・曽我部真裕編著『改正児童ポルノ禁止法を考える』[2014]

瀧川裕英・宇佐美誠・大屋雄裕『法哲学』[2014]

園田寿・臺宏士『エロスと「わいせつ」のあいだ』[2016] ※春画に対する警察取締りの実情、「デコまん」事件、平成の腰巻事件、ビデ倫事件、松文館事件などが説明され、「わいせつ規制の現状」を知ることができる。

阪口正二郎「第21条[集会・結社・表現の自由、通信の秘密]」長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2)』[2017]

中山竜一・浅野有紀・松島裕一・近藤圭介『法思想史』[2019]

司法研修所検察教官室『捜査実例中心 刑法各論解説』[2020]

奈須祐治「表現行為の保障と有害表現の規制」新井誠ほか編『世界の憲法・日本の憲法』[2022]  ※2022-08-11追記

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