最近、村上春樹の「1Q84」を読み始めたらその中に○ウムや○マギシと並んでJWも登場してきたのでちょっとビックリしました。まだ全部読んでいないので何とも言えませんが、話の本筋にはあまり関係なさそうです。
※以下、小説の内容に触れます。念のため。
主人公の一人が子供の頃に学校で庇った女の子がJW(小説内では「証人会」と表現)の信者だったとの事。子供ならではの純真さで親に押し付けられた宗教の教えを守っているがために孤立しているという設定からして過去の自分そのまんまという感じでちょっと笑えました。
僕自身のことを思い返してみても小・中学生の頃はJWの教えにこれっぽっちの疑問も抱いていませんでした。もちろん完璧に実践できていた訳ではありませんが、いつも周りの同級生を滅びから救えたらいいのに…と考えていた気がします。
そう考えるとJWにとって信者はいつまでも「子供」のままでいてくれるのが理想なんでしょうね。表向きは「自分の頭で理解して信じなさい」と言っておきながら。
今までJWのやってきた事と○ウムがやってきた「洗脳」とは違うような気がしていたんですが、やはりどちらも変わらないのだと改めて思いました。
自分たちの教義にとって邪魔なものを一切遠ざけさせて比較するものを奪い、「考える力を奪う」あるいは「考える余地を奪う」というのがJWの手口なんですね。
ただ、悲しいかなあの頃が自分にとって今までの人生で一番「まともな」時期だったのは事実です。周囲の人とも普通に接することが出来ましたし毎日が生きていてそれなのに楽しかった。自由はかなり制限されていたのに。
それにひきかえ今は…心も体も自由なはずなのに生きていて楽しいと思える時間は本当に少ない。人に心を開くのが怖い。
僕はきっと壊れてしまいました。自分の人生を終わりにする度胸がないので何もなければあと何十年かは生きるでしょう。でも何かの弾みで急に人生が終わりを迎えてもあまりガッカリはしないと思います。
虚しい日々。いっそニートにでもなればいいけど親が哀れでそれも出来ない。親もこんな息子を持って迷惑だとは思いますがそこは産んだ責任を果たして一生苦しむしかないのでしょう。
何で産まれてきた?自分は。死にたいというより消えたい。そんな考えが時々頭をもたげます。
いくら努力しても生来のネガティブ思考は消えないものですね。今、JWの教えに疑問を少しでも抱いている若い人がいたら、とにかく一刻も早く組織から出る手段を考えて下さい。
学生ならば生活をJWの親に依存している人が多いと思いますが、まずは助けてくれそうな一般人の親戚の方とかはいないか探してみて下さい。
親が変わるのを待とうなんて考えないほうがいいです!自分自身の人生をまともなものにしたいのならとりあえず自分だけが助かる方法を優先させて下さい。
僕みたいに20代後半になるまでズルズルと続けていたら、先々かなり厳しいと思います。人生いつでもやり直しが効くとは言いますがそれにも限界はあります。
勿論JWを出ても必ず幸せになれる保証はありません。でも若ければ若いほど「自分の人生を自分で決めてそれに伴う責任を取る」という事を学べる機会を沢山得られ、結果として軌道修正をするチャンスが増えます。これはJWではまず学べない事です。年を取ってから組織を抜けた場合このチャンスが少ないために僕のように行き当たりばったりの人生を歩む可能性が高くなります。
一人でも沢山の人にJWに人生を台無しにされない事を願いたいと思います。
※以下、小説の内容に触れます。念のため。
主人公の一人が子供の頃に学校で庇った女の子がJW(小説内では「証人会」と表現)の信者だったとの事。子供ならではの純真さで親に押し付けられた宗教の教えを守っているがために孤立しているという設定からして過去の自分そのまんまという感じでちょっと笑えました。
僕自身のことを思い返してみても小・中学生の頃はJWの教えにこれっぽっちの疑問も抱いていませんでした。もちろん完璧に実践できていた訳ではありませんが、いつも周りの同級生を滅びから救えたらいいのに…と考えていた気がします。
そう考えるとJWにとって信者はいつまでも「子供」のままでいてくれるのが理想なんでしょうね。表向きは「自分の頭で理解して信じなさい」と言っておきながら。
今までJWのやってきた事と○ウムがやってきた「洗脳」とは違うような気がしていたんですが、やはりどちらも変わらないのだと改めて思いました。
自分たちの教義にとって邪魔なものを一切遠ざけさせて比較するものを奪い、「考える力を奪う」あるいは「考える余地を奪う」というのがJWの手口なんですね。
ただ、悲しいかなあの頃が自分にとって今までの人生で一番「まともな」時期だったのは事実です。周囲の人とも普通に接することが出来ましたし毎日が生きていてそれなのに楽しかった。自由はかなり制限されていたのに。
それにひきかえ今は…心も体も自由なはずなのに生きていて楽しいと思える時間は本当に少ない。人に心を開くのが怖い。
僕はきっと壊れてしまいました。自分の人生を終わりにする度胸がないので何もなければあと何十年かは生きるでしょう。でも何かの弾みで急に人生が終わりを迎えてもあまりガッカリはしないと思います。
虚しい日々。いっそニートにでもなればいいけど親が哀れでそれも出来ない。親もこんな息子を持って迷惑だとは思いますがそこは産んだ責任を果たして一生苦しむしかないのでしょう。
何で産まれてきた?自分は。死にたいというより消えたい。そんな考えが時々頭をもたげます。
いくら努力しても生来のネガティブ思考は消えないものですね。今、JWの教えに疑問を少しでも抱いている若い人がいたら、とにかく一刻も早く組織から出る手段を考えて下さい。
学生ならば生活をJWの親に依存している人が多いと思いますが、まずは助けてくれそうな一般人の親戚の方とかはいないか探してみて下さい。
親が変わるのを待とうなんて考えないほうがいいです!自分自身の人生をまともなものにしたいのならとりあえず自分だけが助かる方法を優先させて下さい。
僕みたいに20代後半になるまでズルズルと続けていたら、先々かなり厳しいと思います。人生いつでもやり直しが効くとは言いますがそれにも限界はあります。
勿論JWを出ても必ず幸せになれる保証はありません。でも若ければ若いほど「自分の人生を自分で決めてそれに伴う責任を取る」という事を学べる機会を沢山得られ、結果として軌道修正をするチャンスが増えます。これはJWではまず学べない事です。年を取ってから組織を抜けた場合このチャンスが少ないために僕のように行き当たりばったりの人生を歩む可能性が高くなります。
一人でも沢山の人にJWに人生を台無しにされない事を願いたいと思います。