JW脱出計画(進行中)

エホバの証人2世(現在不活発)の思いをつらつらと・・・

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

やっぱり変わった人達

 | Weblog
英国人女性殺害の件で逃走していた市橋という男が逮捕されましたね。

男の両親がTVの前で会見をしていて、その勇気というか度胸には驚きましたが、会見の最後に「でも、わたしたちにとっては優しい息子でした」みたいな事を言っていたのを聞いてちょっと違和感を覚えました。

学校を出てから定職に就かず、たっぷりと仕送りを貰いながらマンションで所謂ニート生活をし、最後には殺人(容疑ですが)を犯した息子を「優しい、良い子」と言えるその神経。

何だかJWの親もこういう感覚を持った人が多いんじゃないかと。

自分の息子(あるいは娘)はまともな仕事にも就かず、頼まれもしないのに人ん家に押しかけて聖書を読めだ雑誌を受け取れだ言っている。世間から見れば「外れている」存在かもしれない。でもこの子は良い子だ。

そうやって己と子供のやっている事を自分達の勝手な論理で正当化して、加害者の立場なのに「被害者」に写ろうとしているJW達と何だか被るところがあるような気がしました。

こうやって考えると、やっぱりJWの人間というのは普通の感覚から外れている人間だったんだなと思えたのでした。
コメント (2)

僕らに安息の時は来ないのか?

 | Weblog
独身男性を狙った結婚詐欺事件が巷を騒がせていますね。

亡くなった男性は比較的年齢が高く、結婚したかったり彼女が欲しかったりというそれぞれの願いを逆手に取られてお金だけでなく命まで奪われたとの事。

実を言えば僕も殺された彼らのように、ある程度の年齢まで独身のまま過ごし、できればそのまま独りで静かに死んでいきたいと思っていた人間なのでこの事件にはショックを受けました。

もし彼らと同じように静かに余生を送ろうとしていた矢先に、同じような状況に陥ったら果たして冷静に事態を見極めて危険を回避できるかと問われると正直自信がありません。それではいけないんですが。

でも男性たちもこの女に目を付けられなければ、たとえその後に本物の素晴らしい出逢いは経験できなかったとしても、自分の望むより前に死ぬことにはならなかったのではないかと。

そう思うと、独身のままでもいいから心静かに人生を締めくくりたいというささやかな願いさえ叶えるのは難しい時代が自分にもこの先待っているのかと思うととても怖くなりました。

僕らに安息の時は来ないのでしょうか?

コメント

びんぼう神様さま

 | Weblog
人から勧められて「びんぼう神様さま」(高草洋子著・地湧社)という本を読みました。

内容は、

ある夫婦の家にやってきたびんぼう神が、望み通りその夫婦を貧乏にしたものの、彼らは境遇に不平を言わずに、びんぼう神を敬うようになり、困ったびんぼう神は次第にその夫婦の幸せのために行動するようになっていく。

という筋立てです。

貧困自体が幸せなわけではないけど、貧困であることで人として大切なことを気付かせてくれることもある、というのがこの本の言いたい事の一つではないかと思います。

この作品を読んで思い出したのが、福音書にあるキリストの例え話し。

収穫の時期に蔵に入らない程の豊作だった事を喜んだ主人が満足感に浸りながら眠りに就くと、その夢に神が現れ、「お前は今夜死ぬ」と告げるというもの。

JWにいた頃は「富を得る事だけを考えている人間はこうなって当然だ」みたいに思っていたんですが、いま思えばこの話、身の毛もよだつ感じですね。

だって、豊作になって金持ちになったのは何もこの人のせいじゃなく、豊作をもたらす環境を与えた神なわけですし、しかもこの人は別に犯罪に走ったわけでも神を罵ったわけでもなく、ただ「自分が豊かになったのを喜んだ」だけなのに殺されなきゃいけないなんてあまりに理不尽です。

最初に書いた「びんぼう神様さま」に出てくる夫婦も自分達の境遇に文句を言わず、その状況の中で生きていることに満足していました。

金持ちと貧乏という差はあるものの、与えられた環境の中で喜びながら生きていくという点では両者は同じなわけです。

それなのに片や命を救われ、もう片方は命を奪われた。

そう思うと、JWの神というのは随分と自己本位な神だったのではないかと思えるようになりました。

しょっちゅう「愛の神」などと崇められていたこの神というのが、本当に人間の幸せを考えていた存在だったのかどうかとちょっと考えさせられた出来事でした。




コメント