JW脱出計画(進行中)

エホバの証人2世(現在不活発)の思いをつらつらと・・・

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追い込む人②

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「食わず嫌い」というものは誰しもある。だからもしかしたら彼(長老H)に対しても何かしらこちらが共感できたり親しみを感じられるようなものを見つけられるかもしれない・・・。そう思って自分は重い腰を上げて彼との「奉仕の友」に臨んだ。

・・・だが、自分は初日でその努力を続けるのを断念したorz

どうしても彼とは「肌が合わない」と感じたのだ。言う事ややる事がイチイチ気に障ってしまい、はっきり言って肝心の布教活動するどころの話ではない。

たとえば基本的な点だが、会話が続かない。

自「今日はいい天気ですね~」。

H「そう?冬はいつもこんな感じじゃない?」

自「(沈黙)・・・」。

こちらが勇気を出して会話の糸口を作ろうとしてるのに、のっけからぶち壊す。結局共に歩きながらでも車中でもほとんど無言のまま時は流れた。

具体的に彼が嫌がらせをしたとか、意地悪をしてきた、ということはなかった。それでも側にいると何だか気分が悪くなった。生理的に合わない、というのはこういうものかと思いつつそれでも何とか1回に付き2時間、地獄のような時を過ごした。

しかしそんなことが2,3回続いた後、遂に限界を感じたある日の自分はHに電話をかけた。

自「スイマセン、今日は体調が悪いので奉仕の友はお休みさせて下さい」

自分でも信じられなかったのだが、週末が来て彼とまた一緒に出かけなければならない、と思った途端に頭痛と倦怠感に襲われ、朝ベットから起き上がれなくなったのだ。そんなことが何度か続き、結局Hとの取り決めはそのままお流れのような感じになった。

しかしその後もHに対する嫌悪感のようなものが収まることはなく、むしろ悪化していった。だから集会場で彼が側に来ると何とも言えない感覚に襲われ、できるだけ離れているようにした。やむなく話をしなければならない時も目を見ないようにして手短に済ませた。初めはこんな事をしている自分がとてつもなくダメな人間のように思えた。自分の信仰が足りないんだ・・・自分がいけないんだと・・・。

思えばそれが、地獄の日々の始まりだった。
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整理整頓

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「あれから」1年が過ぎても変わらない光景が目の前にある。

週2回発行され、年末にはかなりの分量になるJWの機関誌「ものみの塔」と「目ざめよ!」を入れたバインダーが一番に目に付く。そして毎年発行される「年鑑」や色とりどりの書籍。2冊組で本棚のかなりの場所を占める「洞察」の本・・・それらが未だに自室の本棚を占領し続けている。

捨てようと思えばいつでも捨てられる・・・でもまだ自分にはその行動を起こせそうにない。あの場所に未練があるわけではないが、長年親しんだ本たちを無造作に古紙回収に持っていくことができないのだ。

この本たちを何の未練もなく捨てられるようになるのは一体いつだろう。そしてその時、自分は一体どこに向かって歩いているのだろう。

週末の午後、部屋の掃除の手を休めながらふと思った。



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追い込む人①

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 互いを愛し合うように、と事ある毎に教えられているJW信者とはいえ、やはりそこは人間なので仲間内でも自分と「合う人」あるいは「合わない人」というのは存在する。そしてそれは相手の「霊性の高さ」には必ずしも比例しない。(霊性が高いからって自分と合う人とは限らない)・・・そんなの当たり前だ、と言われてしまえばそれまでだが、実はこれがなかなかやっかいな問題に発展することがある。

 自分が組織にいた頃、「奉仕の友の取り決め」という制度が新たに設けられた。これは主に正規開拓者がそれ以外の奉仕者を援助するという目的で、一緒に奉仕に出たり家庭聖書研究(注:一般家庭を訪問してそこで家の人を直接教える事)に連れていったりして宣教の技術を訓練するというものだ。

 ウチの会衆の場合、3ヶ月置きにこの取り決めの順番が奉仕者に周ってきた。当然ながら開拓者の方がその他の信者より少ないわけだからその位の頻度になるのだろう。自分も援助「される側」としてこの取り決めを経験したのだが・・・結果的にこれが自分に組織を出るという行動を加速させることとなった。

 最初の取り決めの時に自分に当たったのは同年代の開拓者(男性)だった。同い年の気安さもあってその時は難なくこなした。しかし2度目の際に当たったのが、長老Hだった。彼は主催監督、つまりその会衆のドンだった。主催監督というのは各会衆に数名いる長老たちの中から選ばれることもあるが、彼の場合は本部の方から派遣されてきていた。年齢的にも長老の中で一番若い(といっても40代)人だった。これだけ見れば彼は若くして会衆を束ねるかなり優秀な人、という事になるだろう。

 ただ・・・年齢が若いせいなのか、性格に問題があったのか(多分後者だがw)今となっては定かではないが、彼は会衆内で鼻つまみ者的な存在だった。一言で言えば「気まぐれ」な人だったのだ。たとえば自分の「お気に入り」の仲間とばかり仲良くしてそれ以外の成員にはぶっきらぼうに接するし、人の傷付くことを平気で言ってケロッとしてるし、面倒くさい仕事は他の長老に押し付けるし・・・上げれば枚挙に暇がないのだが、どうしてこんな人間が主催などに任命されたのか理解に苦しむといった人だった。

 そんな長老Hを、当然ながらこっちは苦手にしていたし、向こうもまた同じだった。事実、彼と個人的に話した事は会衆の仕事に関係することを除いてそれまで一度もなかったくらいだ。しかし「奉仕の友」ということになればそれまでのようにお互い避けているわけにもいかず、やむなく我々はある週末に一緒に布教活動に参加することになった。

(続く)


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現役さんとの遭遇

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先日、ある店に買い物に出かけた。頼んでおいた品物が届いたというのだ。

店の中に足を踏み入れてから思い出したのだが、そこには自分が昔から知っている同年代の男性信者(現役)が働いていた。やばい・・・しかもそういう時に限ってカウンターには「その人」がいた。

彼とは一時期だが同じ会衆にいたことがあった。特別親しくしたわけではなかったがお互いのことはよく知っている。自分と同時期に奉仕の僕に任命され、しかしなぜかその後彼は過去の過ちを穿り返されて特権を失い、しばらく自分ひとりで2人分の仕事をやらされ大変だったことがあった。そのことで別に彼を嫌いになったりもしなかったが、何かの折に自分の母がその人の母親から「あなたの息子さんはご立派でいいわね~」的なイヤミを言われた、というのを聞いて呆れたことがあった。たとえ成人しようがいつまでも子離れできない母親が多いのもこの組織の特徴であるw

そんな彼も数年前から別の会衆にいるが当然こちらの顔は覚えているだろう。少々緊張しつつ、カウンターで仕事中の彼の前に立つ。向こうも顔を上げたが、特に表情は変わらない。昔のままの穏やかな顔だ。品物が届いた旨を一顧客として事務的に伝える。彼も初めの笑顔をほとんど変えずに「少しお待ちを・・・」と店の奥へ。ややあって品物を携えて戻ってきて、「こちらですね?では受け取りにサインを」と領収書を差し出されサインした。さすがに居心地のワルサを感じ「じゃあ、どうも」と足早に去ろうとする自分の背中に「ありがとうございました~」とさわやかな声をかけてきた。

起こったのはこれだけの出来事。ものの5分とかからなかった。その店に行く事は2度とないとは思う。彼自身に何か落ち度があったわけではないが、やはり現役さんに会うとあの頃の事を思い出したりして嫌な気分になるものだ。
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みんながバイオリンを弾くといったら・・・

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以前読んだ向田邦子さんのエッセイでこんな出来事が綴られていた。

「学校のクラスメイトにバイオリンを習っているという女の子がいた。クラスの友達とも普通に接していたのだが、冬場の掃除でクラス全員で雑巾がけをすることになった時に、その子の母親から『冷たい水に手を入れると指が硬くなってバイオリンが弾けなくなるからウチの子には雑巾がけをさせないでくれ』という申し入れがあり、彼女だけが雑巾がけを免除された。当然クラスの中には面白くない雰囲気が漂った。じゃあクラス全員がバイオリンをやっていたらどうなのか、と皆が思った。そのせいで彼女をいじめるということはなかったが、その子も決して幸せそうではなかった」。

この話を読んだ時、自分はJW信者もこの子と同じ境遇ではないかと思った。

日本の総人口は1億2000万人。それに対して約20万人いると言われる日本のJW信者。彼らの多くは労働者として働くのではなく、はっきりいって一文にもならない布教活動や聖書研究に己の時間と労力を使っている。いわば好きなことをして生きている「結構な身分」なのだ。

もちろん彼らも「自分たちだって少ない収入で生活を切り詰めている中でやってるんだからいいじゃないか」というかもしれない。しかしそれはたかだか20万人の人間「だけ」がやっているから許されてるだけではないか。ではもし日本人全てが彼らのように定職に着かず昼日中から伝道カバンを持って街を練り歩いていたらどうなるだろうか。・・・そんな人間ばかりになったら時を待たずして日本社会は間違いなく崩壊するだろう。

つまり極論を言えば1億1980万人の人たちが真面目に働いたり様々な役割を担って社会を運営してくれているおかげで、年金も税金もさして払わない20万人の集団が存続を許されているという事だ。JWの中には何かと自分達のやっていることを社会の役に立っていると鼻にかけている人間が少なからずいる。自分達は社会の役に立っているのではなく、むしろ社会の恩恵に預かっているのだということをしっかり自覚してほしいと思う。
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「先延ばし人生」からの脱出

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 長年風雨に晒されていた先祖代々の墓がついに壊れたとかでやむなく直すことになった。さっそく石屋の持ってきたという見積書を見せてもらったのだが・・・言い方は悪いが、たかが石にこんな大金を払うのかと愕然とした。

 正直に言ってJWの中の人だった頃はいつか自分ちの墓石の心配をすることになるとは思ってもいなかった。しかし例のハルマゲドンとやらの到来が組織の都合でどんどん先延ばしされていることを考えると、中の人たちもさすがに「この世で生きていく手立て」を真剣に考えていかなければならないだろう。

 以前にも書いたかもしれないが、幼少の頃から「終わりの日はもうすぐそこ!」などと言われて育ってきた自分が28の歳まで今の世界に住む事になるとは予想だにしていなかった。だから当然、自分が大人になってから抱えるであろう様々な荷(就職、結婚、そして老後の心配など)にどう対処していくか、などということを思い悩むとも思わなかった。本当にお気楽な話だ。

 だからこの歳まで生きて徐々に年老いていく親を見て、自分が将来背負わなければならないであろう負担や責任を思うと途方に暮れてしまうことがある。おそらく今後、日本は(そして世界も)経済的にも環境的にも今よりもっともっと住みにくくなるであろう。今よりいっぱい人は死ぬし犯罪は増えるし空気は汚くなるに違いない。そういう世の中にあって果たして自分は人間としてやっていけるのだろうか。夜、床に着く前にそんな思いが胸中に去来してくる。

おそらくあのままJWの中に留まっていれば「新しい世が来るから」という耳触りのよい(そして無責任極まりない)例の常套句を己の生き方の言い訳にして、ここまで自分の将来を深く憂慮することもなかったかもしれない。だから中の人達のほとんどはこれからもその言葉にすがって悪化するばかりの毎日を過ごすのだと思うとゾッとする。

 聞けば生活保護世帯がついに100万件を突破したそうだ。全ての家庭がそうであるとは言わないが、働こうと思えば充分働けるのにこうした国家の乳を吸ってのうのうと暮らす人間が少なくないと聞く。そんな中で「働かない者は食べてはならない」という言葉を何の良心の呵責も感じずに昼間から真面目に働く人たちに偉そうに喋っていたJW信者たちの神経の図太さは大したものだと思う。

 そして自分が、かつてそんな組織の構成員の一人であったことを恥ずかしく思い、反省している。
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神との折り合いをつける

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 今でもふとした瞬間に「今、自分は見られてるな・・・」と思ってしまうことがある。もちろん神に、である。

 JWに留まっていた頃はこの感覚はむしろ普通のものだった。神は常に人間の一挙手一投足を監視し、もうすぐ訪れる裁きの日(要はハルマゲドン)にその人の生死を決定するための「採点表」を作っているのだ、と信じてきたから。

 しかしJWを自ら離れる、という超ド級の罪を犯してしまえばもはや採点も何もないわけで、むしろそんな窮屈な日々から逃れられると思うととても嬉しかった。

 それでもふとした瞬間に神の「視線」を感じてしまうのはまだあの組織とその教義に頭と体を20数年も生活を支配されていた「後遺症」なんだろうか。

 裁きの日が来るかどうか、正直まだ分からない。まあ神がわざわざそんな事しなくても着実に進む温暖化や人口爆発、あるいはバカな政治家の押すボタン一つで核ミサイルが頭上に落ちてきてあっさりジ・エンドとなるかもしれないし。

最近は神のことを「どこか遠い国にいる独裁者」だと思うようにしている。確かに怖い存在だけどなにしろ遠い遠い国にいるから僕のことなんて歯牙にもかけずにいてくれるだろうと・・・。

そうやって神との折り合いを付けながら毎日を送っている。


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変わるムチ事情

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JWの子供たちが体罰を受けることによって自分の感情を押し殺したまま成長していくということが長年続いてきたことは多くの人が知っていると思う。

しかしJW信者自身はそれを「体罰」とは呼ぶことはない。あくまで「懲らしめ」という表現で呼ぶ。

普通の感覚だと「懲らしめ」と聞けば身体的な苦痛を与えるものというよりむしろ「罰人事」や「戒免職」という言葉からも推測できるように、立場や権利を制限したり奪ったりすることを連想する。もしJW信者が自分たちが子供にしていることを「体罰」という言葉ではっきりと認知していればそれだけで何らかの歯止めになったのではないかと思うのだが・・・。

それにしても自分が子供の頃(80年代)はこの「懲らしめ」が結構おおっぴらに行なわれていた。毎週の集会の開かれる場所には「懲らしめの部屋」などと密かに呼ばれている場所があって、たまに別の用事で入ると正座して向かい合ったJWの親子に出くわすこともあった。母親(父親はあまり見かけない)の横には堅いゴムを輪っか状にして握る部分をテープで固めた「つり革」の形をしたむち棒があった。このむち棒はいわば公用、つまりその場所の備え付けだった。

大概はお尻を叩かれる。回数は10回が多かった気がする。何度か経験していると「比較的痛くない場所」というのが自分で分かるようになり、むちが振り下ろされる瞬間にカラダを動かしてできるだけその痛くない場所に当たるよう心がけたりした。

そんな由々しき習慣もしかし自分が成人する頃には(少なくとも集会の場では)あまり見られなくなった。おそらく世間で「体罰禁止」の風潮が強まり、聖書的にも「懲らしめ」というのが体罰ではなく言葉による矯正を指す、という解釈が組織内でも明確にされてきたからであろう。

数年前、Tという長老が集会の後に外で他の子供たちと騒いでいた我が子に激怒し「ちょっと来なさい!」という感じで懲らしめモードに入った。さてどうなるのか・・・とたまたま側にいた自分は固唾を呑んで見守ったのだが、その長老がしたのは我が子のスカートをめくり上げてパンツの上から平手でパンパンと数回叩いただけだった。あれならさして痛くはない。実際叩かれたその子の最初こそベソを掻いていたものの数分後には元の木阿弥であったw

長老といういわば信者のリーダー的存在の人たちがこのような状況なのだからそれ以外の末端信者の家庭の状況というのは推して知るべしである。子供たちにとっては身体的苦痛及びトラウマを負うことなく成長できるので本当に良い時代になったと思う。

でも「じゃあ今までの自分達が受けてきた体罰は何だったんだ!?」という気持ちは消えないのだが。
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楽しみ方が分からない悲しみ

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次第に1年も暮れに近づいてきた。世間的にはクリスマスの話題なども出始める時期である。コンビニの「ケーキご予約承り中」のチラシが目に付いたりする。

JWの世界ではクリスマスは厳禁である。要は古代ローマの太陽神の祭りに由来するものだからそれをキリストの誕生日と結びつけるなどということとんでもない!という論理だったような。

そんなことを20数年も教え込まれてくると、今こうしてJWの束縛から自由になったとしても、もはや世間一般の人々のようにクリスマスを来るのを心待ちにする心境を手に入れることが自分にはできない気がしてしまう。

たとえば結婚して家族が出来て子供が生まれてその子供たちのためにクリスマスを開いてやらねば・・・という必要に迫られた状況が生じれば話は別だが、自分が友達や恋人と楽しむためにその日のためにあれこれ準備するという高揚した気持ちにはとてもなれそうもない。

つまりクリスマスの楽しみ方が分からないのだ。

今後自分がそういう気持ちを取り戻せるのか、これは分からない。でも少なくとも自分の子供からは「みんなと同じ事をする喜び」というごく当たり前の経験を奪う事だけはしたくないと思う。
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解釈の天才

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JWには「物事を自分たちの都合よく解釈できる」という特技を持ち合わせている人間が多い気がする。

たとえばそれはお金に関する考え方一つ取ってみても極めて明白だ。

小さい頃に聞いたものみの塔(注:JWの機関誌)の中に載っていたあるJW信者の体験談にこんな記述があった。

「布教活動を最優先する生活ゆえに収入が少なく、ある時家のお金がすっかり底を着いてしまったことがあった。明日からどうやって生活しよう・・・と思っていた矢先、ポストになにやら届いたので見てみるとそこには既に支給の終わっているはずの政府からの暖房費補助のお金があった。本来ならもう暖房はいらない季節なので支給されるはずはないのに・・・こんな時私たちは神の祝福を強く感じた」。

正しいJW信者なら確かに神の愛に深く感動を覚え落涙する内容だ。

でも・・・もし自分達が世の中の誰にも増して清廉潔白な人々であると主張するなら、そのお金って言わば政府側のミスで届いてしまったわけだから、たとえ自分の懐が寂くとも正直に申し出て返金するのが筋ではないのか?それをそのままありがたく使うということは立派な横領罪なわけだし。大人たちが感動の面持ちで話に聞き入る中、幼い自分はどうしてもそう思えてならなかった。

それと、昔は布教活動で街中を歩いているとよくお金を拾ったことがあった。まあ大人数でくまなく街を闊歩しているわけだから多分一般の人よりそういう確立は高かったと思う。10円100円といった小額のものから、時には側溝に落ちてた1000円札を拾ったという信者もいた。ではそれらのお金を彼らはどうしたか?・・・残念ながら警察に届けた!という話はほとんど聞いたことがない。

ではそうしたのかと言うと・・・何とその多くは「会衆への寄付」へと回されていた。アンタそれは立派な「拾得物横領罪」だよ!!とつい言いたくなってしまうが、彼らからすれば「持ち主が見つかる可能性はほとんどないんだから神に捧げた方がいいに決まってる」ということなんだろう。

このように、血液製剤の成分は事細かに調べるほど過敏な神経の持ち主であるのに、なぜか日本の刑法を遵守するという考えはとんと持ち合わせていない方が多いのだ。結局JWは教義も生活信条も「いいとこ取り」が得意な人々だった、というお話。

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