JW脱出計画(進行中)

エホバの証人2世(現在不活発)の思いをつらつらと・・・

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焦り、のようなもの

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今の会社に入って、本当に沢山の人と出会い、これまでの人生の中で一番打ち解けた関係を築けていると実感している今日この頃。

30代前半という自分の年齢は、この会社の中ではダントツに若い部類に属するので、ある人は子供のように、またある人は孫のように扱ってくれてるみたいです。

逆に若い人たち(といっても数人しか居ないんですが)とはどうも上手くいかないと感じることがあります。これはJWの頃と同じで、あの頃もたとえば若い人同士で遊びに行くとか集まるとかいった行事は誘われてもほぼ全てパスしてました。だから若い人らの中では僕は非常に浮いた存在だったと思います。

その影響は学校にも及び、特に高校時代は酷いもので、たとえJWをやってなくても孤立していたと思います。だから僕は友達が作れない欠陥人間だと思ってました。

しかしこの年齢になると、それまでは諦めていた自分の性格を変えなければならないと焦りに似た感覚を覚えるようになってきました。いくら周囲の人は若いと言ってくれても、三十過ぎと言えば将来の事を嫌でも考えなければならない歳です。

このままの性格では、やがて独りぼっちになってしまう。

独りぼっちには慣れていた僕が今になってそういう感覚に襲われたのも、今の会社に入って人の暖かさに改めて触れ、それがいかに虚しく、人生を損していたかを実感したからだと思います。

うちの父を見ていてもその怖さを感じます。父もJWを辞めてからは会社と家の往復だけの生活で、僅かな親戚以外には関わる人間もおらず、休みはTVの前でいつの間にか眠るこけるばかり。おそらく葬式にも殆ど人は来ないでしょう。

別に葬儀が寂しくてもいいんですが、母が居なければこの人は多分ホームレス等になっていたのではないかと思います。僕は歳を取ってからそうはなりたくない。父に同情はしないけど、自分の将来の姿を見るようで悲しくなる事はあります。

何とか、もう少し自分が生きていて人生を少しは楽しんでいるという実感を持てれば思います。

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