JW脱出計画(進行中)

エホバの証人2世(現在不活発)の思いをつらつらと・・・

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人間だもの

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子供の頃から知っている年かさの姉妹(教会の「シスター」と同じ意味)が現在不治の病と呼ばれるものに掛かっているという話を母親から聞いた。

聞いた直後の感想は「・・・ふ~ん」。

まあ知っているといっても取り立てて親しかったわけではなくむしろ会衆内でかなり好き勝手やっていた人だったから正直に言ってあまり好きではなかった。

こういう状況下にいる成員(構成員)に対して他のJWの姉妹たちは食事を作って持っていってあげたり励ましの手紙を書いたりと色々してあげるのが通例になっている。でも女性ならではの難しい側面があるのも事実。

自分がまだ現役だった時のこと、A姉妹が病気で入院する事になった。その姉妹の旦那さんと息子は未信者。そこでA姉妹と同じ群れ(会衆の中の成員をさらに分けた活動単位)の他の姉妹がその残された家族に交代で夕食を作って持っていってあげることに。初めの1週間は何とかなったが、そのうち「宗教活動の時間を削って信者でない人の食事を用意するのはおかしい」という意見が出て、結局そのサービスはその後中止になった。

まもなくA姉妹は元気で退院してきたので一件落着・・・となるかと思ったのだがさにあらず。A姉妹の司会者(信者へと導いた人)であるB姉妹がA姉妹の家族に対する群れの“対応”に苦言を呈したらしく、しばらくの間B姉妹と群れの姉妹たちの間にギクシャクした空気が流れた。

後にその状況は解消されたようだが、神の教えを受けているといっても一般のご近所付き合いの際に起きそうな問題が起きるのだ。所詮は人間だもんな・・・というお話。
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人間関係

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JWを抜け出して日も浅いため信者以外で友達と呼べる人がいないので、ただいま一般社会における「人間関係」をイチから構築しなければならず大変苦労している。

やはり一番いいのは同じ“境遇”の方々との交流からスタートできればと思っていたのだがこれも意外と難しい。たとえばミクシィ辺りを利用できればかなりの確立でそういう人達の輪に辿りつけるとは思うのだがいかんせん自分は会員ではなく、また会員になれる見込みもない^^;

一体他の元JWの方々はどうやって人間社会に戻っていかれたのだろうか?甚だ疑問である。とりあえず参加自由型のJWのオフ会が近々あるそうなのでそれにお邪魔して色々と聞けたらと思っている。
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「とりあえず」サタンのせい

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JWでは自分達の生活や宗教活動にとって問題となる事が起きると「サタンの仕業」とか「サタンの攻撃」という言い方をする。

この「サタン」というのは、名前からある程度は分かるかと思うが、古来より神に背き、神の僕たちに攻撃を加える悪魔のことである。

たとえば家事を後回しにして集会に行こうとする女性信者に対して信者でない旦那さんが怒ったとして、それでも集会に来ると「サタンの攻撃にあっても集会に来た!」と周りの信者から誉められる。そうするとその女性信者は「自分は神の崇拝のために迫害に耐えているんだ!」と自分の不出来を棚に上げて勘違いしてしまうこともある。そしてますます配偶者との溝が深まるということがあるようだ。

それによって離婚やそこまで行かずとも別居・・・ということになる人も少なくないらしい。でも結局それも当人にとっては「サタンのせい」だから自分の考えを改善しようとしない。

同様のことはJWの子供たちにも見られる。全てがそうではないと思うが自分が接した同年代やそれ以外の子供の中には「選民意識」みたいなものを抱いて生活してるのもいた。要するに周りの未信者の人間を見下げてるのである。当然ながらそういう子は誰からも好かれず、むしろイジメの対象になる。

それでも本人は「神の名のゆえに辱められている」という意識をもっているから(そしてそれは全部サタンの仕業だから)自分の悪いところを直そうとはしない。当然親もその子を応援する。そうやっていつまでも勘違いしている親子が生まれていくのである。

JWというのは基本的に反省するのが苦手な人が多い気がする。
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自然消滅、ということ

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よくJWを上手に離れる手段として挙げられている「自然消滅」なる方法。

要は不活発(一定期間、布教活動に出ない)の状態から徐々に集会不参加などの実力行使に移っていくことで周囲に「もうここにはいたくない」というこちらの意志を理解させ、最終的には組織との縁を断つというもの。

ワザと組織の怒りを買う行ない(婚前交渉やら偶像礼拝)をして何度も宗教裁判的なものに引っ張り出され結局は排斥(要は破門)になる・・・といういわば晒し者のような状態にならずに済むので、この「自然消滅」の道を選ぶ人も増えているとか。かくいう自分もそんな人間の一人だ。だが、残念ながらまだ完全には消滅し切ってはいない。

今でも時々、道でJWの人々とすれ違うことがある。人口6万弱の街に100人もいるのだ、ある程度の事故は仕方ない。そういう時の向こうさんは大体において哀れみとも蔑みとも付かない眼差しを向けてくる。それがイヤで最近は車に乗っているとき時などはサングラスをするようになった。これだと仮に眼が合ってもこちらが平然とした顔をしていれば「気が付かなかったのかな・・・」と向こうに思わせることができるからだ。

離れて1年も経つのに未だにこんな事をしている自分が少々情けない。いつかはサングラス無しで堂々と表を歩ける日が来てほしいが、この街に住んでいる限りそれは難しいだろう。自分の意志で抜けていった人をも精神的に追い込もうとする・・・そんな人間がこの組織には多い気がする。
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部活のこと

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最近はそれほど厳しくないようだが、自分が小・中学生の頃は信者の子供が学校のスポーツ系の部活に参加することは禁止されていた時期があった。理由は「悪い交わりに繋がるから」。要は非信者の子供からの悪影響を避けるためということだ。

組織が子供向けに書いたマニュアルのようなものにもその点ははっきりと書かれていたので、当時は運動系の部活動に参加する子供はほとんどいなかったが、なぜか自分はその辺を無視して中学の頃は放課後スポーツに興じていた。他の子供達はしっかりと教えを守っていたのにどうしてOKだったのかは分からないが、まあ親に理解があった・・・という事なのかもしれない。

部活といっても中学だからさほど厳しいものではなく、むしろマイナー競技だったこともあってなあなあでやっていた。正直に言えば部活にかこつけて集会や布教活動を時々休めるのが狙いだったからだw

高校では文化系に所属したので良い思いができたのは中学の時だけだったが、その間初恋もしたし、学生生活の中では中学時代がダントツに楽しかったのを覚えている。その3年間がなければ自分の青春時代というのはひどく空虚なものになっていたことだろう。

今思えば良い時代だった。


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9月という時期

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日本では会社も学校も4月が新たなスタートの時となっているが、アメリカから渡来した宗派であるJWの場合は8月までで1年間の組織の活動は一端終了し、9月にまた次の活動シーズンが始まる。

子供にとってはあまり関係ないのかもしれないが、会社勤めなどをしている大人にとってはこれが死活問題となることがある。信者が必ず出席するよう求められている週三回の集会の時間が9月を区切りにして変更されることがあるからだ。8時~5時といった、通常勤務の人ならまだいいが、最近多い「変則勤務」の業種に就く信者だと、既に4月にその会社の1年間のスケジュールが決まっているにも関わらず、9月になった途端に仕事のシフトと集会の時間がぶつかることがあるからだ。

自分がまだ組織にいた頃は、自分の参加できる時間帯にやっている他の会衆(信者の単位)の集会に出て帳尻を合わせている人もいたが、本来は自分の所属する会衆の行なう集会に出るのが鉄則なのでそれも長くは続かない。

結局は上司に頼んで他の同僚に頭を下げて、シフトを変更してもらうということをする人もいたし、表向きは別の理由を見つけて都合のいい会衆に移動するという人もいた。

時々、集会に参加するために割りの良い仕事を辞めて他の仕事を見つけたという信者がいて長老(各会衆の指導者)に集会で褒め称えられていたが、世の中そういうことができる人間ばかりではないのにつくづく迷惑な話だと思う。そのまま今までの給料の良い仕事をしてもらって税金をしっかり納めてくれたほうが社会にとってどれだけ助かるかしれないし。

社会の利益より自分達の虚栄心を満たすことが大事な人が多いこの組織。聞けば低所得であるために年金加入率もかなり低いとか。果たして年金も蓄えもない高齢信者のリタイヤ後の面倒を見るのは一体誰なんだろう。
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悪夢

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これは悪夢と呼べるのかどうか。先日、こんな夢を見た。

そこは大会(年に数回行なわれる、1000人規模のJW信者が集まって行なわれる大規模な集会)の会場で、ちょうどものみの塔研究(組織の機関紙「ものみの塔」の中にある、クイズの用意された記事をみんなで解くプログラム)が行なわれていた。

その時なぜだか朗読の特権(男性信者の一人が記事の節を全員の前で読む)が自分に与えられていたのだがまだステージ上に登っていなくて、大急ぎでステージに上がって司会者に言われるまま読み始めたのだが、しばらくすると会場がザワザワし始める。

どうやら他の信者たちの持っているのとは別の記事を読んでいるらしい。慌ててプログラムを見返すが、どの記事を読めばいいのか分からない。最初は微笑みながら見守っていた司会者も、次第に表情を強張らせていく。会場のざわめきも次第に大きくなる。どうしよう、どうしよう・・・

・・・と、そこで眼が覚めた。見れば随分と寝汗を掻いていて凄く気分が悪かった。こういうタイプの夢を見たのは、組織を離れてから初めだった気がする。もう二度と見たくないものだ。
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あれから1年

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今から約1年前の日曜日の午後のこと。

その日は公開講演の司会があったにもかかわらず

僕は朝からずっと布団から出ようとしなかった。

1時間ほど声をかけつづけていた母も諦めて集会へ行った。

その頃には初めに感じていた罪悪感は薄れ、

自分が心からホッとしていることに気付いた。

ついに僕は27年間、惰性ではいえ続けてきたJWとしての活動に

この手で終止符を打つべく行動に出たのだ。

この年齢にしては随分と大人気ない実力行使だったかもしれない。

でも今の自分に出来るのはこれだけしか思い着かなかった。

このままでは自分を失ってしまう・・・

そんな危機感が僕を行動に移らせた。

あれから約1年。

その時から僕は一度も集会に行かなければ、組織の誰とも交わっていない。

時折、思い出したかのように同年代の元「仲間」たちからメールが来る。

「こーじー君、元気?」

「今度若い人だけで交わりするから来て!」

「みんながこーじー君の今までの働きに感謝してるよ」

いつもそんなお決まりの文章が並ぶ。

もうほうっておいてほしい。

手紙も時折来る。

この間は大嫌いだったH長老(主宰)から。

権力好きで、お気に入りの成員を周りに侍らせて、

自分の築いたハーレムの中で暮らしてたアイツ。

すぐさま破り捨ててやった。

早く完璧な自由を手に入れたい。

今の願いはそれだけ。










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