いーちんたん

北京ときどき歴史随筆

マンジュの森ーーヌルハチの家族の物語10、祖父ジェチャンア

2018年05月13日 16時13分50秒 | マンジュの森 --ヌルハチの家族の物語
建州左衛というのは、元々大した規模ではなく、
その中で数代前に有名な酋長がいたとしたら、ヌルハチの家系も遠い親戚の仲であることは間違いないだろう。

後世の我々にとって重要なのは、どういう環境から清朝という王朝が生まれたか、という背景であり、
大方近い血縁関係にあり、似たような歴史的環境の記録であれば、充分に思考に役に立つと思うべきである。


ところでヌルハチの祖父「ジェチャンア」の漢字の当て字が、面白い。
清代の記録には、漢字の見た目が美しい「覚昌安」の字を当てている。
何しろ偉大なる王朝創始者さまの祖父である。

気合いが入っている。

しかし明代の記録では、そんなことは細かく気にするわけないので、
「叫場」「教場」などのそっけない当て字になっているところが、大変興味深い笑。


さて。
ヌルハチの祖父ジェチャンアが記録に出てくる最も信憑性のある報告は、明の遼東官僚の報告である。

「信憑性のある」というのは、ヌルハチが後に重要人物になってしまったがために
その祖父の記録が大げさに書かれている疑い濃厚なものが、ほかにあるためである。
そのような怪しいエピソードについては、ここでは省く。


明の万暦六年(一五七八)四月、撫順馬市を訪れた官僚の報告がある。
撫順馬市は、明の朝廷が開設した建州満州と漢人のための交易の場である。
満州側の入場者は、許可制になっており、誰でもが参加できるというわけではない。

明の万暦六年(一五七八)四月から八十日間に渡って開かれた撫順馬市の記録では、
合計二十五人の酋長が入場の許可を得て、合計43回の入場を果たしている。

入場する際に率いてきた人数や回数により、女真族のの規模、勢力の強さがわかる。

一番はジュチャンツオ(朱長草)が3回、一回目二百五十人、二回目百人、三回目八十人である。
これに対してジェチャンアは十六番目につけており、合計三回、一回目は四十五人、二回目は二十三人、三回目は二十一人となっている。

つまりジェチャンアは建州女真の一の酋長ではあるが、
規模は大きくなく、大体十五-十六番目くらいの位置にいたことがわかる。
それでも交易では、かなりの利益を上げ、次第に力をつけていく。


情勢の変わるきっかけは、
建州満州の有力な酋長ワンガオ(王杲、満州語名:アトゥハン、阿突罕)と姻戚関係になったことである。
孫息子と孫娘をそれぞれワンガオの孫の世代と結婚させたのである。

ワンガオは建州右衛の都督指揮使という有力な地位にあり、剽悍で戦争好きな性格であった。

ジェチャンア一家は姻戚となったために
ワンガオが組織する略奪にも参加する関係になり、次第に明との戦いに巻き込まれていく。

ワンガオ(王杲)の明への挑発は、月日を追うごとに過熱していった。
明の嘉靖年間にはモンゴル・タタール部のアルタンハーンの勢力が強大になり、明の朝廷がその対応に追われていた頃でもある。
北京ではアルタンハーンの北京襲撃の恐怖に駆られて、南城を建て増した。

このあたりの詳しい事情については、
本ブログの「楡林古城 明とモンゴルの攻防戦」シリーズをご参考に。

とにかくこういった事情からも、小さな小競り合い程度なら遼東に大軍を送る余裕はなかった。
ワンガオは、明の対応が甘いことをいいことに襲撃の規模をどんどんエスカレートさせていった。

明の嘉靖三十六年(一五五七)、ワンガオは撫順(つまりは明側の城)を襲撃し、
守備の彭文洙を殺害したほか、会安・東州・一堵墙などの要塞も襲った。

嘉靖四十一年(一五六二)には、明の領域内に侵入、副総兵の黒春に負かされる。
しかし相手が追撃してきたところを襲撃、
黒春を捉えて殺した後、深く遼陽まで攻め入り、孤山・撫順などを攻め、多くの明の高官を殺した。

ここに至り、明もさすがに堪忍袋の緒が切れ、大軍を派遣すると警告してきた。
ヌルハチの祖父ジェチャンア(覚昌安)は、
それまでワンガオの姻戚として、襲撃活動に一族の壮丁どもを率いて参加してきたが、ここで、はたと考える。

わずか千人の勢力で明の大軍に対峙し、一族皆殺しに遭うか――、それとも敵に降伏するか――。

ジェチャンアは、降伏するほうを選んだ。
明の遼東総兵官の都督同知・李成梁の元に降ったのである。

投降した者というのは、誰よりも熱心に、かつ率先してかつての仲間の情報を提供したり、道先案内になったりして
新しい主人に忠誠を示さなければならないという原則については、古今東西に変わりはない。

この当たりから史料の歯切れは、極めて悪くなってくる。

「道先案内人」と「裏切り者」は、紙一重。
清朝の創始者ヌルハチの祖先としては、あまり聞こえのよい話ではないのである。


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清の永陵。遼寧省の撫順市新賓満族自治県永陵鎮

ヌルハチの先祖が葬られている




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