ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

『ヴァーサス/ケン・ローチ映画と人生』を観て

2018年07月07日 | 2010年代映画(外国)
気になっていた『ヴァーサス/ケン・ローチ映画と人生』(ルイーズ・オズモンド監督、2016年)をレンタルしてきた。

ケン・ローチは、現在のイギリスにおける最も優れた映画監督である。
この作品は、そのケン・ローチの最新作『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)の撮影風景を映しながら、BBCへ入社した60年代以後の映画人生を追ったドキュメンタリーである。

友人でありプロデューサーのトニー・ガーネットの語りと、本人ケン・ローチの思い、過去の作品場面等によって映像は進む。

ケン・ローチは2014年、50年に渡るキャリアに終止符を打つため引退を表明する。
しかし翌年、保守党が選挙で圧勝したために、その2ヶ月後、引退を撤回して最後の映画に着手する。
それが『わたしは、ダニエル・ブレイク』である。

トニー・ガーネットは言う、「ケン・ローチはとても上品で礼儀正しく、控えめで寡黙な紳士だが、実際はイギリス史上もっとも左翼的な映画監督だ」と。
そのケン・ローチは、“社会には相反するふたつの力が働いている、世の中のその状況を伝えたい”と常に意識している。
そして、「人々の暮らしについての映画を作るなら、政治は不可欠だと考えている」と言う。

その視点から、ケン・ローチは労働者階級に寄り添いながら、社会をありのまま描く。
また、その視野に沿いながら国境を越えた問題も扱ってきた。

この『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、監督作としての50本目であり、BBC時代のテレビドキュメンタリー『キャシー・カム・ホーム』(1966年)の製作から50周年目となる。
その『わたしは、ダニエル・ブレイク』が、『麦の穂をゆらす風』(2006年)に続いてカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞する。
しかし、ケン・ローチがいかにフランスや全ヨーロッパで崇拝されていても、イギリスの人たちは左程知らない。
そればかりか、保守党の政治家や右派の、作品を観ていないし観たくもないと考える人が攻撃を加える。

では、ケン・ローチの何が凄いのか。

そもそも、ケン・ローチの映画作りは、まず出演者に演技指導をしない特徴がある。
演技を離れた、本人の人としての内面を描き出そうとする。
出演者がその人物に一体となりその状況を作り出すため、撮影は物語に沿って時系列的に撮る。
その結果得られるのは、声なき人々からの「近所の誰かの話みたいだった」という感想。

ケン・ローチの個々の作品からのメーセージは、「自分たちの人生が投影されていることを気付いてほしい、その人生は政治の影響を受けているから」と言うこと。
ケン・ローチは政治を意識しながらも、声高には作品に投影しない。
そこにあるのは、労働者とか下級生活者に寄り添った愛情ある表現である。

このドキュメンタリーは、ケン・ローチの人を知るうえで映像的魅力もあり優れた内容となっている。
そう言えば、この最も尊敬するケン・ローチのことをもっと知りたいと『ケン・ローチ 映画作家が自身を語る』(フィルムアート社:2000年10月)を読んでから、もう15年以上になる。
このドキュメンタリーの刺激で、再読してみようかと思う。
そして、2000年以前の映画作品が探せれば、再確認も含めて観てみたいと思う。
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