ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

『孤独のススメ』を観て

2016年05月10日 | 2010年代映画(外国)
観たい映画が重なる時がある。丁度それが今で選択に迷うが、時間の都合で2作品をミニシアターで観てきた。
その一つが『孤独のススメ』(ディーデリク・エビンゲ監督、2013年)。
しかし、この邦題がひどい。映画を愛する者だったら絶対に付けないような題を平気でつける。
これほど素晴らしい作品に、こんな題をつける神経で、平然とPRしていたら本当にこれを観てほしいと思っているのかどうか。

オランダの田舎町。
ひとり身のフレッドがバスで帰ってきて隣家を見ると、その家の教会世話役カンプスとみすぼらしい男が庭にいた。
てっきり、また男が金をせびっていると思ったフレッドは、前に渡したガソリン代を詐欺だという。
そして、恵んだお金の代償として草むしりをさせ、ついでに夕食を食べさせてやった。
男は、聞いたことは理解できるが、自分からは一言もしゃべらないし、どうもすることが幼稚っぽい。
その日フレッドは男を家に泊まらせて、翌朝を迎えた。
二人の奇妙な生活が、このようにして始まり出して・・・・

映像としての場面は、何の変哲もなく二人のなすことを淡々と映す。
フレッドは亡くした妻への思いが忘れられない。
息子ヨハンもいなくなったその寂しさもあって、二人に芽生えた友情は一風変わっている。
そのうちに村人たちは、二人が変な関係ではと思ったりして。

夕方6時きっちりに、お祈りをして食事をするフレッド。
身だしなみもチャンとしなければ気が済まず、几帳面で神経質。
それと対照的に男テオは認知症を患ってか、何事にも無頓着。
一件単調そうな内容にみえても、観ていると妙にクスクス笑い出したくなる。

この単純そうで、ポケ〜と観ていても内容を見落とさない作りが、実は巧妙な話術であることが終盤近くになってわかってくる。

「これが私の人生」と歌うヨハン。親子の和解。
妻との思い出のマッターホルンの裾野に立つフレッドとテオ。
隣人カンプスも含め、それよりもっと、もっと広く深い、人間に対する賛歌。
その打ち震える感動に、観ていてラストで思わず嗚咽しそうになってしまった。

これがオランダの、俳優もしているというディーデリク・エビンゲの初長編監督作品とは、とても思えないほど納得のいく素晴らしい出来だった。
コメント (2)
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