花 風景 自分のため日々の出来事を記録する。
58の気の向くまま日記帳
松島
松島
津波の被害が何もなかったように綺麗になっていた。
↓ 仁王丸 50分コース 1400円
↓ カモメが遊覧船のまわりに沢山餌を求めて。
↓ 遊覧船から見えた赤い福浦橋
島の名前覚えられないくらいありました。
↓ 五大堂の赤い透かし橋
↓ 五大堂入口
↓ 透かし橋
↓ 透かし橋を渡った先に五大堂
↓ 五大堂
↓ 福浦島に行く途中 福浦橋(出合い橋)
長さ252m 巾2.6m
↓ 橋を渡ると福浦島
↓ 弁天堂
↓ 高台から見えた松島の島
↓ 福浦島から見た福浦橋
↓ 津波の高さ
石川県 安宅の関
安宅の関
安宅住吉神社
↓ 山伏姿の弁慶 勧進帳をよみあげている。
安宅関址
↓ 弁慶と義経
源平壇ノ浦の合戦で平家を滅ぼした源義経は、生来の猜疑心からこれを退けようとする兄頼朝に追われ奥州平泉の藤原氏の元へ落ちのびようとした。
頼朝はこれを捕らえようと各地に関所を設けた。
↓ 弁慶と関守の冨樫
文治3年(1187年)3月頃、山伏姿に変装した義経弁慶以下主従が安宅の関にさしかかり,一行の山伏姿を関守冨樫に疑われると、東大寺復興勧進のため諸国を廻る役僧と称し、何もか書かれていない勧進帳(寄付帳)を読み上げ、難を逃れようとした。
強力姿(荷人夫)の義経が疑いをかけられると、弁慶はすかさず金剛杖を持って義経を打ち据えます。冨樫は弁慶の忠誠心に心をうたれ、義経一行だと気付きながらも関の通行を許したのでした。
能登 東尋坊
東尋坊
安山岩 の柱状節理が約1kmも続く北陸屈指の景勝地です。
安山岩は、約1300万年前に噴出した溶岩が冷えて固まったものです
海食によって海岸の岩肌が削られ、高さ約25メートルの岩壁が続く。
この岩は輝石安山岩の柱状節理 という
能登 永平寺
永平寺
寛元2年(1244年)、道元禅師によって開創された出家参禅の道場。
約10万坪(33万平方メートル)にも及ぶ広大な敷地には、山門・仏殿・法堂・僧堂・大庫院・浴室・東司(トイレ)などの 修行の中心となる「七堂伽藍」 など、70余棟の建物がある。
↓ 通用門
境内は約10万坪(33万平方メートル)の広さをもち、樹齢700年といわれる老杉に囲まれている。
↓ 中雀門
↓ 仏殿
↓迷子になりそうなくらい広い
↓ 承陽門
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