NSPというのは、ボクが青春時代に大好きだった岩手県出身のフォークバンド(3人組)です。このグループについては、このブログでも今までに何度か話題にしてきました。まぁ好きなんですよね。この年になっても「10代の頃に聴いたNSPの曲を思わず口ずさみながらランニングする…」なんてことが、今でも時々あるんですよ。
今日のブログのタイトルは「NSPとの訣別」です。「そんなに大好きだったNSPと訣別するってどういうこと?」ってお思いの方もいらっしゃることでしょう。実はこれには事情があります。
わが家は今から15年前に新築したのですが、この家は中越大震災でグチャグチャになった土蔵を壊して跡地に建てました。父が50年以上前に建てた昔の家と接続する形で建てたのです。ところが家を建てて半年経った頃に父は急死。それ以来、父が建てた昔の家は、わが家の「巨大な物置」となりました。年に数回ボクが蕎麦打ちに使ったりなどはしていましたが、父が使っていた部屋こそ片付けたものの、それ以外は「ほぼ放置状態」でした。それどころか「とりあえず不要なものは”向こうの家”に置いておこう」となるのは世の常です。だんだん不用品のダンボールが増えていってました。
さすがに15年も人が住まずに放置されていると、家は傷みます。当初は「息子が家族を連れて帰ってくるかもしれない」とか「娘が結婚して住む可能性もゼロじゃない」などと思って片付けや解体を先送りにしていましたが(仕事も忙しかったしね)、息子は埼玉で所帯を持ち家を購入し、娘も地元で結婚してわが家から2kmほどのところに家を建てました。もはや「巨大な物置」と化している父の家を、片付けて解体する以外にボクの選択肢はなくなりました。
前置きが随分長くなりました。そんなわけでちょっとずつ時間を見つけては片付け作業に取り組んでいるわが家なのですが、出てくる不要物には「思い入れがあるモノ」も多く、作業はなかなか遅々として進みません。
で、冒頭のNSPの話に繋がります。2002年に復活して活動を再開したNSPにボクは再び夢中になり、日本青年館での復活コンサートをはじめライブにも多数出かけるようになりました。で、その頃のNSP関連のファンクラブ通信やライブのパンフレットなどが、「巨大な物置」から発掘されたのです。そう言えば当時高校生だった娘も連れて、親子3人で渋谷公会堂に行った…なんてこともあったよなぁ。そんなことも思い出しました。
2005年にリーダーの天野滋が病気で死去し(52歳)、NSPのオリジナルメンバーでの活動は終止符を打ちました。そしてボクは、NSPからアルビレックスへと「推し活」の対象が変化していくことになります。
今回の片付けで、ボクのNSPに関するコレクションもその多くを処分しました。さすがに(おそらく)30枚近くあるアルバムCDは捨てられませんが、ボク的には「NSPとの訣別」を済ませた感じです。2021年には天野滋に続いて中村貴之も68歳で逝去。NSPは平賀和人(現70歳)だけになってしまいましたしね。このコレクションを残しておいても、ボクが死んだ後の片付けで息子や娘に迷惑をかけるだけです。いわば「終活」の1つです。
なんかこの「NSPとの訣別」で、ボクの人生にも一区切りがついたような気分です。NSP!ありがとう!ちなみに古い家の片付けは、なんとか今年の秋頃までを目処に終わらせたいと思っています。